男だけのクエストに、スパイスを効かせて
本編前の、前日譚のようなもの。女の子でません。
男は傭兵を生業としていた。ギルドからの依頼で、森へ向かう途中のこと。平原を歩いていると、遠くに人影が見えた。
町にはギルドから通達が出されているはずだから、今、このあたりに人がいるのはおかしい。訝しんで駆け寄ってみれば、簡素な旅装の青年が、のほほんと歩いていたので声をかけた。
「待て、そこの旅人。この先は危険だ」
振り返る青年。案の定、何も知らないような様子なので、傭兵は注意することにした。
「どこに行くつもりか知らないが、この先の森には魔物が出るんだ。命が惜しければ、おとなしく引き返しておくことだ」
「……魔物? ……ああ、大丈夫。俺も、その魔物に用があって来ているから」
覇気のない声で青年は言った。肌も青白いし、なんだか頼りない印象だ。
青年の言い分を信じるとしたら、ただの一般人ではなく、同業者ということになる。しかし、見たところ、武器の一つも身につけてはいないようだ。
「本当か? それにしては身軽過ぎる気がするが。その装備では、魔物とやり合うには心許ないのではないか?」
そう言う傭兵は、長年寄り添った甲冑で身を固め、腰には使い慣れた長剣を帯びた完全武装である。
「いや、まあ……これがあれば、何とかなると思う」
青年は、腰につけたポーチを探って、何か取り出すと、それを鞘から抜いた。
「これは、変わった形の……マチェットか?」
刀身が短く、刃が薄い。
どこかで見たことがあったかもしれない。たしか、料理に使う包丁が、あんな形をしていた気がする。長く戦場に身を置いていたせいで、記憶がおぼろげだ。
依然として青年からは、胡散臭さが漂っている。だが、魔物がいると分かっていて、かつ武器も持って来ている以上、戦う意思があるということだ。ひとまず信用しよう、と傭兵は思った。
「分かった。君も戦士なのだな。武器は……まあ、この際なんでもいい。戦えるのなら、私と共に行かないか? どうせ行き先は同じなのだろう?」
実は、猫の手も借りたい状況だった。一人では、弱い魔物を相手にするのさえ危うい。いくら戦闘の経験があったところで、まともに魔物とやり合える人間は限られている。
このまま慎重に魔物を避けて行動したとして、目的地までどのくらい時間がかかることか。その途方もなさに辟易していたところだった。
「そうだな……うん、いいぞ」
少し考えてから、青年は頷いた。
「よかった! 仲間が集まらなくて困っていたのだ。 ……そう言えば、自己紹介がまだだった。私はフェンネルだ」
これから協力していくのだからと、フェンネルは右手を差し出した。傭兵の間では、日常的に見られる光景である。
しかし、その手が握られる瞬間がなかなか訪れない。
「ふむ、フェンネルか…………決めた」
青年は考え込むように、何かつぶやいている。
不審に思ったフェンネルは、握手は諦めて、尋ねた。
「どうした?」
「えっ……? あー……いや、いい名前だと思って、フェンネル」
目が泳いでいた。
後ろめたいことでもあるのだろうか。ただここで追求してもしようがない。
「そうか? 初めて言われたんだが。そんなことより、お前さんの名前を聞かせてくれないか?」
「俺か。ノーブルだ。……あ、でも最近マ」
「ノーブルか! よろしくな。……ん? 今、何か言いかけたか?」
「まあ別に、大したことでもないし、気にするな」
大切なことのような気もするが、本人がそう言うのであれば、これ以上聞くのはよそう。何しろ初対面だ。お互いに詮索しない姿勢でいた方が、何かと上手くいく。フェンネルは仕事柄、素性の知らない人物とよく行動を共にしてきた。
「そうか? ……では、早速行くとしよう」
即座に動き出すフェンネル。先導して歩く彼に、ノーブルも続いた。
森の中の、古城を目指して、二人の道中が始まった。