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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日回りと太陽と

作者: 竹永 櫻

少し長いですが、どうぞお付き合いください

高橋 陽人(たかはし はると)は車の助手席に座り、窓の外のただ流れる風景ををぼーっと見つめていた。


外はいかにも夏!というような青空が広がっている。


その清々しい陽気とは正反対のような重いため息をひとつ。


「はぁー」

「もー!陽人さん!やめてくださいよ。こっちまで気ぃ重ぉなりますやんか」


運転しながら日向 直樹(ひゅうが なおき)は口を尖らせる。

とは言っても、決して本気で抗議している訳ではなく、その関西弁まじりの声には楽しそうなものだ。


「誰のせいだよ」

「えぇ!?俺のせいぃ!?」

陽人の陰気を吹き飛ばすように日向はケラケラと笑った。



昨日、日向は、退社寸前に「陽人さん!明日遊び行きましょ!11時に家迎えいきますね!!」といつもの笑顔で言ってきたのだ。


こっちの都合を聞かない強引さに「はぁ?」と鋭い声をあげたが、日向はどこ吹く風で「なんか予定あるんですか?」と聞いてくる。


「予定は…ないけど」

「じゃぁ決まりですね!遅刻せんといて下さいね」


それはまるで突風のようにこちらが考える隙など与えぬまま決定し、気がつくと目の前からいなくなっていた。

陽人と口を開けて呆然としていたが、後を追ってまで「行かない!」という気力も理由もなく、面倒くさいなと思いつつも『日向と出掛ける』と頭の中のスケジュール帳に書き込んだのだ。



次の日ちゃんと迎えに来た日向に引っ張られるように車の助手席に座らされ、「じゃ!出発進行!!」という号令の元、行き先も知らないまま車に揺られていた。



「まぁ…俺も、ちょっとは責任感じてますよ?ちょぉっっっとですけど」

「本当かよ」


呆れたように呟くと「ホンマですって!」と日向は前を見て笑っている。


日向が言う責任というのは今日強引に連れてこられた事ではない。

いや、そのせいで今日無理やりに連れてこられたのだ。

きっと、日向なりに気にして。


陽人はまた生気がない目で遠くを見つめた。

その原因は、今週の月曜日に日向が発した言葉がきっかけだ。



月曜日、出社した陽人と日向は開口一番にこう言ったのだ。


「おはようございます!あっ!陽人さん!いつの間に葵ちゃんと別れたんですか?言ってくださいよ」

もーっ!と口を尖らせながら肘で陽人を軽く小突いた。


「え?」

「いつでも言ってくださいよ!付き合いますから」


と日向の手はクイッと飲むようなジェスチャーをした。つまり、いつでも飲みに付き合うという意味だろう。


しかし、陽人の頭はまだついてこず、コイツは何を言っているんだ?状態。


「え…?別れて…ないけど?」


「えっ…!?」


沈黙…。

そして、直樹は状況を把握したのだろう。

「あー」と気まずそうに目を逸らした。


日向が言う、葵ちゃんというのは陽人が2年半以上付き合っている…と、少なくとも陽人はそう思っている彼女だ。


日向と同期入社で、入社した時に陽人は教育係を務めた。入社時に高橋が3人いたので、一番上の上司を「高橋さん」、陽人を「陽人さん」そして、もう一人の高橋さんは「葵ちゃん」と呼ばれた。

同じ名字な事もあり、お前ら夫婦みたいだな!と言われることも少なからずあった。

葵は小さくて、守ってあげたいと思わせる女性だ。そんな女性と夫婦みたいと言われるのは陽人も嫌な気分ではなかった。

教育係で毎日親密に業務を行っていると仕事上だけではなく、さらに親密になるのに時間はかからなかった。


葵と同期入社の日向はその一連の流れを知っているのだ。その日向が、別れたと口にしたという事は何かを見たか知ったからだろう。


「…葵に何か言われた?」

「いえいえ!」

「じゃぁ…何か見た?」

「あーいや…そのぉ…俺の勘違いでしたね!すみません!」

じゃっと立ち去ろうとする日向の腕をぐっと掴んで、逃がさねぇと目で訴えた。


日向はその目を見ないように目線は宙を泳いでいる。

「陽人さん…俺、仕事…」

「あとで手伝ってやる」

そういう事じゃなくて…とまごまごと逃げようとする日向を無理矢理隣の席に座らせ、膝が当たるくらい近い位置で睨んだ。


日向は観念したように困った顔で大人しく座っている。


「で…?なんで別れたって思った?」

「…土曜日に、ダチと飯行ってて…」

「あぁ…」

「そこで、葵ちゃんらしき人を見て…」

日向はわざと「らしき」という所に力を入れて言った。

あくまでも自分の勘違いかもしれないと言いたいのだろう。しかし、葵は今は退職しているとは言え、3年ほどは一緒に働いていた仲間だ。特に同期入社の日向が見間違うとは考えにくい。


日向は言いにくそうにその先を口噤んだ。

「…それで?」

「いやぁ…店内暗かったんでね?あんまりしっかり見えてないですよ?」

「分かったから!」


「なんか葵ちゃんと若いおにいさんが…仲つむまじくお食事をしておりまして…」

日向は急によそよそしく、尻つぼみにごもごもと歯切れ悪く言った。


「声もかけにくくて…だから、あぁ陽人さんと別れはったんやぁーって勝手に勘違いして」

「…」


若いおにいさんと仲つむまじく?


陽人の顔はドンドンと曇っていく。


土曜日…何をしてたかな?自分は持ち帰りの仕事で書類を纏めなくてはならなくて…。


葵は…友達とご飯行ってくると言っていた気がする。


「あっ…あ!でもでも!俺が勝手に勘違いしただけで…」

「声も掛けづらいくらいイチャイチャしてたんだろ?」


日向は気を使って仲つむまじいという言葉を使ったのに、陽人はわざとイチャイチャと直接想像がつくような言い方をした。


「いや…まぁ…そうですけど…あっ!でもお兄さんなのかも?兄妹なら…」

「葵は一人っ子」


例え兄妹でも恋人と間違えるくらいの距離感ってどうなんだ?とは思うが、残念ながら葵に兄弟はいない。


「あーでも…親戚のお兄さんとか…」

「親戚でも問題だろ。従兄弟なら結婚出来るし」

「あ…いやそうじゃなくて…ほら!もしかしてお父さんだったのかなー?暗かったからなぁー?」

日向は顔にダラダラと汗をかき、必死に取り繕っている。それが無理がある事くらい日向も陽人も分かっていた。

いくら薄暗い店内といってもお父さんを『若いおにいさん』とは見間違えないだろう。


お前の目は節穴かという意味を込めてジロリと睨むと、日向はシュンと音が聞こえそうなほど縮こまって小さく「すみません」とこぼした。


日向が悪い訳では無い。しかし、そんな事を気にする余裕は今の陽人には残っていなかった。


葵が…浮気?


まさに晴天の霹靂。


浮気など、もちろんよく聞く話ではあるが、いざ自分の彼女がとなると話は別だ。どこかで他人事だと思っていた。


葵に限ってまさか。


いや…でも…日向が嘘ついてるとは思えないし…。


そもそも、ただの男友達なだけかも?


いや…それで傍から見て付き合っていると思えるほど態度では…やっぱり浮気では?


頭の中はいや…でも…いや…とそればかり繰り返している。

その様子「ヤケ酒とか…いつでも付き合いますから…」と日向は申し訳なさそうな顔で去っていった。

しばらく、その事は無理矢理頭の隅に押し込んで、仕事をして、夜に葵に電話を掛けた。


はじめは「ただの友達」と言い張っていたが、最後には「…陽人が構ってくれないから…」と零した。

彼女曰く、陽人が仕事で忙しく電話もメールも疎かにしがちなのが寂しくて、つい男の誘いに乗ってしまった、と。

一回しかしていない、とか、放っておく陽人も悪くない?とか色々言われたが…全く耳に入ってこなかった。

葵は挙句の果てに「陽人は先輩だからかっこよく見えてたけど、仕事以外は冷たいし」や、「今の人はマメに連絡をくれる」と延々と陽人の嫌だったところや浮気相手を褒めたりとお互いになんの話し合いか分からなくなってしまった。


陽人は上手く働かなくなった頭の中で「わかった。別れよ」とだけ告げて電話を切った。


電話口では葵がまだ何か言っていたが、興味もなかった。


あーあ。呆気ない。


2年半の絆など…あっという間に無になる。

「馬鹿みてぇ…」

まだ、着信を知らせるスマートフォンをほおり投げた。


どうせ葵だろう。


今は…名前も見たくない。


「馬鹿野郎」


果たして、その言葉は葵を指しているのか、浮気相手か、はたまた自分自身か。

陽人もよく分からないまま、ボソリと呟いた言葉は寂しい部屋に消えていった。



次の日から何事も無かったように過ごしているつもりだったが、日向は心配そうに何度もこちらを見てきた。

うっとおしいから「別れたよ」とだけ告げると、日向は申し訳無さそうな顔を浮かべ、何かを言おうと何度か口を開けたが、何も言葉が見つからなかったのか小さく「すみませんでした」とだけ呟いた。


別にお前が悪いわけじゃない。そう言おうと思ったが、その余裕は今の陽人にも、まだ、持ち合わせていなかった。



そして、強引に休日に引っ張り出されたのだ。


日向は「ちょっと責任を感じている」と言ったが、実はかなり気にしているのというの陽人にも分かっていた。

3年以上彼の先輩をして、毎日のように顔を合わせているのだ。


彼の性格も分かっている。

だから、気分転換に無理矢理にも連れてこられたのも分かる。

日向だって、陽人の性格を分かっているだろうから、休日一人で家で閉じこもって何も考えないように仕事をするだろうという事は分かっていたのだろう。


彼だって、伊達に3年以上陽人の後輩をやっていないのだ。

しかし、その優しさに素直に甘えられる程、陽人は可愛げは持ち合わせていなくて。

結局、ぶすっとした顔で助手席に収まっているのだ。



「…どこ行くの?」

「それは着いてからのお楽しみ!って陽人さんもっと楽しそうにしてくださいよ!」

「そんなん言われたって…」

「もー!俺らの初デートですよ?もっと笑ってください!」

「初デートぉ!?」

こいつは何を言っているのだと運転している日向の顔を睨むと日向は、あはは!と笑った。



女性は、男性が運転している姿が好き、と言うが、それが少し分かる。

真っ直ぐ前を見る横顔は、笑いながらも真剣でじっと見つめてしまう。

腕捲りしたシャツからのぞく腕は、血管が少し浮いていて頼りがいがありそうだ。

手首にある腕時計は仕事の時に使用しているものよりもカジュアルで、よく似合っている。

と、まで考えてまではっ!と何を考えているんだと目をそらした。


日向がデートとか言うから…。

変に意識してしまった。


「馬鹿だな…」

照れてボソリと呟いた言葉に日向はチラリとこちらを見てまた笑った。

「俺ですか?ひどい」

陽人は自分の事を言ったつもりだったが、日向はそう言った。

違うと言おうと思ったが、日向の口振りは少しもひどいと思ってないようにケラケラと楽しそうなものだったのでいいかと否定もしなかった。


「馬鹿は傷つくんですよ!アホにして下さい!」

「アホだったらいいのかよ」

「馬鹿よりアホの方がなんか愛嬌ありますやんか」

「そうか?俺は阿呆の方が腹立つけど」

「陽人さんのアホは阿呆でしょ?ちゃいますちゃいます。アホです」

「はぁ?一緒じゃん」

「ちゃいますよ!アホの方が可愛い」

「はぁぁ??言い方だろ?馬鹿だって、もうバカ!って言われたら可愛いだろ」

「確かに!今の可愛かったです!もう一回言って」

「言うかバカ!」


まるでからかう様に茶化す日向に、冷ややかな目線を送った。


「そういえば、昨日テレビで見たんですけど、ウーパールーパーって知ってます?」

「ウーパールーパー?ってあの昔流行ったペット?」

「そう!あのウーパールーパーって実はアホトロールって名前らしいですよ」

「へー」

「なんかあの顔見てるとにやけてきません?俺の中でアホってあんなイメージなんですよね」


言われて陽人はウーパールーパーの顔を思い出した。確かに愛嬌があって、のほほんとした可愛らしい顔だ。

しかし、アホと言われるのも可哀想な気がする。


「なんか、バカトロールではちょっとちゃう…ってなりません?」


陽人にはよく分からない感覚だが、関西人の中ではアホというのは蔑称ではないということか。


「あー良くわかんねぇけど、なんとなく分かった。」

「だから、陽人さんもバカは止めてアホって言ってください」


「へ?」

日向はチラリと陽人を見て、ニコリと微笑んだ。

「…陽人さん、最近、仕事中もたまにぼーとして馬鹿みてぇ…って呟いてますよ」

陽人は言われて思わず口を手で覆った。


完全に無意識だ。


仕事に集中してて、実は落ち込んでいることなど気づかれていないと思っていた。

そして、陽人自身も仕事中は忘れているつもりだった。

それなのに、自分は無意識に葵の事を思い出しては、馬鹿みたいだと呟いていたのか。


恥ずかしくて俯いてしまう。


「ウーパールーパーをアホトロールって言った人は関西人なんすかね」

「…どうだろうな」

「ウーパールーパーって言われればウーパールーパーって顔ですけど、アホトロールって言われると、もうアホトロールにしか見えなくなりますよね」

「…ウーパールーパーもいい迷惑だな」


気になって思わずスマートフォンで検索してしまった。

「…日向…アホトロールって日本語じゃねぇらしいぞ」

「え!?」

「だから関西人がつけた訳でもないし、そもそもアホに阿呆の意味はない」

「まじですか!?」

「お前が勝手にウーパールーパーをアホの化身みたいに思ってただけだ」

「アホの…化身…ぷははは!俺、そこまで言ってませんよ」

スマートフォンをスクロールさせる。

「…しかも…アホトロールって語源が神様の名前だってさ。お前まじでウーパールーパーに謝れよ」

「ははははは!ウーパールーパーに?」

「だってさ!神様の名前だと思ってたら関西人にアホっぽい顔って言われるウーパールーパーの身にもなれよ」

「あはははは!!ウーパールーパーの肩持ちすぎ…ははは!ウーパールーパーの身になれよって…」

日向は何かがツボにハマったのか赤信号で車を停止している間、ハンドルに顔を埋めて肩を揺らして笑っている。


車内には日向の明るい笑い声が響いた。

他人(ひと)の身になって考えろ、とは…よく言われました…けど…ウーパールーパーの…身に……ぷははは!はじめて言われた!」

日向はずっと笑いを堪えて言っているつもりだが、口調からは堪えている笑いが耐えきれず出てしまっている。


「お前!笑いすぎ!何がそんなツボってんだよ!」

「だって…さすが、相手の気持ちを読むのが上手いと定評がある営業さんはちゃうなぁ…と思っ…って…ははは!」

「お前!!馬鹿にしてんな!?」

「してません、してません」

「絶対馬鹿にしてるな!!」


日向は口を閉じて笑いを我慢しているようだ。しかし、笑いが耐えきれずこぼれ出てきている。

「…ぷは…ははは!ホンマに!ホンマに馬鹿にしてません!」


じーと疑いのある目で睨むと日向は「ホンマにです!ホンマに!」と重ねた。

「ホンマかぁ?」

収まりかけていた日向の笑いがまたぷっと復活した。

「陽人さん…俺の関西弁移っとる…ははは!」

「移ってない!」

「ホンマ…可愛いなぁ」


ボソリと言う日向に目を見張る。可愛い?って俺が?と疑わしく陽人は訝しんだ。

先程、アホトロールを可愛いと言っていた名残が残っているのだろう。

「…お前…完全に馬鹿にしてんだろ」

「だから、してませんって」

「あっ…!アホにしてる?」

先程、馬鹿は止めてアホにしましょうと言われたのを思い出して言い直すと、日向は耐えきれずにぷはっと吹き出し、また笑い出した。


「アホに…してる…ははは!」

「ほら!もう青だぞ!早く行け!」

「陽人さんが笑かすから」


日向の左腕をグーで軽く叩くと日向はゆっくりと車を発進させた。

しかし、日向はまだクスクスと笑いがこみ上げているようで、「アホに…してる…」などとたまに呟いては、また堪えていた笑いを何度もぶり返していた。


笑いすぎだろと思いながらも車内の空気がガラリと明るいものになったという事は陽人も気づいていた。

これが、日向の作戦なのか無意識なのかは分からないが、悔しいので敢えて指摘はしない。

さすが、人の懐に入るのが上手いと定評がある営業さんは違うと…陽人は日向を見つめていた。



日向は、車をどんどん街中とは逆に走らせ、車窓の風景は緑の溢れるのどかなものへとなっていった。たかだか一時間ほど行っただけなのに風景はガラリと変貌する。

普段働いている喧騒から離れ、高い人口建造物がない風景は日々の心の中のごちゃごちゃと汚い部分を払っていくようだった。

日向が車を走らせる先には看板に「ヒマワリ畑ここをまっすぐ」と書かれていた。


「ヒマワリ畑ぇ!?お前!まさかヒマワリ畑に行くつもり?」

「あーバレちゃいました?」

「バレちゃいましたじゃねぇって!男二人でヒマワリ畑って…」

「だから言ったでしょ?これは陽人さんと俺の初デートなんですから」

日向はニコニコとしながら『初デート』により力を入れて言った。


「バッカだな!そんな…」

「ははは!」

「いや…アホか?アホ!!」

「そうでしょう?俺、アホなんですよ」


何も気にしていない様子で日向は車を目的地へ走らせた。

男二人で花畑などおかしい。ゲイカップルと思われるかもしれない。

だいたい男の先輩を誘って休日に花畑に行くってどんな神経してんだ?


「無性に帰りたくなってきた」

「ええぇ!?なんで」

「だって…男二人で花畑って…」

「気にしすぎですって!男同士で花畑なんて普通にいるでしょ」

「そうかぁ?」

「カメラ好きの人とか、ツーリングとか…考えすぎですって」

「うーん、そうかぁ?」

「まっ!ここまで来て戻るっていうのもね!」

「それは日向が目的地教えてくれなかったから!知ってたらその時点で止めた!」

「あはははは!」

「図ったなぁ…!!」

「人聞きの悪いなぁ…サプライズですってサプライズ!」

日向はわざと少しネイティブっぽい発音をして茶化している。


「…腹立つ!!」

「ははは!ほら、着きましたよ」

日向は駐車場に車を止めた。悔しいくらいにスムーズな駐車だ。

陽人はまだ少し二の足を踏むが、確かにここまで連れてきてもらって…いや、日向が勝手に連れてきたのだが、それで、ヒマワリを見ないというのは勿体無い気がした。


渋々ながら、車を出て、外に出ると蒸し暑さが襲ってくる。

「あっちぃ…」

「陽人さん!こっちですよ」

日向は暑さなど気にしていないような笑顔で陽人を手招いている。

まだ気乗りはしないが、日向の元へと歩いた。



「うわぁ…!すげぇ…!!」

丘を上がった先に待っていたのは見渡す限りの向日葵。

そこには広く広く、黄色の絨毯のように綺麗な向日葵が咲いていた。

抜けるような雲ひとつない青空の青と、天に向かって咲く向日葵の黄色と、葉の花の下で揺れる葉の緑。その三色しか目に入らない世界。

向日葵は背が高いので、間にいる人を隠してしまう。


「日向!行こうぜ!!」

この美しい風景は、ぐずぐずした陽人の気持ちなど吹き飛ばすように、簡単に晴らしてくれた。

ウキウキと向日葵畑に急ぐ陽人の姿を日向は嬉しそうに見つめて、ついて行った。


向日葵畑の中に入った陽人は語彙を失ったように「すげぇ…キレイ…」と繰り返している。


美しく咲いた向日葵は生命力に溢れていて、力強く天に手を広げて陽の光を全身で受け取っているようだ。


「俺、花畑なんて来たことなかった!一面に同じ花が咲いてるってこんなに圧巻なんだな」


陽人は弾む声で言う。懸命に咲く向日葵から生命力を貰うようだと思った。


「…葵も…こんな場所連れてきて欲しかったのかな」


思えばデートなど、葵が行きたいと言う場所ばかりだった。自分が調べてエスコートするなどここしばらくしてなかったな…と少し影を落とした陽人の顔を見て、日向は陽人の背中をバシッと叩いた。


「情緒不安定かっ!」

「うるせぇ!情緒不安定だよ!」


しかし、こうして外に出て、広がる風景を見て、声を出していると、なんだか…少し気が晴れていっているのも、陽人も自覚していた。


そんな事を口するのは恥ずかしくて、背の高い向日葵の中に隠れて、花を愛でる振りをして後ろを向いた。


「ここの向日葵、約50万本くらいあるんですって」

「へーすげぇな」

言われて、周りをぐるりと見渡した。

当然全て見れている訳ではないだろう。目に映る限り広く、向日葵の黄色は続いている。


「今の日本の人口を1億3000万人くらいだとして…」

「え?」

急に人口の話?振り向いて、日向を見た。

「この向日葵の約25倍くらいいるんですよ。日本に」

「あぁ…」

離れて見たら黄色い絨毯のように見えていた向日葵も近くに寄れば、当たり前だが、1本ずつの黄色い花だ。

一本、一本、力強く咲いている。


「これの25倍ですよ?まぁ赤ちゃんとか、ご老人とかも勿論入れますけどね」

「うん」

たしかにこの25倍と考えると膨大な数だと分かる。


「その中で、出会えて、お互い好きになって、付き合うって凄い確率なんだと思いません?この中で自分が好きな一本見つけてこいって言われても無理そうなのに…」

日向の目は遠く、向日葵畑を見渡している。

言われてみればそうだ。そうやって出会って、付き合ったのに、結局こうやって別れる。


葵と付き合った時はこの子だ!と思っていたのに。


「だから言えばよかったちゃうの?って思います。寂しいからかまって欲しいとか、デート連れて行って欲しいとかね。せっかく付き合えたんだから…」

「…」


そうか…日向はこうやって慰めてくれてんのか。陽人のせいだけではないと。


「…日向も付き合いたい人がいるの?」

日向が言った『せっかく付き合えたんだから』という言葉にはどこか哀愁が漂っていて、誰かを思い出したようだったのだ。

その言葉に日向は陽人を見つめ、ニコリと笑った。その笑顔はいつもより少し寂しそうで、陽人は言葉に詰まってしまう。


「…いますよ。」


呟いた言葉は熱く、甘く、切なかった。


日向にもいるんだ。そういう人が。


おそらく、片想いの人が。


いつも明るく笑う日向にこんな顔をさせてしまう人が。


陽人は胸がザワザワとするのを感じていた。

なぜ、自分が感情を動かされるんだ?ただ後輩に好きな人がいたってだけなのに。

日向の知らない一面を垣間見た気がしたからだろうか。


日向ならすぐ付き合えそうなのに。


ここも本当はその人と来たかったんだろ?


どんな人?俺の知ってる人?


色んな事が頭を巡ったが、どれも言葉にしなかった。

なんで言えなくなったんだろう。


また心がザワつく。


陽人は気にしていないフリをして「そっか」と小さく呟いて日向から目をそらしてまた向日葵を見つめた。



昼ご飯は小高い丘の上に並べられっているベンチで二人並んで食べた。

木製の屋根とベンチは座るとひんやりとしていて、風も心地よく吹いている。

コンビニで調達した軽食を向日葵を見ながら食べた。

いつもとなんら変哲もないおにぎりも、なんだか美味しく感じる。


「めっちゃ美味く感じるわー!」

陽人が今、思ってたこととまるっきり同じ事が関西弁で聞きえたから陽人は思わず吹いてしまった。


「なんですか?」

「てか、日向、関西弁抜けねぇな」

こんなコッテコテの関西弁を使う日向も、もう関東圏の今の会社に入社して4年目だ。それなのに、未だに関西弁を使う。


「会社にもお客様にも、関西の人が結構いる多いから抜けきらないですよね」

「あー高橋さんとかと喋る時もっと激しいもんな」

高橋さんとは陽人と日向の直属の上司で陽人が会社で名字ではなく陽人と呼ばれるようになった原因の人だ。

その人も関西出身で、とくに日向と同郷らしく、二人で話し出すとドンドンと盛り上がり話は脱線しまくり、肝心の話が進まないと噂だ。

「それでも、地元帰ったら『関東に魂売ったな』って言われますけどねぇ…」

「えっ!?これでも?」

なかなかキツイと思う日向の関西弁も関西にいけばマシな方ということか。本場はどんだけなんだ?と陽人には想像もつかない。


「こっちでは関西人と言われ、地元では関東に染まったと言われ…ハーフアンドハーフなんすわ」

「使い方絶対間違ってる」

「ナイスツッコミですね」

日向はグッと親指を立てている。関西人はこれだからと呆れながら、冷ややかな目を送った。


「関西人ってすぐボケとかツッコミ求める…」

ははは!と笑って日向が「確かに!」と同意した。

「でも、関西人でもなんでやねんっ!!なんてツッコミしませんよ?」

日向は陽人の肩を裏手でバシリと叩く。よくツッコミといえばイメージするアレだ。

「へーそうなんだ。大阪の人みんな言うんだと思ってた」

そう言うと日向は「なんでやねん」と笑った。

それは狙って言った様子ではなく、思わず口から出たという感じだ。

その言葉に陽人と日向はしばらく顔を見合わてどちらとともなくプッとう吹き出した。


「言ってんじゃん」

「言ってますね」

ケラケラと二人はしばらく笑うのを止められず、陽人はこんなに笑ったのは何時ぶりだろうと考えていた。


自分の笑い声と日向の笑い声を聞いていると更に気分が上がっていった。


葵の事でグツグツとマグマのようになっていた心も晴れていく。

笑うって大事なんだと日向の笑顔を見て、痛感する。


そこにザァと一陣の風が吹いた。

向日葵畑を通り過ぎて届いた風はひんやりと心地よく、頬を撫でていく。


「いい風だな」

陽人は目を細めて、向日葵畑の方を見た。

向日葵は風が通ると一様に傾き、まるで風の姿が見えるようだ。


「♩森の奥で生まれた風が、見えない手差し伸べて向日葵…なんて」


陽人は浮かれたように鼻歌を歌った。それは誰もが一度は聞いたことのある有名な映画の挿入歌。

確か、本来の歌詞は向日葵ではなく麦の穂だったはず。

向日葵畑をざぁっと通る風はたしかに神様の見えない手が向日葵を撫でているようだ。

日向は続きの歌詞を思い出していた。


ふわり :(かす)め あなたの髪を 揺らして通り過ぎてく


向日葵畑を目を細めて見つめ、嬉しそうに鼻歌を口ずさむ陽人の髪を風が吹いて陽人の髪を踊らせる。


そんな横顔を見つめながら、日向は思わず手を伸ばしていた。


風に舞う陽人の髪を手に取って、唇を寄せた。


陽人はビクリと驚いたように身を強ばらせ、日向の方も見れず、じっと動けない。


まるで、時間が止まったように感じた。


風の音とお互いの息の音がやけに耳につく。


思わず跳ね上がった鼓動の音が聞こえないかと陽人はドキドキと更に鼓動を早めた。


「…綺麗ですね」


それは…向日葵が?それとも…?


陽人は何も聞けなくて顔が熱くなっている気がする。


「:日向(ひゅうが)…」


困った顔で日向を見ると、真剣な目な日向と目が合った。


近くで、見る日向の顔に目が離せない。


思わず、唇を合わせてしまいそう…。


すると、日向はすぐにパッと笑い、先程の雰囲気など微塵も感じさせないように、いつもの笑顔に戻った。


「もー陽人さん!今のボケですよ!なんでやねんポイントですよ!めっちゃハズいじゃないですか!」


ははは!と目を逸らす日向に陽人は少し距離を置いて、逆の方を向いた。


「…分かりにくっ」

真っ赤な顔がバレないように出来るだけ背中を向ける。日向に何ドキドキしてんだ!?


「ははは、すみません。お詫びにゴミ放って来ますー」

日向は陽人の分も昼食のゴミを持ち、何処かに立ち去った。

きっと、向日葵畑でテンション上がってしまったせいだ!

夏の陽気のせいだ!!

楽しい雰囲気のせいだ!!!


雰囲気に飲まれ過ぎだろと頭を抱えた。



昼食も終わって、再び向日葵畑に降りて、向日葵を堪能していると、気がついたら結構経っていたようで、陽が傾き始めていた。


日向が戻ってきて、なんで髪触った?などとは勿論聞けず、意識しすぎているな…と思っても、やはりあの顔が頭をチラつき、どこか気もそぞろで向日葵を見つめていた。


日向もあんな顔するんだな。きっと恋人にはもっと甘い顔するんだろうなとさっきから日向を覗き見ては、目が合いそうになるとバッと目をそらした。


これでは、意識をしていると言っているようなものだ。


「そろそろ帰ります?」

「だな」

陽人は少しほっとして、帰路につこうと駐車場に向かって歩きだそうと向きを変えた。


西に向かっている太陽。しかし、向日葵を見てもそちらを向いているのは一部だ。


「あれ?向日葵って太陽の方を向くんじゃないの?」


向日葵は太陽を追いかけるからサンフラワーというと聞いたことがあった。


「ホンマや…言われてみれば。なんでやろ?」

日向は、よほど気になったのか手元のスマートフォンで調べだした。


「えっと…ヒマワリの名前の由来は太陽の動きにつれて、その方向を追うように回ることから。日回りとも書く。その事から花言葉は『あなただけを見つめる』。しかし、その動きは生長に伴うもので、生長の盛んな若い頃だけである。花が咲く頃には生長は止まるので、動かなくなる。らしいですよ。知らんかった」


「へーそうなんだ…」


ぐるりと向日葵を見ると、確か蕾は太陽を追いかけるようにそちらを向いているが、綺麗に咲いている花は各々違う方を向いている。

ほとんどは、似た方向向いているが、すべて一様ではない。


「…そっか…はじめは太陽を焦がれるように追いかけるのに、いつの間にか違う方を向いてんだな」


陽人は言いながら思い出していたのは、葵だった。


葵にも言われた「先輩だったから格好良く見えたけど冷たい」と。

太陽に恋焦がれてた葵も気がついたら違う方を向いていた。いつまでも、太陽のつもりでいたのは陽人だけだった。


少し悲しそうな顔で向日葵見つめる陽人が行った意味を日向は理解したのだろう。

日向は、切ない顔で陽人見つめた後で、頭をぐちゃぐちゃと撫でた。


「日向?」


優しい顔で微笑んで、「ちょっと待っててくださいね」と走っていった。


陽人は意味がわからずポカンと走り去る日向の後ろ姿を見送る。

「?」

全くの予想外の行動で、陽人はしばらく、その後ろ姿をぼーっと見つめていたが、日向は早々に見えなくなる距離まで言ってしまった。


しばらくすると、ザッザッと軽やかな足音と共に息の荒い日向が帰ってきた。

少し汗ばんでいるが、気にしていない様子で笑っている。


「…陽人さん」


息を整えて、呼ばれて、陽人は呆然と日向を見つめていた。

だって日向の手には…。


力強く咲く向日葵の花束。


花束といっても、綺麗にデコレーションされたものではなく、向日葵畑の向日葵を束ねただけのもの。数は20本ほどだろうか。

しかし、大振りな花なので、迫力がある。

そういえば少し遠くの売店で切られた向日葵を束ねて売っていると看板に書いていたなと思い出す。


「…男に花束って」


慰めてくれているのだろうか、可笑しくて苦笑いした。しかし、日向は真剣な目で見つめてくる。


「…俺は、陽人さんだけをずっと見つめてます」


声が出なかった。それほど真っ直ぐに見つめられていたから。


「…またボケ?」


震える声で小さく笑った。日向は顔を緩めず、首を振った。


「これは…本気です」


とてもからかう様なものでは無い。

茶化すことのできない声色にこれ以上に何も言えなくなった。

手渡された向日葵の花言葉は…



あなただけを見つめる。



日向の気持ちを感じた気がして、顔を受け取った向日葵に埋めた。恥ずかしくて日向の方を見れない。


「バカだな…お前」


日向は何も言わずに笑っているようだ。


「…あ。アホか」

バカは止めようと言われた事を思い出したのだ。


「…いいでしょ。こんなに向日葵があるんだから。一本くらいアホなヤツがいたって」


甘い声につられて見た日向の顔は、優しい瞳で晴れやかに笑っている。



その輝く笑顔は向日葵のようだった。






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