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暗影を投ずる

「ん……ぅ」 


 眠っていたヴェルメの顔に何か湿った柔らかいものが当たっている。

 頬を押し上げられるようなその感覚に目を覚まし、その正体がヴンダーの鼻先であることを確認した。


「ヴンダー……起こしてくれてありがとう」


 リーベが連れ去られてから何度目かの朝。

 ヴェルメは体を起こし、目をこすって自身の覚醒を促す。


「目が覚めたか、ヴェルメ。起きたてで悪いけど軽く食ったら、すぐに出発するぜ」


 そう言ってアシュティンはケニンヘの肉入りスープをヴェルメに差し出す。


「……」


 木皿に満ちた食事を見て、ヴェルメのお腹がくぅと小さく鳴った。

 リーベがさらわれた最初の日には感じなかった空腹感が食欲を程良く刺激する。


「ホント遠いったら…ゲルプを指定したシャトゥンには腹が立ってしょうがないけど、とにかくリーベにはもう少しだけ踏ん張っててもらわないとね。ーーヴンダーも今のうちにたくさん食べて精をつけてね。今日もいっぱい走ってもらうから」


 スープを息で冷ましているシュテルの言葉にヴンダーがワン! と吠えて応えた。


(おねえちゃん……)


 ヴェルメは大切な姉の顔を思い浮かべる。


 リーベを助け出す。

 その言葉を絶対の目的と決心に変えて、胸の中で燻らせる。


 まだゲルプまでは距離がある。

 到着するまで決して揺らぐことがないように頭の中で目的を何度も反芻させる。


 自分に何が出来るのかーー何か出来るのかはわからない。

 それでも誰かの背に隠れて怯えているのはダメだと自分を戒める。


「食べよ、ヴンダー。ーーがんばろう、ね」


 お互いの顔を見合わせ、一人と一匹は熱いスープを頬張った。



***



 ゲルプ国の宮殿の最奥に作られた王の為の寝室。

 その寝所に置かれたベッドには一人の少女が眠っている。


 しかしその眠りは決して安らかなものではない。

 呪いに侵された身体には熱されているかのような痛みが広がっている。

 顔は蒼白となり、なんとか己の命を繋ぎ止めようと必死にか細い呼吸を繰り返している。


 リーベは耐えている。

 ここで死ぬわけにはいかないと身を蝕む悪意に対して必死に抗っていた。


 ーーーーガチャ


 その時、部屋の扉がゆっくりと開かれた。

 しかしシャトゥンではない。

 部屋の外から現れたのは小さな少年だった。


「……」


 どこから迷い込んだのか何故ここにやって来たのか。

 扉を開けた少年はまず顔を覗かせ、キョロキョロと部屋の中を見渡す。


 少年に怯えた様子はない。

 まるで隠れて悪戯をする前のようなワクワクとした表情が見て取れる。


 その目がベッドに横たわるリーベの姿を認めると、ひょいひょいと軽い足取りで近づく。

 意識を閉ざしたリーベはその気配に気がつかない。


「……」


 少年は額がくっつきそうな程の距離でリーベの顔を覗き込む。

 そして体を下から上まで舐め回すようにじっくりと見つめた少年は瀕死の彼女を見て愉快そうに笑みを浮かべた。


「っ、ヴェ……ルメ……」


 夢を見ているのか、苦痛に呻く中で無意識に妹の名前を口にする。


「…………くすっ」


 少年はリーベの体に覆いかぶさる形でピョンとベッドに飛び乗った。


 呪いに侵され、汗ばんだ少女の体。

 その首元に口を近づけて――――




「――そろそろ、やめてくれるかな。その彼女はボクの客人なんだから」


「あっ」


 突然、少年の体が浮き上がった。

 いつの間にかシャトゥンが現れ、少年の首根っこを掴んで持ち上げている。


「まったく……死にかけて寝こんでいる少女にすることかい? 紳士的に振る舞えとまでは言わないけど、さすがに品がなさすぎると思うね」


 シャトゥンは掴んでいた手を放し、少年を床に落とした。

 怖がった素振りで自分を見上げるその子供に対し、戒める。


「ひっ……ご、ごめんなさいっ 僕、悪いことしてないです……っ ただ道に迷って……偶然ここに入っちゃっただけなんです……っ! 許してくださいっ!」


 体を震わせて涙目で懇願してくる少年を見下ろしながら、シャトゥンは溜め息をついた。


「勘弁してほしいなぁ。そのクオリティの低い小芝居をボクに対して見せることに何の意味があるんだい? ボクにだってつまらない茶番を断る権利はあるだろう? ――――フリュクト」


 シャトゥンは少年に対して名前を呼んだ。


 フリュクト。

 その名で呼ばれた少年は固まったように表情と動きを止めた。


 するとビクン、と少年の身体が大きく跳ねた。

 その後、小さい痙攣を繰り返してから目や耳、鼻や口と、顔のあらゆる箇所から流血が始まる。


 先程までと打って変わり、少年は血を流しながら白目を剥いてピクリともしない。


 その様子はとても意識があるようには見えないーーが。


『ア、あ……これはすまなかったね、シャトゥン。人間の若い娘。しかも魔法使いなど久方ぶりに見たのでね。いけないとは思いつつも、つい舌づつみが抑えられなかったのさ』


 かすれて濁った音が声として形となる。

 そのしゃがれた声と同時に少年の喉奥からコポコポと音が鳴り、口から更に血が溢れる。


 少年の口は動いていない。

 少年の中から少年ではない声が聞こえる。


「悪気はなかったとでも言いたげだね。そもそも他人の領地に勝手に忍び込んだあげく、私財にまで手をつけるなんて……さすがに暗黙の了解というものを軽視しすぎていないかい?」


『尤もな不満だ。でも私も気になっていたんだよ。その少女、魔王様のペンダントを持つ一団の仲間だろう? なにしろほら、君の部下ーーああ、名前は忘れてしまったけど。彼の話を聞いてから気になってね。ずっと彼らの様子を伺っていたんだよ』


「ネストか。君に絡まれるとはあいつも災難だったね」


『そうそう、そんな名だった。いや、本当に興味深かったのさ。特に魔物に変ずるという、あの黒い獣とかね』


「ーーだろうね、フリュクト」


『ああ、そんな怖い声を出さないでくれ。もちろん君が先に唾をつけていた相手なのは知っていたから横取りする気なんて毛頭ないとも』


 自分の発言で空気のピリつきを感じたか、声の主は城の主をなだめすかす。


「その割には認識と行動が釣り合っていないようだけど?」


『広量な君なら多少の"おいた"は許してくれるかと思ったんだけどねぇ』


「やれやれ、君ってヤツは反省しないね。ボクが広量でいられるかは"おいた"の内容にもよるって理解してほしいものなんだけど」


 シャトゥンは血を流す少年の身体を見ながら呆れたように口にした。


「大体その少年だって、この領地で得たボクの大事な財産なんだぜ? それを勝手に食い荒らされても咎めてないんだ。度量の広さなら十分に見せているよ」


『ーーフフ、アハハハ! それもそうだね。返す言葉もないよ、シャトゥン』


 シャトゥンの反論を受けてフリュクトはコポコポと愉快そうに声を上げた。


「ということで重ねて言っておくよ、フリュクト。この子に手を出そうとは思わないでくれ。これからやって来る大事な客人は彼女を取り戻す目的で来るんだ。なのに健啖な君の餌食にしてしまうのは興醒めもいいところだし、何より彼らに申し訳ない」


『……申し訳ない? まさかその為にその少女を保存しているのかい? 人間の都合に合わせる為に?』


「そうとも! 彼女を助けるということこそが、彼らがボクに会う為のモチベーションになっているんだから。それを大事にしない理由なんてあるはずもないだろう」


 シャトゥンは愚問とばかりに声を張り、同胞の抱いた疑問を無価値と断じる。


『……わからないなぁ。確かに人間は愉快で美味しくて私も大好物だが。人間の都合を優先して律儀に命をとっておくのはどういう了見なのだろう。モチベーション? それを人間に持たせておくのがそんなに大事なのかな?』


「君にわかってもらおうとは思わないよ。これはある時、突然ボクの中に生まれた感動と、疑問と、執着だからね」


 自分の行いや思考が異端だと自覚した上で、それでもシャトゥンはこともなげに答えた。


『ふーむ……やはり君は変な奴だな。勇者達に一度敗れてからの君は殊更に変だ。人間が交わす約束事なんて簡単に破り捨てられるというのに。君のその思考は魔族(わたしたち)の本質とズレているように感じるよ』


「そうかい? まあどんな感想を持つも君の自由さ。けど邪魔だけはしないでくれ。彼らはボクの賓客だ。それを横取りしようとするなら同じ災魔であろうとタダではおかないよ」


「っ……、ぁ」


 リーベが苦痛に呻く。

 同胞への警告代わりとして表したシャトゥンの殺意は重圧となり、部屋にいる者全てに強くのしかかっていく。


『その物騒な気配を引っ込めたほうがいい。このままでは私よりも先に彼女が圧死してしまうからね。ーーわかったよ、大人しく帰るさ。私は君を友達だと思っているから怒らせるのは本意じゃない。それに最初から言ってるように横取りする気なんてないしね。私が来たのはあくまで興味本位だったと理解してくれると助かるよ』


 そう言い終わると共に少年の体がビクンと一度大きく跳ねると、そのまま床に倒れて動かなくなった。


『一度人間に敗北を味わわされた君だ。油断して……ましてや勇者でもない人間達に負けるなどとは思わないが――もし万一、一人では荷が勝ちすぎると感じたなら是非私に声をかけてくれ。数少ない同胞としての好誼にかけて、いつでも力を貸そうじゃないか――――……』


 それきり声は聞こえなくなった。

 倒れた少年は事切れている。


「……やれやれ。おこぼれに預かりたいだけのことを良いように言うものだね」


 シャトゥンは動かなくなった死体を見ながら再び溜め息をつく。


 ーーまったく、せっかくいい気分が続いてるのだから水を差さないでほしいものだ。


 見え透いてるほど欲に素直なところは嫌いじゃないけど、彼女の場合はもう少し道理ってものを弁えてほしいね。


 まあ、いいか。

 どうせあのまま大人しく帰ったってことはないだろうけど、ボクから漁夫の利を狙おうとするほどあの"狂い血"も愚かじゃない。

 見物がしたいというなら、勝手にさせておけばいい。


「……何、を……してるの……? その、子ども、は……」


「――ああ、騒がしくしてしまってすまなかったね。気にすることはないから君はゆっくり休んでいるといい。死体はボクが片づけておくよ」


 そう言うと近くに置かれたテーブルの影が死体の側まで伸びてきた。

 そのまま体の下に潜りこんだその影は血の一滴の痕跡も残さず死体を飲みこんだ後、何事もなかったかのようにテーブルの影へとその形を戻していった。


「邪魔したね。それじゃあ引き続き良い夢を」


 シャトゥンは爽やかに微笑んで部屋から退室していった。


「……」


 リーベは体を動かそうと試みるが上手くいかない。

 上体を起こすことすらままならない自身の有様を確かめ、より衰弱していることを実感する。


「っ……、ふぅ」


 ヴェルメ達はここへ向かっているのだろうか。

 ……正直、私に構わず逃げてほしい。あの男は危険すぎる。


 とはいえ、シャトゥンは私達に目をつけている。


 自分の部下をけしかけ、更には私をさらうことでみんなの気を引こうとするような男だ。

 逃げたところで興味を失って諦めるとは思えない。


「こんな所で、寝てる場合じゃ……ないのに……っ」


 リーベはベッドの天蓋を見上げるしかない自分の状況に歯噛みした。


**


 さて、彼らはもうそろそろ着く頃だろうか。


 ああ、とても楽しみだ。勇者一行が死んだことでボクの中に根差した空虚感を彼らは埋めてくれるだろうか。


 そうであってほしいーー


「彼らはボクの物だ……君にはあげられないよ、フリュクト」


 だって君は人間をただの食べ物としか見ていない。

 好きに弄んでいい、遥か格下の劣等種。保存食。


 けど、そうじゃない。

 人間にはもっと価値があるというのに。


 だから君はダメだ。

 魔族の価値観をなぞった君では彼らの相手は相応しくない。


 少なくともボクより先んじることは断じて許さない。


「そして君もだ……黒い獣の君」


 早く君を知りたい。

 君とする対話がどんなものになるか、とても楽しみだ――……



***



「――見えてきたね。あれがゲルプ国だよ」


 シュテルの指示でヴンダーは一度足を止める。

 先の方には小高い山が一つ佇んでいる。


"山……"


 この世界に来てから初めて見る山だ。

 そもそもヴンダーにとっては山自体が初めてではあるが。


 標高700mほどのその山を見上げると町を囲っていると思われる大きな城郭が見える。


"ここは山の上に人が住んでるんだ……"


 "雪"のいた世界の基準で言えば山の規模としては大したものではないが、大陸の中心位置と言われたこの地に堂々と聳えるその姿はどこか特別なものを感じさせた。


"あそこにリーベが……"


「っ……」


 ヴェルメも緊張の面持ちでゲルプを見つめている。


「よっと」


 シュテルはひょいとヴンダーの背中から飛び降りると、近くに見える窪んだ地面へ向かった。


「池だ……昨日は夜通し雨が降ってたもんね。ちょうど飲み水切らしそうだったからラッキーかも」


 そう言うとシュテルはいそいそと飲み水の容器を取り出す。


「って、今かよ……このまま乗り込もうって勢いだったのに」


「お水の補給は大事でしょ? それに、いよいよだからこそリラックスもしとかなきゃ」


 シュテルは軽い口調で言う。

 本音はどちらかと言うと後者のようだ。


「ーー休憩といくか。ただし長くは休まないぜ。シュテルが水を汲み終えたら、一気にゲルプへ行こう」


「まずは飲めそうかどうか確認するから、ちょっと時間ちょうだい」


 全員の賛同を確認してから一行はゲルプへ向かう前の最後の小休止を挟んだ。



 ヴェルメは休んでいる間もずっとゲルプ国へ目をやっていた。


(おねえちゃん……まだ無事だよね?)


 目的地が見えてきたことで動悸による胸の苦しさが強まっていく。

 なんとか緊張を鎮めようと深呼吸を繰り返すが効果は感じない。


 リーベが連れ去られて幾日も過ぎた。

 ヴンダーのおかげで本来より大幅な時短が叶ったとはいえ、それでも彼女を蝕む呪いの侵攻はかなり進んでしまっているはずだ。


 姉は生きているのか。

 シャトゥンを倒して、無事に取り返すことができるのか。

 募る不安がヴェルメの心を締めつけていた。


「はぁ…………うん?」


 見上げていた目線を下げると信じられないものが映った。


「ーーーーえ?」


 それは小さな女の子だった。


 ゲルプ国が建つ山へと続く荒れた街道。

 道の両端に点々と生えた樹木。

 その一本の幹からひょこりと顔を覗かせている。


(な、なんでこんな所に……?)


 当然の疑問を浮かべる。

 ヴェルメと目が合った少女はニコリと微笑むと、さっと幹に隠れてしまった。


「あっーー」


 ヴェルメは慌てて、その幹まで駆け寄った。


 ーー空気に甘い匂いが漂った。



"ーーえ? ヴェルメ?"


 伏せて辺りを警戒していたヴンダーはいるはずの人間がいないことに気づいた。


 ヴェルメがいない? なぜ?

 さっきまで自分の後ろにいたのにーー


 それに急に漂ってきたこの匂いは何?


 何かやたらと甘いーーこれは、血?


 ひくひくと鼻を動かし、ぐるりと周囲を見渡す。

 道の脇にはまばらに木が生えているが全体的に見晴らしはいい。

 その上、周りにしっかり注意を払っていたヴンダーが隣にいた少女を見失うなど有り得ないことだった。


「ワン! ワンッ!」


 ヴェルメへの呼びかけと、アシュティン達に異常を知らせる為にヴンダーは激しく吠えた。


**


「あ……あなたは、誰?」


 少女が隠れた幹の後ろを覗くと、少女は背中を向けてその場でしゃがみこんでいた。


 ヴェルメに声をかけられ、見つかっちゃったとイタズラっぽく微笑んだ。


「ふふ、わたし? わたしはここで遊んでただけよ。あなたこそだぁれ? 何をしてるの? もしかして、勇者様のマネっこ?」


「ま、マネっこ? って……」


 何を言ってるんだろうと困惑しながらもヴェルメは質問を続ける。


「……あなた、どこから来たの? どうしてこんな場所で一人で……?」


「うふふ、そういうあなたこそどこに行くの? もしかしてあのお山の上の町に行くの?」


「え……う、うん……」


「あそこにはこわ〜い悪魔がいるのよ? やめておいたほうがいいわ。それよりも私と一緒に遊ばない? そのほうがずっとずっと楽しいと思うわ」


 少女は楽しそうにくるくると踊っている。

 その存在を不可解に思いながらもヴェルメは答える。


「……おねえちゃんが、いるの。助けないといけないから……だから怖くても私……行かなきゃいけないの」


「へえ、おねえちゃん! いいね、おねえちゃん――わたしにもおねえちゃんが一人いるのよ? うふふ、ふふふっ」


 ……なんといえばいいのか、捉えどころのない少女だった。

 ヴェルメが返事に困っていると少女は距離を取り、先ほどのように別の木の幹に体を隠して顔だけを覗かせる。


「断られるって思ってた。さみしいけど諦めるわ。でもできれば……あなたとはまた会いたいなぁ」


「えっ――ど、どこ行くの? 待って! あなたは一体――」


「影に気をつけてね。影は怖いのよ? 物がなければ影はささないって言うけど、影がなかったら物だって在りえないんだから。――うふふ……ふふふ――――……っ」


 少女の無邪気な笑い声と共に甘い匂いが漂う。

 一瞬、視界が赤くなりヴェルメは思わず目を閉じる。


「――――ワンッ!」


「っ! ――ヴンダー?」


 声で振り返るとヴンダーが来ていた。

 その後ろからアシュティンとシュテルも駆け寄ってくる。


「ヴェルメ! 大丈夫かっ!?」


「アシュティンさん……」


「驚かすなよ。ヴンダーが慌ててたから何かあったのかと思ったぜ。――平気か?」


「う、うん。私は大丈夫。あのっ それよりここに女の子が――」


「女の子?」


 ヴェルメは少女が隠れた幹の後ろを確認するが、そこには何の痕跡も残ってはいなかった。


「そんな……いたはず、なの。私と同じくらいの女の子が……」


 クーンと鳴きながらヴンダーがヴェルメに近づく。


「んー……」


 シュテルはヴェルメが指差した幹の後ろにしゃがみこんで何か調べている。


「何かわかるか、シュテル?」


「――何も。でもさっき水を汲んでた時、一瞬だけ何か嫌な感じがしたの。自信はなかったけどヴンダーも反応したってことは多分、私の気のせいじゃないと思う」


 何もないことを確認したシュテルはパッパとローブを軽くはたきながら立ち上がる。


「一体なんだったんだ? シャトゥンが何か仕掛けてきたわけじゃないよな?」


「わかんない。でもヴェルメ、絶対に黙って一人で動こうとしないで。シャトゥンの根城はもう近いし、そうでなくても何が起こるか知れないんだから」


 確かに。当面の目標になっているとはいえ敵はシャトゥンだけではない。

 元凶である魔王がペンダントを狙っている以上、いつどこからその刺客が来るかわからないのだ。


「ご、ごめんなさい……」


「ここからはみんなで特に警戒していこう。いよいよ乗りこむよ」


「ああ、行こう。――――頼むぜ、ヴンダー」


「ワン!」


 ヴンダーが黒獣へと姿を変え、全員が背に乗る。


 そしてグロスブルーメ大陸の中心地、ゲルプ。

 山頂の大国を目指して、その四つ足を走らせた。

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