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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

気狂い皇帝の回顧録

作者: 鷹野霞

 ――――あぁ、なんだ。お客さんかよ、珍しいじゃねえか。


 待たせちまったみたいで悪いな。表の水路の仕切りがうまく嵌らなくてよ、あれが壊れたまんまじゃ畑の野菜が根ぐさりおこしちまう。そんなわけで明け方から昼挟んで今までずっとかかりきりで日曜大工よ。

 おかげで腰がバキバキ痛えのなんの、こちとらもう六十過ぎの爺だぜ? 今の時代いつ死んでもおかしくねえってのにこのハッスルっぷりよ。我ながら感心するぜ。


 ……え? 何言ってるかわからない?

 当ったり前だろ解かるようにゃ話してねえんだ。これでアンタがハイハイごもっともなんて抜かしてたら叩き出してたぜ。

 なんだよそのツラ、目上に対してその目つきは失礼じゃねえか、えぇ?


 ……なに? 最初に思ってた印象とだいぶ違う?

 石器時代の人間が何言ってやがるんだ! 俺にいわせりゃマナーだの礼儀だの忠孝だの儒家儒家(ジュカジュカ)した価値観磨く前に、まずてめえらは風呂入って埃と体臭落としてきやがれってんだ! 服に香を焚き締めりゃ誤魔化せんのか? そうやって外面ばっか取り繕って中身に悪臭溜め込んでるからこの時代早死にが多いんだっての。


 ――で? 御用向きはなんだって? あ、ぶぶ漬け食ってく? いらない? ああそう。……ちっ、婉曲表現に理解がないとかほんと原始人だなオイ。

 なんでもねえよ無粋者が。アーせっかく畑で採れたての新鮮な野菜使った湯漬けなのにナー、食べて貰えなくて残念だワー。――いいからさっさと本題に入れや。


 ……話が聞きたい? なんの? ……昔話? 俺の?

 なんだってそんな酔狂な。言っとくが俺から話聞いたって碌なことにはならんぞ。史家が大好きな時代は中国語(ことば)もちんぷんかんぷんで四苦八苦してたころだし、まともに周りと意思疎通ができて時代がわかった頃にはもう入蜀の準備が始まってたわけで。


 もうその頃には俺のボケっぷりも身内に広がって、おかげで義兄貴を持ち上げる馬鹿どもがちらほら出てきてたっけ。正直もうあれで詰んだと思ったね。流軍も同然の状況から内輪揉めかよってな。

 そんなわけだからお前らみたいなミーハー歴オタに話せることなんざほとんどねえぞ。わかったなら帰った帰った!


 え? ぶぶ漬け食ってく? …………マジで?



   ●



 ……またアンタか。懲りないねぇまったく。


 わざわざ昔話を聞きに足労頂くってのは悪い気はしねえがよ、まったく無駄な努力だぜ、それ。

 とっくに負けた国の、それも無能で故国を滅ぼした間抜けの言い分なんざ誰が聞きたがるんだってんだ? 何を言っても負け犬の遠吠え、勝ったものが正義なら俺らに大義なんてありゃしねえ。聞くだけ無駄だろ。


 あんた、名前は?


 …………マジかよ。


 そっかー、もうそんな時期だったか。……いや、魏が倒れて西晋になったからそろそろ来るかなーって思ってたんだが。……そっかー、俺も年取るわけだ。

 悪いんだけどよ、あんたがいた部署、丞相府でもそんなに重要視してたところでもないし、あんたのことなんか俺なーんも知らんのだわ。おまけにアンタ、最後の戦から降伏までのどさくさは親父の喪に服して実家に帰ってたんだろ? いつもは書庫に籠りっぱなしだわ大事な時にいなくなるわ、印象薄くて薄くてそんな奴いたっけってくらいの認識だったぞ。

 

 ……あんたと目通りしたこともないのに父親の喪に服していたことは知っていたのはどうしてかって?

 糞の役にも立たねえチートってやつだよ! いわゆる未来知識ってやつ。――わからない? 大いに結構! あんたら原始人はそれでいい! 先のことなんかわからないっつー幸せを大いに噛みしめやがれ!


 いよし、興が乗った! 特別にちょっとだけ講釈してやる。あんたが聞きたがった歴史の裏側ってやつだ。

 ただその前に、ほんの少しだけ言い訳させてくれや。

 いやまあ、あんたにじゃねえよ。ひょっとしたらあんたが書く史書を読んだ人間に、どうして俺がこんな無能を晒す羽目になったのか、書き捨てでいいから言い訳しておきたいのさ。


 ――――ひとつの国を率いるうえで、最も大事な仕事はなんだと思う?

 一軍を率いる軍略(ぶりょく)か? 田畑の収穫を向上させるための科学知識(NAISEI)か? 癖のある家臣を纏め上げる統率力(みりょく)か?

 どれも違う。皇帝なんてのはただの象徴さ。

 剣の腕も勅の文言を考える頭の回転も、ましてや顔を合わせたこともない将軍を魅了する人望も必要ない。そんなものは丞相だの大将軍だのが備えてくれるんだから。


 求められるものはただ一つ――――血筋を絶やさぬこと。

 それだけさ。それ以外は何も求められなかった。それ以上は認められすらしなかった。

 寝て起きて飯食って書類に眼も通さずに印章押して、健康のために中庭をちょっと散歩したら後宮に籠って腰を振る作業に没頭。懐妊した側室なんて子供が生まれるまで顔も見なかった。


 大事にされたのさ。蝶よ花よと箱庭に押し込められて、お願いだからすくすくと育って餓鬼作って老衰で死んでくれと家臣全員に願われてた。

 親父が死んでからはそれが特に顕著になった。成人してからこっち、剣架に飾ってる宝剣なんて触ったこともねえ。家臣との謁見なんて常に御簾越しで碌にツラを拝んだこともねえ。服装を変えてお忍びで出かけたところで俺があの阿斗ちゃんだなんて誰も気付かねえくらいだ。

 自由はなかった。気狂い阿斗ちゃんに国を切り盛りさせる余裕なんか、あの国にはなかったんだ。


 俺だってやろうと思ったよ。内政チートの鉄板さ、家畜の糞から硝酸作って、南蛮から持って来させた硫黄やらと混ぜ合わせて火薬を作ろうともした。

 ……知ってるか? この時代の連中、クソを発酵させずにそのまま畑に撒きやがるんだぜ? そりゃ畑が駄目になるっての。正しいやり方を広めようと、率先して土にまみれて働こうとしたさ。


 だが駄目だった。悪評がさらに広まったよ。


 儒教的価値観っていうのかね。高貴な身分にある人間は、それ相応の仕事をしなきゃならない。法を纏めて、外交方針の決定に頷き、宴で即興詩を諳んじる。

 泥にまみれて畑を耕すなんて下賤な仕事、皇族――ましてや皇太子に許されるはずがなかったのさ。おまけに俺がやろうとしたのは家畜の糞を混ぜ混ぜする実験だったからな、思潜の奴が血相変えて駆けつけてきたときはもう笑えたのなんの。

 おかげで鋤鍬持って気兼ねなく畑作業できるようになったのはつい最近、国が滅んでからだ。皮肉が効いてるだろ?


 まあ、そんなわけでだ。気狂い阿斗ちゃんは誰からも相手をされなくなって、ただ玉座に座ってなさいと偉い人に言いつけられたわけだ。

 仕方のないことだったのさ。おまえアレだぞ、これから誠心誠意仕えようっていう相手がいい歳してウンコ万歳とかやりながら畑作業しようとするんだ。家臣からしてもげんなりする光景だろ? あの時は俺も空気読めなかったからなぁ……


 結構な苦行だったぜ。なんせ最初から詰んでるクソゲーを傍から手出しも許されずに見せつけられるんだから。

 一度だけ――――そう、本当に一度だけ、とっておきの介入をやったことはあるんだが…………上方谷って知ってる? 知らない? あぁそう。そのうち調べてみろよ、場所なら教えてやるからさ。

 まあとにかくだ。歴史を変えてみようと俺も頑張ってみたことはある。でも駄目だったよ。


 まるで何か世界そのものを相手にしてるみたいだった。この世界が正史なのか演義なのかもわからない。都合よく切り替わるみたいに様相を変えて立ちはだかる。孔明の糞野郎なんかその筆頭だった。

 ……あのクソ丞相人の発明を我が物顔で扱った挙句、やったのは演義の焼き直しときた。あれ以上の戦果なんてなかったし、直後に過労死したやつの悪口なんて言いたかねえが……釈然としねえよ、いまだに。


 ……本当に、ここって一体何なんだろうな? 関羽や張飛は文字通り素手で岩を砕ける超人だったし、見せて貰った青竜偃月刀はどんな仕組みか凍りそうな冷気を帯びて刀身に龍が蠢いてた。親父は実際は持ってないはずの二刀を提げてたし、周倉なんて架空キャラまでいやがる。それなのに関平は関羽の実子だぞ。

 実は三国時代じゃなくてどこぞのファンタジー大陸でした、なんて言われても納得するぞ、俺は。



 ――――さて、いい加減愚痴は終わりにしようか。そろそろアンタの大好きな昔語りと洒落込もう。

 言っとくが、俺ももう六十過ぎだ。細かい記憶はぼんやりしてるし、おまけに宮中に押し込められて正確な情報とも無縁だった。だから当時を知る生き字引のナマの声なんてのは期待するなよ。

 多分、俺の証言なんてあんたからすりゃゴミみたいなもんさ。国滅ぼした暗愚が調子いいこと言ってやがる、とでも思えばいい。わざわざ書き残す必要もない。それでもいいなら思い出してやる。


 ……しっかし、どうしたもんかね?

 俺が目覚めて言葉覚えて、どうにかこうにか情勢を理解したころにはもう大体ハイライトは終わってたしなぁ。どうにも語りづらいぞ。

 入蜀から関羽討伐、夷陵の戦いから五丈原。その辺りか? 俺が生で聞き知ったのはここらへんだが、別に俺が直接居合わせたわけでもないし。

 俺がどうしてこうやった、なんて記録に毛ほどの価値もないわけで。あんただってそんなもん面白くもあるまい。だったら――



 ――――あぁ、そうだ。あいつがいた。



 ちょうどいい奴がいたぞ。あんたが聞きたがる時代に現役で、クライマックス辺りで退場する都合のいい男が。それなりの地位だったし、最期もまた劇的だ。

 俺から見てもかなりの変人だったが、それもまた一つの味だろう。


 最初の話は…………そうさな、赤壁が終わった辺りにしよう。俺もそのあたりの頃は朧げに覚えてる。まあ言葉はまるでわからなかったが。

 あのおっさんが表に出てきたのもその辺りだ。これもまた人を語るのに都合がいい。

 期待はするなよ? 色々脚色して脱線させまくる予定でいるんだから。つまり明代に成立するファンタジック三国志はこの俺が育てたのだ……!


 玉石混交のなか正しい情報(ほうせき)を見つけ出すのはアンタの仕事だ。精々頑張って選り分けるがいいさ。



 ――――さてさて。安楽公の昔語り、いざ始まり始まり――――

続きません。

構想はあってもまるで話を練れていないので、お話にならない状態です。

その内余裕ができれば書いてみたいのですが……いつになるやら。

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