84話:西方の地主
島左近清興だ、例の刃傷未遂事件も終息し、例の暴漢はアバシリン刑務所へ収監されることとなった
「左近様、例の男ですが、護送用の馬車へ乗せようとしたら、また暴れだしたそうです。」
「ほぉ~、それで。」
「警備隊はやむを得ず、麻酔薬を打ち、時をかけて大人しくさせた後、手足を拘束した状態で馬車に乗せたそうです。」
「見張りはいるのか?」
「屈強な男たちを配置しており、もし麻酔が切れたら、抑え込む手筈だそうです。」
「そうか。」
例の暴漢を乗せた馬車は無事に出発したのを、見届けた後にようやくワシに平穏が訪れた。そんなある日、ワシの下にある書状が届いた。あて先は【準男爵】以外はワシと同じ地主のベルモンド家当主のシーラ・ベルモントという男だ。書状の内容は交流会の誘いだ
「左近様、ベルモンド家は確か、西方にある地主ですな。」
「ああ、ワシにとっては縁もゆかりもないがな。」
「その家がなぜ左近様にかような書状を?」
「今のうちに交友を深めるか、もしくは恥をかかせるかのどちらかであろうな。どちらにしてもワシはそれほど暇ではない。」
「で、御返答は?」
「辞退しよう。無礼があってはならぬからな、よし。」
左近は早速、紙を広げ、返事を書き出した
【シーラ・ベルモント殿へ】
「遠路はるばるのお誘い、誠に有難い事にございますが生憎、領地の事で手一杯、誠に申し訳ないが此度の交流会、御辞退申し上げます。」
【サコン・シマより】
ワシは当たり障りのない返事をしたため、封をした
「与一、これを早便にて届けてくれ。」
「はっ!」
ワシの書いた書状がベルモント家へと届けられた。それから数日が経つと、またベルモンド家から書状が届いた。ワシは書状を広げ、内容を拝読した
「左近様、書状には何と?」
「ふっ、また交流会の誘いだ、しかもワシの治める土地でだ。」
「何ですと・・・・」
書状の内容は、交流会はワシの治める領地にて行いたいという無礼極まりない内容であった。流石のワシもカチンときている
「左近様、今すぐそやつを亡き者にしましょう。」
「まて、まずは奴らの身辺調査だ、ここまで強気に出るということは何か裏があるぞ。」
「はっ!承知しました、ところで返答は?」
「ん、ワシは風邪をひいておる。それゆえすぐには応じられぬと書状で伝えろ。」
「はっ!」
「では頼んだぞ・・・・ゲホ!ゴフォフォフォ!」
ワシは風邪(仮病)を理由に書状を送ると共に【お庭方】を使い、向こうの動向を探っていた。与一は早速、【お庭方】を使い、ベルモント家の治める土地へ向かった。それから数日後、【お庭方】が帰還した
「左近様、サスケが戻ってまいりました。」
「旦那様、ただいま戻りました!」
「サスケ、役目ご苦労。それで何か分かったのか?」
「はっ!どうやらベルモント家の背後にはドルトン侯爵家が動いているようにございます!」
「ドルトン侯爵家だと?」
サスケいわく、どうやらこの交流会はドルトン侯爵家が主導で行われた茶会であり、ベルモント家は貴族への昇進を夢見て、親交のあったドルトン侯爵家に接近したのだという。更にドルトン侯爵家は此度の交流会でシーナ・ベルモントだけではなく、主である島左近も貴族に昇進させようと画策している。ワシが風邪をひいていることを伝えると、また別日に開催しようとしているらしい・・・・
「何とそのような事が!」
「はあ~、昇進させるならベルモント家だけにしてくれ・・・・」
ワシは昇進に興味がないし、宮仕えも御断りである。それなのに、向こうはワシを道連れ【貴族への昇進】にしようとしている。もし今回の交流会を断れば、侯爵家の顔に泥を塗ることになり、ワシに敵意を抱くであろう。あまつさえ讒言を弄し、ワシの治める土地を取り上げる可能性もある
「左近様、ドルトン侯爵家の当主を失脚、もしくは亡き者に致しましょう!」
「やむを得ぬ、サスケやれるか?」
「御意!」
ワシらは早速、此度の交流会を主催しようとしたドルトン侯爵家の当主の失脚及び暗殺に動こうとしたところ、別の【お庭方】の者が戻ってきた
「旦那様!急ぎお知らせしたき事がございます!」
「苦しゅうない、申せ!」
「はっ!ドルトン侯爵家のご当主、ご他界にございます!」
「「「はっ?」」」
ワシらは目が点になり、呆気にとられた。えっ、ドルトン侯爵家の当主が亡くなった?すると我に帰った与一が早速、当主の死亡について問いただした
「誠か、それは!偽りではあるまいな!」
「ははっ!どうやら長年の持病が再発したようで、その日のうちに突然死したとの事!」
「確かなのか?」
「はっ!この眼で確かに!医師も間に合わなかったとか。ベルモント家は蜂の巣を突いたような大騒ぎにございます!」
それを聞いたワシらは安堵した。今回は侯爵家の当主が突然死したことで、ワシらは御茶会という名の危機を乗り越えたのである
「左近様、どうやら始末する手間が省けましたな。」
「左様ですな!旦那様には福の神がついておられます!いやあ、誠に目出度い!」
「与一、サスケ、人の死を喜ぶものではない。静かに冥福を祈ろうではないか。」
「「ははっ!」」
とは言ったもののワシも内心、我が領地内で交流会を開かずに済んだことは避けることができたと不謹慎ながらも嬉しい限りだ。あの無礼な書状を呼んだときは、纏めて始末してやろうかと考えていたが、後ろ盾であるドルトン侯爵家の当主がいなくなったことでベルモント家も迂闊には動けぬだろう。しかも貴族への昇進のも御流れになる、まさに踏んだり蹴ったりの状況だ・・・・
「まぁ、ワシとしては万々歳だがな。」
そんなある日、再びベルモント家から書状が届いた。懲りずにまた御茶会かと思って書状を広げると今度は違ったようだ
「左近様、ベルモント家から何と?」
「ん、今回の交流会の件はなかったことにしてほしいそうだ、詫びはなしだがな。」
「最後まで無礼極まりない輩ですな。」
「貴族への野望が奴をそうさせたのであろうな。後ろ盾がない以上、もはや奴はただの地主として暮らしていかなければならぬからな。」
それから1週間が経ち、ワシは武術の稽古をしていると、そこへ与一が現れた
「如何した?」
「はっ!一台の馬車がこちらへ向かっております。」
「王国の馬車か、それとも公家【貴族】の馬車か?」
「いいえ、どちらでもございませぬ。」
「・・・・とりあえず準備を進めておけ。」
ワシらはいつでも迎えるように準備を進めると、使用人が参り、シーラ・ベルモントが直々に参上したと報告を受けた
「分かった。」
ワシは玄関へと向かうと、そこには銀髪碧眼、見た目は30代後半あたり、身長が165cmほどの男が立っていた。向こうはワシに気付き、挨拶をした
「突然お尋ねして申し訳ない。私はシーラ・ベルモント、西方の地主をしております。」
「左様か、私はサコン・シマにござる。中へどうぞ。」
ワシはシーラ・ベルモントを客間へ案内させた後、すぐにお茶と茶菓子を運ばせた。お茶と茶菓子を卓子に置いた後、使用人たちを下がらせた
「シーラ殿、此度の御来訪、何用で参られた?」
「はい、是非サコン殿と親交を結びたく・・・・」
「親交にござるか、シーナ殿、某には腑に落ちないところがあるのだろうが、よろしいか?」
「何か?」
「某が風邪の時に送られた書状で、某の土地にて交流会を開催したいと書かれていてな、あれはどういう意味でござろうか?我々は初対面のはずなのだが?」
ワシが例の手紙の事を尋ねると、シーラの表情は青白くなり、冷や汗をかいている。どうやら自分のやらかした事が自覚しているようだな。後ろ盾であるドルトン侯爵家の当主は突然死し、もはや強気の態度は取れない。さて、どんな言い訳をするのか、待ち構えていると・・・・
「申し訳ありませんでした!」
シーラはすぐに土下座をした。まあ、そうなるだろうなとワシは思った
「はて、なぜ土下座をなさるのだ?」
「元を正せば私がいけなかったのです!」
ワシは年のためにドルトン侯爵家の件でカマをかけてみることにした
「そういえば、最近ドルトン侯爵家の当主が病で亡くなられたと聞いたが、シーラ殿はご存知か?」
ワシがドルトン侯爵家の話をすると、シーラの手がビクッと震えた。するとシーラは震えながらも、語り始めた
「は、はい。じ、実は私は侯爵家の御当主と前々から親交を、む、結んでおりまして、此度は交流会は侯爵家主催で行われる予定でした。」
「ではなぜ某も参加せねばならないのだ?」
「は、はい。私は前々から貴族の暮らしに憧れており、侯爵家に取り直してもらおうと願ったところ、亡き御当主様が以前からサコン・シマ殿を貴族へ昇進させようと考えていて、此度の交流で私とサコン殿を貴族へ昇進させようと計画していたのです。」
それを聞いたワシは内心、余計なお世話だと毒づいた。ワシは溜め息をつきつつ、ありのままの事を述べた
「シーラ殿、ワシは貴族の暮らしに興味がなく、今のままで十分満足している。せっかくの御誘いだが遠慮させてもらう。」
それを聞いたシーラはガバッと顔をあげた。ワシが貴族に興味がないと知った途端、信じられないといった表情でワシを見つめた
「貴族の暮らしが必ずしも幸せとは限らない。貴族には貴族なりの苦労と責任がある。それに必ずしも貴族になれるという保障もない。仮になれたとしても精々、男爵程度、排他的でメンツを重んじる貴族社会の中で権謀術数を巡らしながら生き残るのは、かなり酷だと思うが?」
ワシは公家【貴族】の暮らしについては知らぬが、己の眼で見てきた事をそのまま伝えた後に、シーラはスッと立ち上がった
「今回の話はなかったことにしてください。」
「左様か。」
「はい、御迷惑をおかけして申し訳ありません。」
シーラはワシに深々と頭を下げた後、馬車に乗り、そのまま帰っていったのである。ワシと与一はその寂しい後ろ姿を眺めつつ、見送った
「結局、あの者は貴族になれずじまいでしたな。」
「あぁ、哀れなものだ。」




