127話:公儀隠密
島左近清興だ、【カンバス地域】にて牧場作りが開始され、多くの資金と資材と人手が投入された。牧場の整備の傍ら、【カンバス地域】周辺には河川を整備するための堤作りも進められた。更に【カンバス盆地】には葡萄と林檎と梅を植樹し、そこから葡萄酒と林檎酒と梅酒を造ることにした
「工事の状況はどうだ?」
「はっ!多くの人足の働きによって堤の工事は順調にございます。」
「雨が降って、氾濫が起きねばよいがな。」
ワシが心配しているのは雨天による氾濫であり、現世では治水工事は常にあった。ワシも琵琶湖付近の河川の氾濫を防ぐために治水工事に着手したことがあるので、その苦労は計り知れないものがある。ワシが最初に治めた【サコン塩湖】の周辺の土地の河川は雨による氾濫が起きるほどの暴れ川ではないため、堤は壊れず苦労しなかったが、【カンバス地域】の河川は規模が広く、おまけに平地に面しており、堤の工事は徹底的に行った。幸いしたのは堤の建設の技術を持った者たちが移住しており、また特殊な道具や材料がこの異世界に存在していたため、現世ほど苦労はしなかった
「この異世界には混凝土となる物があったのが幸いじゃ。」
「左様ですな、建設途中で雨が降りましたが、被害は少のうございました。」
「あぁ・・・・完成を急がねばな。」
【カンバス地域】に牧場の他、新たな田畑や村の建設も行わなければいけない。そのためにも堤を何としても完成させねばならない。ワシと与一はティアが用意した茶と茶菓子をいただきつつ、執務室で休憩しているところ、サスケとシグレが訪れた
「サコン様、【エメリカ山脈】から報告がございます。」
「苦しゅうない。」
「はっ!琥珀の運搬の最中、落石事故が出ましてございます。」
「死傷者は出たのか。」
「3人ほど軽傷を負いましたが死者は1人も出ておりませぬ。」
「うむ、くれぐれも無理はせず、安全の確認をせよと伝えよ。」
「はっ!」
「それでシグレは何用だ。」
「はっ!シュバルツ王国から公儀隠密が入ってきましたが、如何いたしますか。」
公儀隠密、シュバルツ王国もワシのする事を注視しておるようだな、いささか手遅れな気もするが。まあ、下手に争って、事を荒立てるわけにはいかないが、好き勝手されるのも癪だ、奴らが身動きが取れない程、厳重にするほかはない
「様子を探りに来たのだろう、監視をするだけで手を出すな。」
「はっ!」
「ティア、そなたも屋敷から出ない方が良いぞ。」
「はい!」
「やれやれ、骨が折れるわい。」
島左近の治める領地に侵入した公儀隠密は視察を行っていたが、【お庭方】による厳重な監視の下で段々と行動が制限されていた。現在は宿にて、何とか手に入れた情報を互いに報告し合っていた
「ここの忍者たちは手強い。」
「私も後をつけられ、撒くのに苦労した。」
「ここもいずれ知られるであろうな。」
「しっ。」
「どうした。」
一人の隠密は窓からそっと覗いた後、仲間の下へ戻り、報告をした
「囲まれてしもうた。」
「何と・・・・」
公儀隠密が本拠としている宿に【お庭方】がしきりと見張りをしていた。公儀隠密たちは何とか脱出しようと試みたが、思いのほか警戒が厳重で身動き一つ取れなかったのである。【お庭方】はサスケを中心に警戒を続けていた
「ここが奴らの宿か。」
「ええ、何人か抜け出そうとしたが、我等の存在に気付いて引き返した。」
「旦那様からは何か?」
「監視するだけで手を出すなとの事だ、事を荒立てたくないようだ。」
「ううむ。」
その頃、王宮ではティアからの報告書と公儀隠密からの報告書を受け取った国王ロバート・シュバルツは執務室にて難しい顔をしながら読んでいた。報告書を持ってきたルナは不審に思い、尋ねてみた
「陛下、何か問題でも?」
「うむ、牧場や堤の建設といった開拓は進んでいるようだが・・・・【カンバス地域】をやったのは失敗だったな。」
「それは何故?」
「隠密の知らせによると【カンバス地域】は思いのほか広く、サコン・シマが所有している全て土地を合わせると、【辺境伯・侯爵領】に匹敵するほどの広さだということが分かった。」
「そこまで・・・・」
【辺境伯領】と【侯爵領】は大規模で同等な領地を所有している。【辺境伯】と【侯爵】の違いについてだが、まず【辺境伯】は国境付近に駐屯し、異民族や他国が攻めてきた場合、迎え撃つために軍事力を有している。【侯爵】は軍事力を有しつつ中央への影響力が【辺境伯】よりも上であるため【侯爵】の方が爵位が上である
「他にも知らせがある。どうやら我等が放った隠密の存在をサコン・シマは気付いているようだ。」
「何と!」
「サコン・シマの下には多くの忍者がいて四六時中、監視されていて身動きが取れないらしい。」
「・・・・ということは。」
「ああ、確実に侍女の正体を見抜いているぞ。」
ロバートとルナはサコン・シマに底知れぬ恐ろしさを覚えた。自分たちが放った監視役の正体を知りつつも放置し、かつ公儀隠密の存在に気付きつつも監視だけで手を出さない。まるで【自分たちは害はない】という事をアピールをしているようなものだ、それがかえって恐ろしい・・・・
「陛下、如何なさいますか?」
「うむ、下手に深入りするわけにもいかん、隠密たちには直ちに引き上げろと通達を出せ。」
「監視役の方は如何いたしますか?」
「今まで通り、職務を果たせと伝えよ。」
「はっ!」
ロバートとルナは、監視役がサコン・シマによって懐柔され、二重スパイとして活動している事を知らずにいたのである。命を受けた公儀隠密は引き上げ、監視役であるティアには引き続き、監視をするよう手紙が届いた。勿論、サコン・シマも拝読済みである
「良かったのう、首の皮一枚繋がって。」
「は、はい。」
「向こうもまさか、そなたが2重スパイになっているとは気が付いておらなんだようだ。」
「そう・・・ですか。」
「さて公儀隠密は引き上げたようだが、この後もワシらへの監視は続くであろうな、分かってはいたが、まるで罪人のようじゃな。」
「申し訳ありません。」
「そなたを責めているのではない、そなたはあくまで監視役を仰せ付けられたにすぎん、ワシはあまりにも大きくなりすぎたのかもしれん。」
今にして思えば、ワシの領地の広さは並みの地主や貴族よりも遥かに広く、それ相応の財力がある。ワシがいつまでも公家【貴族】にならない代わりに土地やら下賜紋やらを賜ったが、やはり警戒しだしたか・・・・
「そなたにも改めて人働きしてもらうぞ。」
「はい!」
「そうか、【カンバス地域】は順調に開拓しておるのか。」
「ははっ!」
ここはシュバルツ大公家屋敷、当主ユリヤ・シュバルツはテラスにて茶を飲んでいた時、執事長のソロモンによりその話を聞き、溜め息をついた
「はあ~。」
「殿下、如何なさいましたか?」
「陛下も迂闊な事をなさるな、これで奴の領地は【辺境伯領・侯爵領】並みになってしもうたな。」
「はっ!公儀隠密の知らせによりますると、彼の者の忍者に監視されて身動きが取れなかったと・・・・」
「そうか、では監視役の事も気付いておるやもしれぬな。もし監視役が奴に寝返っていたら、由由しき事態だな。」
「殿下、この事は陛下にお伝えいたしますか?」
「だが証拠がない、憶測だけで事を進めるわけにはいかぬよ。」
「かしこまりました。」
「サコン・シマ、陛下を手玉に取るほどの者になりおったか・・・・面白き事よ。」
ユリヤ・シュバルツはシュバルツ王国を手玉に取るサコン・シマに警戒しつつも、今度はどのような事をするのか楽しんでいたのである




