君の脳が食べたい
この手紙を読んでいるという事は私はこの世にいないという事だろう。まあ遺言とまでは言わないが、私の事をここに書き留めて置こう。
日本では古くから自分の体の悪い部位と同じ他の動物の部位を食べるという習慣というか民間伝承というか、まあそういった物がある。これは中国からの伝承で同物同治と言うらしい。
肝臓が悪いからレバーを食べるというのは良く聞く話だ。まあ、心臓が悪いからと言ってハツを食べるとは余り聞かないが。まあそう言う事らしい。
ある日、一人の若者が私を訪ねてきた。その若者はライトノベル作家という職業で若い世代の人達に人気がある人物と言う事だった。その若者が私を訪ねてきた理由は私に対して融資を依頼する事だった。
なぜ融資が必要なのかと聞いた所、自分の書いた本を基にした映画を自主制作したいからという事だった。
私と若者は長い時間語り合った。
語り合って分かった事だが、その若者は才能溢れ、想像力も行動力もある素晴らしい若者だった。その若者も私に興味があったらしく質問してきた。
「あなたの今の地位はどうやって手に入れたのでしょうか? 勉強すれば辿り着くものなのでしょうか? 財力は勿論、経済や科学、化学、そして医療と幅広い分野での知識と見識をお持ちです」
「そんなのは簡単な事だよ。欲しい能力を持っている人の脳を食べればいいんだよ。金持になりたければ金持ちの人の脳みそを。クリエイターになりたければ有名なクリエイターの脳みそを食べる。有名な漫画家の脳を食べたら直ぐにでも週刊雑誌で連載出来るほどの想像力と画力が手に入るよ」
若者は私の言葉に反応を示さなかったが、私は続けた。
「脳みそはバターでソテーすると美味しいだよ。コクがあるしね。まあ肥満の人のは脂っこいから炭火で焼いた方がいいかも知れないね。それと、脳みそを裏ごしした物を出汁にしたオニオンスープも美味しいね」
若者は少し青ざめていた様に見えたよ。
「……あの、な、何を仰っているのか……よく分からないのですが……?」
「だから、私が知識を手に入れた方法を教えているんじゃないか」
「いや、人間の脳を食べるなん――」
若者の言葉は斧で以って強制的に遮られた。遮ったのは私の家で長年に渡って働く60歳代の家政婦。いつの間にか若者の後ろへとやってきた家政婦は手にしていた斧を若者の首筋辺りへ無言で振り下ろした。
若者は1分程で絶命した。しかし何度言っても家政婦は言う事を聞かない。
「そんなやり方では毎回絨毯が汚れるだろう? 壁にも血が飛び散っているじゃないか。まあ掃除するのは私では無く君である訳でもあるがね」
家政婦は「今度は気をつけます」と恭しく頭をさげつついつも同じ事を言う。ほんとに手を焼かせる家政婦だ。
「では旦那さま。こちらの人は明日の夕食でよろしいですか?」
「そうだな。バターでソテーしてくれ」
私はそうして経済、医療、科学、化学、おまけにライトノベル作家のスキルを手にした。
今私はそんな内容が書かれた手紙を読んでいる。この手紙を書いたのは私の父であり遺言と言える物だ。
私は父が晩年になって結婚した女性との間の生まれた。故に父とは60近く年が離れている。手紙には書いていなかったがその女性、つまり私の母も父が食べたという事だった。
父は私が20歳の時に消えた。失踪した。その直後に私は父の脳と知らずに家政婦が用意した物を食べた。
バターでソテーされた父の脳。
父の脳みそを食べることが父からの最後のプレゼントだった。
私は父の脳みそを食べ、父の知識、経験等のありとあらゆる全てを受け継いだ。
2019年 11月18日3版 句読点多すぎた
2019年 04月08日2版 誤字修正、行間調整
2019年 03月10日初版