枯れ花は想う
ヒトを好きになる理由が、"優しい人だから”――というのは浅はかだろうか。
『少しでもたくさんの人を、助けたいんだ――』
けれど、そんなもののような気がする。
恋に限らず何かを生む最初のキッカケというのは大抵の場合、ありふれた――安っぽいものだと思う。
要はそのちゃちな"始まり”がどう広がって、昇華していくのかという話で。
……まあ、とはいえ私の恋にそんな劇的な物語が広がっていくわけもない。
この気持ちを告げることもなく。ただ一方的に思い煩っていただけの話。
『君は十分に立派だよ。国や家族を守りたいと兵に志願した君の決意は誰かが貶していいものじゃない。増して自分を蔑むなんてしないでほしい。君はちゃんと君のことを誇りに思っていいんだーー』
……はい。私は頑張りました。
取るに足りない私でも勇気を出して、自分の命を前へと掲げました。
あなたの在り方に焦がれて。
あなたのようになってみたくて。
だから、これから死にゆくであろう自分にも後悔はありません。
……だからこそ訊いてみたい。
『誰かを救いたいという願いは……本当に僕が抱いていいものなんだろうかーー……』
……あなたに後悔はありませんでしたか?
トマリ様ーーーー……
***
デニスと呼ばれた少年に助けられたヴェルメとシュテル。
少年に案内されるまま家の地下を降りると、そこには食料貯蔵庫として作られた空間があった。
元々ゆとりのない所にヴェルメ達が入ってきたことで窮屈さが更に増している。
「デニス……その方達、は……?」
しかし狭いという感想よりも先に中にいた人物の方へ意識が向く。
少年の家の地下。藁が敷かれたその床には一人の女性が横たわっていた。
「ーー」
その姿を見てヴェルメが息を呑んだ。
女性は顔から足先まで包帯が巻かれており、右腕がない。
また右の腿は半分抉れたように失われており、かろうじて膝下が繋がっている状態だった。
「ごめん、マルガねえちゃん。こいつら外にいて魔物に見つかりそうだったから連れてきたんだ。よくわかんないけど、ゲルプの外から来たみたい」
「外から……?」
怪訝な様子になる女性。
今の世態でよそ者が訪れるなど信じられないのだろう。
「ーー急に邪魔してごめんなさい。私はシュテル。この子はヴェルメです。事情があってこの国に来たんですけど魔物の多さに身動きが取れなくなって……困ってたところを彼が助けてくれたんです」
シュテルは自分達の事情を簡単に説明した。
女性はかすかに驚いた様子を見せながらもシュテルの言葉に偽りはないと感じたようだった。
「……そうだったのですか。ご無事でなによりでした。……ああ、申し遅れてすみません。私は、マルガと言います……」
そう名乗った女性は包帯のすき間から薄い藍色の瞳を二人へ向けた。
「あなた、魔法使い……」
「ええ……かつてはこの国で歩哨をしていました。その瞳の色と、体の内に視える魔力……あなた達も魔法使いなんですね。自分以外の魔法使いに会うのは久しぶりです……こんな情けない姿で会ったのだけが、少し残念です」
「……私はどんな形でも仲間と会えて嬉しいです。希少な出会いは尊べっておかあさんからも言われて育ったので」
「……素敵だと思います。……私はてんでダメ。この国の兵に志願した時は、魔法使いであることを期待されたこともありましたが……生憎、戦いで役に立てるような力は、なかった。恥ずかしながら……私もそこのデニスに命を救われて、こうして生き長らえているのです」
マルガの言葉にデニスは首を横に振り、否定する。
「何言ってんだよ、違うだろっ オレを助けてくれたのはマルガねえちゃんの方だ。そのせいで、そんなひどいケガしたのに……っ」
「そう言わないで、デニス。……あなた達には見苦しい姿を見せて申し訳ありません。ご覧の通りの有様で、もう体の感覚がないのです……どうかご無礼をお許しください……」
目線だけをどうにかシュテル達へ向けながら、弱々しくかすれた声でマルガは話した。
「あなたは、この子の家族じゃ……?」
「いいえ……ただ以前から親同士の仲が良くて、デニスは私の弟と友達でした。その関係で私もその子と親しくさせてもらっていたのです。今は……この子の重荷になってしまっていますが」
「なんでそんなこと言うんだよ……オレは重荷になんか感じてないっ」
辛そうにうつむくデニスを見て、マルガはありがとうとお礼を言った。
「……あの、そのケガ、は……」
その時、ヴェルメが恐る恐る声をかけた。
女性の身体の失った手足。
そして所々、包帯からわずかに覗く肌は紫に変わっており全身がそうなっているだろうことが窺える。
ただの怪我ではないということをヴェルメも察していた。
「え? ああ……ひどいものでしょう? 毒を持っていた魔物にやられてしまって、傷からどんどん浸蝕していったんです。目もだいぶやられていて、もう……この体でまともな部分はほとんどありません……」
口と耳が機能しているだけまだ救いかもですね、と少し冗談めかした言い方をした。
「……ぶしつけですが、私も訊ねてよいでしょうか? あなた達の言う事情というのは……そこにいる方が関係しているのですか……?」
そう言ってマルガは自分と同じように床に横たわっているリーベを見た。
よく見えてはいないのだろう。ぼんやりとした目を細めて意識のない少女をじっと見据えている。
「ご、ごめんマルガねえちゃん……そいつ意識がないみたいだから上で休ませてやれって言ったんだけど、こいつらが無理に連れてきて……」
「地下の方が安心だってあなたから教えてもらったからね。助けてもらったのに失礼だけど、生死の境にいる仲間を一人にできるほど、まだこの家の安全保障を信用してないの」
家の中にいれば安全というのは、あくまでシャトゥンが施した決まり。
この少年のことは信用できても魔族の作ったルールなど鵜呑みにはできなかった。
「……私の、おねえちゃんなんです。シャトゥンにさらわれて……だから、おねえちゃんを助けるために私たち、この国に来たんです……」
シャトゥンの宮殿に忍びこみ、人質となったリーベを見つけて取り返し、脱出を図った結果ここにいることを二人に説明した。
「ま、待てよっ シャトゥンから人質を奪い返して逃げてきたって? じゃあ、あいつ今ごろお前らを――」
「大丈夫。シャトゥンは私達を追わないよ。むしろこっちが奴を追わないと……もう時間も少ないからね」
「……あなた方は、シャトゥンを倒そうとしているのですね」
マルガが静かに尋ねる。
それを聞いたデニスが正気じゃない者を見る目に変わる。
「は? う、うそだろ? 何、考えて――」
「そうしないとリーベを助けられない。……この子を蝕んでる呪いはもう、彼女の何もかもを黒い影で呑み尽くす寸前だもん」
それは絶対に許すわけにはいかないと強い意志を伝える。
マルガはそうですかと答えると少しの沈黙の後、一つの提案を切り出した。
「その方、リーベさん……でしたか? あなた方がこれからシャトゥンに挑もうと、言うのなら……彼女をここに置いていくと、いいでしょう……大部分を呪いに侵されているようですが、この場所にいれば……今しばらくは持つかもしれません」
「え? で、でも……」
「……私もそれを考えてた。――ヴェルメ。リーベを見て」
シュテルに言われ、ヴェルメは姉の状態を確認してみる。
呪いが全身を覆って、瀕死であるのは変わっていない。
それでも先ほどまでと比べると、血の気を失っていた顔色にはわずかに明るみがあるように見える。
呼吸もしているか怪しいほどか細かったが、今は寝息のような音と共に落ち着きを取り戻している様子があった。
「おねえちゃん……これ、どうして」
「この地下に入った時からここだけ異常なくらい澄んでるのを感じる。国全体が魔族の影響であんなに淀んでるのにこの場所だけがすごく清浄なのがずっと気になってた。それに、あなたのそのケガも……」
シュテルはマルガの怪我のことを指して言った。
(理由はわからない。でも、彼女の身体の状態はやっぱりまともじゃない)
見たところ彼女の身体にはロクな治療が施されていない。
ただ雑に包帯が巻いてあるだけだ。
包帯はデニス少年のやった処置なのだろうが、どう考えてもそれだけで緩和するような状態ではない。
失った右腕と千切れかけた右足。よく見ると腹部も抉れているようだ。
傷を負った時点で致命傷だったのではないか。
加えて全身を蝕む毒。
シュテルも魔物の持つ毒に詳しいわけではない。
だが知識がなくてもこれが致死性の強いものであることは知覚できる。
仮にまともな医療行為、あるいはリーベのような魔法による治癒があったとしても無理に違いない。
感覚としてそう理解できる、なす術のなさ。
まず助かるはずのない傷。
それが一日どころか一年以上だ。
今日この時まで持ち堪えているという事態がとても信じられるものではなかった。
「……あなたの疑問はわかりますよ、シュテルさん。こんな状態でどうして生きているのか? ……とお考えなのですね」
頷くシュテルにその感覚は正しいと答える。
「恐らくそれは……アレが理由ではないかと」
そう言うとマルガは食料が保管されている棚を目線で示す。
そこには食糧とは別に綺麗な小箱が一つ置かれていた。
「中を見ても?」
マルガの許可を得るとシュテルは小箱の蓋をゆっくりと開けた。
「――えっ?」
中を見たヴェルメが目を丸くして驚いている。
それは少女にとって思いもよらぬ物だったようだ。
「ヴェルメ?」
「……これって」
小箱の中に入っていたのは一枚の布だった。
それは全体が紫色で細長く輪状になっており、金色の花のようなマークのデザインがいくつもあしらわれている。
「輪袈裟と言うのだそうです。綺麗でしょう……? 以前、ある方から頂いた私の大切な宝物なんです……」
そう語るマルガの言葉からは嬉しさが見えた。
「これ……トマリ様が持ってたものだ」
「……やっぱりそっか」
ポツリと呟いたヴェルメの言葉にシュテルが納得する。
この地下貯蔵庫が町の淀みから切り離したかのような清浄さに包まれていたのは、この一枚の布が放つ力によるものだった。
「ヴェルメのペンダントと同質の力を感じる。……つまりこれはトマリ様の加護だよ」
「……あなた方はトマリ様をご存じで? ……いえ。あの方が勇者様と共に成してきた功績を想えば、それ自体は不思議ではないですが……あなた方の言いようは……」
「……はい。私達は、個人としてトマリ様を知っています。深く関わっていたわけでは、ないですけど」
「…………そうですか。不思議です……今になって、そんな方達と……出会えるなんて」
そう言いながらマルガは思いを馳せるように目を閉じる。
眠ったかにも見えたが、やがてゆっくりと目を開けてデニスを見た。
「ごめんなさい、デニス……少しだけ、この人達と私だけで話がしたいの……いいかしら?」
そう言われたデニスは少し戸惑った様子になるが、すぐに従った。
「わ、わかった。……上にいるから何かあったら呼んでくれよ」
デニスが上に戻ったのを見届けてから、マルガは消え入るような小さい声で話し始めた。
「私がトマリ様と出会えたのは……二度です。一度目はクルク様に連れられ、初めて訪れた……まだ無名のあの方を。二度目は魔王を討つ……勇者一行として、この国を訪れた時」
マルガは自身の思い出を静かに、丁寧に語りだす。
それはもう二度と訪れない機会を逃さないよう、慎重になっているようにも見えた。
「初めてお会いした時から、本当に優しい方でした。……我ながら可笑しくて、恥ずかしいのですが……私は、あの方のことを……」
「っーー!」
ヴェルメがマルガの手をそっと握る。
枯れ木のように細い腕は幼い少女の力でも折れてしまいそうなほど、か弱いものだった。
「あ、あきらめないで……ください。私のおねえちゃん、傷を治す魔法が得意なんですっ い、今はムリだけど、おねえちゃんが治れば、きっとマルガさんのケガもーーっ」
「ヴェルメ」
突然、シュテルがヴェルメの言葉を遮った。
ーーヴェルメの危惧してることはわかる。
確かに彼女の語る言葉からは自分の死期を認めている諦観が感じ取れるから。
(でもそれは……しょうがないことだ)
「シュテルさん……?」
「なんでもない。ーーマルガさん、どうしてあの子を遠ざけたんですか?」
噴き出そうな感情を堪えてシュテルは気になっていることを尋ねる。
わざわざデニスをこの場から外したのは彼に聞かせたくない話があるからだろう。
「……あなた方に一つ、お願いしたいことがあるのです。無理に、とは言いません……ですが、もし……可能であればと、思ったのです」
「……お願いっていうのは?」
少しの間を置き、マルガはゆっくりと伝える。
「家を……私の家の様子を、見てきて頂けないでしょうか……」
「! あなたの家?」
「家族が、家にいるはずです……両親と、弟の三人です。あの人達が無事なのか、知りたいのです……」
家族が心配ーー彼女の状態を思えば当然の心境といえる。
この国の人民は実質、シャトゥンによってそれぞれの民家に幽閉されている状態だ。
確かに生きていれば自分の家にいると考えられる。
「家族に自分のことを知らせようと?」
「いいえ……ただ無事を確かめたいのです。むしろその際に私が生きていると……伝えるのだけは、避けてほしい……」
「えっ ど、どうしてですか……?」
「今の私と再会しても……何の希望にもならないからですよ。家族はとうに私が死んだと思っているはず……それはそうでいいのです」
再会も一目姿を見ることも望まない。
ただ無事でいてくれているかどうかを知りたい――目の前の女性はそれだけを口にした。
「デニスは毎日、危険を顧みずに家を出ています……私の傷の手当てに使えそうな物を見つけては持って帰ってきて……必要ないし危ないからやめるよう言っているのですが、聞きません……具体的には知りませんが、他の理由でも外を見て回っているようで……とても心配です」
マルガ本人と違い、デニスは彼女の命をどうにか救おうと必死になっている。
むしろ彼女が自分を諦めているからこそ頑なになっているのかもしれない。
「デニスを遠ざけたのは、あの子には私の望みを教えていないからです……あの子に伝えてしまえば、きっと私の願いを叶えようと家に向かうでしょう……ただでさえ危険を冒しているあの子に、こんな事は言えません……」
「……そうかもしれませんね」
「……それで、どうでしょう? どうか……引き受けては、頂けないでしょうか……?」
無理にとは言えないーーそう弱々しく口にするマルガの言葉には、それでも確かな切願が込められていた。
「ーーわかりました。でも、それは私達がシャトゥンを倒せた後です。なので、約束はできません」
「十分です……本当にありがとうございます……」
わずかに変わった声色と表情が安堵の思いを伝える。
「家族の名前、今聞いておいても?」
「両親はマルコにマルノーと……それと弟の名前はマルテです」
「わかりました」
シュテルは聞いた名前をしっかり頭に入れながら考える。
最優先すべきはシャトゥンを倒し、リーベを呪いから解放すること。
それは結果としてこの国を蝕む元凶を除くことにも繋がるのだから間違いではない。
問題はそれを実現できるかだが。
(でも、やるしかないんだから)
一瞬頭に浮かんだ余計な茶々を払い、ヴェルメに声をかけてから立ち上がる。
「もう私達、行きます。かくまってくれてありがとうございました。それから、少しの間リーベをお願いします」
「はい……ただ祈ることしかできませんが……どうか、ご無事で……それから、ヴェルメさん」
「は、はいっ?」
「私を気にかけてくれて、ありがとう……でも大丈夫。あなたのお姉さんを助けられるよう、祈っています……」
「ーー……」
出ていく二人を見送り、地下に静寂が戻る。
(強い……子達)
仲間を、家族を助ける為にやらざるをえないのだろう。
でも、やらなければならない事を実行に移すのは簡単ではない。
それが立ち向かうことであるならば尚更だ。
(まだ子供なのに……なんて眩いんだろう)
……相手は災魔。それを倒すなどあまりに無謀が過ぎる。
考え直せと止めるべきだろう。
逃げてくれと願うべきだろう。
でも彼女達はこの暗く冷たい世界が振り撒く絶望に、なお屈せず抗おうとしている。
その高潔さに私などが小石を投げていいはずがない。
それに……もしかしたら、と。
人間らしく身勝手に期待してしまう自分も確かにいる。
「トマリ様……どうか」
マルガは輪袈裟が入った小箱を眺めながらもういない、かつて思い焦がれた人物へと向けて祈る。
「お願いします……私を今日まで、守ってくれたように……あなたが残した、その加護を彼女達に……どうか」
あなた方に比肩する勇気を持った、あの小さな勇者達の行く末を照らしてください。
そして……どうか人々が未来を持ち直す為のお力添えをーー
**
「あ……マルガねえちゃん、大丈夫だった?」
上に戻るとデニスが心配そうに尋ねてきた。
「うん。助けてくれてありがとう。ただ……まだ迷惑かけることになって悪いんだけど、この子のお姉さんを少しの間だけ見守っててほしいんだ」
シュテルの言葉に合わせてヴェルメがペコリと頭を下げる。
デニスはそれに返事をせず、代わりにしばらくの沈黙を置いてから二人に問いかけた。
「……お前ら、本当にシャトゥンを倒しに行くんだよ……な?」
「……そう決めてここに来たから。確かに怖いけど……やるしかないんだ」
「ご、ごめん。別にケチをつけたいわけじゃなくてっ ただ、本当に本気なんだっていうのを……ちゃんと知りたくて」
最初と比べて、その態度にはどこか謙虚さが見える。
言葉を選ぶようにデニスはゆっくりと話をする。
「オレ、さっき外に出た時に油断して魔物に捕まちゃってさ。でもその時にデカくて黒い魔物を連れた兄ちゃんに助けられたんだ。最初はワケわかんなかったけど……」
「ヴンダーとアシュティンさん……」
「……やっぱり仲間だったんだな。じゃあ今ごろ……」
「……うん。だから急がなきゃいけないんだ」
デニスの家に避難できたのはシュテル達にとって思いがけない幸運だった。
トマリの加護に包まれたあの貯蔵庫の中であれば、リーベの呪いの浸食も一時的にではあろうが停滞させることができるだろう。
リーベの命の猶予をわずかでも担保できたことの価値は大きい。
とはいえ、やはり時間をかけすぎた。
シャトゥンと二人の戦いはとうに始まっているはず。一刻も早く助けに向かわなければ。
「――なあ。シャトゥンのいる宮殿に向かう気なんだろ? オレ、いい道を知ってるんだ。そこを使えば魔物に見つからずに宮殿に入れると思う。オレがそこまで案内するよ」
「えーー」
デニスの思わぬ申し出に驚くヴェルメと一瞬思案するシュテル。
「……確かに魔物の群れをどうやって掻い潜ろうか考えてはいたけど」
「で、でも……あぶないよっ さっきだって捕まるところだったんでしょ?」
「あれは事故みたいなもんだ。もうあんなヘマしないって。ちゃんとお前らが宮殿に忍びこめるように案内するから任せてくれよ。悪い話じゃないだろっ?」
ーー確かに。
文字通り人間に代わって町中を謳歌している魔物の目の数は、もはや見つからずに進むなど不可能に近い。
下手をすれば、また立ち往生してしまいかねないだろう。
「……マルガさんに言ってない理由で外に出てることがあるって聞いた。そういう抜け道に詳しいのはその成果ってこと?」
「……そんなとこかな。それで――どう? オレの案内、必要だろ?」
「シ、シュテルさん……」
ヴェルメはデニスの心配をしているのだろう。
しかしこちらの都合だけを考えれば断る理由はない。
どこのどんな隠し道か具体的なことはまだ聞いていないが、見つからずに済むのであれば結果的にそれは近道になれるはずだ。
今のシュテル達にとってデニス少年の提案には十分、魅力がある。
ただし。
「あなたの案内はあくまでその隠し道がある場所まで。絶対に宮殿までついてこうとはしないで。それと、案内が終わったら寄り道しないで真っ直ぐ家に帰ること。わかった?」
念のための警告ではあるが間違っても無茶な行動に走ることがないよう、シュテルは役割を厳しく少年に伝える。
「……親みたいなこと言うなよ。わかってるって、変に疑うなよな……あ、でも代わりってわけじゃないけど一つだけいいっ?」
「なに?」
「ーー約束してほしいんだ。シャトゥンを絶対に倒すって。この国のみんなを助けるって……!」
この国全ての人の悲痛な願いが一人の少年の声となって二人の少女に届く。
「……」
……わかってる。暗闇の中で支配されて絶望の底にいる人々。
縋れる光を失っても尚、新たな救いを必死に探しているのだ。
きっと応えてあげるべきなのだろうーー少しでも希望を持たせたいのなら。
でも……きっとそれはダメだ。
「ーーマルガさんにも言ったけどね。約束はできないよ。だって失敗したら責任取れないでしょ? 安請け合いで他人を喜ばせるなって教育されてるの、私」
私達は勇者じゃない。彼らの代わりになろうというわけでもない。
見せかけの希望なんて今の世界じゃ残酷なだけだ。
これは私達が私達の中で勝手にやると決めただけの話。
救いを求める人達の手を取ろうとするべきじゃない。
「――まあ、でも全力は尽くすよ。ね、ヴェルメ?」
「あ……は、はいっ! 全力っ つくしますっ!」
世界の命運なんてとても背負えないけど、やると決めたからには必死は絶対。
あの森を出て、みんなについてくと決めたのだ。
なら私は仲間のために――友達のために。
「さ、もう行こう。それじゃあお言葉に甘えるからね、デニス」
「――最初は他の家に隠れながら移動するぞ。人がいても気にしなくていい。とにかくオレについてきてくれ」
(今行くからね……ヴンダー、アシュティン)
デニスの案内を受け、二人は再びシャトゥンのいる宮殿へと向かった。




