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形影、相伴う

「――――着いた。あれがグリューン国だよ」


 すっかり夜ではあるが月明かりのおかげで完全な闇ではない。

 ヴェルメが指をさした方には遠くない位置に目的の場所が見えた。


 しかし高い城壁が造られており、町の外観までは確認できない。

 町の様子を知るには中に入るしかないようだ。


「~~すごいっ! こんなに早く着けるんだもんっ すごく速くて風も気持ちよくて――最初はびっくりしたけど、ほんっとに楽しかった!」


 ヴェルメはもともとキレイな目をさらに輝かせている。

 雪が期待した通りヴェルメは褒めちぎる勢いで喜んでくれていた。

 本来なら雪も少し得意げになる――予定だったのだが。



「ぉぅ……っっ ぉぅぇげええぇぇぇ…………っっ」


 もう一人はお気に召さなかったらしく、雪達から少し離れた所で胸とお腹を押さえながら口からゲロゲロ出している。


「……ご、ごめんね? おねえちゃん、乗り物に弱いの。プフェが運ぶ荷車に乗ってても気分、悪くするくらいだから……今回のは刺激が強すぎたみたい」


 プフェというのは人や荷を運んだり、農作業を手伝う為に人が管理してる動物。

 ヴェルメの話を聞く限り、どうやら見た目も役割も馬に近い生き物のようだ。


「おねえちゃん、大丈夫……?」


「だ、大丈夫……でも、今は背中さすらないで……もう何も残ってないからっ これ以上、吐いたら内臓まで飛び出そう……っ」


 リーベが青い顔をしながら、ひぃひぃと息を切らしている。


「ウゥ……」


 雪は調子に乗りすぎたと反省した。

 雪自身、だんだん走ることが楽しくなってしまったのだ。


 テンションが上がった結果、無意味に蛇行して走ったり、高くジャンプしたりを繰り返す、中々の絶叫アトラクションと化してしまっていた。


“テツロウと散歩してた時はちゃんと気をつけてたんだけど……”


 ヴェルメのせいにする気はないのだが、彼女が自分の背中で楽しそうに笑っているのが嬉しくなって、ついはしゃいでしまった。


 今度から気をつけようと雪は誓う。


「アシュティン様、大丈夫かな……」


ヴェルメはグリューン国を見ながらポツリと呟く。


「ぅぷっ、……そ、そうね。とにかく時間を短縮できたのはいい事だわ。ただ、入れるかしら……門が閉まってたら簡単には――――」


 3人は城門を見た。


 開いている――少し離れた距離からだが門の口が開いているのは確認できる。


「……開いてるみたい。門衛さんに話せば入れてもらえそうかな?」


「…………」


 ヴェルメの言葉に答えずリーベは考えこんでいるようだ。


「おねえちゃん……?」


「……ううん。とりあえず近づいてみましょう。ヴェルメ、ランタンを取ってくれる?」


 荷物から取り出したランタンをヴェルメから受け取ると、リーベはそれを腰につけて火を灯した。


「あっ そうだ、リーベ。ペンダントは持ってるよね?」


「え? あ、うん。ちゃんと持ってるよ」


「そのペンダント、しっかり持っていて。村での事を覚えてるでしょ? そのペンダントはきっとあなたを魔物の手から守ってくれるわ」


 そう。村で魔物にペンダントを取られそうになった時、ペンダントが強く光って魔物を吹き飛ばしてくれていた。


「でも、森でも魔物に襲われたけど……その時は何も起きなかったよ?」


 確かにその時の様子は雪も見ていた。

 ゴブリンに捕まり、暴力まで受けていたはずだが……


「……多分、ヴェルメの拒絶の意思に反応するのかも。森ではどうだった?」


「ど、どうだろう……あの時は逃げなきゃってことばかり考えてたから。魔物に意識を向けてる余裕もなかったと、思う」


 ヴェルメの強い抵抗の意思に反応するペンダント。

 どうやら無条件に彼女を守ってくれる代物というわけではないらしい。


「なら、ヴェルメ。これからは強く意識を持って。きっと、このペンダントにはトマリ様の加護が宿ってる。あなたが強い意思を持っていれば、きっと――ううん、必ずトマリ様があなたを守ってくれるわ」


「……うん。わかった」


“トマリ様……?”


 また初めて聞く名前が出てきた。恐らくこの二人の知り合いということか。

 まあ、自分が知る必要はないだろうと雪は気にしないことにした。


 話しを終えた3人は城門へと向かった。



**



 近くまでやって来たことで、3人はよりその異様さを感じていた。


 夜だというのに城門には明かりがない。

 壁に掛けられた松明には火が一つも灯っておらず、城門にいるべき門衛が一人もいない。


 にも関わらず城門の落とし格子は限界まで上げられており、まるで来るもの拒まずといった様相を呈している。


「っ……」


 ただ不気味だった。

 この異常さを3人全員がはっきりと感じている。


 リーベは外から町の様子を確認する。


 ――出歩く人の姿はない。

 夜とはいえ寝静まるにはまだ早すぎる時間だ。

 ここまで人の気配がなく静かなのは……


 しかし、ここから視認できる範囲では明かりがついている民家も確認できる。

 

 人はいる――しかし魔族に支配されてる以上、どうなっているかはわからない。


「……慎重に行きましょう。ヴェルメ、離れないようにね」


「う、うん……」



*



 ――――コンっ コンっ


「っ、………ん?」


 ベッドで寝ていた青年は部屋のドアを叩く音で目が覚める。

 するとドアが開き、ひょこりと少女が顔を覗かせる。


「あ、やっぱりいた――アシュティンさんっ」


「ロミー……また勝手に家に入ってきやがって」


「呼んでも出てこないんだもん。アシュティンさん、お昼もぐーぐー寝てたのによく夜も眠る気になるね。そんなに寝てたら溶けてシーツの一部になっちゃうかもよ?」


「それも悪くねえな」


 もうっ、と文句を言いながらロミーと呼ばれた少女は手に持っていた物をアシュティンに差し出す。


「はい、これ。出来立てだから今、食べるのがおススメだよっ」


 差し出されたバスケットにはパンが入っていた。

 アシュティンは受け取りながらため息をつく。


「無理に持ってこなくていいって言ったろ? おばさんにもさ、伝えといてくれよ。俺のことなんか気にしなくていいって」


「嬉しいくせに。……それに無理なんてしてないもん。私もお母さんもやりたくてやってるだけなんだから」


 お互いにしばらく無言の時間が続くが、やがて少女から切り出した。


「また明日、来るから。……パン、食べといてねっ」


「ロミーこそ、夜にはあまり出歩くなよ。アンデルの目に入りやすいことは控えろ」


 ロミーは部屋を出て行った。

 少女が家に帰っていったのを窓から確認した後、アシュティンはパンを一つ手に取って一口かじる。


「……ホント、うまいんだよなぁ。気分はずっと最悪なままだってのにさ」


 これまでの自分は何の為にあったのだろう。

 自分だって魔王軍と戦える、と意気込んでいたかつての自分が今となっては滑稽に思えてしかたがない。


 自分の生まれ育ったこの国を。

 そこにいる誰一人を救うことすらも出来ないくせに。


「何やってんだろうなぁ、俺は……兄貴」



**



 ――3人は城門を超えて国の中に足を踏み入れた。

 リーベは改めて辺りを見回すが、外を出歩いている人間は見当たらない。

 城門を見張る兵士の姿もやはりなかった。


(国が魔族の手に落ちているのなら兵が機能してないのもわかる、けど……)


 ただ、それにしても何もいなさすぎるように感じる。

 中に入った途端、魔物に襲われる可能性も考えていたがそんな様子もない。


 家々には明かりが灯っている所も見られる。人間は生きているのだろう。

 なのに、入り口には一匹の魔物も配置されていない。


 まるでリーベ達のような侵入者が来ようが、逆に町から人間が逃げようが一切気にしていないかのようだった。


「おねえちゃん……」


「……うん」


 リーベが一歩前へ進む――――その途端。


「っ……!?」


 全身に悪寒が走り、ドクンと鼓動が強く響く。

 ベタつく空気が体中に纏わりついているかのような不快感が襲う。


 (何、これ……!?)


 雪は唸りながら辺りを警戒している。

 どうやら二人も同じ不快感を感じているようだった。


「二人とも、だいじょう――――ヴェルメ、その首っ!」


「えっ――」


 見るとヴェルメの首の横部分には黒いアザのようなものが浮かびあがっていた。

 それは何かの言葉にも見えるが読み取れない。

 一つ一つの文字が崩れて波打っているような歪なカタチとなっている。


「!! おねえちゃんの首にも――っ」


(っ! これは――まさか呪いっ?)


 ヴェルメにもリーベにも、そして雪にも。

 城門を潜った全員に同じアザが同じ個所に現れていた。


(仕掛けられてたんだ――足を踏み入れた者に問答無用で呪いをかける罠が町の中に……!)


 軽率だった、とリーベは自分の行動を悔やんだ。


(違和感はずっと感じてた。もっと慎重に調べれば気づけていたかもしれないのに……!)


 リーベは周辺を見回すが近くに魔物や魔族がいる気配はない。


 これはどういった呪いなのだろう? 今からでも逃げられるだろうか?

 城門は変わらず開いたままだ。できれば一度外に出て距離を取りたい。


「二人とも、ここを一度出ましょうっ 私についてきて――」


 そう決めたリーベは城門へ戻ろうとした。

 だがその時、リーベの肩を誰かが強く掴んできた。


「っ!?」


 驚いたリーベが振り返ると、そこには息を切らした中年の男がいた。

 男は怒っているような怖がっているような必死の形相でリーベを睨んでいる。


「外に……出るな! 喰われるぞ……!!」


「な……」


 男のただならぬ様子に一瞬、飲まれてしまう。

 よく見ると男の首にもリーベ達と同じアザが刻まれていた。


「――こっちに来い」


 どうやら男は町の住民のようだ。

 男はすぐそこにある自分の民家にリーベ達を招いた。


「おねえちゃん……」


 生きている人間に会えた。

 状況がつかめず不安はあるが、あの男は危ないところを助けてくれたように感じる。

 この国がどういう状態にあるのか、話を聞けるかもしれない。


「……行ってみましょう。傍を離れないでね」



**



「――お前ら、どこから来たんだ」


 家の中に入るなり、男はリーベに詰め寄ってきた。

 雪が唸り、男に抗議する。


「……グリューン国の領地にある、村から来ました」


 リーベは自分を落ち着かせ、しっかりと答える。


 それを聞くと男は壁に寄りかかり、呆れたように頭を押さえた。


「馬鹿が……なんで、のこのことやって来たんだっ 五国が全て魔族の手に落ちてることくらい伝わってるはずだろうが!」


「それは……知っています」


「グリューンも完全に魔族に奪われたが、逆を言やあ奴は未だにこの国の支配ごっこに夢中で他の事に関心を持ってねえ。村にいたほうがまだ安全だったろうによ……」


 その村も安全でなくなってしまったわけだが、その事情をこの男に説明しても詮無いことだろう。

 リーベはここに来た理由だけを話すことにした。


「ここには人を捜しに来たんです。アシュティンという名前を知りませんか?」


 すると男の表情が険しくなった。


「アシュティン? 勇者リヒトの弟の……?」


「! はい――彼に会いたいんです。彼はまだこの国に?」


「ああ、いるな。……あんな奴に何の用だ?」


「……個人的な用事です。彼は家にいるんでしょうか?」


「らしいな。ずっと閉じこもりっぱなしって話だ。まあ、今はそういう奴らのほうが多いだろうがな」


 男の態度に変化を感じる。

 まるで厄介者について話すかのように忌々しそうな顔をしている。


「フン、よりによってアシュティンか。妙な獣を連れた子ども二人を見た時は何の冗談かと思ったが――厄介者が厄介のタネを引き寄せたんじゃないといいがな」


 男の嫌悪は露骨になっていく。

 その態度はリーベ達にも向いてきていた。


「アシュティン様が厄介者……? なんで、そんな――」


「話は終わりだ。もう行け。いいか、忠告はしたぞ? 絶対に国の外には出るな。一度入っちまった以上、もう二度と逃げられねえ。この首のアザはそういう呪いだ。もし逃げればその時点で死ぬ――明日を生きるチャンスさえ失っちまうんだ」


 ヴェルメの言葉を遮り、男は最後に警告をした。

 それきり男は背中を向けて、早く出ていけと意思表示をする。


「……わかりました。ただ、最後にもう一つ――グリューン王はどうなりましたか?」


 その質問に男は背中を向けたまま答える。


「とっくのとうに死んだよ。魔族がやってきて、すぐに。家族もろともな。――殺したのはアシュティンさ」


「うそつきっ! そんなはずない――!」


 男の言葉を聞いてヴェルメが激昂する。

 隣にいた雪が一瞬、ビクリとしてヴェルメを見る。

 大人しい印象の強い彼女が怒ったことに雪は驚いた。


 クク、と男は乾いた笑いをしながらリーベ達に尋ねた。


「どう思う、お嬢さん方? 世界がこんな有り様になっちまったのは一体誰のせいなんだろうな? もちろん魔王が悪いだろうさ。だがこうなるキッカケを作ったのは間違いなく勇者一行だと思うね」


 男は顔だけこちらに向けながら憎々しげに話をする。


「勇者だ希望だとさんざん祭り上げられて調子に乗った奴らが魔王に挑んだ結果、連中を本気にさせちまったのさ。その結果が西の国の消滅ってわけだ」


 勇者が現れるまではただの小競り合いで済んでいた。

 国から離れている村が襲われることはあったものの、それでも人々の中に平穏はまだ存在していた。


 しかし今、心に平穏を抱く者など世に一人もいはしないだろう。


 人類が理想の結果などに全霊をかけたりしなければ。

 勇者なんてあやふやなものに希望を託したりしなければ、ここまでの地獄にはなっていなかったはずだ、と――男の口からは次々と怨嗟の言葉がこぼれていく。


「勇者? 俺には最初から災いのタネにしか見えなかったね。しかもその弟は魔族様ご公認の国王殺しときたもんだっ 魔族支配の国だ。当然、罪になんかなりゃしねえ。まったく兄弟そろって大した奴らだよ。そうは思わねえかっ?」


「っ……」


 まくし立てる男の目には狂気すら宿っているように見えた。

 さきほどの怒りはすっかりしぼんでしまい、ヴェルメは男を怖がっている。


「……言いたいことは終わりましたか?」


 リーベは冷静を保つよう努めている。

 一つ呼吸を置いてから男に言葉をかけた。


「どうして私に同意を求めるんですか? あなたがそう思うのなら思っていればいいだけです。恨み言で傷のなめ合いがしたいなら他を当たってください。……そんなものに私達を巻きこまないで」


 静かな声で話すその言葉には抑えきれない怒りがこめられていた。

 助けてくれたことと情報については感謝しますと伝え、リーベ達は出て行った。


 誰もいなくなった部屋で男はひとり言を呟く。


「好きにしな。どうせこの町からは出られねえんだ。このアザがある限り、あの化け物からは逃げられねえ。お前らも、とっくに目をつけられてるだろうよ」



*



「おねえちゃん、どうするの?」


「まずはアシュティン様に会うわ。家の場所なら覚えてる」


 速足で先導するリーベに二人もついていく。


「おねえちゃん、さっきの人の話……違うよね? アシュティン様が王様を、殺したなんて……そんなわけないよねっ?」


「……わからない。とにかく今はアシュティン様に会う。それからこの呪いをどうにか解かないと。それ以外の事はその後よ」


“呪い……”


 雪は辺りを見回す。

 3人がこの国に足を踏み入れてから未だに魔族は姿を見せる様子がない。


 こんな気味の悪いアザを刻んできたくらいだ。雪達の侵入に気づいていないということはないだろう。

 なら、どこかから雪達を見ているのかもしれない。


 さっきの男に魔族の居所を聞いておけばよかったがリーベはさっさと飛び出してしまったし、この国の人間が生きていることはわかったのだ。

 ならば、行き先にいるアシュティンという人物に話を聞くこともできるだろう。


「――――着いた。ここだわ」


 足を止め、3人は一つの民家に向かい合う。


「アシュティン様……」


 ヴェルメは不安そうに名前を口にする。

 リーベは緊張を隠すように深呼吸をし、ドアをノックした。




***




 グリューン国の王宮。

 かつて王が王として在る為に建てられたその場所は誰のものであるのか。

 権威を見せつける為に作られたであろう煌びやかさは今や見る影もない。

 

 そしてその王宮の玉座にはちょこんと座る小さな人影。

 本来いるべき王の代わりにいたのは齢10にも届いていなそうな姿の少女。


 身の丈に合わない大きな玉座に座り、床に届かない足をぷらぷらさせながら少女は目の前で繰り広げられている光景を楽しそうに見つめている。


 そこには若年の男性が二人いる。

 その姿は自分の傷で血にまみれており、剣を持ち、息を切らして、お互いを睨みつけている。


「あぁ、やめて……お願いだから、もうやめてぇ……っ」


 少女の隣で中年の女性が両手で顔を覆いながら泣いている。


「そんなこと言わないで? あなたの息子さん、頑張ってるわ。母親のあなたが彼の勇姿を見てあげなくちゃっ」


 彼らは殺し合っていた。

 玉座に座る少女の隣には互いの家族が座らされている。

 片側には男性の母親。反対側にはもう一人の男性の母と弟。


 賞品は自分と大切な家族の命。

 相手を殺すまでは終われない思いつきの遊戯。


「ほらっ、あなたも頑張ってー! あと少しよっ おかあさんが涙を流しながら応援してるわよーっ」


 その声に背中を押されたように叫びながら、相手に斬りかかった。

 相手の男は不意をうたれたのか、もはや身をかわす体力もなかったのか。

 振り下ろされた剣をまともに受け、血をふきだして倒れた。


「ごめん――ごめん……ごめんよ。ごめん、ごめん、ごめん、ごめん……っ!」


 男は何度も謝罪の言葉を繰り返しながら。

 すでに事切れた相手の体にのしかかり、何度も何度も刺突を続けた。


「おめでとう、あなたの勝ちよっ あなたは見事、母親の命を救って見せたわ。とてもいいものを見せてくれて、ありがとうっ」


 その行為を一通り見届けた後、少女はパチパチと称賛を送る。


「相手の彼はあなたの昔からのお友達だったのよね? 人間の友愛って本当に素敵だわ。残酷な死を与えてる最中にも涙をあげることだけは忘れない。シャトゥン様が人の行動に興味を持たれる気持ちがよくわかるわぁ」


 少女はうっとりとした表情で語る。

 人の感覚では到底、測れない喜びの感情がそこにはあった。


「そして――あなた達は残念だったわね。でも失望はしないであげてね? あなたの息子、あなたのお兄さんは頑張ったと思うわ」


 負けた男の家族は少女の言葉に反応することはなく、動かなくなった自分の家族の遺体を呆然と見つめている。


 そして生き残った男はフラフラとした足取りで、母のもとに寄る。

 その目は虚ろで、ぶつぶつと何か言葉を繰り返している。


 そんなことに気づかないでか少女はニコニコと男に労いの言葉をかける。


「お疲れさま。改めて、いい見世物をありがとう。道中、気をつけて帰ってね」


「……もう…………だ」


「? 今、何か言った?」


 少女が男の呟きに耳を傾けようと体を男に寄せる。


「もう、いやだ……こんなの、いやだ……いやだ、いやだ、いやだ……っ」


 男はブルブルと震え、手に持った剣を再び強く握りしめる。

 可憐な少女のような仕草で自分を見上げてくる存在に男は強い憎しみをこめながら睨む。


「こんなアクマに……アクマ……この、アクマが……ッ!」


 男は少女に向かって剣を全力で振り下ろした。


「死ねッ この悪魔がァ――――ッ!!」



 しかし振り下ろされた剣は突き立てられることはなく、少女の鼻先で止まった。

 男は剣を持った姿勢のまま固まったように動かず、ぼうっとしている。


「あっ、あぁあ? アあぁァあアアッ」


 途端、男の首にある黒いアザが一気に広がり、瞬く間に全身を覆った。

 アザに覆われた男の肉体は液体のように溶けてなくなったが、床には男の影だけがまだそのまま残っている。


 しかしその影も少女の影に吸いこまれていき、男の痕跡は完全に消えた。


 少女は目を閉じながら喉をコクリと鳴らした。


「うん――けっこう美味しいっ」


 少女は歌うように感想を述べ、満悦の表情を浮かべる。

 いつのまにか負けた男の家族の姿もなくなっていた。


「私に手を出すことはルール違反だって教えてあったはずなのに。興奮しすぎて忘れちゃったのかしら? せっかく生き残ったのにもったいないわ――ねえ?」


「はっ、ぁぁ……あぁあああ――――……っ」


 少女の言葉は聞こえない。

 女性は寝そべった姿勢で、ただ絶望の声と共に滂沱の涙を流している。


「しばらくこの部屋を貸してあげる。泣くのに飽きたら自分でおうちに帰ってね?」


 そう笑顔で言い残し、少女は玉座の間を出て行った。


*


 玉座の間を出た少女は城の回廊を跳ねるように歩く。


「次はどうしようかしら? やっぱり新しく来たお客様の相手がいいわよね。ふふっ、一体どんな人達なのかしら――」


 しばらく前からエストが戻らない。

 魔王からの命令であるペンダントの持ち主の捜索の為に、この国の領地内の村をあたると行って出たきりまったく音沙汰がない。


 そんなタイミングで外からの来訪者だ。無関係など有り得ないだろう。

 ちゃんと挨拶をしてあげなくては――――


「うふふ、楽しいわ楽しいわっ シャトゥン様、私も人間が大好き! この国にあるものはぜーんぶ私の物! 私のお庭! 私のおもちゃ! うふふ、あはははは――――!」


 広々とした廊下を少女は黒いドレスのスカートを翻しながら、クルクルと踊る。


 無邪気に笑い、残酷に嗤う。


 瓦礫と血に塗れた夜の回廊に、魔族の少女の愉しむ声が響き渡っていた。

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