星の涙は森の中に
みんなが消えた――いや、違う。自分がみんなの前から消えた。
突然の事態をすぐに理解したシュテルだったが、対応するにはわずかに手遅れだった。
●●●
「きゃっ……!」
何か黒い塊が勢いよくぶつかってきて、シュテルは衝撃でそのまま地面に倒れてしまう。
「な……っ!?」
丸まった黒い布のように見えたソレはシュテルに覆いかぶさるように広がると、一部が触手のように伸びて彼女の体に纏わりつくように手足を拘束した。
(これ……まさか……っ!)
「グゥオオオオッ!!」
するとシュテルを拘束した“黒い布”に顔が浮かびあがる。
それは消滅させたはずの魔族ネストのものだった。
「お、おま……え……っ!?」
「オノレ……! オノレェェッ!! あの小娘を喰い殺してやるはずが……ッ! あのペンダント、直前でワタシに気づいて小娘を守りおった! 忌々しい道具め……ッ!!」
目の前の男には身体がなかった。
シュテルの体を押さえつけている広がった影の中心に顔だけが表出している。
彼女が放った光弾の雨を受ける直前、ネストは自らの頭部を切り離していたのだ。
(今まで頭だけで動いて、ずっとこっちを襲う機会を窺ってたんだーーさすがにしつこいよ、バカ!)
その顔は焼け爛れ、憎しみで歪みきり、怒りのままに吠えている。
もはや最初の重々しい雰囲気とは別物と化していた。
「あの小娘を殺すのは失敗した……! ならばせめてキサマだッ! 我が影の牢獄に捕らえてやった! 魔法使いの魂を喰らってこの傷を癒やし、あの連中を今度こそ皆殺しにしてやる……!!」
"口の群れ"は呼べず、無防備な相手の影を作り一方的に攻撃する力もない。
かろうじて異空間として相手を閉じこめるのが限界。
頭部だけで動くネストはもはや消えかけの状態であった。
「くっ……!」
シュテルは拘束を解こうと魔力を集中させるが。
「バカが……!」
直後、ネストがシュテルの左肩に飛びつきーーその肉を嚙みちぎった。
「……っ、ぁ"ぁああああッ!!」
懐にしまっていた玉石が一つ零れ落ち、それを見たネストがシュテルの着ているローブを口で引き裂いた。
乱暴に裂かれたローブから残りの玉石が飛び、辺りに散らばっていく。
「その玉石を使って魔法を発現させるようだな? だが結局キサマ自身の意識を削いでしまえば小道具を自在に操ることも出来なくなるのだろうがッ?」
「っ、ぁぁ……!!」
ーー痛い。痛い。なんて痛み。なんて熱さ。なんて気色悪さ。
すごい量の血が出てくる。これ全部、私の?
頭はグラグラ。涙がボロボロ流れてくる。
ひどい感覚だ。こんなにひどくて痛い思いはしたことない。
怖い。やだどうしよう。あっという間にくじけてしまいそうだーー
「クヒ、ヒヒヒヒヒ! やはり人間が苦しむ様はいい! 貴様らの見せる絶望の表情はいつだって我らを恍惚とさせる! マズい肉を喰らうのもその為と思えば少しは価値があろうな!」
(ま、魔力を、どうにか……ダメ、かな)
拘束された手足は全く動かせない。
魔力を練って抵抗しようにも痛みと出血で肝心の意識もかすれてきている。
魔族の思惑通り、玉石を操作する余力もない。
「そうーー苦痛はキサマらこそが味わうべきものだッ! 我らが!! キサマらに一方的に与えるモノなのだッ!!」
顔のついた“影”から伸びてきた黒い手に首を締められ、呼吸もできなくなり、思考する力さえ奪われてゆく。
「かっ……! ぁ…………っ ……」
影が覆い被さっている上、手放しかけた意識では視界に闇しか残らない。
かろうじて見えるのはおぞましい表情をした化け物の顔だけ。
(あぁ……ここは真っ暗だなぁ。暗闇は……嫌いなのに)
消える意識の中でシュテルが最後に思うのは。
(星が……見たいなぁ)
△△△
ーー昔の夢を見た。
『シュテル。またあの子達とケンカしたのね。ケンカというか……一方的にボコボコにしたみたいだけど』
『……』
『むくれちゃって……今回はちょっとやりすぎよ。からかわれても手を出すことなんてほとんどなかったのに、どうしたの?』
『……髪と目の色をバカにされたもん。特に……おかあさんと同じ髪の色を』
そう言うとシュテルの母――エルマは小さく息を吐いた。
『そう……私のために怒ってくれたのね。なら、ちょっとだけ許してあげる。――おいで、シュテル』
両手を広げて娘を招く母のヒザの上にシュテルはぴょんと乗った。
頭を撫でられて心地よくなり、子猫のようにくつろいでいる。
『あいつら、バカだよ。魔法使いの村で育ったくせに魔法使いを見下すなんてさ。あんな奴らが同じ村にいるなんてガッカリ。いっそトラムぺルのごはんになっちゃえばいいのに』
『過激なこと言わないの。今頃、あの子達も自分の親にこっぴどく怒られてるんだから。それに普段のあの子達、いい子よ? 普段はそんなこと言わないもの。あなたにからんでるのも、本当はあなたと仲良くしたいんだと思うわ』
『あれで? だとしたらちょーやだっ 私、友達なんてほしくないっ』
『幼気盛りにそんな悲しいこと言わないでよ……おかあさん、心配になっちゃうじゃない』
『……魔法が使える人は昔からすっごく嫌われてたって、おじーちゃんが言ってた。だから隠れ住むためにこの村を作ったんだって。でも、どうして? 昔の魔法使いは何か悪いことでもしたの?』
『そんなことないわ。村長さんが話したそれは昔の事だもの。今はもう、みんな私達を理解してくれているのよ?』
『ホント……?』
『ええ。この村で暮らしているのも別に隠れてるわけじゃなくて、今さら他の場所に移る理由もないっていうだけなの。だから今日の事も含めて、不安になる必要なんてないわ』
『……村の外に行ってみたいんだ。いつか五国を見て回ってみたいの。でも、ちょっぴり怖くて……村の中でもイヤなこと言われるんだから、外なんて出たら、もっとひどいこと言われるかも……って』
『くす――いいわ、近いうちに連れてってあげる。ちょうどグリューン国に行きたいと思っていたの。あの国には私の恩人がいるから一緒に会いに行きましょう。そうすればそんな事ないってわかるはずよ』
『ホント……? ……楽しみ。すごく楽しみっ!』
――大切な思い出。
△△△
ーー昔の夢を見た。
『シュテル、明日帰っちゃうんだなぁ……』
『おかあさんの用事、終わったみたいだしね。……さみしい?』
『だって次いつ会えるかわからないじゃんか。……っていうか、また会えるよな?』
『う、うん……遠いからすぐはムリだと思うけど。おかあさん、アシュティンのおとうさんやおかあさんと友達だから、また会いには来れるよ。きっと――絶対』
『じゃあさ! また色々と教えてくれよっ シュテルの話、おもしろいからもっと聞きたいよっ 大きくて強い獣ーートラムペルだっけ? いつか間近で見てみたいよなー』
『ばかっ 教えたでしょ? あばれたトラムペルは正面からじゃ誰も手がつけられないくらい怖いんだから。普段は大人しいみたいだけど、アシュティンみたいなさわがしいのが近づいたら、がぶり! ってなってムシャムシャなんだから』
『ちぇっ でもすごいよなー、俺と同い年なのにたくさん色んなこと知ってるんだからさ。大人みたいでカッコいいぜ、シュテル』
『わ、私も本を読んで知っただけだから、実際に“ちけん"はないんだけどね。……あれ、“ちけん"って使い方これで合ってるっけ?』
『し、知らないけど……俺、頭悪いし。ちけんって何?』
『……また会った時はもっと色んなこと教えられるように勉強しとくから、楽しみにしててよね』
『んー、でもシュテルが俺の先生みたいでなんか悔しいなぁ。でも知識じゃ勝てそうもないし……そうだ。戦う力なら! 俺も兄貴みたいにとうさんから剣を教えてもらって――それでシュテルやエルマさんを守れるくらい強くなるよ!』
『べ、別にアシュティンに守ってもらう必要ないもん。私だって戦うことはできるんだから……』
『えーウソだぁ。シュテル、戦うための魔法は怖くて苦手って言ってたじゃんか』
『今はムリでも練習すればヨユーだもん。そう言うなら、次に会った時はアシュティンの戦いの先生になれるくらい強くなるよ。その時に、ほえづらかいても知らないからねっ』
『さ、さすがに戦いじゃ負けねーしっ シュテルこそ後悔するなよな? 次に会う時はグリューン王にだって認められるくらいのすごい戦士になってやるっ それで魔王軍とだって戦えるようになるから!』
『……うん。元気でいてね、アシュティン』
『……また色々と教えてくれよ、シュテル。楽しみにしてるからさっ』
――大切な思い出。
△△△
昔の夢を……見た。
白い熱と光に包まれた夢。
全てを焼き尽くされた……紛れもない夢。
『シュテル……愛してるからね』
おかあさんは私を愛してくれてた。
“せめてこの子だけでも"ーーそんな一心があったからこそ、私は今日まで生きてこれたのだ。
でも……ごめんね、おかあさん。
私はどうすればいいかわからなくなっちゃった。
だって私、何もできなかった。何もしてこれなかった。
ただあの木の洞で小さく隠れて生きてただけ。
生きるための意義なんてもうないのに、それでも体は勝手に日々を生きようとする。
心と体が離れ離れになっちゃったようなチグハグさ。
ねえ、おかあさん。こんなに情けなくなってもまだ私は生き残るべきだったかな?
瞬間移動の魔法なんて使えたのなら、おかあさん自身が逃げてくれればよかったのに。
おかあさんや村のみんなが犠牲になってまで私を助ける価値は……本当にあったの?
いっそ、このまま消えてしまえれば……それがいいのかも。
△△△
『ーーまた夜が怖くて眠れないのね? でも大丈夫よ、シュテル。あなたは星の子なんだから』
『……わたし、おかあさんの子だよ? おかあさんはお星さまなの?』
『ふふ、そうかも。……“シュテル"って名前にはね、星の子って意味が込められているの。どんな暗い場所にも光を当ててくれる優しい星』
『星?』
『あなたが生まれた日はね、ちょうど星がたくさん出てたの。すごくキレイで安らかな夜だったわ。まるであなたの命が星からの贈り物のように感じられた。だから、あなたにシュテルって名前をつけたの。生まれてきてくれたあなたと、星々への感謝をこめてね』
おかあさんは、そう優しく教えてくれた。
『そうなんだ……! うん。私、星は前から好きだよっ 星を見ると夜でも安心できるのっ でも……星が見えない夜はすごくこわい。今日だって、どこにも星は見えないもん……』
『そう? じゃあ一緒に外に出てみましょう。もしかしたら星が見えるかも』
そう言っておかあさんは私を家の外に連れ出す。
『……やっぱり今日は見えないよ』
『そうねぇ。……じゃあ星が見えないなら、いっそ星を作っちゃえばどうかしら?』
『つくる? お星さまみたいなキラキラしたの、どうやってつくるの?』
『できるわ。私達は魔法使いよ? 例えば……ここに取り出しますはちょっと変哲のある玉石が一つ――』
おかあさんは掲げた玉石を宙に浮かせる。
一瞬で夜闇に飲まれたのを見て、また怖くなったのを覚えてる。
でも……宙へ昇った玉石はすぐに見えるようになった。
『わぁ……っ』
まるで私に合図をしてるみたいに空中でキラキラと光る石。
辺りを照らすほど強いものではない、ささやかな光。
それでもその在り方を見失わないように闇の中で確かに燦然と輝いていた。
『――星だっ おかあさん、星の光!』
『ふふ、どう? さすがに本物の星には敵わないと思うけど、少しは夜が怖くなくなった?』
『うん! ーーおかあさんって、やっぱりお星さま?』
『シュテルにも教えてあげる。練習すれば、あなたもきっと出来るようになるわ』
『ほんとうっ?』
『ええ。なんと言っても、あなたは星の子だものーー……』
……アシュティンとの会話の弾みで思わず口走ったりもしたけど元々、戦う為の力なんて興味なかった。
だって私はおかあさんみたいな魔法使いになりたかったから。
おかあさんが使う魔法は人を笑顔にするものばかりだ。
転んだ子供のケガを治したり、夜にたくさんの光を作って流れ星みたいに飛ばしたり。
グリューン国の人達はみんな、おかあさんの魔法に釘付けになってたものだ。
そんなおかあさんがとても幸せそうだったから、私も同じ幸せを感じてみたくて。
だから何かを傷つける為の魔法なんて必要ないはずだった。
ーーだけど。
『ーー光が来るぞ! こっちに向かってくる! 魔王の攻撃だ……っ! 何故この村に……!』
理解しようがないほどの悪意を持つものは確かに存在していて。
『皆、逃げろ……子ども達を……! 間に合わな……!』
そういう奴らは決まって、他者の絶望を蜜にするのだ。
(おかあ……さん)
『夜を怖がることなんてないのよ、シュテル。空に星が見えなくても。周りに一つも光がなくても。あなたという星は消えない。夜闇なんかでは決して隠せないーー優しくも強い光があなたなんだから』
(ーーーーああ、ダメだ)
イヤだ……やっぱり、こんなのはおかしい。
さすがに、こんなのはーーーーなしでしょ。
⚫️⚫️
「ヌッ……!?」
魔族ネストは異変に気づく。
虫の息となった少女の今まさに、その肉を喰らおうとした刹那。
死にかけのはずの小娘が自分を睨みつけている。
まだ目の前の人間の意思が折れていないことを魔族はその瞳から感じ取った。
「キサマーーッ」
「……冗談じゃ……ないよ」
そうだ。全くもって冗談じゃない。
少し落ち着いて。冷静になって考えろ、私。
なんでこんな奴に私の命をあげなきゃいけないんだ。
死ぬだけならまだいい。
でも、こいつにーー魔族に殺されてもいいなんて考えるのは寝ぼけすぎだ。
家族を奪い、仲間を奪い、郷里を奪い、今もあらゆる人達から奪い続けているこいつらに命を明け渡すの?
――絶対に嫌だ。自棄になってもそれだけはダメだ。
それを許したら今度こそ私も――私が覚えている人達の命も無価値になってしまう。
それだけは絶対に認められない――!!
「っ…………!」
……肩からの出血と痛みはヒドいけど他に傷はない。
長い夢を見たからとっくに食べ尽くされてもおかしくないと思ってたけど、意識を失ってた時間はほんの一瞬だったらしい。
でも自分のバカを考え直すには十分な時間だ。
「いい加減……放してっ 暗いのは、嫌いなんだから……っ そんな“真っ黒い体”で私に覆いかぶさらないで……ッ!」
「戯言を……! 今すぐ喰らってやる、小娘ッ!!」
その時、シュテルがわずかに体を持ち上げた。
すると背中の下に隠していた玉石が一つ飛び出し、目の前の敵を討たんと光り輝く。
「!? ――させるかッ!」
しかし、ネストが伸ばした影によって玉石は魔法を放つ前に弾き飛ばされてしまった。
「っ――!」
「まだ玉石を動かす余力があったか……! だが、終わりだ――死ねッ!!」
「イヤだっ、て――!!」
ネストはトドメを刺すべく、その喉元へと牙を向かわせる。
しかし先ほど不発に終わった玉石はネストを一瞬だけ怯ませ、それが左腕のみではあるがシュテルの拘束を解いていた。
シュテルは敵の牙が自分の喉に届く前に腕でかばった。
「あぐっ!! ……っああ!!」
牙が腕に刺さる。
そのまま喰いちぎろうと魔族の牙はより深く食い込み、乱暴な動きで左右に引っ張る。
ビチャビチャと血が飛び散る。
あまりの痛みに出したくもない涙が勝手に溢れてきて視界がかすむ。
しかし、それでも取り乱さない。
こいつに心底、後悔させてやりたいという気持ちが思考を繋ぎ止める。
そしてその意思はようやく訪れた反撃の機会を見逃さなかった。
「グガァッ!?」
突然、ネストの顔の近くで何かが爆ぜた。
その衝撃を受けてネストは叫び声をあげる。
(っ、今のうち……!)
思わぬダメージを受けたことで拘束が解かれ、シュテルは這いずりながら敵から距離を取った。
「ガッ、カ……ナッ、ニが!?」
それは飛び散ったシュテルの血。
ネストの顔に付着したその血液が“爆発”したのだ。
「グ、ヌゥ……ッ 小娘が……!」
「はぁ……っ はぁ……っ!」
なんとか拘束からは抜け出たものの立ち上がる余力はなく、シュテルは地面に伏している。
「……ヒ、ヒヒ……! 最後ノ悪あがキのようダな? そレとも残った力で辺り二転ガっタ玉石ヲ動かシテ攻撃しテミるか? やッてミロ! 魔法ヲ放つヨり前ニキサマを喰ラッて――」
瞬間。一筋の光線が魔族を撃ち抜いた。
「ガッ! ……ナ、ニ……?」
――真下から撃ち抜かれた?
馬鹿な。あの小娘は息を切らしてこちらを見ているだけで玉石を操作している様子はない。
大体、玉石が落ちている位置は警戒して全て把握している。
私の真下には何もない。あるのは――
「――――」
そう。シュテルは玉石など動かしてはいない。
ネストの真下に落ちているのはただのボロ布――
先ほど引き裂かれたシュテルのローブの切れ端だけが残されている。
「玉石じゃ……ないよ」
シュテルはかろうじて上体だけを起こし、魔族を睨みながら語る。
「玉石は私が好きで使ってるっていうだけ。……別に魔法を扱うこと自体に玉石の有無は関係ない」
「ナ、ニ……」
当然と言えば当然の話として。
魔力を練って魔法を放つのは術者であるシュテル自身。
魔法使いは魔力という魔法使いだけが持つ独自のエネルギーを体内で練り、それを自身が扱える形へと構成して解き放つ――というのが魔法を発現する者の共通手段。
つまり内で作ったモノを外に向けて出すだけという自然で単純なもの。
しかしシュテルはわざわざ他の物体を通して魔法を発現させるという魔法使いとしては異質な方法を用いている。
魔法を発動させる工程としてあまりに無意味と思える行い。
故にネストはあの玉石自体が特別な物だと考えていた。
魔法の力を増幅させるような効果?
それとも才のない小娘でもどうにか魔法使いという体裁を保てるようにとあしらわれた特殊な小道具だろうと。
あの玉石さえ警戒しておけばこいつに出来ることは何もないーーそう考えていたのに。
「魔法を撃つ為の"出口"は……自分の体だけじゃない。好きな所に移せる。おかあさんからもらった玉石にもビリビリに破かれたローブの切れ端にも……地面に落ちてる小石や枝……木々についてる葉の一枚一枚にだって」
「……マさ、かーー」
言うなれば魔法使いにとって自身の身体は魔法を放つ為の発射口。
本来、一つしかないソレをシュテルは最大で6カ所に分散させ、ありとあらゆる物体に魔力の発射口を移し変えることができる。
「ガァ……ッ!!」
ネストの理解が追いつくよりも先に、裂けた数枚の布切れから光弾が飛び出し、ネストの死にかけの“体“を貫く。
「ギッ……!! コ、ム、スメエェッ!!」
「……ここはあなたが作った偽物の空間だから。偽物の草木に“出口“は作れないけど……もう私の勝ちだよ」
「フザけルナ……クズの、ニンゲンが……ッ!!」
「偽物に"出口"は作れない……でもそれ以外の物には作れる。玉石にも、ローブの切れ端にも……飛び散った私の血にも。ーーあなたが飲みこんだ私の肉片にも」
「ーーーー」
ネストは言葉を失う。
これまで取ってきた“食べて殺す”という手段がこれ以上ない形で致命的な悪因となった。
下等と見下していた人間にやられるなど有り得ないと考える一方で。
最早、逃れられない絶対的な敗北を刻まれたのだと本能で悟った。
「消化でもされてたら無理だったけど……そんな特別な胃袋(?)はしてないみたいだね。おかげで……今度こそ仕留められそう」
シュテルは分散させた魔力を一つの“発射口”のみに集中させる。
狙いは一点。あの魔族を形作っている影。
その根本を壊しきる――!
「ニンゲン……人間、如キニ……ッ!」
「私は星の子だ。私の星明はお前の夜闇なんかに遮られたりしないっ」
シュテルはありったけの魔力と怒りを込めて、唱えた。
「星よ、弾けて」
瞬間、影が爆ぜ、虚飾の世界が壊れる――――
〇〇〇〇〇
「っ!? シュテル――シュテルっ!!」
「はぁ――っ、はぁ――――……っ」
血まみれで地面に伏しているシュテルにアシュティン達が駆け寄った。
戻ってこれたことを確認でき、シュテルは安堵する。
「ごめん……ちょっと、手こずっちゃった」
「ネストか!? あいつ、まだ生きてやがったなんて……!」
「よかった、シュテルさん……っ さっきペンダントがまた光って――そしたら、シュテルさんが消えたから……どうしようって……」
シュテルは涙目で話すヴェルメの手を握って安心させようと微笑んだ。
「ありがと……でも、大丈夫。今度こそ、倒して――」
「……コロ、ス」
低く、しゃがれた男の声がシュテルの言葉と重なった。
その方向を見ると地面には半分以上消えかけた魔族ネストの顔が憤怒の形相を持って、シュテル達を睨んでいた。
「ネ、ネスト――テメエ……!?」
「……いくらなんでも、しぶとすぎ」
「許、サン……我ラ、魔を殺ス、その、道具ヲ……使ウ。コム、スメ……貴様、だケデ、モ……!」
「っ!」
「こいつ、ヴェルメを狙って……!?」
顔半分になりながらもじりじりと近づいてくる。
最後の力を振り絞り、ネストは跳ねるようにヴェルメへと飛びかかった。
「ガアア――――ッ!!」
「ヴェルメ――っ」
だがネストがヴェルメに食らいつく寸前、変化したヴンダーの巨大な手がそれを弾き飛ばした。
「ギャ……ッ!!」
短い悲鳴を上げ、吹き飛ばされた先はあの"黒い空間"だった。
「あっーー」
「ーーーー」
……一瞬だった。辺りは静寂に包まれる。
何の音もなく、ネストはあの闇の中に飲まれていった。
「ど……どうなったんだ? あいつ、この黒い空間の中に入っちまったけど、それってつまりーー」
……消滅した、ということだろうか。
さっきシュテルに見せられた光景と同じように。
砂のように崩れ、跡形もなく……消えた。
「……終わった。その中に入ったらもう助からない。今度こそ、大丈夫だよ」
シュテルは確信を持って告げる。
確かにこの空間からネストが飛び出してくる様子は一向にない。
シュテルの言うように終わったのだろう。
この闇の中を確かめる術がない以上、そう考えるしかない。
「助けてくれてありがとう、ヴンダー」
感謝を言うヴェルメにヴンダーは小さく吠えて返事をした。
**
「はぁ……ホント、ひどい目にあった」
リーベの治癒を受けながら、シュテルが愚痴をこぼす。
「……ごめんなさい、シュテルさん。あの魔族は私達を追ってきたんです。あなたを巻き込んでしまいました……」
「そうみたいだね。……まあでも別にいいんだ。考え直すいいキッカケにもなったから」
「考え直す……?」
「……さっきの話にまだ返事してなかったよね。ホントはずっと断り方ばかり考えてたんだけど」
「! シュテル、もしかしてーー」
シュテルはなるべく皆に気がつかれないよう、ゆっくりと深呼吸を一度する。
そして少しの勇気と覚悟を乗せて口にした。
「ーーいいよ。みんなの旅に私もついていく」
「本当ですかっ!?」
「その子ーーヴェルメを守りたいんでしょ。あまり期待されても困るけど。私にできる範囲でなら頑張ってみてもいいかな」
そう言ってヴェルメを見ながらシュテルは優しく微笑んだ。
「十分です。……ありがとうございます」
「ほ、本当にありがとうございますっ ……アシュティンさんも喜びます」
リーベに続きヴェルメもお礼を言う。
「……アシュティン、私が仲間になって喜ぶ?」
ヴェルメが口にした何気ない言葉を深掘りするカタチでアシュティンに質問する。
「い、いやまあ……それより本当にいいのか、シュテル?」
「言ったでしょ。考え直したから選び直しただけ。一時の気の迷いってわけじゃないから安心してよ。自分なりに考えて決めただけだからさ」
「…………」
「結局、アシュティンの言ってた通りだよ。私も今の世界はイヤなの。誰か一人くらい救いのある世界に戻ってほしい。その実現に他人をアテにする時代じゃ、とっくにないんだって……あなた達に気づかされちゃったから」
遠くを見ながらシュテルはとても寂しい表情を浮かべていた。
過去の幸福だった日々を振り返るかのように。
「……それで、これからどうするの? まっすぐ魔王城に直行?」
「もちろん目的はそうだし、そのつもりではあります。ただ、その……具体的な動き方を組み立てられてるわけではないので……」
リーベは少し言いにくそうに話す。
確かに魔王を倒すという目標はあるものの、それを達成する為の考えがあるわけではない。
具体案を求められれば答えられないのが現状だ。
「……まあ、人類敗北の世情に加えて目的が目的だもんね。一応確認したかっただけで期待してたわけじゃないから気にしないで。じゃあさ、次の行き先として私からとりあえずの提案をしたいんだけど」
はい、と手を小さく挙げながらシュテルが言う。
もちろん聞かない理由はないため一同は彼女の言葉を待つ。
「とりあえずここから真っ直ぐ北に向かおう。私がした話、覚えてる? おかあさんが瞬間移動の魔法で私を遠くに逃がしてくれたって話。あの時飛ばされた場所には小屋が一つあるんだ」
「小屋?」
「うん。休憩所として建てられてる場所がいくつかあってさ。そのうちの一つがそこにあるの。旅客や商人の為に作ったもので当時は利用されてたらしいけどーーどうせ今はただの空き家だろうから好きに使わせてもらおうよ」
ここからならただ北に進むだけでも魔王城に近づけることにはなるし、屋根のある場所で休むこともできる。
そこで今後の方針を改めて考え、話し合ってみるのもいいんじゃない? というのがシュテルの提案だった。
「そうね……それでいいと思う」
リーベの同意を皮切りに他の皆もその案に頷いた。
「決まりだね。二夜もかければ着くはずだから先に行ってて」
「え? って、お前は?」
「んー……心の整理っていうのかな。故郷を離れるわけだし改めてちゃんとしておきたくてさ。それにローブもボロボロになっちゃったから着替えたいし」
「……そう、か……」
「安心してよ。ついてくって言ったんだからそれを反故にはしないよ。私はアシュティンと違って約束は守れるんだから」
「……そういう心配はしてねえけどな。ーーじゃあ、わかった。先にそこに行って、待ってるぞ」
「アシュティンさんーー」
「大丈夫だ。俺達は先に行ってよう」
「うん。それでよろしく。また、後でね」
***
アシュティン達を森の入り口まで見送ってから半刻は経っただろうか。
彼らが去ってからシュテルはしばらくその場から動かず、背中の樹木に身体を預けながら目を閉じていた。
程よく冷たい風だが時折り力加減を間違えた強さで吹きつけてくる。
……目を開ける。
辺りはすっかり夕闇に染まり、背後の森はその輪郭だけを残して影へと変貌する。
「……私も帰ろ」
どこに?
一瞬、頭に浮かんだ余計な"茶々"を振り払って、シュテルは馴染み深い洞に戻ることにした。
「……今夜も星は見えなそう」
△△△
今日、見た夢はいつものとは違っていた。
魔王が世界からいなくなり、みんなに笑顔が戻った夢。
森に帰ると村があって、冒険から戻った私をおかあさんやみんなが温かく迎えてくれる。
しかもなんでか私とアシュティンが結婚して周りから祝福されるとかいう支離滅裂のオマケつき。
……私、こんなに頭お花畑だったっけ。
意味がわからなすぎて(特に結婚のくだり)夢の中の私すら、「んなわきゃねえ」と突っ込みを入れる始末だ。
まったく夢見る少女どころの話じゃない。こんなの黒歴史入り確定だ。
確かにもうずいぶん長く幸せに飢えてるけど――夢でもこんなのはなしなし。
こんなのは、そう……一回だけ見ればもうお腹いっぱいだ。
二度と見ることがないよう祈っておこう……
△ △ △
夜が明け、朝の陽光が木立の隙間から差す。
シュテルはマーギアの跡地に来ていた。
手には太い木の枝と淡いピンク色をした猫じゃらしのような草花の束を握っている。
シュテルは地面に枝を刺して、その前にしゃがみこんだ。
「ごめんね、みんな。アシュティンのおバカがみんなのお墓を壊しちゃって。とりあえず作り直しておいたから許してあげてね」
そう言いながら持ってきた草花を墓前に添える。
「これも置いとくね。みんな、甘い露を出すこのタウ草を使ったおやつが好きだもんね。おかあさんは特に。子供の中に混ざってはしゃいでた」
そんな思い出を目の前の墓に向けて呟く。
……なぜそうしようと思ったのか。
今までそんなことをしたことはなかった。
ただ無言で供えて、無言で祈るだけの日々。
もう戻って来れないかもしれない旅路を歩むことが彼女の心に変化を与えたのか。
「……私、行くね。アシュティンやあの子達を助けてあげるって約束しちゃったからさ。正直、自信は全然ないけど……ま、やるだけやってみるよ。へへ、……」
……しばらく沈黙が流れる。
別れの挨拶のつもりだったから最後に色んなことをたくさん話そうと思っていた。
なのにいざ言葉に出してみたら、たいして話せることがなくてシュテルは自分でも意外だった。
――まあ、でもそれならそれでいいかと思うことにした。
「さ、そろそろ行かなくちゃ。あんまり遅くなってアシュティンに騙したな! って思われてもシャクだしね」
さあ、行こう――お別れは済んだ。
言うべきことはもう全部言っただろう。
「………………」
――――でも、最後に。
「――――」
シュテルは何もなくなった辺りの地をゆっくりと見回した。
かつてあった自分の生まれた村。
狭く、小さくも必要で大事な物が全て詰まっていた場所。
愛しむべき日々を積み上げていた少女の生きた大切な場所。
それが何もかも。そんな慈しむ軌跡など一切合切、消し尽くされた。
「――――っ」
体の奥底から抑えられない感情が溢れてくる。
――ああ、イヤだな。魔王や魔族と戦うなんて。
私は臆病だからこんな事、怖いに決まってるのに。
今から逃げても、おかあさんは許してくれるだろうなぁ。
というか、おかあさんなら全力で止めてくれるだろうなぁ。
だけどーーーー
「――――――あぁぁぁぁぁぁ…………っ」
少女は泣いた。
何もなくなったその景色を見ながら。
一度も出したことがないほど大きな声で泣いた。
「おかあぁさぁぁーーーーん……っ!」
子供のように泣きじゃくる。
ただ一人になった孤独な少女はもう戻らない母を求めて叫ぶ。
「ふぐっ あうぅ……っ ぅああーーっ」
溜めこんでいた感情が涙と共に止めどなく溢れてくる。
心の拠り所を失い、生きる意味さえ失っていた。
それでも生まれ故郷の思い出と母や村の皆を悼む自分の心を残す為に、あの隠れ家でひっそりと生き続けていた。
孤独と悲しさで押し潰されそうになっても、あの人達がここに在ったことを記憶できるのは自分だけ。
その自分が生きていることが肝要なのだと必死で自分を納得させて。
でも。ーーああ、でも。
『私には……あなたの目も生きてるように見えます』
その通りだ。気づかされてしまった。
私の中にはずっと怒りがあった。
許せないという憎しみが残っていたのだ。
「…………よく、も」
これを口にしたら、もう戻れない。
どういう結末になっても私は最後まで止まることはなくなるだろう。
「……よくも」
ごめんなさい、おかあさん。
おかあさんがくれた命をこんな事に使おうとして、ごめんなさい。
でも……ああ、でも気づいてしまったから。
気づいたからにはもう……言葉にしないなんてことはできない。
「許さない……絶対に殺してやる。魔王……魔族……みんな殺す。お前達、みんな……みんな殺してやる! 殺してやるっ 殺してやるッ 殺してやるうウゥーーーーッ!!」
奥底に沈んでいた少女の怨嗟は森の中にこだまする。
全てを奪われた。憎い。許せない。当たり前の感情だ。
最初から抱いて当然の怒りの源泉だ。
それを今になってようやく。
他人の助けでやっと思い出すことになるなんて。
こんな当たり前の感情すら私は奴らに殺されてしまっていた。
弱虫な私はここに置いていく。
二度とーーもう二度と奪わせるものか。
「ぅぁあっ ああぁぁぁーーーー……っ」
銀髪の少女は涙が枯れ果てんばかりに声を出し続ける。
彼らと合流した時、間違っても泣いたりしないように。
星の涙は、森の中に。
読んでいただきありがとうございます。ひとまず区切りになります。
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