魔影との死戦
"どうなってるんだーー"
ヴンダーは切り刻まれ崩れた体をなんとか起こし、笑みを浮かべる敵を睨みながら考える。
"絶対に手応えはあるのに、どうして……っ"
*
そう。間違いなく手応えはあった。
剣に斧、槍、槌。
様々な形と大きさの武器がシャトゥンの影から無数に現れる。
鋭い音を立てて空を走り、縦横無尽に飛び回る影の凶器を掻い潜る。
アシュティンはその場で足を止めて四方から迫る死の刃を的確に避け、弾いていく。
ヴンダーは囲まれるよりも速く、正面に立つ敵に向かって跳んだ。
獲物を逃した黒い凶器の群れはすぐさま背後から追尾する。
だがそんなものは関係ない。
たかが十本程度の凶器が刺さったところでこの体なら痛いだけで済む。
この男さえ仕留められればその程度は許容範囲だ。
コイツはリーベや普通に生きてる人間を苦しめる元凶だ。許せない。絶対に消してやる。
その意志を持って、ヴンダーは災魔という脅威に立ち向かう。
"今度は逃がさない! 一撃で殺すーーッ!!"
風を裂き、黒い巨獣が突進する。
並みの生物なら触れるだけでバラバラに吹き飛ぶほどの速度。
すれ違いざま、その勢いを持って容赦なく爪を敵へと振り下ろす。
"……やった!”
確かな手応え。回避も防御も許さず。
ヴンダーの赤爪はシャトゥンを左肩から袈裟状に切り裂き、一瞬で複数の肉片へと変えた――はずだった。
"――!?”
立っている。
ヴンダーが振り返ると男は何事もないかのようにその場に立っていた。
その姿を視認した直後、ヴンダーを貫こうと飛び回る凶器が眼前まで迫る。
"この……ッ!”
ヴンダーは体を捻り、尾を振って飛来する凶器の群れを弾き飛ばす。
そしてすぐさま態勢を直し、悠々と立つ敵に再び飛びかかった――が。
"ッ!? なっ――”
再度跳ぼうとした体は動かない。
帯状の黒いモノがヴンダーの四つ足に絡みつき、その場に縫いとめている。
そしてソレはヴンダー自身の影から伸びてきていた。
"くそッ……!"
動かせない。振り払うどころか足を数センチずらすことすら出来ない。
そして帯状のソレとは別に数本の槍が現れた。
ヴンダーの影を使って生まれた凶器は束ねられたように集まるとヴンダーの腹部を貫き、そのまま真下から巨大な身体を持ち上げた。
"……!!"
「ハハッ――」
シャトゥンは串刺しにされ空中で踠くヴンダーを愉快げに見上げている。
ーーそこにアシュティンが遅れて現れた。
背後を捉え、低い姿勢から敵の首へ目がけて容赦なく斧槍を振るう。
「チ……!」
躱された。
首級を狙った一撃は空を切る。
斧槍を避けたシャトゥンの手にはいつの間にか黒剣が握られている。
そしてアシュティンの方へ振り向きざまに斬りつけた。
「……ッ!」
しかしアシュティンは身体をのけ反らせ、首を断ちにきた刃をかわす。
それと同時に相手の得物を蹴り上げ、手元から弾き飛ばした。
「あれっ」
間の抜けた声をだした敵の隙をアシュティンは見逃さない。
のけ反った勢いのまま身体を一回転させ、体勢を立て直す。
逆に体勢を崩した相手へとすかさず攻撃を放った。
(とった――ッ!)
「!」
振り上げた白槍の斬撃はシャトゥンの左大腿から右肩を切り裂いた。
捉えたという確かな手応え。しかしまだ足りない。
魔族の並外れた生命力を確実に絶つべく、アシュティンは更に刃を振り抜く。
「終わり……だッ!!」
止めの一閃。
振り抜かれた斧槍は今度こそ敵の首を斬り落とした。
力を失った身体と飛ばされた首が床に落ちる瞬間まで一人と一匹は見届けた。
間違いなく見た――のに。
「残念。まだボクは元気いっぱいだ」
なぜ何もなかったようにそこにいるのか。
息がかかるほどの距離でアシュティンの隣に立ち、シャトゥンが囁いた。
そして肩を抱き寄せると、手に握った短剣をアシュティンの喉に突き立てようとかかる。
"アシュティン――ッ”
「……ぐッ!!」
なんとか手を動かして、すんでのところで刃を掴んで止めた。
そのまま反撃に転じようと試みるが、それよりも速く相手の拳がアシュティンの腹に叩き込まれる。
「が……ッ!!」
アシュティンの身体が衝撃で浮き上がる。
続けてシャトゥンがくるりと軽快に回ると握っていた短剣がまるで手品のようにメイスへと変わり、動けない獲物を殴打した。
「ッ……!!」
全力投球したボールさながら勢いよくアシュティンが吹き飛び、石柱に叩きつけられる。
衝撃で割れた柱にもたれかかり、崩れ落ちそうな身体をなんとか支えている。
「フフ……」
薄く笑うシャトゥンの両側に数本の剣が現れる。
餌に飛びつく許可をもらえるのを待つ獣のように、主人の周囲を浮遊している。
その切先を獲物の方へ向けながら。
"アシュティン……!"
ーーまずい。アシュティンは生きてるし意識もある。
でもさっきの攻撃のせいで、まだ立ってるのがやっとだ。
彼なら少し待てば復帰できそうだけど、今追撃されたらーー
「ーーッ! ーーーーッ!!」
ヴンダーが吼える。
アシュティンと違いダメージという意味ではどうということもないが、こっちの場合は物理的に動けない状況だ。
自分の影から伸びてきている束なった数本の槍。
それが腹部を貫いて身体を持ち上げている。
"このままじゃアシュティンがーーそんなことさせるかッ"
しかしどうにか拘束から脱しようと踠くも槍は抜けそうにない。
更には手足が帯に捕まっているせいで身じろぎ一つするのも困難だ。
ヴンダーは身体を止める影を憎たらしいと睨みながら唸り声を上げる。
"ああもう、邪魔だ。影のくせにーー自分の影なのに邪魔するなッ”
唯一自由の利く尾を横に一振りすると尾の棘が二本発射された。
一瞬、見当違いの方向に飛んで行ったかと思われた棘はその軌道を急激に変え、ヴンダーを縛る影を狙う。
「! ――へえ?」
シャトゥンがヴンダーへ目をやる。
棘はヴンダーの前足に絡んでいた帯と腹部に刺さった槍を破壊した。
パリンというガラスが割れたような音と共に影が霧散する。
予想外に脆くあっさりした感触にヴンダーはわずかに戸惑ったが、すぐにどうでもいいと思考から捨てる。
着地したヴンダーは後ろ足を捕まえている残りの帯を喰いちぎると、シャトゥンへ向かって再び突進した。
「――――ッ!!」
黒い巨獣は咆哮し、腕を振り下ろす。
自分より小さな生き物を一瞬で押し潰すそのパワーは、しかし目の前の男には通じない。
真上から襲う強大な圧力を片腕で制するその表情には焦りなど一つもなく、ただ楽しそうな笑みだけが浮かんでいる。
「ーーーーッ!!」
調子に乗るなと吼え、尾を横に振るうと再び三本の棘が射出された。
ヴンダーの怒りに応えて棘は三方向から敵へと迫っていく。
「じゃあ、こうで」
そう言って指をくいと動かすとシャトゥンの影がせり上がり、一瞬で自身の周囲を覆った。
盾のようにその身を囲う影。その黒壁で棘を防ぐつもりなのだろうが。
――そんなのもう無駄だ。
捕まえてたはずの拘束があっさり壊されたのを見なかったのか。
この棘で撃ち壊してやった。この牙で喰いちぎってやった。
偶然、さきほど得たばかりの実感はこのまま押しきれるという自信をヴンダーに持たせた。
"オマエの影より、こっちの棘のほうが強い――ッ!”
その確信通り棘が触れた瞬間に影の盾は容易く砕け散り、内にいる敵を貫く。
片腕と足先を残して、シャトゥンの総体は三本の棘によって吹き飛ばされた。
しかしーーーーやはり。
"どうしてーー"
眼下には無傷の魔族が変わらず笑みながら、こちらを見ていた。
「ーーーーッ!!」
湧き出た恐れをもろとも押し潰すように、もう一度足を叩きつける。
グシャリ、と生き物を潰す確かな感触がヴンダーに伝わる。
防ぐことも避けることもせず、無抵抗にシャトゥンは振り下ろされた足を受け入れた。
「ーーーーッ!!」
ヴンダーは吼え、二度三度と叩きつける。
一度目ですでに相手の肉体は原型を留めないほど破壊されている。
動きだす様子もない。
それでもヴンダーは叩きつけることをやめない。
床が大きく割れ、肉片がより細かく飛び散っても尚、繰り返す。
まだ生きている。
もっと、もっと壊さないとこの怪物は死なないと。
"死ね! 死ね、コイツーーはやく死ねッ!!"
この恐ろしい存在を早く消したいという意思に突き動かされ、ヴンダーは肉片となった物へ追い打ちをかけ続ける。
だがそんな獣を嘲笑うように背後から声がかかる。
もうそこじゃないよ、と。
"ーー"
ヴンダーが振り向き、飛び退くよりも先にシャトゥンの影から十を超える武器が飛び出した。
"……ッ!"
飛び回る凶器はヴンダーの全身を斬り刻み、前足を二本切り落とした。
バランスを失ったヴンダーはその場で床に崩れ落ちてしまう。
"どうして、なの……? 何度攻撃を当てても、次の瞬間には傷一つない……っ"
攻撃が効いてない。いや、当たってない?
偽物? 幻覚? 手ごたえは確かにあるのにーー
悠然と立っている敵を睨みながらヴンダーは必死に思考する。
「ーー君達の殺意と闘争心がとても心地いい。今、ボクらは紛れもなく奪い合いをしている。勇者達の死後、久しく得られなかった感覚だ」
シャトゥンは手を止め、追い討つことをしなかった。
代わりに相手が態勢を立て直すのを待つように語り出す。
「箸休めに聞いてくれるかい? 自分で言うのもなんだけどボクは前向きな性格でね。大抵のことは笑って受け入れるし、何か失敗をしたところで、くよくよしたりしない。だけど……一つだけどうしても後悔していることがあるんだ」
"……?"
聞きたいわけではなかったが、静寂の戻ったこの空間に唯一響く声が嫌でも耳に入ってくる。
「それはねーーボクがこうして生きていることだよ」
"……は?"
自分が生きてることを後悔? 何を言い出すんだ、コイツは。
「ボクは勇者達との戦いに敗れた。本当ならボクはそれで終わっていたんだ。なのに未だこうして生きているのは、ボクがまだ死にたくないという思考を抱いてしまったからだ」
"ーーーー"
……戦いに負けたことで死にたくないと考えた。
それで今こうやって生きてるのだから思惑通りになったということじゃないのか。
しかしそれを語る男の表情に得意げな様子はない。
「彼らの名誉の為にも言うけど、彼らは決してトドメを刺し損ねたわけじゃない。ボクは間違いなく戦いに負けた。それをボクは醜く足掻いたことで彼らを侮辱した……そう。侮辱したんだ」
楽しいと無邪気な笑みを変えなかったシャトゥンの様子は一変し、その目にはハッキリと怒りを宿していた。
そして手に持った剣を自分の首に押し当てると、躊躇なくその頭を切り落とした。
"!? なっーー"
力なく崩れ落ちた身体の影から再びシャトゥンが生えてきた。
そのまま何事もないかのように話を続ける。
「奪い合いは素晴らしい。そこに互いの全部が乗っているほど、その行為は最高の価値を生んでくれる。ーーだというのに、ボクって奴はさぁ」
自分語りに男は呆れとため息を混ぜていく。
「生存欲求と魔族としての生命力の強さにあれほど憤りを覚えたことはなかったよ。必死で掴み取った相手の勝利に水を差すなんて最低の行いだ。君達もそう思うだろう?」
――勇者達は自身と他の人間達の存在を賭けてボクを打ち倒し、奪い合いに勝利した。
彼らは讃えられるべきであり、ボクは彼らの為に消えるべきだった。
ボクの死は彼らにとって当然得るべき正当な報酬だったのに。
それを一瞬の気の迷いで台無しにしてしまったんだ。
本当に腹立たしい。
度し難いほど醜悪だ、と災魔は語った。
「……ふざけ、んな。だったら黙って死に直してろッ! 人を苦しめて楽しんでないで今からでも消えちまえ!!」
アシュティンの怒りにシャトゥンは笑って返す。
「アハハ、悪いけど黙って死ぬのは嫌だね。生き延びたのが本意じゃなかったとはいえ、なんだかんだ日々を謳歌するのは楽しいからさ」
だから、それをするのは君達だーーと魔族は言う。
「もう一度、奪い合うことの価値を感じさせてほしい。そして可能ならーーボクから全部を奪ってくれ。圧倒的に。生存本能が介入する余地もないほど完膚なきまでに! それが果たされるのなら、ああーー何よりも勝る幸福だろう!」
アシュティンが槍を再び構える。立て直すことができたようだ。
ヴンダーも切断された足の再生はできた。
刻まれた身体の傷の修復もほぼ終えている。
「……負けてたまるかッ オマエらをこれ以上のさばらせておくわけにはいかねえ……! 絶対にここで倒すッ!」
「ーーッ!!」
ヴンダーの咆哮を合図に再び殺意が交錯した。




