82話:昇進話
島左近清興だ、【ガルバトロズ】教祖であったコマイラ・ガルバトロズは畑仕事や内職、また住民と交流している等、悠々自適な幽閉生活を送っていると見張りから知らせが来たときは、心底安堵した。だが油断は禁物、引き続き監視を続けさせた。ワシの方はというと、息子のアルグレンもよちよち歩きをしつつ、いつ立ち上がるか今か今かと待ち望んでいた
「与一、ヨームの方はどうだ。」
「はっ、ヨームはまだ立ち上がりませぬな。」
「分かっているが、やはり子の成長を待ち遠しいな。」
「御意。」
与一の方もよちよち歩きをしつつ、いつ立ち上がるか待ち望んでいる。まあ、それは置いといて、また王国の馬車がワシの屋敷に向かっていると知らせが入った
「はあ~、またか。」
「如何いたしますか。」
「面倒じゃが、会う他あるまいて・・・・はあ~。」
ワシらは偶然を装いつつ、玄関口を飛び出すと、馬車が屋敷前で止まった。馬車から内政官のルナ・キサラギが降りてきたので、ワシらは出迎えた
「これはルナ殿、お久しゅうござる。」
「こちらこそ、お久しぶりです、サコン殿。」
「ささ、中へどうぞ。」
「では、失礼します。」
ルナを客間へ案内した。使用人たちはせっせとお茶や塩味饅頭を用意し、卓子に置いた。するとルナは塩味饅頭を注視した
「ほお~、これが塩味饅頭ですか。」
「御存じなので?」
「ええ、アルンフェン公爵家に所用で訪れた際に、この菓子を出されましてね、なかなか美味にございました。」
「左様か。」
「ではいただきます。」
ワシが送った塩味饅頭の製法で作ったのであろう、公爵家にとっては有利に運んだということか。ルナは早速、塩味饅頭を味わった
「やはり、塩味饅頭はここで作られたようですね。」
「ようお分かりで・・・・」
「ええ、私の公爵家でいただいた塩味饅頭と同じ味でしたから・・・・」
塩味饅頭を食べ終わり、茶を飲んで一息ついた後、ルナはワシの方へ向いた。ワシも向き直し、用件を聞いた
「して、御用の趣は?」
「はい、サコン殿の屋敷に貴族の馬車が出入りしていると聞きましたが?」
「時々ではあるが。」
「そうですか、やはり・・・・」
ルナは何かを悟ったような表情をしており、ワシも何か嫌な予感がした
「何かよからぬ事でも?」
「いいえ、そういうわけではないのですが、一部の貴族たちの間では、サコン殿を【準男爵】よりも高い地位に着けた方がいいか、議論をされております。畏れながら陛下も貴族たちの声にご憂慮あらせられます。」
どうやら王都ではワシに貴族の爵位を与えようかどうか、話し合っており、国王も悩んでいるようだ。ワシとしてはありがた迷惑な話だが・・・・
「某は今のままで十分満足している。今さら貴族になろう等と考えてはござらん。」
「そう簡単に済む問題ではありません!誰もが貴族に憧れを抱き、多くの武勲や献金をしてでもなりたい者がおります!ですが貴方は貴族になりたくないと申される!我が国において異例中の異例ですよ!」
普段のルナ・キサラギは常に冷静沈着に事を対処していたが今回ばかりは、感情を剥き出した
「なれば新しく平民専用の爵位を作ればよろしいのでは?」
「サコン殿、【準男爵】の称号でさえ異例中の異例なのですよ!」
「そこはルナ殿が陛下や貴族の方々を説得して・・・・」
「私に仕事を増やす気ですか!」
うわ~、めんどくせえ。ワシは思わずそう思ってしまった。ワシは現世で5人の主君【筒井順慶→筒井定次→豊臣秀長→豊臣秀保→石田三成】に仕えた経験があるから、宮仕えの辛さと面倒さをよく知っている
「サコン殿はそれで良しとしても、王家には面目というものがございます!信賞必罰を疎かにしてしまえば、国の根幹に関わります!」
「それは承知しているが、なりたくない者を無理矢理やらせるのもどうかと思うが。」
「何度も言わせないでください!」
話が平行線のまま、決着がつきそうにない。既に【準男爵】の称号を与えられているのだから、それで済むだろうに・・・・
「念のために聞くが、功績によって昇進するのであろう、某は【準男爵】以降、手柄はたてておらぬ、手柄なしの昇進は信賞必罰を疎かにするのではないか?」
「まあ、それはそうですが・・・・」
「ルナ殿、信賞は厳格に行うものだ、周囲の流言飛語に惑わされず、陛下に御奉答すればよろしいのではないか。」
「はあ~、一応、陛下に申し上げてみます。」
ルナもこれ以上、話し合いは無駄と感じ、馬車へ乗って王都へ向かった。ワシはその馬車を見送りつつ、ルナに胃薬を送ろうか思案している
「まあ、頑張ってくれ。」
王都に到着したルナは早速、国王ロバート・シュバルツのいる私室に向かい、衛兵の許可を取った後に、拝謁した。ロバートはルナを方へ向き、慰労と用件を聞いた
「役目ご苦労。」
「ははっ!」
「それで?」
「はっ!では申し上げます!」
ルナは島左近とのやり取りをそのまま伝えると、ロバートは溜め息を付いた
「はあ~、流言飛語に惑わされず信賞必罰は厳格にか・・・・」
「如何いたしますか。」
「とりあえず、様子を見るしかないか。」
その後、ロバート・シュバルツは島左近の昇進について、特に動きがないことに気付いた貴族たちは、時が経つにつれて、沈静化していった
「サコン殿の申された通りだわ。」
ルナは島左近の洞察力の鋭さに舌を巻いた。同時に貴族になった島左近が権謀術数渦巻く王宮でどう動くのかを考えると、背筋がぞくぞくとした
「サコン殿が貴族に興味がないのが幸いだったわ。」
ルナは島左近宛に手紙を書き、早便にて送ったのである。数日が過ぎて、手紙が左近の下に届いた
「左近様、王都より書状が届いたと。」
「うむ、ようやくだ。」
「左近様、ルナ殿から何か?」
「ほれ。」
「では拝読仕りまする。」
与一が書状の内容を左近に聞くと、左近は手紙を与一に渡した。与一は早速、手紙を広げ、拝読し始めた
【サコン・シマ殿へ】
「サコン殿の申された事を陛下にお伝えいたしところ、陛下は様子見を決められ、昇進の件を放置すると、貴族たちからサコン殿への昇進の声が段々と消えていき、やがてはなかったことになりました。サコン殿の眼力の鋭さに私は舌を巻きました。以上を持ちまして、この話はなかったことに致します。」
【ルナ・キサラギより】
与一が拝読し終えると、左近の方を向いた
「左近様の御慧眼、お見事にございます!」
「まぁ、昇進の話がなくなって良かったわ。」
「左近様は誠に欲のない御方にございますな。」
「たわけ、ワシは宮仕えが嫌なだけだ。」
「左様でございましたな、ハハハハ。」
左近は王都よりの昇進話から解放され、心中穏やかになった。仮に貴族になったからといって、その国の礼儀作法やしきたり等がある。おまけに家柄や爵位による差別がある。息子、特に嫡男ともなれば、後継ぎの重圧に耐えきれず、身持ちを崩した者もいる。娘も政略結婚のための道具として扱われるが、中には辺境伯令嬢であるセシリアが王太子に婚約破棄された悪い例もある。権謀術数あふれる王宮の中でどう立ち回るかでさえ、ワシにとっては現世で嫌と言うほど味わっているので、もう飽き飽きしていた
「はあ~、さっぱりしたわい。」
ワシは茶を飲んで一息つくと、扉からノック音がした。ワシが許可を出すと、ウルザが入ってきて、何やら興奮した状態だった
「ウルザ、如何した。」
「主様、お前さん、若様が立ち上がりそうです!」
「何と、誠か!」
「はい!」
ワシは早速、アルグレンの下へ向かうと、そこには今には立ち上がろうとするアルグレンと、それを見守る妻のアリーナ、ウルザが呼ぼうとするがワシは止めた。せっかく立ち上がろうとするのだ、黙って見守ることにした。どれくらい時が過ぎたのかは分からぬほど、長く感じた。ワシらはじっと見守っていると、アルグレンは一度立ち上がろうとしてコケる、再び立ち上がろうとすると、またコケる。何度もコケてコケての繰り返し、そして立ち上がったのである
「た、立った!」
「立ちました!」
「左近様!」
「うむ。」
ワシらはアルグレンの成長の一歩を見届けたのである。その後、与一とウルザの娘であるヨームもようやく立ち上がった。与一の奴は親馬鹿な一面があったのか、我が子を褒めちぎった
「ワシらの役目は我が子らの行く末を見守るだけだな。」
ワシはこの世界で妻と息子のために生きることを改めて決意するのであった




