お金を貯めて教会へ
アヤト国の首都にある自由組合本部
「これお願いします。」
机で作業中の女性へ、木札を差し出す。すると女性は顔を上げ、木札を確認すると机にあった箱にそれを入れながら言った。
「はい、ご苦労様でした。」
アヤト国の首都にある自由組合で、組合員として働き始めたハルは、1ヶ月で言葉もだいぶ覚え、日常会話は問題なく話せる様になっていた。
仕事にも慣れて来て少しだけお金にも余裕が出来た。早速、教会へ行こうと受付嬢に声を掛けた。
「今から教会へ技能測定をしてもらいに行きたいんですけど。」
組合員は割引が利くらしいので使わないと損だ。
「はい。ではこちらを担当者にお見せください。」
渡された木札は先ほどと違い、国の紋章が描かれていた。
「ありがとうございます。」
ハルは小走りで教会まで急いだ。早く見てもらいたくてワクワクしている。
担当者に木札を渡して、通常の半額の50,000Gを払い、扉の奥へと進んでいった。
イリアース教は女神イリアスを唯一神として信仰する世界最大の宗教である。
人類の殆どがこのイリアース教徒であり、魔族と極少数の民族のみが独自の神を信仰している。
スキルを司る技能神も女神イリアスと同一視されており、勇者や聖女の選定も教会で行われている。
さらに世界中の国の多くは、王位継承時、女神イリアスから王権を付与される。
この為、教会の力は強まり、世界中にイリアース教の信徒を増やしていった。
◇ ◇ ◇
「ハルの奴、どうしたんだ?」
酒場のテーブルに突っ伏して、何やらブツブツ呟いているハルを見て、同僚の組合員たちが話している。
「ほら、教会でスキル判定に行ったらしいんだが・・・」
「ああ、欲しいスキルが無かったのか。」
「それどころかスキルも魔力も無いって言われたらしい。」
はぁ~と溜息を付きながらハルに声を掛ける同僚。
「ハル、今夜は俺の奢りだ。飲もうぜ。」
ハルは顔を上げ、同僚の顔を見ながらコクコクと頷いた。
そして次の日、ハルは二日酔いの為、昼過ぎに起き出した。
頭痛がひどいので簡単な依頼を受ける。
夕方、組合に帰ると受付嬢から呼び止められた。
「ハルさん、“作業団”に参加してみませんか?」
「”作業団”?」
馬車で回りながら、国中を農産物の収穫作業をする“作業団”は、国が経営する農場を中心に、人手が足りない場所を手伝いながら回るキャラバンで、毎年この時期に招集され、期間は3,4ヶ月掛かる。
報酬が高い為、独身者には人気の高い仕事であった。
ハルは高額報酬に惹かれて参加を決めた。
◇ ◇ ◇
クリス達はアヤト国の国境の街「フラーノ」の自由組合支部を訪れていた。
「あ!勇者様!魔王討伐、お疲れ様でした。ホントにありがとうございました。」
「こちらこそ支援をありがとう。とても助かったよ。」
声を掛けて来た職員の女性に確認してみた。
「ミトさんに会いたいんだがどこに居るかわかるかい?」
女性は机の上にある箱を確認しながら答えた。
「ミトさんですか?えっと・・・今帝国に向かっているようですね。」
組合の依頼で不在らしい。帝国まで行くとなれば少なくとも数ヶ月間は戻れないだろう。
「そうか・・・ではハルという男性はわかるかい?」
「ハルさんなら首都の本部にいますよ。」
「本部か、ありがとう。行ってみるよ。」
そう言ってクリス達は首都に向かった。
だが、ハルの参加した“作業団”はすでに出発した後で、会う事は出来なかった。
「すみません。帰りは3,4ヶ月先になります。」
「ああ、その時期でしたね・・・いや、ありがとう。」
受付の女性に礼を言うと、ハルの様子を尋ねてみた。
仕事にも真面目だし言葉を覚えるのも早く、会話も問題無く交わせるので他の組合員とも馴染んでいるらしい。
近くで話を聞いていた組合員の男性が、教会で解析を受け落込んでいた話や、ミルドレイクの王都に行くために、お金を貯めている事などを話してくれた。
クリス達はすぐに後を追いかけるか迷ったが、参加した組によってルートが異なるのと、場所の特定が困難な為、本国への報告を優先する事にした。
この判断が正しかったのか、それとも・・・
クリス達は一旦ミルドレイクの王都にある拠点へ向かっていた。
勇者一行の乗る馬車は馬の代わりにラプトルと言う大きな爬虫類の魔物が牽く物で、馬の2倍も速く走り、獣や弱めな魔物は近づいて来ない。
ただ凶暴で飼い慣らすのが大変な為、一部の調教師スキルを持つもの以外では扱えない貴重なものである。
ハルは遠くで爆走するラプトルを“作業団”の馬車の中から眺めていた。