星光燎影
「来るなシュテル!! 森に隠れろ――――ッ!!」
アシュティンがそう叫ぶのと、魔族ネストがシュテルに飛びかかったのは同時だった。
「――――」
シュテルは逃げられない。
首を掴まれ、そのまま地面に押し倒される形になったシュテルはネストの身に着けたローブが覆いかぶさり姿が見えなくなった。
「シュテル――!!」
ネストがシュテルに狙いを変えても、ヴェルメ達に向けて放たれた“口の群れ”は休むことなく襲い続ける。
ヴンダーがソレを食い止めるも、引き換えにその場から動くことができない。
“この……こいつらッ!”
先ほどまではヴンダーを囲うように攻撃してきていたが、今度は露骨にヴェルメ達に狙いを定めている。
ほぼ全ての“口”がヴンダーを無視する勢いで、あらゆる方向から身動きのできない3人を襲ってくるため、より一層かばった動きをせざるをえなかった。
「俺が……!! ぐっ……!」
「まだ無理よ、アシュティン! ……あなたも動いちゃダメ、ヴェルメ!!」
無理に動こうとしたアシュティンをリーベが押しとどめる。
またペンダントを握りしめ、シュテルの方を見ながら立ち上がりかけていたヴェルメが何をしようとしているか察し、己の妹を全力で引き止めた。
“……くそっ! いい加減にしろッ!!”
途切れることなく迫る“口”を叩き潰しながら、ヴンダーは咆哮を上げた。
「グウゥッ……か、体が、熱い……! イ、痛イ……! 何故、私が……苦痛に呻くなど、人間のよウ、な……無様なマネを……オノ、レ……!!」
憎悪に満ちた顔。刻まれた痛みがその表情を更に歪める。
ネストにとってはただの負傷で済むものではなかった。
ペンダントの光によって焼かれた個所は爛れ、再生もままならない。
それどころか身体の崩壊は傷から徐々に広がりはじめている。
魔性の存在を排斥する完全なる拒絶の光。
恐らく灰となって消えるまでこの侵食は止まらない。
「こんなコト、で消えてなるものか……! 魔法使いの魂……貴様を喰らえば、まだ……ッ!」
確かに魔法使いの魂は魔族にとって上質なエネルギーであり、喰らえば力を蓄えることも可能ではある。
だがそれによってこの崩壊が止まる保証などあるわけではなかった。
それでもネストはその可能性を考慮できない。
なんとしても命を繋ぎ止めるということに頭が支配され、魔法使いを喰らうことがその唯一解だと。
今のネストは盲目的にソレのみを求めていた。
「――――」
地面に押さえつけられて動けないシュテルはただ魔族の顔を見上げる。
ローブに覆われ暗くなった視界にも男の歪んだ表情だけはハッキリ見えていた。
男の荒々しい息遣いと、全身を包むほど耳障りに響くカチカチという歯音の合唱。
「オマエがどこから現れたかなど、どうでもいい……! 魔法使いの小娘――その魂! 邪魔な肉の奥にあるそのエネルギーを私が喰らうッ! その後で奴らを改めて始末してくれる……ッ!!」
もはやシュテルにとって逃げる手段はない。
しかし少女に怯える様子はなかった。
目前に迫る死を気にもせず、ただじっと男を見ている。
「ーーまた……魔族なんだ」
ポツリ、と。少女が呟いた。
怒りと焦りで我を失いかけているネストに反して、絶対絶命の危機にあるはずのシュテルは全く動揺していない。
ただ暗く冷たい目で、眼前の男を見上げている。
「あなた達、魔はいつもそうだね。突然現れて何もかも壊していく。あなた達にとって、さぞソレは楽しいんだろうね。魔族が人間に対して常に考えてることは壊していいオモチャの壊し方だろうから」
「キサマ――」
いっそこの時点でもっと理性を失っていれば小娘の戯言など無視して邪魔な肉体を喰い尽くし、その命を貪っていたのだろうが。
元来の性格と、死を前にしているはずの人間の妙に落ち着き払った態度がほんのわずか、ネストに思考する余地を生んだ。
シュテルは冷たく落ち着いた口調で続ける。
「私達は有象無象の玩具なんでしょ? 自分で勝手にオモチャで遊んで、勝手にオモチャで傷ついて、勝手に怒ってわめき散らす……ホント、醜すぎて見てられない。あなたが特別、恥さらしなの? それとも――それこそが魔族の本質ってこと?」
シュテルの容赦ない物言いにネストの表情が更に憤怒で歪む。
「小娘が……黙らせてやる――!!」
「こっちのセリフだ」
瞬間、キィン――という甲高い音が鳴った。
直後、ネストの体を何かが鋭く貫いた。
その衝撃で突き飛ばされるようにシュテルの横に転がり、倒れる。
「ガッ! ……な、ニ……ッ?」
束縛から解放されたシュテルはゆっくりと体を起こした。
ネストも崩れる体を押さえ、なんとか立ち上がる。
(何を……何が起きた? 攻撃をされた……一体、誰に?)
ネストはアシュティン達の方を見る。
――違う。奴らではない。連中はまだ動けないでいる。
あの魔獣も依然、“口の群れ”が足止めをしている。
第一、今の攻撃はあの連中の方角からではない。
ならば、一体――――
その答えを返すかのように先ほどと同じソレが今度は三つ、ネストの体を貫通した。
「グ、オッ!! な……ッ!?」
(今のは……魔法!?)
リーベはかろうじてそれだけを理解する。
弾丸のように飛んできた力は光を纏い、光線を描きながら魔族の体を射抜いた。
そしてソレはシュテルが現れた森の奥から放たれたものだった。
「魔法による狙撃……まさか、まだ他にも魔法使いの生き残りが……!?」
「いないよ。そんなの」
お前達が奪ったくせに白々しいことを言うなという怒りと侮蔑を込めて銀髪の少女はネストの言葉を否定する。
「!? なんだーー」
ネストが注視している先はシュテルが現れた森の中。
魔力による狙撃を行った何者かがいると思われる方向から何か小さな物体が複数飛んできた。
その数は三つ。
ソレらはシュテルの周りに集まり、少女が伸ばした腕を囲うようにピタリと静止した。
それは石だった。
丸い石のようだが透明な質感があり、見た目だけならガラス玉に近い。
少女の手の平ほどの大きさ。その玉の中には星のような斑点がいくつも映し出されており、キレイなビー玉をイメージさせる。
三つの玉石はまるで意思を持った生物としてシュテルに付き従うように、害するものから守る役割を持って少女の周りを浮かんでいた。
"っ! 止まった……?"
どうにかヴンダーを搔い潜り、ヴェルメを殺そうと迫っていた口の群れが一斉にその動きを止め、そのまま霞のように一つ残らず消えた。
「ヴンダー!」
ヴェルメ達の無事を確認し、そこでようやくヴンダーもシュテルに意識を向ける。
「グ……、小娘が……こんなバカな……!!」
「……うるさい。アシュティンのうるさいは好きだけど――あなたのうるさいは我慢できない」
「クゥア……ッ!!」
ネストが再びシュテルに襲いかかる。
しかしその牙が少女に届く前に今度は上空から一条の光がその体を貫いた。
「ガ……な、なん……ッ?」
先ほどと同じ魔法による光線。
しかし何故、上から?
攻撃の発生源たる玉石はあの小娘の手元にあるはず――
「おねえちゃん、あ……あれ――」
森の木々より遥かに高い位置。一同が見上げる空には光点が三つ。
今の時間帯が夜であったなら夜星と見紛う光が曇天に輝きを放っている。
「……まさかーー」
三つの玉石がシュテルの周囲を浮遊している。
それと同じものが上空に更に三つ。敵を撃つ為の狙いを定めていた。
「私の大切なものを全部奪っていく。村も……おかあさんも……そして今度はアシュティンも奪おうとした」
シュテルが右手を上へかざすと空の光点の輝きが一層強くなる。
空に掲げられた三つの玉石は断罪を与えるべく主の執行合図を待つ。
「……本当に嫌い。死ぬほど嫌い。オマエ達なんて――心底、大嫌いっ」
銀髪の魔法使いが手を振り下ろした。
「――――」
その刹那。上空の玉石から放たれた光弾が無数の雨となって魔族へと降り注いだ。
(――バカな)
魔性を滅ぼす為の流星雨。
流れ落ちた星の群れは小さな爆発を幾重にも重ね、凄まじい轟音と土煙を上げた。
「……っ」
煙が晴れたその場所には銀髪の少女が立っている。
魔族の姿はどこにもない。
シュテルが放った力はその魔性を一片の存在も許さず消滅させた。
「シュテル……」
アシュティンは友人である少女に声をかける。
うつむきながら、そこに立つ彼女は今にも消えてしまいそうなほど儚く見えた。
シュテルは地面を見つめたまま、アシュティンの声に応えるようにポツリと呟いた。
「……怒っちゃった。まともな心なんて、あの日に村と一緒に無くなったと思ってたのに」
ゆっくりと頭を起こし、シュテルは大事な友人へ微笑みを向ける。
「びっくり。私、まだ怒ることなんて……できたんだね」
しかしその表情は泣いているかのように。あまりに弱々しく寂しいものだった。
***
「……ひど。サイテー」
「その……差し迫った状況でやむを得なかったって言うか……いや、なんでもないです。マジでごめんなさい」
切れ味の鋭いシュテルの非難にアシュティンが小さくなっている。
村の人達の為にシュテルが作った墓は壊れて、供えた物もあちこちに散らばっていた。
「シ、シュテルさん。アシュティンさんを責めないでください。これがなかったらアシュティンさんを助けられなかったんですっ でも、あの……ごめんなさい……」
勇ましく前に出てアシュティンを庇うヴェルメだったが、すぐに縮こまってしまった。
シュテルは小さく息を吐くと地面に落ちている裂けた小さな人形を拾う。
「……まあ、気にしないでいいよ。さっきのは8割くらい冗談だから」
別になんでもないことだと少女は口にする。
「い、いや。そうはいかねえよ。エルマさん達の墓を壊しちまって……それにその人形、お前が昔から大事にしてた物なのに」
「いいってば。別にやせ我慢してるわけじゃないよ。あ……もしかして2割分を気にしてる? じゃあ全部冗談にしとくから顔上げてよ」
そう言いながらシュテルは落ちこむアシュティンの額を軽く小突いた。
「ほら、人間って日々に目的を作らないと生きる意欲が薄くなっちゃうでしょ? 今の私にそれは笑い事じゃなかったからさ。お墓を作って人形や草花を供えてたのはどうにか活力を維持する為っていうのと、私自身の心を慰めたかったってだけ」
「シュテル……」
「……おかあさん達との思い出は全部私が持ってる。いなくなったあの人達を悼むのも、偲ぶのも、私一人で全部できる。私がこの世界で生きてる限り、お墓なんてただの建前。……だから、別にいいの」
それに思い出の品ならまだ隠れ家に残ってるしね、と。
かつて村があった場所を見つめながらそう言葉にする。
しかし冗談めかした口調をした少女が見せる表情はどうしようもなく寂しいものだった。
“…………”
「わっ? ――あ……」
その時、いつのまにかヴンダーがシュテルの横に近づいていた。
自分の体を押しつけるようにすり寄りながら、シュテルの顔をじっと見つめる。
「ヴンダー……」
「……ねえ。この子、なでてもいい?」
「え? は、はい、あ、えと……ヴンダーが嫌じゃなければ……」
ヴンダーに代わってヴェルメが返事をする。
承諾を得たシュテルはしゃがみこんでヴンダーの頬を両手でゆっくりと優しくなでまわした。
「……ふふ。やわらかくて、ふかふか。アシュティンを助けてくれたんだよね。私の大事な友達を守ってくれて、ありがとう」
ヴンダーは心地良さそうに、ただシュテルの手に身を預けている。
「シュテル……お前、ヴンダーのこと驚かないんだな?」
「え、驚いてるけど。でもさっきの見て悪い奴だーってなるわけなくない?」
「そ、そりゃあそうかもだけど……」
「この子は魔物じゃないよ。魔物は自分の主人に楯突くことなんてしないし人間の味方なんて絶対にしない。不思議な子なのは確かだけど……敵じゃない。なにより、こんなふかふかの生き物が悪い子なわけないでしょ?」
なでてたはずのシュテルの両手は首に巻きついて、ヴンダーの頭に自分の顔を埋めていた。
首を固定されるような形で抱きつかれてしまい、さすがにちょっと嫌なのかヴンダーはなんとか抜け出そうともがいている。
「あ、ところでさ」
するとシュテルはふと思い出したように立ち上がり、アシュティン達を見る。
「あなた達、魔王を倒すって……言ってたよね。あれはまだ、その気なの?」
その問いにアシュティンが答える。もちろんだ、と。
「早速、散々な目に合ったのに? さっきの魔族、災魔の手下だよ。アレ一人相手にそんな有様なのに、魔王を倒すなんて……無謀すぎるよ」
厳しい物言いだが決して蔑んではいない。
むしろ自ら死地へ行こうとする友人達に考え直す暇をあげたかった。
「耳が痛いな……けど、別に英雄になりたいわけじゃないし見栄を張ろうとしてるわけでもないんだよ。ただ……嫌なんだ。あの日から誰も楽しい顔なんてしなくなっちまった。俺自身も含めて……みんな揃って泣きっ面になってるのは、もう我慢できないんだ」
アシュティンの言葉にリーベが続ける。
「……隠れて済むのなら、そうしたいです。でも私とこの子にとって逃げて隠れることは奪われて失うことと同じでした。だから、どんなに無茶でも今度は抗って……違うカタチを残したいんです」
「…………そう。強いね……あなた達の目は、まだちゃんと生きてる。……私とは大違い」
二人の言葉を聞いたシュテルはそう呟くと目を閉じ、黙った。
しばらくすると、くるりと後ろを向いて背中越しに皆に声をかける。
「――――ねえ。出発の前に少し寄り道していかない? 案内したい所があるんだ」
シュテルの唐突な提案に一同は顔を見合わせる。
「いいけど、どこに行くんだ?」
問われた質問にシュテルは少し考えこんでいる。
これから行く場所をどう表現するべきか悩んでいるようだった。
「んー……この世の果て?」
「えーーーー」




