男だけのクエストに、スパイスを効かせて ……4
黙々と運んだ結果、本当にあっという間に終わった。最後にノーブルが魔法で古城を焼き払ってから、二人は食堂に戻ってくる。
「これで終わり、だな」
「手伝い助かったよ」
「帰るか……、そう言えば、ここはノーブルの家、なのだよな?」
「そうだよ。ちなみにここは食堂だ」
「では、これでお別れか。私は失礼させてもらうとしよう」
用が済めば一秒でも早く退散したいフェンネルだったので、別れを告げて、古城焼き跡に戻ろうとした。
その背中をノーブルが引き留める。
「まあ待て。今帰ってもあっちは夜だろ? 森の中は暗くてとても進めたもんじゃない。せっかくの機会だ、今日はここに泊まっていくといい」
「……あー、それはありがたい申し出だと思うが……」
フェンネルは辞退しようとした。ノーブルの言うことも尤もだと思うが、ノーブルの家に留まるよりは、夜の森に身を投じる方が安全だと思えた。
「遠慮することはないぞ。手伝ってくれた礼もあるし、それなりにもてなしはするつもりだ。なんだったら、酒もあるし」
「さ、酒か……」
今日の晩酌を諦めたところでの誘惑に、フェンネルは揺らぐ。
逡巡はほんのわずか。天秤は簡単に傾いた。
「なら、せっかくの誘いを断るのも、悪いかな」
「よしよし、じゃあとりあえず酒持ってくるから、適当に座って待っててくれな」
「分かった」
フェンネルは手近な椅子に腰を下ろした。なにやらはりきっている様子のノーブルが、奥の部屋に消えるのを見送る。
「……人に振る舞うのはいつ以来だっけなあ」
漏れ聞こえてきた独り言。
「なんだか嬉しそうだな」
ノーブルを訪ねる人は少ないのだろうか。社会と関わりを持たない魔法使いゆえのことかも知れない。
「……いや、孤独も当然か。魔物を作り出すような男だからな、ノーブルは。社会性とは無縁でも仕方ないか……」
その時、フェンネルは背後に気配を感じた。ノーブルに今つぶやいたことを聞かれたかもしれないと、少々ばつが悪そうに振り返った。
「早かったな、ノーブル、……え?」
「ブフーッ」
強烈な鼻息がフェンネルの顔にかかった。
視界いっぱいの、白黒まだらの体皮を持つ巨体。
仁王立ちでフェンネルを見下ろしている牛頭は、当然ながらノーブルではなかった。
「ミ、ミノタウロス……ッ!」
名が知れ渡るほどの強力な魔物が突如出現した。フェンネルは着席しているので、身構えることもできない。ただ冷や汗を流すのみ。
絶体絶命。しかしどういうわけか、ミノタウロスは微動だにしない。
見つめ合うこと少々、隣の部屋からノーブルが戻ってきた。
「あ、ノーブル、助けてくれ!」
「え? ああ、別にこいつは人を襲ったりしないよ、多分。料理に使おうと思って呼んでおいたんだが、ここに来てたのか」
「りょ、料理? 何を使うって?」
「だからこいつを。ハムとかはあるけど、それよりは生肉使った方がいいと思って」
こともなげに、ノーブルはフェンネルとミノタウロスの間に割って入り、テーブルにガラスのジョッキを置いた。
「ほい、酒だ。エールでよかったか?」
「あ、ああ……ありがとう」
またノーブルが関わっている魔物らしい。恐怖はぬぐいきれなかったが、フェンネルはひとまず心を落ち着けようとジョッキに口をつけた。
「……! うまい」
「フルーティでいいよな。ヴァイツェンというそうだ。この前買い付けに出た時に気に入って、樽で買い込んだから浴びるほど飲めるぞ。おかわりの時は呼んでくれ」
料理のため、ノーブルはキッチンへ戻ろうとする。ミノタウロスも連れて行こうと、その足を叩いて促した。
「……どうした?」
しかしミノタウロスは動かない。何かノーブルに訴えているようでもあった。
オオオオォ、という地響きのような音。ミノタウロスが鳴いた。
「ごめんな。ちょっと俺には……牛の言うことは分からないんだ」
「……」
「お前はもう乳も出ないから、まあ、次はお前の番なんだよ」
メスなのかと、やり取りを見ていたフェンネルは思った。
ノーブルの言葉が通じたのかは分からない。それでもミノタウロスはゆっくり動き出し、ノーブルについて隣の部屋に入っていった。
すぐ後に、重い物が床に落ちた音がフェンネルの耳に届いた。
「……飲もう」
人類の脅威である魔物を、ノーブルは家畜として扱い、簡単に屠殺する。そんな場面を目撃したわけだが、フェンネルは何も考えないように酒をあおることにした。
苦みのほとんどないヴァイツェンは、するするとフェンネルののどを通って、ジョッキはすぐに空になる。
何回かおかわりを頼んで、フェンネルの顔に赤身がさしてきた頃、食堂に、食欲を誘う香りが漂ってきた。
「うーむ、腹が減ってくるな。……しかし、嗅いだ覚えがあるような、何だ?」
それは古城内の聖堂で、栽培されていたスパイスの香りだった。