子供たちの災い
ハルを乗せた馬車は2日後、無事に国境の町「フラーノ」へ到着した。
「おにいちゃん、ばいばい」
「ミサちゃんも元気でね。」
元気に手を振るミサはおじいさんと一緒に街の外にある自宅へと帰って行った。
「わたしらもこの街で商売してますんで良かったらお店にいらして下さい。」
2人組の商人はこの街で雑貨屋を営んでいるそうだ。1回見に行こうと思う。
この街の自由組合で馬車の出発日を確認すると3日後になるとの事。
それまで時間があるので、仕事を探しに受付に行くと、丁度良く船荷の積み降ろしの仕事が見つかった。
港を持つこの街は、アヤト国の南に位置し海にも近く、他国との貿易が盛んに行われている。
組合から近い場所に港があり、労働者用の安宿も多い。
早速宿を探して、明日に備える事にした。
次の日の早朝、港の船着場で船荷の積み降ろし作業をしていると、2台の幌馬車が止まり恰幅の良い男と、強面な護衛3人が降りてきた。
傭兵だろうか、3人ともかなり強そうだ。
商人は許可証らしき羊皮紙を役人の前に掲げながら居丈高に通行許可を求めている。
周りから聞こえる嫌悪感の混じった囁き声から、奴隷商の馬車だと言う事が判る。
護衛3人は周囲を睨みながら威嚇している。役人も悔しげな態度で対応しているのが判る。
「一応、中を確認させてもらう。」
と言って数人の警備兵と共に馬車の中を検めている。
その間、奴隷商らしき男はニヤニヤとした笑顔で幌を開ける役人達を見ていた。
丁度役人が2台目の幌を開けて中を確認した時、見えてしまった。
昨日の夕方別れたばかりのミサを。目に巻いている布は間違いなくミサのものだ。
思わず馬車へ駆け寄り叫んでしまった。
「なんでミサちゃんがここにいるんだ?」
「おにいちゃん?」
やっぱりミサちゃんだ。
「誰だお前は!」
すぐに護衛に引き剥がされた。
「この子の兄だ。」
咄嗟に兄だと言ってしまった僕に、ギョッとする奴隷商。
その様子に気付いた役人も、すぐに事情を悟ってくれたらしい。
「詳しく話を聞かせて欲しい。全員事務所まで来てくれ。」
役人がそう告げても奴隷商と護衛3人はその場を動こうとはしなかった。
「何をしている?早く来なさい。」
役人がさらに促すと、護衛3人はいきなり剣を抜いた。
駆けつけた2人の警備兵も、それに合わせ剣を抜き護衛と対峙する。
しかし2人の警備兵は簡単に倒されてしまった。
そして護衛の1人が僕に近付いて来た。
ひげづらで眼つきの鋭い男で大きな剣を肩に担いでいた。
慌てる僕に向かって剣を振り降ろした。
うしろに逃げたが避け切れず、服が斬られてしまった。
さらに斬ろうと前に出てくるヒゲ男。
走って逃げたがすぐに追い詰められた。
必死で武器になりそうな物を探すが杖や鉈は宿に置いて来てしまった。
ヒゲ男が怖い顔をして大剣で斬り付けて来た。
咄嗟に手で掴んだ物を前に突き出す。
それは懐に隠し持っていた間食用の硬いパンだった。
ガジッっという音と共に手に衝撃が来た。
だが剣はパンの表面を浅く斬っただけで止まった。
相手は驚いていたが俺も驚いた。いくら硬くても限度があるだろう。
ひげづらは一旦引いたが、今度は剣を下げたまま走って来て、横から斬り上げるように剣を反した瞬間、何かがぶつかり護衛は5m離れた壁に刺さった。
目の前には組合の支部長が笑いながら立っていた。
確か名前はガッロさん。カッコいいな、おじさんだけど。
奴隷商と揉め始めた時にすぐ誰かが組合に伝えに走ってくれたらしい。ナイスアシスト。
その後から組合員が大勢駆けつけ奴隷商と護衛3人はすぐに制圧された。
ミサの事が気になったが、これから組合で調査が行われるという事で、子供達も一旦組合に保護され、調査後には親元へ帰されるらしい。
事件の顛末を聞いたのは次の日の夕方。
組合に行くと奥の部屋に案内された。
支部長のガッロさんに促され、調査員が詳しく説明してくれた。
以前から奴隷商が子供達をさらって帝国へ送るという噂があったが、何回調べても証拠が出て来なかったそうだ。
今回は偶然にもハルを、ミサの身内と勘違いした事で発覚した自爆だが、本来は親の特定が困難な為、長時間の拘束も出来ず、見逃さざるを得ない状況だった。
帝国側からの圧力もあり、最近は下手に調べる事も出来なくなっていたらしい。
実際子供達の内、12人中7人は親から売られた子供だった。
今回の事件により奴隷商の行動に制限が設けられ、子供の誘拐事件減少に期待が持てるらしい。
被害者の子供達だが、親を殺されていた子供が3人いて、ミサのおじいさんも殺されていた。
生活の為とはいえ、金で売ってしまった子供に対する、後ろめたさだろうか。
5人の親が引取りを拒否、親元に帰った子供は5人だけで、7人の子供が国の孤児院に送られる事になった。
首都にいると言っていたミサの母親は、すでに亡くなっていて先日も墓参りの帰りだったらしい。
調査員が調べると、おじいさんの家にはもし自分が死んだら、ミルドレイクに住む叔父の所へ行くようにという遺言と金貨数枚が残されていた。
自由組合はこの遺言を受け、ハルに王都までの護衛を依頼をした。
部屋を出る時、俺の背中をバシッと叩きながらガッロが言った。
「頼んだぞ!」
「はい、全力でミサを護ります。」
俺も気持ちを引き締める。
「武器を忘れてるぞ。」
とガッロが笑いを堪えながらパンを渡してきた。
「・・・・」
必死だったとは言え良く生きてたなと思わなくはない。
机にパンを置いて言ってやった。
「刃こぼれしそうですよ。」
上手く返せて満足しながら組合を後にした。
「・・・・・?」
センスもいまいちなハルだった。