世界の果て
村の跡地からシュテルの案内に導かれ、一行は森の奥を進んでいた。
「シュテル。本当に体は大丈夫なのか? ケガは……」
「平気だってば。アシュティンだって見てたでしょ? 押し倒されただけで特に何もないよ」
ほら、とシュテルは両手をぶんぶんと動かしてアピールしている。
その様子を見てアシュティンもようやく少し安心した様子だ。
「にしても、さっきは驚いたぜ。お前、あんなに強い力があったんだな。昔は戦う魔法なんて覚えたくないって言ってたけど……」
「次に会う時はアシュティンの戦いの先生になれるくらい強くなるよ、とも言ったでしょ? 私、ちゃんと有言実行するタイプなんだよ」
エラいでしょ、とシュテルは少し胸を張る仕草をした。
その愛嬌の良さに反して表情はあまり動いていないが、それがなんともおかしく逆に可愛らしくも思えてくる。
木の洞で話した時も彼女はこういった柔らかさを見せていた。
ヴンダーは思う。
リーベやヴェルメは実際の年齢以上に精神的な成熟をしている印象を受けるが、彼女は逆に子どもっぽい振る舞いが印象にある。
舞菜のような無邪気さとは異なるが、小柄な見た目も相まって幼子のように感じなくもない。
アシュティンと同い年ということだから本人には失礼極まる話ではあるが。
「さっき使ってた玉石って鉱石を加工したヤツか? エルマさんも同じのを持ってた気がするけど……」
そうだよ、と言いながらシュテルは紺のローブの内側から玉石を取り出した。
ちょうど少女の手の平サイズで星のような模様が浮かび上がっている。
夜に見たら思わず見惚れてしまいそうな美しさだった。
「おかあさんからもらった物だよ。全部で六個。私も詳しく知らないけど珍しい鉱石を使って作ったんだって。すごく気に入ってる。怖い夜の時はこれを見て気を紛らわせてるんだ」
「すごくキレイ……」
ヴェルメが感嘆の声を漏らすと、シュテルはさっと玉石をローブにしまいこんでしまった。
「……あげないからね」
「そうじゃねえって……」
ずれた反応をしたシュテルにアシュティンは呆れたように頭をかく。
……ヴェルメが少し残念そうな顔をしたように見えたが気のせいだろう。
***
深部へと進んでいくと森はその濃さを増していく。
上を見れば空模様を覗くことくらいはできたはずだが段々と高く太くなる樹木が阻み、それすらも隠していく。
歩を進めるごとに背の高い木々の密集度は強くなり、真っ直ぐ歩くことも難しい。
シュテルの案内がなければ自分がどの方角を向いているかもわからないだろう。
とはいえ彼女の案内があっても決して安心はできなかった。
なにしろ今向かっているのは森の最深部――つまり陸の端。
あれだけ近づくことを拒んでいた場所へ足を運んでいる。
最初は適当な会話でごまかしていたが、そのうち誰も言葉を交わさなくなっていた。
ヴンダーとシュテルを除く皆の顔は一様に強張り、青くなっている。
「……」
シュテルは無言で先を歩いている。
リーベ達も流されるように足を動かしているが、今はあまり話しかける余裕がないように見える。
しかしアシュティンが意を決し、シュテルに問いかけた。
「――なあ、シュテル。もしかしなくても今、森の最奥に行こうとしてるんだよな?」
「そうだよ?」
「何のためにだよっ? シュテル、よすんだ。引き返そう。これ以上先には……行っちゃダメだ」
「どうして?」
「どうしてって……この森の一番奥に近づいちゃいけないってのはお前も知ってるだろっ? 誰だって、みんな知ってることだっ」
「知ってるよ。でも……どうして、みんな知ってるんだろうね? それって誰が教えたの?」
「は? そ、そりゃ……えっと」
“……?”
……アシュティンが言葉に詰まってる。
どうしたんだろう? 確かに少し変な質問だったけど特別答えに困るようなものではなかった気がするんだけど。
「ねえ、リーベにヴェルメ。あなた達にも訊いていい? このグレンツェの森に近づいてはいけないって二人も知ってたんでしょ? それはいつ、誰から知ったの?」
シュテルがさっきの奇妙な問いを二人にも投げる。
しかし二人の見せた反応はアシュティンと同様のものだった。
「そ、それはえっと……そう言われると誰からだったか……とにかく以前から知っていて」
「わ、私はおねえちゃんから。あれ……ううん、違う? おねえちゃんに聞く前から……知ってた?」
「行っちゃダメなことは知ってる。でもその理由は知らない。……やっぱり、みんな同じだね」
ヴェルメ達の様子は明らかにおかしかった。
シュテルは一人納得したように頷いている。
……一体どういうこと?
彼女達はずっと森に行かないようにと注意を促していた。森の奥へ近づくことを怖がってすらいるようだった。
でもそれが何故かは本人達も理解してない? ……なんだか変だ。
「どういうことだ、シュテル?」
「さあ? 私にもわかんない。でもさ、みんな同じなの。私も。村のみんなも。今まで出会った人達もそう。“森の奥へ行ってはならない。理由は知らないけど当然のものとして誰もが知ってる事。”これはこの世界の人達が持つ共通の認識みたいなんだ」
「な……」
「変でしょ? 今世代の人達も前世代の人達も、見たことがないモノに対しての理解度と無知度が共通してるの。五国が森に近づくなってお触れを出してたわけでもないのにさ」
マーギアの村でも同じだった。森の一番奥に近づいてはならないと大人達は言っていた。
しかしそんな警告をされなくてもシュテル自身もソレを理解していたという。
ずっと以前から。恐らくはこの世に誕生したその時から。
それでもシュテルはあえて森の奥へ行ってはダメな理由を訊いてみた。
そんな問いに大人達からは“危険な場所だから。恐ろしいことになるからだ”と、あやふやな答えしか返ってこなかった。
村の大人も子供も。母親も口にすることはみんな同じだった。
恐らくは誰も知らないからなのだ。
そこに何があるのか、どんな事になるのかを知る者など誰一人として。
ではこの未知を既知たらしめている認識は何なのか。
「要は本能なんだよ。生まれたその瞬間から、どうしてか私達にはこの先にあるものに対しての恐怖が強く根付いていて、本能的に近づきたくないって思わされてるんだ。だから誰も真相なんてものは知らないし、知ろうなんて考えつく人だっていない」
「思わされてるって……誰にだよ?」
「知らない。でも全人類にそんな意味のわからない共通認識を植えるなんて魔族の呪いでも出来ないよ。魔王にだって、きっとそんな事は出来ない。可能だとしたら……全能の神様、とかかな? それでもそんな事する意味がわかんないけどね」
“…………”
全能の神という言葉を聞いてヴンダーは一瞬、あの女を思い浮かべるがすぐに頭から振り払う。
あの女は神なんて存在じゃないはずだし、全能というわけでもないはずだ。
自分には世界に干渉する術がないからヴンダーのように他の世界からの力をアテにするしかないとも言っていた。
第一、それこそシュテルが言うようにそんな事をする意味もわからない。
「……この先には、何があるんですか?」
ヴェルメがシュテルに質問をする。
彼女の話を聞くうちに自分達が感じている恐怖心に疑問が湧いたのだろう。
シュテルはその質問にすぐには答えず、しばらく黙って歩く。
やがて立ち止まり、静かに呟いた。
「着いたよ。……森を抜ける」
「えーー?」
シュテルの言葉で一行はようやく前の様子に気がついた。
進むごとに鬱蒼の深さを増し、入った者を迷わせていたはずの森は突然終わりを告げた。
“陸の端――?”
八角形の大陸。その陸端に位置する国の更に後ろに広がる巨大な森。
部屋の女の話を考えれば森を抜けたこの先こそが陸の終わりになっているはず。
ならばそこには海岸が見えて――――
”――――――え?”
全員の思考が止まる。目にしたものに対しての認識が追いつかなかった。
森を抜け出た先に見えたものは。
⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️
「なん……だよ、これ……」
“――――”
そこは海岸などではなかった。平原が続いているわけでもなかった。
目の前の光景は――ただ黒く覆われていた。
「これ……なんなの? 黒い……壁……?」
リーベは見たままの印象を呟く。
目の前にあるものをどう表現していいのか。
リーベの言うように物理的に黒い壁が立っているようにも見えるし、ペンキか何かで黒く塗り潰されているようにも見える。
あるいはここを境に、まるで世界そのものが切り取られてしまったかのような。
とにかく森を抜けた先に見えるはずの景色はソレによって完全に遮断されていた。
“どこまで続いてるんだろう……?”
謎の黒い壁は森と同じように横に向かって伸びており、少なくとも見える限りは無限に続いてるように感じる。
今度は上を確認してみるが、こちらも見える限り果てがない。
真っ直ぐにそびえ立つソレは天上をも超え、終わりがあるのかさえわからない。
“これが……陸の端なの?”
思い浮かべていたものとあまりに違いすぎた。
いや、こんな光景になっているなど誰が想像できただろう。
そもそも理解ができない――これは一体なんなんだ?
ヴンダーは恐る恐る、その"黒い壁”に近づこうとする。
しかしその途端にシュテルが尻尾を掴み、ヴンダーを制止する。
「近づいちゃダメ。もしソレに触れたら取り返しのつかないことになる」
有無を許さない強い態度だった。
シュテルはヴンダーの尻尾を放すと、近くに落ちていた小枝を拾った。
「見てて」
そう言ってシュテルは慎重に“黒い壁”に近づく。
そして拾った枝をその壁に向けて、ゆっくりと押しこんだ。
「――!」
音一つ立てることなく、枝は何の抵抗もなく黒い壁に沈んでいった。
枝の先端を挿し入れたまま、シュテルはじっとしている。
「こ、これ……壁じゃ、ないの……?」
その様子を見て、じゃあこれは何なんだとリーベが疑問の声を上げる。
どこまでも長く、高くそびえ立ったソレはまるで町を囲う城壁のようでもある。
しかし外敵から守る役割など持っておらず、そもそも壁ですらないのならこの先の空間は一体どうなっているのだろうか。
「見て」
シュテルは手に持った枝を指して、注目させる。
「――え……!?」
促されるまま確認すると、異常はすぐに表れた。
黒い空間に挿し入れた枝はたちまち崩れて、その形を失っていく。
先端から持ち手部分まで、サラサラと灰になったかのように跡形もなく消え去った。
「な……何が起こった、の……っ?」
「……村の大人達はこの場所を死穢が満ちる場所だって言ってた」
「しえ……?」
「んー……つまり、ここに近づけばその魂が穢されて、死んだ後もその穢れに囚われ続ける……みたいな。実際を見たわけじゃない大人の話だから迷信みたいなものではあるけどね」
言いながら今度は自分の持ち物から小瓶を一つ取り出すと、黒い空間の向こうにポンと放り投げた。
……音はしない。
土だろうと草むらだろうと地面に落ちれば音はするはずなのだが。
先ほどの枝と同じく、この暗黒に触れたことで消滅したということなのだろうか。
「……根拠のない謎の共通知識もあながち間違いじゃないね。見てないものを怖がるなんて変と思ってたけど実際に見たら、やっぱり怖いもん」
小瓶を飲みこんだ黒い空間をぼんやりと眺めながらシュテルが口にする。
「こ……これが、この世の果て……? 私たちが生きてるこの世界の端っこは、こんなふうになってたの……? ずっと、昔から……?」
「多分ね。少なくとも私達なんかが生まれるよりもずーっと前からそうだったんじゃないかな」
ヴェルメの疑問にシュテルが思った答えを返す。
しかし納得のできないアシュティンが反論をする。
「い、いやいや……そんなはずねえだろっ? だって、見ろよ! この黒いの――てっぺんが全然見えないくらい高いんだぜっ? ガキの頃だけど俺は兄貴と一緒にグリューン国の城壁に上ったことがあるんだ。その時の景色は今でも覚えてるっ 絶対こんなんじゃなかったし――っていうか、こんなモンがあったなら今まで誰も気づかないなんて有り得ないだろ!? 誰だって気づくぜ、こんなの!」
アシュティンの言うことは尤もだった。
広大な森を抜けた先とはいえ、目の前に広がる圧倒的な“黒”は到底、木々などで隠しきれるようなものではない。
城壁どころか、外にさえいればどこにいようと嫌でも目に入るだろう。
「……わかんないけど。ただ、そもそもがここに近づかないよう全ての人類が“刷り込まれてる”のなら、視認できないような工夫も施されてるんじゃないかな。それがこの森の意味なのかもね」
意味――陸の端に沿うように伸び続けている広大な森。
その森を抜けて初めて見える本当の全景。
「村の大人達の言葉を借りて、私はここを"死穢の大穴"って呼んでる。別にたいして意味はないよ。……ただ、名前の一つでもつければ神様みたいな何かが忘れさせようって企んでも少しくらいは抵抗できるかなーって思っただけだから」
“大穴……”
ヴンダーはこの黒い空間に何があるのか想像してみた。
夜が作り出す暗さとは違う。
人間と比べれば遥かに夜闇を慣れている犬という生物。
そのヴンダーの感覚でもこの先に広がるものは全くわからない。
文字通り一寸先すらも見えない完全な闇。
先ほどシュテルが見せた現象のこともあって、ヴンダーには目の前の黒い空間がまるでこの世界そのものを飲みこもうとしている怪物の大口に見えた。
この先に広がるものなどない。
中に入れば、きっと底無しの深淵。木の枝や小瓶のようにそのカタチの何もかも壊され消える。
命の入りこむ余地などない死への穴。
“……いやだ"
ぶるると体が震え、毛が逆立つ。
ヴンダーは自分でも気づかない間に黒い空間から距離を取っていた。
「な、なんていうか……あまりにもな話でどう理解したらいいのか……こんな事、本当に誰かの意思で作られてるの……?」
リーベは頭を押さえている。
確かに彼女の言うように偶発的にこんなものが出来るとは思えない。
この世界の住人に根付いた覚えのないルールとそれに付随した恐怖。
ぐるりとこの大陸を囲う形で広がっているであろう森。
それはまるでヴェールのように本当の光景を覆い隠している。
ここまでの話を聞くと何かの意思が介入した現象だと想像しないほうが難しい。
“……でもシュテルが言うように魔王や魔族の仕業じゃなくて、もっと別のもの……だとしたら”
それはーーそれこそ、得体の知れない何かの存在を思い浮かべてしまうじゃないか。
世界そのものを俯瞰から覗き見れる……そんな規格外を。
“……あの女なら、きっと知ってるはず”
はっきり言って魔族や未だ見ぬ魔王よりも不気味で怖いものを見たというのが今の正直な感覚だ。
次に会った時、この事について訊いてみなければ。
想像もしなかった光景と話を受けて皆の間にしばらく沈黙が流れたが、やがてアシュティンがシュテルに訊ねた。
「……シュテル。どうしてここに来たんだ? それに……どうして俺達を連れてきた?」
アシュティンの問いにシュテルは目を閉じた。
しばしの沈黙を置いた後、銀髪の少女はゆっくりと瞼を開ける。
「……私もあの時、村にいたんだ」
「え?」
「村が滅んだあの時。あの瞬間まで、みんなと一緒にいたの。でも魔王の攻撃が来る直前、おかあさんが私を逃がしてくれた」
マーギア村の唯一の生き残りとなったシュテルは当時の状況を語った。
「どうやったのかはわかんない。おかあさん、瞬間移動させる魔法なんて使えなかったはずなんだけどね。ともかく私はおかあさんの手で助けられたの。気がついた時には村から二日もかかるような離れた場所で一人になってた」
目を覚ましたシュテルは頭の整理もつけられないまま、村へ戻ろうと足を動かした。
ロクに休むこともできず、とにかく歩き続けた。
激しい空腹と疲労でボロボロになりながらも、ようやく戻ることができたシュテルだったがーーその場所にはもう彼女が見知った景色は全てなくなっていて。
歩いている最中、何度も転んで傷だらけとなり、母を呼びながら泣き続けた。
それでも帰ることを諦めず辿り着いた少女を温かく迎えてくれるものは塵一つ残されていなかった。
「……本当はあの時からずっと死のうって思ってたんだ。でも、ふらふら森をさ迷ってたら、偶然この場所に辿り着いちゃってさ。……私がまだ生きてるのは、ある意味この場所のおかげでもあるかな」
「ここの……?」
「ーーこれを見ながら自分が死ぬことを考えるとね。震えちゃうくらい怖くなるんだ。この大穴を見てしまった私はもう穢れに囚われてるんじゃないかって。死んだら……私の魂はこの穴に呑み込まれて溶かされてしまうんじゃないかって」
禁忌を破って死穢に近づいた自分はもう母や村の皆のもとへは行けないかもしれない。
別に根拠はない。
大人達の話す迷信を自分の中で勝手に解釈して、脚色を加えただけのものだ。
それでもその想像が自殺を求めようとする少女の足を止めていた。
「初めてここに来た時は怖くて逃げた。でもあの時からどうしようもなく寂しくて嫌になることが何度もあって、その度にここに来るようになったの。そうするとわかるんだ。ーーああ、自分はまだ思ったより死にたくないんだなぁって」
死への入り口かのような忌み場所。
それが自分の生きる意思を確かめる為のうってつけの場所になっていた。
なんだか滑稽だよね、と少女はくすりと笑う。
「……今は……どうなんだ?」
アシュティンは不安半分でシュテルに問う。
「ふふ……いっそ全部諦めてれば楽だったかもね。でも無理でしょ。最初に逃げちゃった時点で自殺する胆力なんて私にはないんだよ。アシュティンにも……会えちゃったしなぁ」
自嘲気味に笑いながら少女はそんな答えを返す。
「あなた達をここに連れてきたのは単純に“この場所”を私以外の人にも知ってほしかったからだけど――私がみっともなくて情けないんだって誰かに吐きだしたかったっていうのもあったかな。……この場所なら、それが出来そうな気がしたから」
そう言うと彼女は付き合わせてごめんね、と寂しい笑顔を作った。
「ーーーーシュテルさん」
「おねえちゃん……?」
皆がシュテルに対してかけるべき言葉を失っていたが、リーベが心を決めたように一歩前へと踏み出す。
「シュテルさん。私達と一緒に来てくれませんか」
「!! リーベ……」
「私達は魔王を倒そうとしてます。でも、あなたの言う通り……無謀だとも思います。だからこそ、手助けが欲しいんです。……この子を守る助けが」
「……なるほどね」
シュテルはヴェルメを一瞥すると納得したように頷く。
「事情は知らないけど、あなた達が魔王の打倒に意気ごむ理由はわかった気がする。でも誘う相手を間違えてるよ。こんな傷心していじけてるだけの女の子が本当に役に立つと思う?」
シュテルは少しおどけたような言い方をした。
「……魔王を倒す意思があるか聞いた時、私達の目はちゃんと生きてるって言いましたよね。自分とは違うって。でも私には……あなたの目も生きてるように見えます」
「……」
シュテルは何も答えず、黙ってリーベの話を聞いている。
感情を見せないその表情からは何を思っているか窺えない。
「綺麗なことを言うつもりはありません。でも……あなたはこの森を出るべきです、シュテルさん。少なくとも自分に生きる意思があるかどうかを確かめる為に、こんな所に来るべきじゃない」
「その代わり、あなた達の旅に付き合うの? それだって破滅願望を持つのと変わらないと思うんだけど」
「破滅願望にはならないはずです。あなたには……魔に立ち向かえるだけの強い意思と理由があるんですから」
「……それは」
村を守ることも出来ず、ただ一人助けられ生き残っただけの自分。
後を追って命を絶つ勇気もなく、何もせず抜け殻となってこの森で隠れていた自分。
それでも友人を失うことへの恐れと、それによる魔に対しての怒り。
無気力と思えた少女の内側には確かに魔への憎しみが存在していた。
「その意思を……ほんの少しでいいんです。私に利用させてください。――お願いしますっ」
「おねえちゃん……」
リーベは深く頭を下げた。
言葉をあまり選ぶことはせず、リーベの気持ちを真っ直ぐ少女に伝える。
「ふふ……下手だね、あなた。人を勧誘する時はもうちょっと耳当たりのいい言葉を使うものじゃない?」
「はい。言う通り、下手です。でも今、建前なんて、その……バカバカしいでしょう?」
そうだね、と一言呟くとシュテルは再び目を閉じる。
「お、俺は……お前が生きてたってわかっただけで嬉しいんだ。だからそれ以外のことを望むなんて違ってるかもしれねえ……だけど――」
リーベの言葉に押されるようにアシュティンも自身の思いをシュテルに告げた。
「力を貸してくれ、シュテル。お前の望みが生きることだけならこんな話、聞かなくていい。だけど、もしお前の中に少しでも“今の世界”を許せない気持ちがあるなら――」
一緒に戦ってほしい。
その言葉にシュテルは先の言葉を繰り返す。
「……無茶だよ」
「それでも無茶に臨むしかないんだ、シュテル。でないと今の世界じゃ誰も救われない。……別に誰も彼も救ってやるなんて大層なことは考えてない。ただ戻したい……せめて、誰か一人くらいが救われる見込みのある世界に……戻したいだけなんだ」
アシュティンの悲痛な思いが言葉に乗ってシュテルに伝わる。
シュテルはアシュティンを見ながら、幼少の彼との記憶に思い馳せる。
そして考える。
あの馬鹿っぽい元気が取り柄だった彼がこんな悲しい顔をするのかと。
(ホント……嫌な世界になっちゃったなぁ)
シュテルは一度大きく息を吸うと、そのまま深く溜め息をついた。
「…………わたしーー」
「! ……え?」
シュテルが何か言いかけた時、ヴェルメはふと視線を下に落として思わず声を上げた。
(ペンダントが……光ってーー?)
それが意味するのは。
「――え?」
ポカンとした表情でシュテルは辺りを見回す。
いつのまにか彼女以外の全員が忽然と姿を消してしまっている。
「あ、あれ……?」
――いや、そうではなく。
(こ……これって――)
自分の方が皆の目の前から消えている。
そう理解した瞬間、黒い影が少女に襲いかかった。




