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淪命世ーしずみよー  作者: 火之香
この世の果てで
12/36

被る

 薫はよみの伝えてきた言葉の意味をまだ考え続けていた。ミドちゃんによると、薫たちが迷い込んだ異界とは、一種の冥府のようなもので、生きているものがそう簡単に出入りできるものではないらしい。それなのに、よみはいとも簡単にその異界から抜け出ることができたのだ。


 そういえば、よみは昼間どこにも見当たらなかったのではなかったか。ということは、昼間はその異界にいたということになる。考えれば考えるほど、疑問点がたくさん浮かんできた。ナキメによると、よみは時たま姿を見かけないことがしばしばあったらしい。探してみたが見当たらず、最初にいた場所に戻ってみると、よみがどこにも行ってないという感じでそこにいたのだという。


 ここで薫はよみと最初出会ったことのことを思いだした。そう、確か周りにはナキメをのぞいて誰もいなかったはず。それなのに突如としてよみがそこに現れたのだ。ナキメもミラも、よみのことは神出鬼没なところをのぞいては普通の黒い犬だと考えていた。しかしながら、ミドちゃんだけは違った。彼はよみのことを普通の犬ではないと見抜いていたではないか。もし、それが本当のことだとしたら、彼は一体何を薫に伝えようとしたかったのか、それがどうしてもわからない点だった。重要なことならば、昨日のうちに言ってくれてもよかったのに……。それにしてもよみは一体何者なのか。


「薫、ここんところ難しい顔して考え事ばっかりしてるねぇ」


 ナキメがいつもの軽い口調で薫に話しかけてきた。ナキメは驚かすことをしていないときは決まっていつも薫をイラッとさせるようなことを言ってくるのだ。けれども、今日は違った。


「……。もしかしてよみ君のことで悩んでるんじゃないの? もちろん、足のこと以外でね」


「……」


 認めるのは尺だけれど、実際そうだった。よみについて考えだすと、ありもしないことまで妄想が広がってしまうのだ。よみは実は宇宙人だとか、実はナキメと同じ妖怪だとか、実はよみはもうすでに死んでいたとか、どれもありえそうで、ありえないものばかり考えついてしまうのだ。


「……まあね」


「素直に認めなよ。実はよみは妖怪なんじゃないかって悩んでるって」


ナキメはいつも薫の思ったことその物を指摘してくる。人の考えたことをあてる妖怪、さとりのようだとさえ思ったことがあるほどだ。


「……まあ、ね」


「んー。でも、残念ながらよみ君は妖怪じゃあないよ。そのことは僕が保証するよ」


「まったく、わかってるならいちいち言わないでよ。だったら、ナキメはよみのことをいったい何だと思ってるわけ?」


薫は少し気分を害されたようにムッとしながら尋ねた。


「知りたい?」


 ナキメは面白そうな口ぶりで聞いてきた。そんな口を利けば薫が怒るだろうことを分かったうえで。


「なっ、なんで回りくどいことを言うんだよ!」


 やはり、薫は烈火のごとく怒りだした。


「怒っちゃうんだ。じゃあ、教えてあげないっ」


 知りたいと思ってしまった薫はその態度に腹が立ちながらも、冷静さを装って聞き直した。


「怒ったこと謝るから、教えてよ……」


 ナキメはしばらく黙ったまま、薫をじらした。薫は平静を保とうとするが、待ってる間もイライラが募った。


「……わからないよ」


 薫はナキメの言った言葉にまたしても怒りそうになった。


「はぁっ?!」


「だーかーらー、わからないものは、わかりませーん」


「なんだってー!」


 まったくもってナキメのこの態度はどうにかならないものか。薫が文句を言おうとしたその時、ナキメが思いだしたように別の話題をぶち込んだ。


「あ、そういえばなんだけどさ。薫のお母さんから手紙が届いたよ」


「え、いつも電話で話ししているのに、どうして手紙なんか……」


 母親は仕送りの時でさえ、簡易的なメモしか入れてこないのに、どうして今頃手紙をという疑問が薫の頭に浮かんだ。


「さぁね。何か電話で言えないことを書いてきたんじゃないの?」


 薫は手紙をとりに外へ出ようとした。その時、突然後ろから大きな音がした。ミドちゃんが防音術を薫の部屋全体にかけていてくれなければ、今頃部屋を追いだされていただろう。


「な、何があったんだ!」


 薫が後ろを振り向いた瞬間、薫の顔が一瞬にして冷凍庫にぶち込まれたかのように凍った。そこにはなんと、卓の友達である、灰谷浩太と銀山猛かなやまたけるが伸びきっていたのだった。あまりにも突然の出来事で、何が何だかわからなくなった薫はとりあえず深呼吸をした。さっきの出来事で、ラッちゃんは喚きたてるし、ミラは寝ていたところを邪魔されて激怒しそうになったが、薫以外の人間の姿を見るや、押し入れの中に入っていってしまった。


 薫は少し気を落ち着かせたところで、二人の様子を確認しに行った。ケガをしてないかどうかを見るためだ。しかし、二人とも外傷はないようで、よく見ると寝息を立てていた。


「……もしかして、寝てる?」


 薫は一安心した。もし怪我でも負っていようものなら、それこそ薫には手に負えない一大事だからである。しかし、その安心も過ぎ去ると、二人にこのことをどうやって説明しようか悩んだ。もともと薫は友達が多いほうではなく、仕事以外では軽快な口調で話さないほうなので、外では夏未をのぞいて薫はおとなしい人と見られていたのだ。薫がどうしようか悩んだその時、何と二人が目覚めてしまった。


「「…ふわぁ」」


 二人同時に伸びをしたものだから、薫は吹きだしそうになった。しかし、二人が起きてしまったと気づき、薫はテンパりそうになった。どうやって話せばよいものやら……。


ピンポーン。


 薫が二人に話しかけようとしたその時、ちょうど良いタイミングでインターホンが鳴った。


「……誰だろう。はーい」


 ドアを開けると、翠川兄妹がいた。つまり、卓の親友の賢志と、その妹里奈である。里奈とは薫が呪いを解いてもらった後から親しくなったので、見知った顔を見て薫は緊張感が解けた。しかし、二人の表情を見て、薫の笑顔は引っ込んだ。二人とも切羽詰まった表情をしているのを見てとれたからだ。


「……こんばんは。白山さん。さっそくだけど、中に入らせてもらえるだろうか」


 張り詰めた表情をした賢志にそう言われ、薫はただうなずくことしかできなかった。ナキメは5人もこの部屋に人間がいるのを見るのは初めてなので、驚かしたい気持ちがわきあがってきたが、里奈に口の形だけで、(おどろかしてはだめ)と諭されたので、しょんぼりした。とりあえず、ここは我慢するしかない。


「おい、何がどうなってるんだよ。どうして俺はここにいるんだ? たしかコンビニから出たはずなのにその瞬間、眠くなっちまった……」


「そうだよ。確か俺も会社から帰る途中だったんだぞ」


 部屋の中では浩太と猛が口々に文句を言っていた。文句を言いたくなる気持ちはわからなくはなかった。気が付けば物であふれかえっているごちゃごちゃした知らない人の部屋の中で目が覚めたのだから。


 薫は説明できず困っていると、賢志が部屋の中に入ってきて二人をひとまず落ち着かせた。二人が誰かに襲われたわけではないこと、身の危険性はないことをかいつまんで話した。なぜ薫の部屋に二人がいるのかという下りになると、ここの部屋の主が寝込んだ二人をここまで運んできたなど、当たり障りのない説明をして二人を納得させた。


「……急に眠くなったのは、働きすぎで疲れたってことなんだな?」


 浩太は賢志にそう聞いた。顔にはまだ何か腑に落ちないという感じが残ってはいたのだが……。


「そうだ。ここからは二人とも帰れる距離にあるところなんだが、まだ眠いだろうし、送ろうか?」


「いや、遠慮しておくよ。外に出たらここがどこだかわかるだろうしな」


「そうだな、俺もそう思う」


 眠気が取れた感じの二人はもう帰る用意をしていた。見知らぬ人の家に長居はしたくないということだろう。賢志は二人を見送った後、部屋の中に戻ってきた。


「……ひとまず、厄介払いはできたな」


「あ、あの、翠川さんは何か知ってるのでしょうか?」


 薫は余り話したことのない賢志にどう話しかけて良いかわからず、とりあえず敬語で話しかけてみた。


「別に敬語で話さなくていい。君は卓の友達なんだろう?」


「……まぁ、確かに」


 夏未ほどには親しく無いんだけど、と思いつつここは肯定しておいた。ここで変に否定する必要もないと思ったからだ。


「私たちがここに来たのは先ほどのことにかかわることなんです」


 里奈が薫のほうを見てそう言った。それに続け、賢志が薫に尋ねてきた。


「里奈に聞いた。君は以前に呪いにかかったことがあるそうだな」


 それを聞いて薫は思いだした。里奈だけでなく賢志も霊感があるのだ。卓に取り憑いた霊を祓ったのはまぎれもなく賢志なのだ。


「でも、さっきのことと僕のかかった呪いと、何の関係があるのか……」


「それをこれから話すところだ」


 不安を隠せない薫に賢志はあくまでも沈着冷静に話し始めた。


「君がかかった呪いなんだが、思念体から受けた。それで間違いないか?」


「……はあ」


「その思念体は、今のところ、ただ一人の強い恨みが関係したことになっている」


 薫は一人だけの怨念がそこまで強い呪いを生み出すのか、ふと疑問に思った。そこまで強い呪いになるには生半可な気持ちではなく、しかも毎日その気持ちを保ち続けていなければならないような感じを受けたのだ。薫の疑問が顔に出ていたのか、それを見た賢志はこう付け加えた。


「これは個人ただ一人への恨みではなく、社会全体への恨みだとしたら?」


 確かにそれもそうだと思ったが、社会に対する恨みとは具体的にどのようなものがあるだろう、と薫は思った。貧困、いじめ、差別、社会の無理解、うまくいかない人間関係、そして他にはどのようなものがあるというのか。


「でも、人は誰しも悩むものじゃないの? 何もかもがうまくいくような人なんて、皆無でしょう?」


 それを聞いた賢志は少しの間黙ってしまった。薫は賢志に何か気に障るようなことを言ったのかと気になってしまった。が、賢志はまた口を開いた。


「君ならわかるはずじゃないか? 自分だけにしか持ちえないものを持っていて、それがもし誰にも理解されないとしたら?」


 薫は息を飲んだ。どうしてそれを、という思いよりただ気が付かなかった自分が許せなかった。


「ごめんなさいね。お兄ちゃんに言ってしまったんです。あなたが霊を呼びよせてしまう体質だってこと」


 里奈が薫に謝罪した。が、里奈の言った一言で、薫はまた新たな疑問が生じた。


「僕は霊が見えるってことは里奈さんが知っていることはわかるんだけど。でも、どうして僕が霊を呼びよせてしまう体質だってわかるの?」


 薫は言って、後悔した。里奈が泣きそうな顔に見えたからだ。しかし、里奈は泣くそぶりもみせず、ただこう言った。


「私は、人の持つ能力が何か、見えるんです。たとえば、薫さんはほかにも、人語をしゃべれない妖怪と話しすることができますよね」





 あの後の話し合いのことが、薫の頭の中でこだました。いわく、薫から呪いはおおむね取り去ったが呪いの元である思念体の力が強すぎて、封印された場所からその影響が漏れてしまっていること、浩太と猛が薫の部屋へ飛ばされて来たのもそのせいであること、彼らへの被害はまだましなほうであるが、これからどんな影響が起こり得るか計り知れないことなどだった。思えば、ウサギ公園の周辺一帯が異界と通じてしまったのも、そのせいではないだろうか。そう考えれば、ある程度は納得することができた。薫は寝つけない夜を過ごしていた。ふと、あの首なし馬に騎乗した女性の言葉が甦った。


『今迄とは質の違う災いがそちにふりかかるであろう。心せよ』


「質の違う災い、か……」


(ひと)()ちたその時、いきなり部屋が大きく歪みだした。こともあろうか、その歪んだ空間は薫を飲み込もうとした。それを見たミラは腰を抜かしてしまい、ナキメは薫を助けようとするも、薫はナキメからすると大きすぎるので、引き留めることができなかった。


「ダマレ! ダマレ!」


 ラッちゃんが騒ぎだしたのを聞きつけてよみが跳び跳ねた。よみは薫の腕の袖を咬み、薫を引き戻そうとした。しかし、歪んだ空間の力が強く、薫はよみ共々歪んだ空間に攫われてしまった。


「薫!」


「……親分候補!」


 ナキメが歪んだ空間に向かっていったが、その空間は元に戻ってしまい、ナキメは薫たちを助けに行くことができなかった。


「……ど、どうしよう~。親分候補がぁ……」






「あいたたた…」


 薫は大きく尻もちをついてしまった。痛みをこらえながら、周囲を見まわしてみた。とある山が眼前にそびえ立っている。いったいここはどこなのだろうか……。


「あれ、よみが、よみがいない!?」


 薫はよみとはぐれてしまったことに気が付き、焦ってきてしまった。ミドちゃんを呼んで帰るにしても、よみがいないことには帰ることができない。薫はよみを探すことにした。パジャマ姿に素足での探索。夜なのでとても肌寒い。薫は早くよみを見つけたかった。


 辺りが暗いので、慎重に足場を選びながらよみを探していると、ガサゴソいう音が聞こえてきた。薫はもしかしたらよみかもしれないと思い、その場所へ行こうとした。が、薫の足取りはその場で止まった。薫の目の前にいるのは人間だった。足音から察するに複数いた。しかも、何かを引きずっている音がする。薫はとっさに木陰に身を隠した。なぜかあいつらにばれたら危険だと直感したからだった。その時、男たちの声が聞こえてきた。


「ははは! あいつが死んでせいせいしたな。あいつには本当にムカついてたもんな!」


「そうそう。やっぱ、バールとか、金属バットを持ってきて正解だったな。それに対して、あいつは手ぶらだぜ! おかしいったらないぜ。ははっ」


「もうこれで、あいつを見ずに済むんだもんな。じゃあ、奴の死体を埋めようか」


 死体。薫の耳にはそう聞こえた。あいつらは人をころしておきながら、あたかもそれがおかしいことのように言っていた。なんて奴らなんだ。薫は怒りが込み上げてきたせいで、自分が音を出してしまったことに気が付かなかった。


「そこにいるのは誰だ!」


(しまった! ここにいるのがばれてしまう!)


 しかし、これ以上音を立てるわけにもいかず、その場でじっとしていた。しかし、なぜか、その後聞こえてきたのは男たちの悲鳴だった。


「うわ! な、なんなんだ! や、やめてくれー!」


 薫はそっと男たちのいる場所をみると、あっと息を飲んだ。ナキメらしき鬼火が男たちを驚かせていた。


「よくも、よくも、月臣をコロしたな! 月臣を、月臣を返せ!」


 あの声は紛れもなく、ナキメだった。しかし、声の口調は日ごろ聞いている軽いものとは違い、すさまじい憎しみに満ちたものだった。それにしても、どうしてここにナキメがいるのだろうか。あの歪んだ空間に巻き込まれたのは薫とよみだけのはずだった。それでは、ここにいるナキメは、本当にナキメなのだろうか? その時、薫のそばに生暖かいものがすり寄ってきた。


「(薫、早く帰ろうっ)」


「……よみっ」


 薫は声をあげそうになったが、何とかこらえた。よみは薫のほうをじっと見つめている。


「(帰ろう、僕が薫のうちに連れていくから)」


 そう言うと、よみは薫の袖を甘噛みした。よみの感触が伝わってきたと同時に、薫の目の前が急速に変化した。薫は目がくらくらしそうになり、目をつむった。


「お、親分候補! 戻ってきた! 助かったんだな!」


 ミラの声が聞こえてきたと思い、まぶたを開けると、薫は驚いたことに薫自身の部屋に戻ってきていた。


「も、戻って、これたんだ……」


 ナキメが安堵した声で薫に呼びかけた。あの山の付近で出会ったナキメらしき鬼火とは違う、いつも通りのナキメの声。


「ねえ、ナキメ」


「ん? 何、薫?」


 薫は少し迷ったが、思い切って聞くことにした。


「……つくおみって、誰?」


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