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淪命世ーしずみよー  作者: 火之香
命にすがれど
19/36

もげる

 閲覧注意の章です。生々しい表現が苦手な方は避けてください。

 薫はPCを見つめながら、昨夜のことを考えていた。あの山に葬られた思念体が黒野月臣つくおみのものであること、ナキメとあの月臣は知り合いだったことなど。考えているうちにある疑問がわいてきた。


(どうして、ナキメは僕のところに来ることになったんだろう。黒野月臣の霊を探すのなら、里奈に頼ったほうがよさそうなはずなのに……。それに月臣が賢志のふりをしたとき、どうしてよみを連れてほしいなんて頼んだのだろう。よみが、ナキメと月臣に何か関係しているのだろうか。……いや、それはない。だって月臣が亡くなったのは少なくとも10年以上前なんだから)


「白山!」


「ひっ」


 薫は考え事をしすぎたせいで、後ろに上司が立っていることに気が付かなかった。


「あれほど、考え事をしながら仕事をするなといったはずだろうっ。まだ一行も書けていないじゃないか! 本当に仕事をする気はあるのかね?!」


「す、すみません……」


「仕事のことを考えているのならいいが、全く手が動いてないのでは仕事をしていないのと同じだぞ。まったく……。とりあえず、取材時の資料はまとめてあるはずだからそれを見なおしてみたらどうなんだ」


「はい……」


 上司はぶつくさ言いながら薫のそばを去って行った。上司は仕事人間だから、仕事をしていないように見える人間は嫌いなのだ。そして、薫は今、上司が嫌いなあまり仕事をしていなさそうな人間というありがたくない評価を得つつあった。


 薫としても、この記事を書き上げたい気持ちはあるにはあるのだが、しかし、あのことを考えるとやはり罰当たりなんじゃないかと感じていた。そこで、薫はとりあえず、取材時に書いた資料を眺めてみることにした。


『……山に跋扈ばっこする心霊現象の謎。なぜ、地元民だけでなく観光客も登らなくなったのか。あの亡霊たちが出て来る前は地元民も観光客も登っていた。しかし、10年以上ぐらい前から心霊現象が発生した。それを境にあの山に誰も登ることはなくなってきてしまったらしい。そこで生じる疑問。なぜ急に心霊現象が出ることになったのか……』


 薫はこの資料を眺めて、今ではその原因が痛いほどにわかっていた。殺害された月臣の遺体が、あの山すぐそばの麓に埋められているのだ。しかも、とてつもなく強力な怨念をまといながら。


 そして最近では、ミドちゃんが月臣の思念体を封印したことを里奈たちから聞かされていた。もしかしたら、あの山に月臣の思念体を封じたのではないだろうか。なぜならば、心霊現象といってもあそこまでひどいものは薫もお目にかかったことはないからだ。


 そして薫はあることに引っかかりを感じていた。月臣の思念体を撃退したはずなのに、今もまだ、薫のそばで嫌なことが立て続けに起こっているのだ。頭にボールがぶつかるぐらいならまだましなほうというもので、薫は今、右指を全部突き指している状態でPCのキーボードを叩いているのだ。


(まだ、月臣の怨念が残ってることは間違いない。あそこの心霊現象はあの人を抜きにしては書くことなんてできない……。でも、はっきりとしたことがわからない以上、確かなことも書けるはずもない。でも、これを記事にしたら、僕はどうなってしまうことやら。いや、これ以上嫌なことを考えても仕方がない。現に僕の右指は全部突き指してしまっているんだから……)


 薫はPCに自らの推測を織り交ぜながら文章をワードに入力することにした。あの山の死者たちにはすまない気持ちでいっぱいなのだが、仕事を放棄するわけにはいかなかった。それに、これはもしかしたら社会問題を提起するような記事になるのかもしれないのだ。薫はかすかに使命感のようなものを感じた。






「……話って何? あなたから僕に話があるなんて、天変地異が起きたみたいだ」


「(お前が、薫のところに来た理由をまだ聞いてないと思ってな)」


 薫の部屋で、ナキメが少しつまらなさそうな声で応対したのは、ミドちゃんだ。鳴くと疲れるのか、心の声を使って話をしている。隣の部屋ではラッちゃんが話し相手が誰もいないためか、妙にしんみりしていた。


「話して、何になるの? 僕がここに来た理由を話したってあなたのためにはならないでしょ? それにあなたなら僕の過去ぐらい見れるでしょう」


 ナキメの声は冷ややかさを帯びていた。それは無理もないことなのかもしれない。このことは、ナキメの過去にかかわることなのだから。しかし、ミドちゃんは一切気にする様子を見せなかった。


「(他者の断りもなしに過去を覗き見るのはあまりほめられたことではないのでな)」


「……そういうこと。別に話してもいいんだけど、条件がある」


 ナキメの声が一層冷ややかになった。一切の温かみの感じられない声だ。


「(……何だ)」


「これから僕が言うことを、絶対薫に言わないこと。……わかってるよね?」


「(……私を脅しているつもりか。そんなことをしたら……)」


 ミドちゃんは少し慌てた様子でナキメをたしなめようとした。しかし、ナキメは平静さを崩さなかった。


「脅してなんかないよ。僕だって薫のそばにずっといたいからね。やっちゃいけないことは、……しないさ」


 そう言うと、ナキメはここに来た経緯について話し始めた。ミドちゃんは神妙な面持ちで聞いている。ナキメの話が終わると、よみとミラが遊び始めて辺りがうるさくなってきていた。


「ダマレ! ダマレ!」


「お前が黙れってんだ!」


「わん、わんわん!(ふ、二人とも落ち着いてっ)」






 あまりのうるささにミドちゃんは部屋の中にかけてある防音術をさらに高めた。これで、よみたちが入ってこなければ静けさは保てるはずだった。


「(……お前の願望は、あまり感心しないな)」


 ミドちゃんは少し失望した感じでナキメに伝えた。できれば聞きたくなかったというような感じだ。


「鬼火としては、普通の願望だよ」


 ナキメは悪びれずにそう言った。種族が違うんだから、考え方や感じ方が違って当然と言いたげな様子だ。


「(……して、その願いがかなったとしたら、お前はどうするつもりだ)」


 ミドちゃんは気持ちを押し殺したような面持ちになっていた。ナキメはしばらく黙っていたがやがて答えた。


「……あなたの望み通り、僕は薫のもとから去るよ。僕の願いはあなたにとっては薫にとても有害みたいだからね」


「(しかし、そんなことは許され……)」


「わんわん!(ナキメ、ここを去るつもりなの?)」


 いつの間にかよみとミラがナキメたちのいる部屋に入ってきていた。ミラはどうでもいいといったような顔をしていたが、よみはナキメに去ってもらったら困るといった感じだ。


「え、僕は一言もここから立ち去るなんて言ってないよ。なんかの聞き間違いじゃないの?」


「ピーッ(な、何を言って……)」


「僕の望みがかなったらって、言ったでしょ。それに、最初に言ったように、薫のそばにずっといたいわけだし」


 ナキメはミドちゃんが呆れるのも構わずに開き直ったかのような態度をとって見せた。話をはじめから聞いていないよみとミラは何のことだかさっぱりわからずに、首をかしげた。


「鬼火の望みってなんだよ」


「……わんっ(……さあね)」


 ミラの質問によみは答えたくないのかそっけない返事をした。


「わかった! もっと、人間を驚かせたいんじゃねえかっ。そうだろ!」


「……」


「……」


「な、何だよなんで急に黙り込むんだよっ」


 ミラは皆、特に尊敬する親分候補に反応されないというささやかな屈辱を味わった。






 そのころ、町では不可解なことが起きていた。生き物の頭がもがれた死体が町のあらゆるところで発見されたのだ。一匹ならまだしも、それが何匹にも及ぶので、警察が動く事態となった。しかし、監視カメラを調べてみても、犯行現場には犯人らしき人が写っておらず、いつのまにか頭がもがれた死体がそこに転がっているのだ。


 町の人は気味悪がってペットを外に出さなくなっていった。犬を散歩させる人はおらず、猫も何とか外に出させないようにする人が増えた。しかし、それでも、頭をもがれたハト、カラス、ネズミ、果てはタヌキまで、通常は人がペットにしない動物が犠牲になっていった。


 頭のなくなった動物の死体を見た人は、人によっては心の傷を抱えることとなった。特に幼い子供ではそれが顕著だった。学校で飼育しているニワトリの死体を見た女の子が泣き叫び、ついには学校に来なくなってしまった。精神的にタフに見える人でさえ、我慢しているのがありありと見てとれた。会社から帰っている薫も、そのありさまを目にしないで帰るのはまず無理だった。


 薫は心の中で動物たちの冥福を祈りながら帰宅した。ところが、薫は動物の頭がもがれる瞬間に出くわしてしまった。犯人は人ではなかった。それは動物ですらなかった。まして霊でもない。動物の頭がひとりでに勝手にもげていくのだ。頭から血を流し、奇妙な叫び声を発したかと思うと、頭は首から根こそぎもげてしまった。薫はその様を見て叫ぼうとしたが、何も声が出ず、その場にへたり込んでしまった。


「ぅ……わ……」


 やっと声が出たと思ったら、つぶれたような声しか出せなかった。薫は頭のもげた死骸を見たくないので、顔をそらしたが、そらした先にも似たような死骸があったため、薫はパニックになりかけた。立とうとしたが、足腰に力が入らず思うように立てない。 


 薫は携帯電話を取り出し、誰かに迎えに来てもらおうと思った。だが、あろうことか、右指は全部突き指しているうえ、左手でさえ思ったように力が入らず、使い物にならないことにいや応なしに気づかされた。けれど、このままへたりこんだままでいるのはさすがにごめん蒙りたかった。誰か通りかかってくれないものか……。


「白山じゃないか。どうしてこんなところに座ってる……。うわ、首がないぞ。まさか本当に首なし死体が転がってるとは……」


 声の主は銀山かなやま猛だった。それに灰谷浩太もいる。彼らも帰る途中だったのだろう。互いに顔見知り程度の付き合いしかなかったので、普段は出会ってもあいさつ程度しかしないが、薫が腰を抜かしているのを見て思わず声をかけたというところだろう。


「お前、腰を抜かしてるのか。まあ、こんなもん見ていい気分になるやつはいないだろうな。それにしても、立てるのか?」


 灰谷が薫にそう声をかけてきた。薫は声まで力をなくした状態だったので、首を振ることしかできなかった。それを見て顔を見合わせた二人だが、銀山がある提案を出してきた。


「とりあえず、肩を貸そうか。家の近くぐらいなら送ってやってもいいぞ」


「おいっ」


 灰谷が銀山の提案に文句を言いかけたが、銀山がそれを手で制した。


「まあ、いいじゃないか。別に俺たち急ぐ用はないことだし。それにもし白山をこのままにしていくとして、そのところを青木に見られでもしたら、あいつ、俺らのことを軽蔑するだろうしな」


「誰が、軽蔑するって?」


「あ、青木! 可愛い女の子連れて、デートでもするのか?」


 薫と、彼らの視線の先にいたのは卓となぜか里奈がいた。里奈はどう見ても化粧っ気のない顔でデートの最中のようにはおせじにも見えなかった。


「デートじゃねえよ。こいつは賢志の妹だ。ちょっと話ししていただけだ。な、そうだろ?」


「え、あ、はい。そう、です……」


 里奈は知らない男性に見つめられるのは慣れていないのか、言葉を少し濁しながら答えた。


「デートじゃない、ねえ……」


「お前ら、用がないならさっさと帰れよ。白山は俺が連れて帰るから」


「わかった……。じゃあな」


「じゃあ」


 卓の言ったことに何か釈然としないといった様子の二人だったが、そのまま帰っていってしまった。二人が行ってしまった後で、卓は薫を抱きかかえた。


「わっ。なにすっ!」


「何って、負ぶってるんじゃないか」


卓は薫の抗議を気にもせずに答えた。


「いいよ。もう立てるようになったし……」


 そう言われた卓はあっさりと薫を下した。薫は背負われて顔が真っ赤になっていた。


「……ところで、何で二人を帰したの?」


 薫はなぜか卓の先ほどとった行為に疑問を感じ聞いた。卓はちょっとばつの悪い顔になったが、すぐに気を取り戻してこう言った。


「立てるようになったなら、いいんだ。ところで、里奈がお前に用があるんだとよ」


 そう言って卓も帰っていった。それを見届けた後、里奈は薫におずおずと話しかけた。


「こんばんは、話があって、その……、動物のことなんですけど……」


「……首なし、死体のこと?」


 薫はもうそのことを考えるのが嫌になっていた。里奈もそのことを話すのが苦痛でたまらないといった感じだった。


「そう、です。……実は、これはあの思念体がかかわってるんです」


「え? でも、あの思念体はもういないんじゃ……」


 里奈は気持ちを抑えつつ言った。


「あれは、思念体の一部、だったんです。だから、まだこのようなことが続いているんです」


 退治されてない思念体が今までよりも質の悪いことをしてきているのに、まだ何の手立ても打ち出せていないことに、里奈は自分自身を許せないでいた。しかし、悔しいことに、退散させる方法が見つかっていないのが事実だった。


「……それで、なんですけど、あの黒犬の調子はどうですか?」


「え?」


 意味がわからない。なぜここでよみのことを持ち出す必要があるのか。


「お兄ちゃんから聞いたんですけど、あの思念体が退治される前、黒犬に興味を示したらしいのがどうにも不思議だったみたいなんです。だから……」


「ぎゃー!」


 突然の叫び声に薫たちの会話は中断された。薫たちは叫び声がしたほうに駆けつけてみると、目の前の凄惨な状況に打ちのめされた。薫たちの目の前には、首から血を流し、のたうちまわる卓がいた。


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