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想起の影

"ーーーー何回目だ?”


 巨躯の獣は何十度目かの爪を振り下ろす。

 空中で敵の総身を引き裂き、肉の破片がバラバラと落ちていく。


"なのに――終わらない”


 石柱が作る影から。ヴンダーやアシュティンの影から。

 あるいは今落ちていった肉片が作るわずかな影からですらも。


"目の前のアイツを殺すと――次のアイツが湧いてくる”


 破壊する度に。愉快とばかりに笑みを浮かべるあの魔性が。

 平然と。無傷のままに新しく現れる。


 まるで影そのものが奴を絶えず産み落としているかのように。


"この――この――――ッ!!"


 腕を振り下ろし、叩きつける。



 でも死なない。

 あの嫌な笑い声が消えない。



                         ――――ハハハ



 どうしても死なない。

 何回壊してもあの笑い声が消えない。



                         ――――ハハハハハッ



 どうして死なない!? どうしてあの笑い声は消えない!?


 これだけやってるのに! こんなに壊してるのに!


 全然終わらない――終わる気がしないッ


 引き裂いても切り落としても食いちぎっても――――

 貫いても叩き潰しても抉り飛ばしても!


 消えてくれないーー

 耳の中に入りこんで、頭の中で鳴り響いて、全身にへばりつくあの笑い声が!



   アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!



 更に悪いことに攻撃が当たらなくなってきていた。

 消耗で動きが鈍っているわけではない。


 変わったのは明らかにシャトゥンの動きだ。

 ヴンダーの腕や尾、アシュティンの槍による攻撃。


 決め手にこそならずとも、今まで確かに敵の身体へ届いていたはずの二つの刃はここにきて悉くかわされはじめていた。


「っ、ちくしょう……!」


「……ガァウ――ッ!!」


 ヴンダーが吠えると尾の外皮が盛り上がり形を変えていく。


 二尺を超える巨大な棘。

 一つかすっただけで人体など一瞬で木っ端微塵となる死の投擲槍。


 ヴンダーは高く跳ねた。

 そして楽しそうに自分を見上げる眼下の怪物に向けて尾を振り抜く。


"くらえーーーーッ!!"


 尾から生み出した棘が掃射される。

 二十を超える数の黒棘の雨が敵を穿たんと降り注ぐ。


「ハハーー!」


 シャトゥンはその場から動かず。

 影から生成した武器を弾丸のように飛ばし、全ての棘の槍を撃ち落とした。


「君には刺さるかい?」


 シャトゥンの影が伸びて、棘槍を一つ掴み取るとソレをヴンダーへ向けて投げ返す。


"……!!”


 挑発めいたその反撃を誰が当たるかと弾き飛ばす。


 ――だがすぐにシャトゥンが棘とは別に何かを放り投げたことに気がついた。


"! なにーーっ?”


 それは砕けた床の破片。

 しかしヴンダーを狙ったものではない。


 空中にいるヴンダーよりも更に高い位置に向けて投げられていた。


 放られた石の塊は物理法則のままにヴンダーの真上からゆっくりと落ちてくる。


“なんのつもりーー?


 ただの瓦礫。この身体に当たったところで痒みにもならない。

 攻撃でないなら今のはーー?


 何の意図かと脳裏に浮かんだ一瞬には、もう手遅れだった。



“ッ!! ……なッ!?“


 突然、ヴンダーの身体が下に落ちた。


 いや、落とされた。

 下から引っ張られるのではなく上から押される感覚。


 ヴンダーの巨躯を持っても耐え切れないほどの凄まじい圧力だった。


"なん、で……!? 何も触ってなんかないのに……っ!”


 そう。何にも触れられてなどいない。


 放られた()()()()()()()()()()()()


「アハハ、びっくりしたかい? 影に押し潰されるなんて初めてだったろう」


「ヴンダーッ!」


 すぐにアシュティンが助けに入ろうと走り出す。

 しかし飛びかかろうとした直後、アシュティン自身から伸びた影によって両腿を貫かれてしまう。


「っぁ……!」


 鋭利に変わった自身の影に貫かれたまま、アシュティンが倒れこむ。


"アシュティン! ……ッ!”


 動こうと試みるが手足が影に巻きつかれ拘束されてしまっている。


"またか! ……いや、落ち着け。さっきみたいにちぎって脱出すればいいだけだ――”


生物(きみたち)にとって"影”とは何だろうね? ただ当然としてそこにあるモノ? あらゆる有形に付き従う物理現象? 意識するにも及ばない世界の形といったところだろうか」


 シャトゥンは脱出を図ろうとするヴンダーの方へと近づく。

 その手の平には握りこめる程度の小さい石の破片が乗っている。


「でもたまにはこう考えてみてはどうだろう。"影”は付き従う自然物なんかではなく――()()()()()()()()()、とね」


 そう言ってシャトゥンは手に持った小さな破片をヴンダーの背中にちょこんと乗せた。


"ッ………!!”


 その瞬間、真上から再び凄まじい圧力が襲う。

 まるで巨大な手で全身を押さえつけられているかのよう。


"つぶ……される……!!”


 いや、押さえつけるなんて生易しいものではなかった。

 全身がミシミシと悲鳴をあげている。ヴンダーを中心に床がひび割れていく。


「だってそうでなければ、ボクのような(そんざい)が生まれるはずがないーーそうは思わないかい?」


 とても立ち上がることなんて出来ない。

 骨ごと砕き潰そうとするほどの圧倒的な重圧。

 そのまま平らに敷かれないように耐えるだけで精一杯。


 背中に乗せられた石の破片。

 たった一つの小さなソレが作る影によってヴンダーは頭から尾の先まで一切の自由を奪われた。


「ーーあーあ、すっかりメチャクチャだ。あの椅子に座って王様みたいに物を見下ろすの、ちょっと好きだったんだけどなぁ」


 シャトゥンは身動きのできないヴンダーの体をポンポンと叩きながら、そんなことを呑気に喋りだした。


「まあいいか。勇者達と戦ったあの広場のように大事な思い出としてこのままにしておくのも悪くない。君達が奮戦した痕跡を消してしまうのも忍びないしね」


「……勝った気になんなよ。まだ、終わってねえ……っ!」


 アシュティンが立ち上がり、槍を構えた。

 両腿からの出血が床へ流れていく。


「最高だね、勇者の弟――いや、アシュティンだったか。その足で立ち上がるなんて素晴らしい根性だ」


 アシュティンの足を指差しながら楽しそうに笑っている。

 確かに先ほど両足に受けた傷は放置するにはマズい状態だろう。


 ……いや、どうってことはない。

 まだ十分に踏ん張りは効く。走るのも跳ぶのもいける。


 敵との距離は10メートルほど。

 この程度なら1秒もかからずに詰められる。


(ヴンダーを奴の拘束から逃がさねえと)


 傷の度合いも痛みも今は考慮しない。

 まだ動けるのなら、まだ可能であることをやるだけだ。


「フフ……」


 シャトゥンの影から武器が一つ浮かび上がる。


 その武器はアシュティンと同じ斧槍だった。

 シャトゥンはその得物を手に取り、数回大きく振り回すとピタリと構えた。


 穂先を真上に。真っ直ぐ立てた斧槍を両手で握りこむ。


「……!?」


 先ほどまでとは別種の緊張がアシュティンに走る。


 それは武器を矢のように飛ばしたり、適当に振って殴りつけていた時とは違う。

 明らかに長年を通じて扱い慣れたであろう熟練者が放つ圧をアシュティンは感じ取っていた。



 ――――なによりも、その構えは。



「なら、せっかくだ――少し趣向を変えてみよう」


「っ!?」



 屈んだーーと頭で認めた時、すでに相手は触れるほどの距離まで接近していた。


「ーー」


 しまった、とーーアシュティンは自身の致命的な油断を悔いた。


 警戒はしていたはずだった。

 敵のどんな動きも見逃さないよう、しっかりと構えていた。


 こちらから攻めるつもりが相手に先んじられたという失態はあったが、それだけなら問題なく対処はできた。


 それでも反応が遅れた。

 決して見えない速度ではなかった。

 いや、この場合は見えていたことで虚を突かれてしまったと言うべきか。


 むざむざと隙を晒してしまった。


 それは性能と異能のハイブリッドで理不尽を体現する魔族のやり方とはかけ離れているほど、真っ当で、洗練された戦士の攻めであったということもそうだが。


 何より直前で見せた奴の構えが、かつて自分に槍を教えてくれた大切な兄と同じで――――


(――やばい)


 思考はクリアなのに全ての動きが異様に遅い。

 相手だけがスローモーションなら良かったが自分自身も悲しいくらいロクに動けていない。


 真横から振るわれた斧の刃は正確に自分の首へと、すぐ間近まで迫っている。


(終わりか? いや、気をしっかり持て)


 ――何をあっさり諦めようとしてんだ。

 まだ何も成し遂げてないってのに勝手に力を抜くな。


 周りがゆっくりになってる中でせっかく思考がこれだけクリアになってるんだ。

 だったら今考えることは一つだけだろうが。


 早く。早く考えろ。考えれば考えただけ、きっと身体もまだ動いてくれるッ


(間に合え、マに合え マにあえマニあえマニアエ)


 刃が、首に触れーーーー


(ま、に……ッ! あァーーーーッッ!!)



 ーー間一髪。

 体を全力で倒すことで、死から逆方向へと逃れられた。


 しかしまだ危機は続く。

 シャトゥンは空を切った斧槍を軽快に持ち替えると、眼下で横たわる獲物に向けて容赦なく刺突を繰り出した。


「っ、ーーあっ!」


 体勢は崩れたまま。回避は不可能。


 即座に判断したアシュティンは床についた腕の力のみで無理やり身体を振り、シャトゥンの横腹を蹴りつけた。


 回避を諦め反撃に転じたことで、かろうじて難を逃れる。


 とはいえ、あんな程度がダメージに繋がるわけもない。

 数歩後ずさっただけで、シャトゥンはすぐさま追撃にかかる。


 しかし立ち上がるだけの隙は作れた。


「ーー」


 アシュティンは息を吸うと同時に向かってくる斬撃を弾く。


「ハハーー!」


 間断なく次の攻撃が続く。

 高速で放たれる三連の突き。

 

「ーー」


 これも問題なく防ぎ切る。

 先までの動揺は全て消え失せ、冷静に敵の動きを見据える。


(大丈夫だーー)


 覚えのある動きに面食らったせいで危うく死にかけたが、これなら十分に対応できる。


 繰り出される連撃を的確に防ぐ中に素早く反撃を入れ、手首を切り落とす。


「ーーお?」


 間の抜けた声で驚いている。

 隙ができたこの機会を逃さず、追撃を放つ。


 薙いだ刃は距離を取る暇も与えることなく敵の胴を断ち切った。


 上体を失った下半身が力無く倒れる。


「は、ぁ……」


 動かない敵を見ながらアシュティンは大きく息を吐いた。



 ーー昔、兄貴はゲルプ国の兵士から槍を教わったのだと言っていた。

 俺はそんな兄貴から槍を教わった。


 だからあの構えからの動きはよく見てた。

 槍を真っ直ぐ立て、穂先を真上に向ける構え方。


 けどなんだか性に合わなかったというか。

 俺としてはどうしても下段で構えた方が次の動きに繋げやすかったから、あまり教えを活かすことはできなかった。


 結局、槍の扱い方を教わったのは最初だけで、そのうち兄貴も"お前はその方が良さそうだ"と口を挟まなくなった。


 教えることがなくてつまらないとか言いながら、いつも楽しそうに俺の訓練を見守ってくれてたっけ……


(って、浸ってる場合じゃねえ……っ)


 跳ねるように動く心臓が痛い。

 身体も鉛のように重いが今は無視だ。


「はぁ……、はぁ……ヴンダー、今ーーっ」


 アシュティンは急いでヴンダーを助けようと足を向けるがすぐに止まってしまった。


「…………くっそ」


 アシュティンは斧槍を強く握りしめる。

 全身に気力を巡らせる為に出来るだけ呼吸を繰り返す。


 動けないヴンダーの巨体の後ろから、まるで手品のようにぬるりと現れた怪物を睨みながら。


「うん。まったく素晴らしい! さすが勇者のーーいや、この言い方は失礼か。だがアシュティン、君もまた称賛に値するよ!」


「お前に褒められても嬉しくねえな」


 爽やかに、拍手を交えて褒め称えてくる怪物にそう言い返す。


「そう言わないでくれよ。実際、感動させられたのさ。なにせボクの見立てではこの技量なら十分、君を上回っていたはずだからね。まさか覆されてしまうとは思わなかった」


「……あの槍術はーー」


「以前、ゲルプ国にも斧槍使いがいてね。彼は老年でありながらもこの国の人間で唯一、ボクを単身で9回も殺せるほどの凄腕だった。そんな彼の技術、遜色なく再現できていたと思ったんだけどなぁ」


 ……納得いった。見覚えを感じたわけだ。

 まったく魔族ってのは本当に気に食わない。


「本人だったなら、きっと俺なんか相手にもならなかったろうさ。人間が必死に積み上げてきた錬磨を一目見ただけで盗んだ気になれるお前にはわからねえだろうがなッ」


「ああ、認めよう。()()()()()君の勝ちだ。中々に興味深い結果だった。これは人の生活を模倣させても魔物が人間を理解できないことに共通する何かがあるのかもしれないね」


 じゃあーーという声と共に瓦礫やインテリアが作る影が凶器を次々と浮き上がらせ、アシュティンを八方から囲い始める。


「っ……!」


「いい結果が得られたしーー元の流れに戻すとしようか」



 シャトゥンの声を合図に影の武器が一斉に飛び、アシュティンを襲う。


「こ……のォーーーーッ!!」


 負傷を思わせぬ槍さばきでソレらを全て凌ぎきるが直後、床に映した彼の得物の影がぐにゃりと動き、飛び出してきた。


「っ! ……う、あっ!?」


 斧槍の影は主人の身体にぐるりと巻きつくと、そのまま振るった鞭のように長く伸びて彼を壁に叩きつけた。


「が……っ!」


 パラパラと割れた壁面と共に彼の身体は崩れ落ちた。


**


‟アシュティン……!”


 わずかに呻くが動く様子がない。気を失ったか。


‟動け動け……! 自分が、動かないと……!!”


 なんとか立ち上がろうと力を込め続けるが、床に押さえつけられた身体はどうしても動かない。

 ただ背中に乗せられただけの小さな破片が絶対的な拘束具となっていた。


「さて、と。休憩がてら少し話をしようか、ヴンダー?」


”……!!”


 爽やかな口調と共に影が歪んだ笑みを向ける。

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