3:Reemergence
サブタイを変えようかなあ?
——————。
どこからか音が聞こえる……。その音を私は確かに聞いたことがあった。だが、その音が何だか思い出せない。感覚が、脳がまだ鈍いようだ。
ザ————。
耳障りな音ではない。だが、不規則な音だ。私はどこでこれを聞いたことがあるのだろう。
私は記憶を乱雑に探し回っていた。砂粒を掴み上げては大雑把に確認するような、そんな調子だった。
それでも、何かを掴めた気はした。あともう少しで、答えが分かるはず……。
ザ————ザ————。
水の落ちる音。跳ねる音……。
そうか。これは雨音だ……。雨の降る音が聞こえているんだ。
次第に私の感覚は戻っていった。雨音の次は四肢にあたる雨粒が、その次は土の匂いが、そして最後には仄暗い光が感じられた。
音が、冷たさが、明るさが私の下に戻ってきた。だが体は重い。まるで全身が拘束されているかのようだ。すぐには動けそうには無い。
私はどこにも行くことができないので、ぼうっと空を眺めていた。白に染まった空が透明な水滴を零している。その粒は私の頬を伝い、地へと逃げていく。その度に私は瞬き、これが夢でないことを確認するのだった。
しかし、これが夢でなければ何だろうか。現実なのだろうか?
レンガの壁に挟まれた空を見上げながら私は考えていた。
これが現実なら、私は生き返ったということになる。しかし、それはあまりにも突飛な考えだった。神の奇跡は数あるけれども、聖人でもない私が生き返る、——言い換えれば、復活する——そんなことがあり得るのだろうか。
私は少しだけ顔を起こし、指先を眺めた。そこには以前と変わらない私の指があった。次に足を見たが、結果は同じ。何一つ変わらない私の足がここにあった。
紛れもない私がここにいる。嘘偽りなく、私はここにいる。私は生きている。
やはり、私は生き返ったのだろう。母に殺されたはずの自分が生きているなんてことは、それ以外に考えようもない。
しかしそれならば、ここはどこだろう。私の家の近くではないようだ。少なくとも、私の記憶の中にこんな場所はない。
私は辺りの様子を見渡した。しかし、分かることはほとんどなかった。
この路地は大人がすれ違えないほどの細い。しかも、道が曲がっているため見通しが悪い。また、雨のせいで路面が泥の海のようになっている。
ここから得られる情報はこの3つだけしかない。
これでは、ここがどこであるかの見当が付くはずもない。私の体の調子がもっと良ければ、辺りを探索することができるのであろうが、それをできるのは当分先のようだ。まだ、体は重い。あまり無理はしたくない。
あとは、誰かしらが助けてくれるのを待つのも1つの手だ。そうすれば、何もかもが——自分が生き返ったこと以外は——はっきりするはずだ。
しかし、その望みは薄いように思えた。
理由は簡単。ここを通る人がいるとは考え辛いからだ。
誰が好き好んでこんなにもぬかるんだ小道を通るだろうか。それもよりによって大雨の日に。
やはり、私が自分で動かなければならない。それだけははっきりした。
しかし、手足は動かない。私の体はまるで凍り付いたかのようだ。これでは動くことは……。
あれ……?
私が違和感に気付いたのはこの時だった。
何で気付かなかったのだろう。
手足が動かない。それは確かに目覚めたときと変わらないかもしれない。けれども、その時と決定的に違うことがある。
感覚だ。感覚がなくなっている。
私が目覚めた時、指先は確かに動き、雨の感触さえ感じられた。しかし、今は違う。指は動かなくなり、雨の冷たさはもはや感じていない。
ここでようやく私は気が付いた。
私の体が冷えすぎてしまったことに。こうして考え事をしている間に、雨によって体温をどんどん奪われてしまっていたのだ。
感覚が少しでもあるうちに、無理をしてでも動くべきであった。そうすれば、まだ対策は立てられたかもしれない。しかし、その事実に気付くにはもう遅すぎた。
これからどうなるか。想像のつかない私ではない。考えたくはないが、そう考えざるを得ない。
このまま誰も助けてくれなければ、私は…………。
————再び死ぬ。