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NPN(なあ、プリン、盗んだろ?)

 学園の恒例行事である全クラス対抗戦は準決勝2試合を終え、選手も会場も少し遅めの昼休みに入った。周りの予想を裏切り、上級生である第2学年Aクラスの猛者達に勝利したケイ達は場所を学食に移し、昼食をとりながら決勝の作戦会議をしていた。会議の進行は、イケメンで生真面目で舌は庶民派貴族のロームだ。


「正直なところ、さっきの三年生チームの試合は何の参考にもならないよなぁ。相手チームとの力量差かもしれないけどワンサイドゲームすぎた。あと、3年生チームが使用した魔術は、現状一人一つだけだそうだ。予選で敗北したチームから収集した情報だから確かだ。予選は魔術一つで蹂躙したらしい。これはもう巨人谷に飛び込む様なものだが、なにか他に攻略に役立ちそうな情報ある?」 


 さっきまでケイ達が観戦していた、もう一方の準決勝は小細工無しの殲滅戦だった。面で押し寄せる魔術に相手は動けず、その隙にすんごい回転速度のボールが次々に相手を相手陣の外野まで吹き飛ばす凄まじい有様だった。またロームは、第三学年Aクラスチームに事前に情報収集を行っていたのだが、そちらも結果は全て空振りに終わっている。圧倒的なまでの情報統制がなされ、先輩達の好きな食べ物すら分からない徹底ぶりだった。


 そんなロームの後ろ向き発言に皆が押し黙ってしまう。すると、そんな状況に慌てたようにイブが手をびしっと上げた。


「はい! 逆に自分たちの良かったとこを思い出すというのはどうでしょう? もしかしたらいい案浮かぶかもしれないし、何より前を向かなきゃ! こんな暗い雰囲気だと、いつものランチも美味しくなくなっちゃうよっ」


 そんなイブの様子に、エーコがまず表情明るく反応する。


「さすがイブちゃんだわ! 私たち挑戦者のくせに負けを恐れるなんて、おこがましい限りだったわね」


 そんなエーコの言葉に強くロームも頷く。


「いつのまにか勝ちを焦り過ぎていたな。本来ならリーダーである俺がしっかりしないといけないところなのに……イブさん恩に着るよ」


 四人の間に漂っていた悲壮感がうっすらとだが消え始めた。


「ありがとうイブのおかげで目が醒めた。先輩達のおっかない魔術も非致死性加工されてるんなら、まあ怖くはないよな!」


 最後にケイに褒められたイブはテレテレとして、ランチのスープをクルクルかき回した。そんなイブをエーコが微笑えましく見つめる。


「そういえばイブちゃん、毎日"今日もおすすめランチ"セット食べてるけど飽きない? "今日のおすすめランチ"にすれば日替わりだよ?」


「飽きないよ? このコーンスープが絶品なんだよぉー。食べた瞬間口の中がコーン畑なんだよ!」


 ケイがすかさずつっこむ。


「イブの口の中て安っ、っおっつゥゥ!?」


ーミシっ


 ケイが口走りかけた言葉は、エーコの脛蹴りにより掻き消された。ケイが向かいの席をみると、当のエーコは涼しげな顔でイブと楽しげにおしゃべりを続けていた。


「確かに、ここのコーンスープは他にはない隠し味入ってて美味しいよね。あと、特製サンドイッチも美味しいし、常連になるとこれしか頼まない人もいるらしいよ? イブちゃんは食通なのね!」


「へえー、そうなんだ! そう言われると照れますなー、えへへへ// ケイ君のトランシーバー作りを手伝ってる時も、これを食べて乗り切ったんだよ!」


「へー、そうだったの。そういえばトランシーバーはケイとイブちゃんに任せっきりにしてしまったけど、酷いことされなかった?」

 

 そういいながら、エーコからケイにむけて圧倒的なプレッシャーが飛んだ。その目は"喋ったら殺す"と声が聞こえるほど物語っていた。イブの楽しげなおしゃべりはお構いなく続く。


「楽しかったよ? トランシーバーの中にトランジスタって奴が入ってて、またその中に半導体素子って奴が入ってるんだけど、私がそれを作ったんだ。あ、もちろんアーク郎とかケイ君の機械でだけどね。で、その半導体素子って、超超小さくて、作るのが難しいんだけど、上手く出来ると嬉しいんだよー」


 そういうとイブは手元のスプーンを細かく動かして、作業の真似をしてみせる。当のエーコには全く伝わっていないが、イブが伝えたかったのは高純度のシリコン薄板(シリコンウエハー)にトランジスタ素子を形成する作業だ。


 シリコンウエハーに極小の導体パターンを描き、その中央部に薬液を垂らして、n型半導体とp型半導体を生成するのだ。NPNの順で半導体素子が並んでできれば、信号の増幅や論理回路に使える"トランジスタ"の出来上がりとなる。これを高度にしていけば、コンピューターやスマホだって夢じゃない。魔術も組み合わせれば、その可能性は未知数だった。

 ロームはイブの話しを聞いて、苦虫を噛み潰して飲み込んだ様な顔をする。


「そうそう俺も一度ケイにやらされたんだが、拡大鏡に酔っちゃって三十分で限界だったよ。隣でモクモクと作業するイブさんは、ホントかっこよかったよ」


 ロームの余計な一言に、エーコの顔に殺気が滲んだ。


「ほーん、私はその作業誘われてないけど、どーしてかなー。力になりたかったのになー。なあケイ先生よぉ?」


「エーコさん、それより先ほど試合で魅せたイブとのコンビネーションは素晴らしいモノでした。土壇場であれを成功させられるのは、エーコさんとイブさんだけでございます」


 ケイはさすがに強引すぎたかと、心の中で自分の冥福を祈ったという。だが、まだ救いの女神はケイを見放していなかった。そうイブだ。


「その通りですケイ君、いいことを言いました! エーコちゃんが相手の攻撃を上手く誘って、なおかつ私のことも支えるというファインプレーのおかげで勝つことが出来たわけなのですよ。その後のケイ君、ローム君との三位一体攻撃も大変素晴らしく、私感動して涙ぐんでしまったくらいですから。今思い、出しても……おぉ泣けるぅぅぅ」




〜・〜・〜・〜


 その後エーコは、なぜか感極まったイブをなだめることに忙しくなり、僕の罪は裁かれることはなかった。そもそも、ロームが余計なことを言わなければこんなことにはならなかったのに。

 一言文句を言ってやろうと横を向くと、そこには……鬼がいた。いや違う、これは今まで見たことないくらい深く、静かにキレているロームだ。


「え、どうしたんだローム?」


 僕の問いかけにロームは魔大陸の悪魔みたいなオドロオドロしい声で答えた。


「・・・お前、プリン、盗み食いしたろ? 俺至高のひと時だぞ、分かってんのか・・・」



「は? 何言ってるんだよ、僕は今までエーコに脅され…」


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 小刻みに揺れるロームの尋常ならざる様子に、全身の毛が逆だった。勿論身に覚えがないわけだが、どうにかするべくロームを挟んで座るオッタッタ先輩に救いを求めた。だがオッタッタは素知らぬ顔で、あらぬ方向を不自然に眺めて鳴らない口笛を吹いている。


「(Oh・・・まさかオッタッタ先輩が)」


 僕のすがる様な思いは、彼方を見つめるオッタッタに届くことはなかった。万事休すになった僕は走った、カウンターへ。そして叫んだ。


「冷えたプリンを、あるだけえ頼むう!」


 出てきたプリンにありったけの食券を渡して、僕は急いだ、友の元へ、友が友でなくなる前に。その誠心誠意が通じたのか、2個目のプリンを口に運んだあたりで、ロームに宿る鬼が鎮まりはじめた。更にロームはオッタッタ先輩にプリンをお裾分けしながら、プリンを平らげていった。僕はパンパンと汚れを払ってようやっとテーブルに戻るが、それは最悪のタイミングだった。




〜・〜・〜・〜


 さっきの試合を思いだし感極まったイブちゃんが泣いてしまったので、私は友達としてしょうがなく、その小さな体を抱きしめていた。勿論しょうがなくだ。 

 だいたい幾ら魔術センスが高いといっても、こんな可愛くて優しい娘を戦わせるなんて、あの幼馴染みはやっぱりクズだと思う。


 それはそうと、さっき会話中のやつの態度は何かおかしかった。まるでイブちゃんにトランジスタ作りのことを喋らせたくないような。幸い、向こうはオッタッタ先輩が盗み食いしたプリンのおかげでこっちの話しを聞くどころじゃない。自然に聞き出すなら今だろう。


「イブちゃん元気だして、イブちゃんが作ってくれたトランシーバーのおかげで勝てたんだからさ! 今度私も一緒に手伝おうかな? でも炉を使うから暑いんだっけ、汗ビショビショになる?」

 

 私は汗でビショビショになったイブちゃんを思い浮かべた。想像の中の部室では、濡れてスケスケになったシャツがイブちゃんの白磁のような肌に張り付いている。いつもは強調されない胸の膨らみもしっかりと2つ主張し、その膨らみの先端はうっすらと色付いあああああかん。

 くそ絶対そうに決まってる、あの異世界くず野郎殺す。だがイブちゃんは予想外にもそれは否定してきた。


「炉で焼く作業は、危ないからってケイ君がやらせてくれないの。その前に、アーク炉と真空装置と焼入れ機の同時コントロールが私にはできないからそもそも論なんだけどね。だから私はシリコンウエハーに薬液を塗布する係りと、ひたすらエッチングする係りなの」


「え、い、いまなんて・・・・」


「私はしりこn 


「そのあとです!」


「えーと、ひたすらエッチングする係、です?」


 ふぁああああああああああああああっく!あのカス野郎、ぜったい殺す殺す殺す殺す。あのクズ野郎がいいイブちゃんを汚すなんてあああありえなああああああ




〜・〜・〜・〜


 ちょうどそのタイミングでケイがやれやれといった感じでエーコの対面の席に帰ってきた。そこからケイにとっての地獄が始まった。誤解が解けるのは準決勝開始10分前で、ケイの体はもうボロボロになったあとだった。




 イブが行っていたというエッチングは、シリコンウエハー基盤に電気の通り道である回路を作成する健全な作業である。シリコンウエハー上に焼き付けた銅板の必要部分にのみ防錆処理を施し、腐食剤によって不要部分を腐食させることで極小の回路パターンを作り出すことができる。トランジスタを組み込む時に必要になる大事な部分だ。

 だがこの世界でエッチングと言えば、残念ながらやましい意味しかない。なぜかと言えば、こちらの世界では銅板腐食加工を指すエッチング技術はまだ確立されておらず、名前がなかったからだ。ケイはこの銅板腐食加工の工程に名前をつける時に前世の記憶をベースにして、こちらの世界の卑猥な言葉と無理やり繋げてしまったのだ。

 もちろんわざとで最初ケイはいたずらのつもりだったのだが、まさかイブ卑猥な言葉を知らなかったのは大誤算だった。ちょっとからかうつもりが、まさか定着するとはこの時ケイは微塵も思わなかっただろう。だとしても、それはエーコの知ったところではなく、血の惨劇をより凄惨なものへと変えるだけだった。

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