集まる
「え、お母さん。ほんまにあの雑誌がよかったと思ってはるのん? あの心霊特集雑誌が?」
『薫の書いた記事は読むものを引き込ませるもんがあるからやないの。そんなに自分の書いた記事が気にいらへんの?』
「(気に入らないっていうか、あれは校閲部が書き直した文章なんやけど……)そうやないって。心霊特集雑誌が怖くないかって聞いてるの」
『そんな怖いかなんて…、夏に読むからええんやないの』
「……夏」
『怖い話は夏に聞いてこその怖い話やしなぁ』
「……そう。感想聞かせてもらってありがとうな」
『かまへん、かまへん。それじゃ、また薫の書く記事、楽しみにしてるさかい。会社の皆さんによろしゅう伝えはりよし』
「そうしとく。ほなな」
薫は携帯電話を切るなり思いっきり溜息をついた。
「そんなん言わはっても、あかんし…、って、何見てるの?」
薫が気になるのも無理はない。ナキメはさっきから薫のほうばかり向いていたのだ。
「いやぁ、方言を話す薫はかわいいなって思ったんだ」
「な、なにがかわいいんだかっ」
薫はあの山の近くの旅館に宿泊し、仕事の整理をしていたところ、母親から電話がかかってきたので、その話につきあっていたところである。取材中はだいたい携帯電話の音をマナーモードにしているが、母親には昼は、だいたい取材中だと伝えておいてあったため、夕方になると決まったように電話がかかってくるのだった。母親の声を毎日のように聞いているためか、離れて暮らす寂しさというものがわいてこなくなってしまった。
「かわいいじゃん。口答えしてムっとなる顔。いつ見ても最高だよっ」
「……はぁ。ナキメって僕の笑う顔はどうして好きじゃないんだよ」
薫はそう言いつつ、ナキメが喜んでいるときはいつも薫が怒っているか、驚いているか、泣いているか、憂鬱そうな顔をしているときだなと思いだした。
「それはそうと、よみの様子、見に行こうよ。ミドちゃんがよみを落ち着かそうとしてだいぶ経っていると思うよ」
はぐらかしたなこいつ。と、薫は思ったが、よみのことが気になっていたので、ちょうど良い頃間と思った。
「そうだね。きっと今頃だいぶ落ち着いてきたと思うし」
そう言って、薫は宿泊している部屋の片隅に行き、押し入れを開けた。そこには布団や座布団が、ではなく、なんと中庭らしき所につながっていた。これはミドちゃんがよみを隠しておく場所として、押し入れの中に術を施したからだった。その中でよみは土を掘り返していた。しかも大量の土である。体が大きいので、掘る量もかなり多いのだ。ミドちゃんはそれを見て呆れかえっているし、ミラは元気になったよみを見て気をよくしていた。
「ピーピー……(いくらなんでも掘りすぎというものだろう……)」
「親分候補、もっと掘ろうぜ!」
「何やって……、うわっ! 土がかかっちゃったじゃないか!」
薫はよみの堀っぷりを見て驚きながらも、楽しそうに掘っているよみを見て、口元が緩んだ。やっぱり楽しい顔のほうを見るのがいいじゃないか。
「あー。土を部屋の中に入れないようにしないといけないねぇ」
そう言いながらナキメは薫のほうにソロっと寄ってきた。薫が何、と思った瞬間、ナキメは薫を大量の土に向って突き飛ばした。
「ぎゃっ! ちょっと! いくらなんでもやりすぎだって!」
薫は土を振り落としながら、怒った。顔が炭のように真っ黒けだ。
「ひゃははは! 土まみれでやんの!」
ミラは土まみれになった薫を見て面白いものを見たといわんばかりに笑い転げた。
「ピ、ピーッ(お、お前たちっ)」
「薫ー。いいかげん学習しなよ。僕がやろうとしていることぐらい、察知しなくちゃ」
「わん! わん!(薫、ごめんよ。でも楽しくって)」
よみは薫のもとに駆けよって謝ったが、それでもしっぽは楽しそうに振っていた。
「何が楽しいんだよ……。土、払い落さなきゃ」
「ピーピー……(気つけの術が効きすぎてしまったようだ…)」
それ以降、ミドちゃんはよみがどんなに落ち込んでいても、気つけの術を施すようなことがなくなってしまったことは、至極当然のことといえるかもしれない。
「わんわん!(もっと掘ろうっと)」
「えっ」
ここのところ薫の仕事は思うように進まなかった。というより、進ませたくなかったといったほうが正しいのかもしれない。寝ても覚めてもあの死者たちのことが頭をよぎってしまうのだ。このことを記事にするのは死者への冒涜だという思いがますます強まる一方だった。
もしかしたらここは別のことを書くべきなのかもしれない。ここの地方の全国区に知られていない妖怪を記事にすれば少しは上司も納得してくれるかもしれない。薫はそのほうがいいと考え、ここの地方に言い伝えられている妖怪のことを調べようと思い立った。
「え、でもさ。上司にはあの山のことを書けって言われているんでしょ。いいのかな。上司に逆らうなんて」
ナキメはなぜかこういうときにだけ、人間界の常識を持ち出してくる。子供は親の言うことを聞くべきとか、社会のルールに則った行動をすべきだとか、挙句の果てには、いついかなる時にも上司に疑問を差し挟んではいけないと、言いだす始末だった。
「えー。だって。あの死者たちのことなんて書けないよ。そっとしておくべきだと思うんだ」
薫はそう言いながら、旅館におかれていた地方新聞をめくっていた。地方新聞ならではの情報が読めると期待してのことだった。その時、薫の目がある記事にとまった。
『昨年○△山で発見された白骨化した遺体は12年前に行方不明となった某県在住の、黒野月臣(17)であると判明した。遺体に遺された傷の様子から、何らかの事件に巻き込まれた可能性が高い……』
「ここの山って、昨晩取材に行った場所じゃないか。あれ、月臣って、確か……」
「ねえ、そんなことよりも仕事のことを考えなよ! 立ち止まっている場合じゃないでしょ!」
「えっ? いいじゃないか。別に新聞読むくらい……」
「いいから!」
そう言うやいなや、ナキメは薫の手から新聞を奪い取った。薫はナキメのその態度がどこかで見たことがあると感じた。
「ねえ、ナキメ。つくお……」
「今はその話はしないで!」
ナキメは大声を張り上げたかと思うと、キョトンとした薫をしり目に外へと出ていってしまった。
「……月臣って、ナキメの知り合い、かな……」
そのとき、押し入れの襖がものすごい勢いで開いた。そこにはミラと、よみがいた。襖を開けるなりミラは怒りをぶちまけてきた。
「おい! さっきからうるせえぞ! 俺は親分候補と楽しく遊んでたんだぞ! 鬼火のやつを怒らせる暇があるなら、静かにしてろ!」
「わんわん!(今はミラのほうがうるさいよ)」
よみはそっとミラに指摘した。よみは最初出会った時は、子犬で性格も子犬っぽかったのに、今では成長してきて発言も大人びてきたようだ。忍耐強くなってきたのか、ミラの言うことをいちいち間に受けず、諭す様子もうかがえた。
「その通りだね。よみ」
「わん!(薫もそう思う?)」
よみは短く吠えるなりまた薫に熱視線を送り始めた。熱くて眩しいやけどしそうなくらいの視線を。たぶんラッちゃんがこの様子を見たら、怒り狂うだろう。
「うん。……あっ」
薫は目の端に誰かがいるような気がしてそちらに目を向けたが誰もいなかったので気のせいかと思ったが、また視界の端に誰かが映ったようなので、またそっちに目を向けたがまたしても誰もいなかった。
「おい、さっきから何きょろきょろしてんだよ?」
ミラが薫の挙動不審な動きを見て不思議がった。薫はさながら首のストレッチをしているように見えたのだ。
「いや、なんでも。たぶん気のせいだと思う……」
「気のせいじゃないよ」
かわいらしい声が聞こえてきたと思ったら、薫の目の前に5歳くらいの子供が出てきた。薫は何かがおかしいと思ったがその理由にすぐ気が付いた。着物を着てしかも髪型はおかっぱ頭。今時そんな服を着る子供はいないし、そんな髪型にもしない。時代劇の子役の子と、薫は思ったが、薫が泊まっている旅館の周辺にそのような撮影現場を見なかったのも確かだった。
「君、こんなところで何してるの。お母さんはどうしたの?」
薫は和服姿の子供に違和感を感じながらも、無難な質問をぶつけてみた。しかし、子供はその質問には答えず、ただニコニコするばかりだ。なんなんだ、この子は。お母さんがそばにいないと小さい子供は普通泣くものだとばかり思っていた薫は子どもの意外な反応に面食らってしまった。しかし、子供は薫がまた面食らうようなことを言ってきた。
「火の玉さんを一人にしちゃ、かわいそうだよ。すっごく怒ってたよ。謝りに行かなきゃいけないよ」
「え、き、君、ナキメ、ていうか火の玉が見えるの?!」
薫は子供が言ったことにものすごく驚いてしまった。
「うん。それと、そこにいる小鬼さんも見えるよ」
「え、俺のことも見えるのか? だ、誰なんだよこいつは……」
ミラも自分のことが見えると言ってくるこの子供のことをうす気味悪がった。普通、そんな子供、いや大人だっていないだろうからである。
「早く謝りに行ってきなよ。仲直りは大切って親に教わらなかったの?」
子供は薫をせかしてきた。薫は渋々腰をあげて子供のそばをとると、子供が何かをささやいた。
「それにしても僕のことが見える大人がいるなんて、おかしいよね」
薫は旅館の外へ出てみて、ギョッとした。そこには確かにナキメがいた。が、それ以外もいたのだ。しかもたくさん。見るからに妖怪だ。ナキメはその妖怪たち相手にいろいろとまくし立てていた。
「だからちょっと待ってって、言ってるでしょう! 中に入っちゃダメなんだからっ。勝手に入ろうとしないでよ! ちょっと聞いてる?! あ、薫、ちょうどいいところに来た。このお化けさんたち、薫に用があるんだってさ」
薫はここまでたくさんの妖怪を見たことがないので、目が皿のようになってしまった。
「いや、僕はただ……。あの子がナキメに謝りに行けって言うもんだから……」
薫は目の前の状態がどうしても信じられなかった。一体何が起きているというのか。目の前で、さまざまな妖怪や幽霊たちが薫を見て、口々に何かを言ってきた。中には、遠くから来たらしい妖怪もいた。
「お、来たな。座敷童が、ここに泊まっている薫という奴が妖怪のことに知りたがっていると言う話を聞いてきたから、仲間を集めてここまで来たんだ。と、いうことはお前が薫なんだな」
唐笠お化けが薫にそう言ってきた。一本足でピョンピョン飛び跳ねている。
「え、あ、うん」
薫はその言葉を聞いて、あの男の子が座敷童に違いない、と思った。しかし、何でまたこんなことを……。
「だって、それがしごとっていうものなんでしょ? ほら、みんなの話を聞いてあげてよ」
いつの間にかあの男の子が薫のそばに来ていた。楽しそうにニコニコしている。しかし、薫は言いにくそうに言った。
「……確かに、妖怪にインタビューするなんてことは今までなかったし、斬新だとは思うんだけどさ。ここの土地にかかわりのある妖怪に的を絞りたいんだよね……」
それを聞いた遠い場所から来たと思しき、妖怪たちが文句を言い始めた。
「何を言ってんだよ! わざわざ、ここまで来たって言うのにお断りって、骨折り損のくたびれ儲けじゃないか!」
「そうだ、そうだ!」
妖怪たちは皆が皆口をそろえて文句を言い始めたので、ナキメは口を慎んでよと言いたげに薫のほうを見た。妖怪たちの文句がヒートアップしてきたので、薫はどうにかしようと思ったが、妖怪たちの中に見たことがあるような者を見つけて、薫は口を思いっきりあんぐりと開けてしまった。
(……あいつは……)
ひときわ目立つ大きなものがいるとは思ってはいた。でも、確かに薫の目の前にいるのは、以前夢の中に出てきた、薫の弟を食ったなどと言ってきた、鬼だった。
「どうしたの? 薫?」
ナキメは薫のただならぬ様子を感じ、薫にそう聞いてきた。しかし、夢のことを思いだした薫はそれどころではなくなっていた。薫の足は自然に逃げる態勢になっていた。それを見たほかの妖怪たちは文句を言って機嫌が悪くなっていたこともあり、薫のその態度を歓迎されていないものと見るや、薫を捕まえることにしたようだ。
「あいつを捕まえろ!」
薫は逃げようとしたことが仇となり、いともたやすく鬼の手につかまってしまった。
「は、離して……」
鬼が薫を食おうと口元に近づけた瞬間、意外なことが起きた。なんと薫をそのまま手から落としたのである。高いところから落とされ、尻もちをついた薫は、痛さゆえになぜ食われなかったのかと考える余裕すらなかった。鬼は薫を不審そうな目で見やると、そのまま帰っていってしまった。それを見た他の妖怪たちも、どういうわけかそれに続いて帰っていってしまった。
「た、助かった」
「もう、薫があんなことさえ言わなきゃこんなことにはならなかったんだよ! ちゃんと反省してよね!」
と、言いながらナキメの口調はとても嬉しそうである。薫の泣きそうな顔を見れてご満悦といったところか。
「……」
「え、何か言った?」
薫は何かが聞こえたような気がして遠くを仰ぎ見るも、そこにはナキメ以外誰もいなかった。
「……僕は何も言ってないけど? どうしたの、薫?」
「……なんでもない、なんでもないよ」
それでも、薫の頭の中には、先ほどの言葉が反響し続けた。
「あいつは人間のニオイがしなかった」