クラスマッチ・トランジスタ Ⅰ
学期末に待つ1学期最大最後の学園イベントである全クラス対抗戦へ向けて、時間は飛ぶように過ぎ"竹の月の29日"、今日で学期末の試験も終わり明日の全クラス対抗戦を残すだけとなった。
学園全体は試験後の突き抜けるような開放感と、これから始まる夏休みに向けたわくわく感に包まれている。だが全学年各クラスの対抗戦代表だけは、まだそんなお祭りムードに染まれないでいた。あるクラスなんかは合戦に向かう前の兵士のごとく、学園を包む喧騒の中で深く静かに瞑想しているほどだ。クラスの一角に集まるケイ達4人といえば変に落ち着き、"明日の対抗戦で使う魔術はどれにしようか?"なんて話を笑顔でしている。予め登録した魔術4つしか使用できないという制約上、と他のクラスだったら軽蔑されるだろうが、Aクラスではそんなこと起こらない。クラス代表達がのんびりしていようと誰からも批判が起きないのは、自分達の代表をただ信じているからだ。
その信頼はこの二週間の間に強固に築かれたと言える。Aクラスのクラスメイト達は誰かれ構わず、朝となく夜となく代表4人と魔術模擬戦をくり広げてきたのだ、それこそ信じられないような数を。1対1から4対残り全員まで、勝てようが勝てまい模擬戦は休みなく続けられた。ケイ達も人数で劣る場合はボコボコにやられることもあったが、決して止めることなくボロボロの体を引きずり何度も何度もクラスメイト達に向かった。気づけばケイ達が行う朝、夜の自主体力トレーニングにクラスメイトが全員で参加するほど一体感が生まれていた。学期末の試験前にそんなことをしていいのかと言えば誰かがいった「クラス全体で下がれば怖くない!」というアホみたいな意見により気にする奴はいなくなり、訓練は加速した。期末試験においてAクラスは全体平均を5点も落とすことになり、担任のウェンジョーが経営層からしこたま怒られるのだがそれは別の話である。
〜・〜・〜・〜
最後の試験科目が終わった後、僕達四人に向けてのサプライズ壮行会が待っていた。クラスメイト一人一人が僕たち4人に対して思いや応援を熱くぶつけてくれた。この2週間はクラス全員で実際に血反吐を吐くほどの訓練に取り組み、連帯感はすごく生まれていたが、クラス代表に貴族のローム、コーチに王族のオッタッタ先輩がいたおかげだと思っていたので正直かなり驚いた。まさか平民が貴族ばかりのクラスでこんなに受け入れてもらえるなんて信じられなかったからだ。幼馴染みのイブなんか壮行会の間中咽び泣いていたくらいだ。入学当初の僕たち二人に伝えても、こんな光景は想像もできないだろうと思う。ロームもイブを支えているエーコも嬉しい様で、皆から浴びせられるエールに静かに闘気をたぎらせていた。
その後、部活棟の異世界生産技術部(仮)に場所を移動した僕たちは明日の最終確認に取り掛かった。赤い目をしたイブが装備の点検をしながら、誰にともなく声をかけた。
「ねえ明日、絶対に勝とうね。クラスの皆が私たち4人なら大丈夫って、信じてるって、同じ気持ちで明日は観客席にいるからって言ってくれたの。皆の気持ちがはっきりと聞けてなんか胸の奥が熱い感じするの。」
その隣で魔術抄本とにらめっこしていたエーコも頷きながらイブに賛同する。
「イブちゃん明日は皆の分まで頑張りましょ! 曇り切っていたクラスメイトの目もイブちゃんの素敵さ可憐さにより醒まされた今、我がAクラスに恐れるものはないわ。だけど、イブちゃんを邪な目で見る一部のくそ男子どもは死ね!」
「確かに放課後の模擬戦で一部の男子がイブさんとの組み合わせの際に雄叫びをあげたり、イブさんの魔術を正面から無防備で受け止めて丸焦げになったり、近接戦を仕掛けて蹴りを食らって100%スマイルで飛ばされたり、一部の変態性が解放されたのは見てたけど、まあファンみたいなものだし、そのたびにエーコ自ら粛清してたからいいじゃないか。それよりケイ、今日は家に帰って早く寝ろよ、絶対だぞ!」
ロームは手元の怪しげな装置を点検しながら僕に釘をさしてきた。
そう僕はここ最近。この異世界生産技術部の部室で寝泊まりをしている。理由は何故か? 血と汗の結晶のアーク炉がこの部室にあるからだ。一月半前にようやく完成したアーク炉は、不幸な事故により自宅での使用が禁止された結果、こうして部室へと移されていた。僕は夜な夜なアーク炉を使い試行錯誤をするため、ここに都合良くて住み着いてしまっている。そして現在では、自宅から追加で運びこんだ怪しげな部室奥の工作機械達もロームを怒らせている大きな原因の一つだ。最近怒られすぎて逆ギレして人生初の喧嘩もしたりした。だが、さすがに今日は喧嘩するのはまずいと思いロームへ恭順の意を示すことにした。
「さすがに今日は帰るよ。あんな応援してもらっておいて寝坊はできないしね」
「ああ、いいことだ。クラスの皆が凄惨な悪魔の勇姿を待っているんだ、ささっと寝るんだぞ! イブさんお願いしますね」
ロームは僕の回答に満足したのか、しかめっ面のイケメンから温厚なイケメンへと変わっていた。イブは嬉しそうにロームに向かって親指を立てて任せてと言っている。その後は違いの魔術の確認と装備の最終チェックを終えて早めに解散となった。
久しぶりに帰った我が家では首を長くした母が、豪華なご飯と熱いお風呂と綺麗でいい匂いのする寝床を用意してくれていた。食卓をみんなで囲み、学校の期末試験のこと、今日の壮行会のこと、イブが貴族だらけのクラスでちょっとモテること、つもりに積もった話をしながら久々にのんびりとした時間を過ごした。両親ともに明日は休みを取ってクラス対抗戦を観戦しにいくから頑張ってと控えめに応援もされた。今日は帰ってきて本当に良かったと思いながら眠りについた。
〜・〜・〜・〜
"竹の月の30日"、王立魔術学園は全クラス対抗戦の開催に沸きに沸いていた。普段は入れない外部の人間にも学園の魔術門が解放され、出店屋台が所狭しと並び、大道芸人が歓声をあげさせるお祭り騒ぎだ。一般生徒はこの期に友達や親に学園を自慢顔で紹介しているが、対抗戦に出場予定の生徒たちにそんな余裕は微塵もなかった。
対抗戦予選の控え室のケイ達もまたそんな余裕はなく、程よい緊張感に包まれていた。ロームを中心に話し合ってるのは、先ほど運営事務局から発表された対抗戦予選の種目についてだ。
「“キツネと猟犬”か、オッタッタ先輩の予想通りだな。基本は打ち合わせの通りの作戦で行こう」
ロームはきっと引き締めた表情で手短に伝え、それに全員頷くだけで了解の意を示すとロームは相手チームの情報についてわかっていることをチームメンバーに伝え始める。
“キツネと猟犬”は前世日本で言えばケイドロの派生になる。各チームにクラスルームが自陣として与えられ、より多くの相手チームメンバーにタッチして牢屋に捕まえたチームが勝ちとなる。各予選を学園校舎の東西南北に跳び出る棟で行うことになっており、初戦は東棟のケイ達がいる組み合わせだ。建物の3階までを競技エリアとして解放され、選手はたくさんの遮蔽物を駆使して駆けずり回ることになる。事務局によって非致死性加工された魔術のみ使用が許可されており市街戦よろしく魔術戦闘の激化が予想されていた、どんな手を使っても相手を倒して触れればいいからだ。剣や弓、毒などの禁止指定の道具以外の使用は認められており、簡易罠を仕掛ける等の作戦まで許されている。制限時間30分の間は、なんでも許されていた。
殺伐としてしまった予選控え室から、各チームが自陣となる教室へと案内され始める。対戦相手となる二学年2年Bクラス、三学年Cクラスは先にそれぞれ2階、3階へと案内されている。ケイ達も案内の係りについていくと、まさか慣れ親しんだAクラスへとやってきた。机等が後ろにどかされたAクラスに入ったケイ達は自然と強気の笑みを浮かべていた。ロームが最後に肩を組み、円陣を作るように促す。
「これは心強い、まるでクラスの皆が後押ししてくれているようだ。全力で行くしかないな、上級生だろうが制限時間待たずに相手を全滅させてやろうぜ。俺たちならやれる、なあそうだろう?」
「「「もちろん(だよ)!!」」」
ケイ達四人の掛け声とともに予選初戦の開始の鐘が鳴った。
二学年Bクラス代表のリーダーであるハック・ドラグは緊張していた。Bクラスというだけでいつも下に見るやつらを見返すべく絶好の機会だからだ。ハックは自陣として案内された2階の空っぽになった魔術備品室でメンバーに向け作戦を伝える。
「とりあえず最初は4人で第一学年の奴らを急襲して数を減らし、その後攻撃と守備に別れながら点数のアドバンテージを持って第三学年と戦線をはろう。第一学年はAクラスとはいえ所詮ひよっこだ、正面から奇襲気味に純粋な魔術勝負で制圧しよう」
ハック率いるチームは廊下に出ると、全速力で階下へと向かった。
ハック達が最寄りの階段を降りて、一階端の一学年Dクラスのクラスルームへと飛び込んだ。短時間では大した罠は用意できないという予測の上でのスピード頼みの特攻だ。だが教室内には誰もいなかったため、迅速に隣教室へと向かう。そしてCクラス、Bクラスと油断なく急襲し、とうとうケイ達がいるAクラスへと飛び込んだ。
だがハック達はあっけに取られることになる、Aクラスのクラスルームには誰もいなかったのだ。周囲をキョロキョロと見渡しながらハックは口早に誰もいない教室へ文句を吐く。
「くそ! おかしい、廊下に常に見張りを残していたからここから逃げ出すなんて不可能なはずだ。ということは俺たち同様に最初から走り出していたというのか?」
—ゴトっ
ハックの後ろで何かが倒れたような音がした。ハック達3人は急いで振り返ると廊下で見張りをしていたメンバーが一人倒れていた。ハックは武器の短杖を構えながら、すぐに廊下の様子を伺うも誰もいない。
—バタっ、バタ
またもハックの後方で嫌な音がした。
ハックがぎょっとして振り返ると、さっきまでなんともなかった後ろの2人が倒れていた。ハックは混乱した、彼の知りうる方法では魔術でも殴打でも姿は見えるし音はするからだ。倒れる二人と一人の間で、ハックは不安げに目を見開いてあたりを見渡す。
—バリっ
自身の首筋あたりから何か音がしたかと思った瞬間、ハックの体は意思に反して地面へとふらりと倒れこんだ。急激な虚脱感に支配されて身動き一つ取れないハックは、朦朧とする意識で目前の何もない空間から自分へ触れようとする右手が出てくるのを見た。
ケイ達四人は襲ってきた2学年Bクラスの面々の意識をほぼ刈り取って地面に転がすと、悠々タッチしてそのまま教室を出ていく。今度は3学年Cクラスチームへ攻勢をかけるためだ。ケイ達はチームを2つに分割し、左右二手に分かれて建物の両端にある階段を同時に登って行く。うまくすれば挟撃できるだろうが、人数の優位を欠いた状態で敵と対峙してしまえば全滅必死の両刃のリスキーな作戦だ。だがそんな恐怖は微塵も感じさせずにケイとイブ、ロームとエーコは、迅速に物陰から物陰へと移り、建物の上階を目指して進んでいく。
2階に上がるとケイとイブは背中あわせで警戒しながら、2階の各部屋を一つ一つクリアリングしていく。ロームとエーコもまるで言い合わせたように同じ動きを反対側から行い、1分もたたずしてケイ達4人は2階エリアの安全確認を最速で終える。2組は中央の廊下で落ち合うと一つ頷き、また二手に分かれた3階へと走り始めた。現状動きが見られない3学年Cクラスは立てこもり作戦だと判断を下したケイ達4人は3階まではほとんど全力ダッシュだった。途中階段に巻いた砂に足跡が残っていないことを確認した上、立てこもりチームのいる3階制圧戦に臨む。
ケイ達が3階に辿り着くとそこは背の低い樹が生い繁る密林だった。いつもはほとんど使われていない空き教室と古い資料室しかないはずだが、密林の奥地のように廊下や壁から樹が重なり伸びている。足元の廊下には太い凸凹の根が張り巡っていたし、樹々の間にはなぜか泥沼まで広がっていて数歩進むことさえ困難になっていた。ケイはあまりの光景にポツリとぼやいた。
「なんでもありとはいえ、これはさすがにやりすぎでしょ。……作戦の立てようがないんですけど」
そこからはスマートさのかけらのないまさに泥沼の戦いだった。
木の根と泥沼をかき分け進むケイ達に襲い来る数々のブービートラップがケイ達を見事に足止めし、その間に隠れる気もない先輩達からの魔術の波状攻撃が密林の冒険者4人を襲った。ケイ達は粘り強く2人ずつで隊列を成して一歩づつ密林を前へと進んだ。先輩達も最初は余裕の笑みで攻撃を放っていたが、罠にかかる様子が全くないケイ達の進軍に焦りを感じ始める。そしてとうとうケイ達が3階中央にある敵陣地クラスルームのドアまで到達すると、戦いは最終局面に入る。
しかけた物理罠、魔術罠の数はもう3学年Cクラスチームの本人達にもわからなかった。そこなし沼、落とし穴、木の上に仕込んだ机や椅子や分厚い本の重量落下物の数々、貴重な魔術抄本のページを切り離して仕掛けた簡易魔術罠を全て躱され、上級生チームは平静を保っていられなかった。教室の扉を爆破して突入してくるケイ達に手当たり次第、目標も定める間ももったいないと言わんばかりに魔術を乱発し始めた。だが教室の2つのドアから迫りくるケイとロームには微塵も当たらない。火球を躱され、築いた土壁を砕かれいつのまにか目前に前傾姿勢の一年生二人が迫っていた。3年生達は最後のあがきに杖を捨ててタックルを試みる、だがケイとロームの後方から飛んできた雷の魔術に顔をそらしてしまい、その間に全員タッチされてしまい、試合開始から20分という速さで、予選第一試合はケイ達の快勝で決着を迎えた。
全クラス対抗戦はその後予選の4試合全てを終え、準決勝へ進む4チームが出揃った。そして昼過ぎまでに準決勝の2試合が行われ、決勝戦のカードが決まる予定だ。準決勝の会場は学園自慢の大講堂は既に観客がひしめきあい足の踏み場もないほどゴミゴミとしていた。講堂内の空調を担っている魔術師達が、氷魔術の使いすぎで続々倒れる程の盛況ぶりだった。
観客を沸かせている理由の一つは、予選終了と同時に発表された準決勝種目が“ヘルムボール"だったからだ。ヘルムボールは主に平民の間、しかも荒くれ者のハンター達の間で流行っている競技だ。基本的なルールはケイの前世日本で普及していたドッヂボールと同じだが、ボールは変な形をした固形物という決まりがある変わった競技で、その競技の始まりはヘルムの投げ合いから始まったと言われている。今回は握りこぶしを三つ並べた位の太さの硬い洋梨型の木の実がボールだ。魔術にも高い耐性がある実で、誰がどうみても凶器だった。
大講堂の一階に作られた選手控え室ではケイ達4人が柄にもなくソワソワとしていた。想像してなかったほどの熱気とノーマークだった種目に、いつもは冷静なエーコまで手持ち無沙汰に部屋をウロウロするほどだ。そんな迷えるケイ達4人に、部活の先輩で、チームコーチ兼セコンドで、王族のオッタッタから高貴な一声が降り注いだ。
「部員達よ、これはヘルムボールと、思うな。これは戦であると心に、強く刻め。強いモノが勝つのだ」
聞き取り辛いお言葉に少し気を取り戻したリーダーのローム・サリンダーもチームを鼓舞するために続く。
「オッタッタ先輩の言う通りだ、これはヘルムボールじゃなくて模擬戦と思えばいいんだ。荒くれ者が好む野蛮なヘルムボールなんて、勝ちに汚い俺たちにおあつらえ向きじゃないか! 鍛えてきた魔術と筋力を信じよう。俺たちにはケイが創った"あれ"もあるんだ」
ロームの発言にケイはっとしたように目を見開く。そしてスクッと立ち上がると明確な意志を灯した言葉を皆に向かって発した。
「皆聞いてくれ、この種目も“トランシーバー”が使える。多少リスクはあるが、僕達なら出来るとおもう・・・」
ケイは立ち上がるとチームの輪を狭め、更に詳しい話しを続けた。それに対してイブやローム、エーコからこうしたらどうか、ああしたらどうかと意見が飛び交い、1学年Aクラスの作戦会議は準決勝開始時間ぎりぎりまで続いた。
トランシーバーの活躍についての話は対抗戦予選第一試合まで戻る。
ケイ達のチームには不自然な点があった。4人全員が全く同一の電気魔術を枠一つ使って登録している点、4人とも重そうな革製ポシェットを腰に装備している点だ。そのポシェットの中にあるのは、2週間前にケイがこの世界に爆誕させた"トランシーバー"だ。たかがトランシーバーと思うが、無線通信手段がないこの世界での価値はおよそ計り知れない。トランシーバーは両手を空けられるようマイク、イヤホンで通信できる仕様で、1学年Aクラスチームが予選で見せた、奇妙なまでの高度な連携はこのトランシーバーによって生まれていた。
予選第一試合の開始3分、ケイ達を襲った2学年Bクラスチームはトランシーバーとアクアウォールにより一歩的に瞬殺された。アクアウォールといってもただの水壁ではなく、アレンジを加えられ鏡面の様な静かで美しい水壁だ。そんな水壁を相手と斜めになるように展開したらどうなるか、水壁と空気の屈折率の違いで景色は屈折させられ2年生チームには何もない景色が届けられる。だが水壁だけでは当然作戦は成功し得ない、水壁の内側からも同様に相手が見えなくなるからだ。そのためケイ達は2手に分かれて廊下と教室に潜みトランシーバーによる無線通信で状況を把握することにした。相手がAクラスの教室に駆け込んで来た時、ケイとイブは廊下にロームとエーコは教室で水壁を展開して潜んでいた。イブとエーコが水壁を展開し光を強引に屈折させながら、ケイとロームはトランシーバーに電気を流しながらお互いに状況をトランシーバーを通して共有した。相手がローム達の方向を向けばケイが指示と強襲を行い、廊下側を向いたらロームがその役を交代し、4人全員を反撃させずに沈めた。相手を沈めるのに使用したのはケイお手製スタンガン用の高電圧コイルと、それから伸びるミニパッドだった。“当てるとひんやりして気持ちよく、そこから流れる電流で体中の筋肉が弛緩されて天にも昇る天国仕様"とケイは自慢げに説明していた。トランシーバーによる作戦自由度の拡張が、大きなアドバンテージを持つことはその結果を持って大いに示されることとなった。
〜・〜・〜・〜
準決勝の開始三分前の鐘がなり、僕達は案内係の人に導かれて会場へのゲートをくぐり、割れんばかりの歓声に包まれた。ロームを先頭にイブ、エーコ、僕と続く。前方の3人が姿を見せるとそれぞれ、会場からより一層黄色く強い歓声が沸き起こったのだが、僕が光の下に姿を表すと一瞬だけだが会場全体が静まり返った。僕の所業の成果であるとは思うが、後で泣こうと決めた。
会場中央では20m四方の正方形が二つ隣接して描かれている。既に片方の四角形の陣中で思い思いに伸びをしている2学年Aクラスの先輩達に会釈して、空いている方の四角形の陣へと僕らも入った。最初は両チーム全員自陣にいる状態から始め、当てられた者から自陣外野で動けるようになるそうだ。そうこうする内に試合時刻になったらしく、審判が笛を手に中央へと歩み寄ってきて大きく息を吸った。
—ピイイーーーー
試合開始のホイッスルが鳴り響くと、いびつな形をしたボールが両陣地のちょうど境界の真上にくるくると上がった。いち早く動いたのはイブだった。魔術抄本をほんの少し開き杖を滑らせながら地面へと振り抜き、石壁が中央境界線上に“ッズン”とせり出して両陣営の動向が遮断される。だが相手はそんな壁は気にしないといわんばかりに、木が壁を越えてずんずんと異常な速度で落ちてくるボールへと伸びていく。エーコは持ち前の魔術発動速度を活かして、ぐんぐん伸びる木めがけて火球を連続で射出して妨害してくれている。その間僕とロームはイブの壁へと全力で駆けていた。
「俺が台になるから飛べ」
トランシーバーからイケメンボイスが聞こえた。その言葉の通り、僕の前を先行するロームは巨大な土壁にたどり着くやいなや背をつけて、腰だめ両手を踏み台にさせるべく構えている。僕はそのまま両足でロームの両手に踏み込むと、胃がヒュッンとなる速さで上に投げ飛ばされた。飛ばされた僕はギリギリ石壁の淵を掴み、そのまま淵に這い上がると落ちてくるボールを見つめた。ボールの落下予測地点ではボールを自陣に呼び込もうと生い茂る樹々が次々と爆発させられているが、後から後から生えてくる樹々の枝葉の物量に押されていた。僕は爆煙の中へ走りだすと落下してくるボールへ向かってダイブする。ボールの落下地点には、すでに妨害用の火球が2年生チームから放たれていて、空中で姿勢制御が効かない僕に殺到していた。それが非致死性加工されているとはわかっていても眼前に迫る火球というのは恐ろしいもので、僕はボールを片手で抱き寄せながらながら無理に体をよじって紙一重で火球を躱したが、岩壁の上から3m下へ無様な姿勢で落下する。落下地点で待っていたロームが受け止めてくれなかったら、僕は間違いなく怪我をしていただろう。
何とかボールを奪取したのだが、状況はこちらが優勢とは言えなかった。2年生チームは壁を破壊しようと熾烈な魔術攻撃をこちらへ浴びせてきたのだ。壁に迫る炎の槍、水の鎌、雷の大玉の数は膨大でもはや壁となって押し寄せた。しかもひとつひとつの威力がこれまでとは段違いの魔術ばかりで、目隠しに作られたイブの壁はやすやすと破り、こちらの陣地を抜けて尚後方の壁をえぐる威力に冷や汗が背筋を垂れた。
「ローム、ほんとにあれ非致死性加工されてるんだよな?」
「俺は当たってもいいって言われても、あれは遠慮するね。ケイよく突っ込めたな」
僕の適当なつぶやきにロームも上ずった声で同意してくれた。だがこの程度であれば想定通りだ。なぜなら僕たちのコーチ兼セコンドは2学年Aクラスのオッタッタ先輩で、さっき見た上位魔術は何遍も何遍も体で受けて恐怖にすくんでしまわないように訓練してきたし、躱し方や防ぎ方もオッタッタ先輩から幾度となく学んできたのだ。
目を瞑り、心を落ち着けて今やるべきことに集中する。僕はトランシーバーを通して3人に話しかける。
「まずは一発なげてみるから、サポートよろしく!」
ザーッというノイズ音の中、心強い答えが返ってくる。
「「「任せて(ろ)!!」」」
僕はボロボロに砕けて崩れた壁を挟み、2年生チームと対峙した。左手に持つ短杖の先端に魔術を発動待機状態にさせてから、5歩後ろに下がって助走をつける。スピードを乗せたまま、巨大な太鼓にバチを2本打ち据えるように両手を真横に振り抜いた。先に振られる左手からはエアコントロールの魔術が発動し、少し先の空間に一瞬の真空領域を作り出して空気を引き込み、わずかに遅れて振りかぶられた右手から歪な硬いボールが筋力と真空に引き込まれる力で相手陣地へぶっ飛んでいった。真空領域は一瞬しか存在できないため、真空の檻に閉じ込められることなくボールは超加速されたまま相手陣地へと吸い込まれるように飛んでいった。
〜・〜・〜・〜
ケイがボールを魔術で投擲する前、ローム達3人にサポートを依頼したのには理由がある。投擲妨害用に魔術爆撃が襲ってきていたのだ。そのままではまともに投げることさえできないため、ケイを取り囲む様に3人がポジションを取り、投擲のサポートをした。飛んでくる無数の火球をエーコのマシンガンの如き火球が空中爆砕させ、飛んでくる雷撃はケイの前に立つロームが短杖に雷をまとわせて逸らした。相手陣地に築かれた土壁は、イブが作り出した巨大なトゲ付き石玉が放物線を描いて隕石の如く粉々にする。ケイが放った豪速球は数々の妨害を抜け、土壁の陰にいた2年生の腹部に“ボキボキッ”という音を立ててめり込んだ。そして、ドスンと音を立ててボールと2年生の体は硬い石畳へと接地した。一人目撃墜の様子を見ていたケイ達からは、薄くスライムの様にまとわりついていた緊張が消えていくようだった。
落ちたボールを拾った2年生チームのリーダーであるミッチ・アルボーの眼は獰猛な鷲のごとく釣りあがっていた。ミッチは倒れたメンバーの一人を外野に優しく寝かせると、残るメンバーと話をしてケイ達を狙う鏃の様に3角形のフォーメーションをとった。ボールを持ったミッチが先頭で、残る二人が後方で短杖を構える形だ。ケイ達は自分達と同じ様なフォーメーションを取るミッチ達に対し、投擲担当であろう先頭のミッチへと妨害用の魔術を集中させた。だがこれがまずかった。ミッチは襲い来る魔術を避けることなくその身体で全て防いだ。
ーっパーンっ
身動きを取れないはずのミッチの手元からはいつの間にかボールは消え、気づけば赤熱し炎を帯びた超高速のボールがロームを場外へとふき飛ばしていた。状況が掴めず周囲を警戒するケイたちの前に、ミッチ達は先ほどと変わらない陣形のまま予断なく強い眼差しで構えている。
ボールを当てられたロームを含めた全員が、あまりの凶悪な速度と、それに反して投げる気配が微塵もなかったことに困惑した。しかも2年生チームの攻撃はまだ終わらない。ミッチ達は倒れたメンバーの代わりにボールを渡してくれた係に礼を言うと、すぐに同じフォーメーションを残る3人へと向ける。さっきの攻撃について十分に検討する時間を与えられないまま、一年生3人は次の攻撃を受けることになった。
ケイ達3人は今度は受けに徹した。エーコとイブがアクアウォールを使って二重の壁を作り、その内側で3人は未だ謎のままの攻撃に備える。
その様子を見ていたミッチはがっかりしたような顔を浮かべると、自らアクアウォールに極太の炎の槍を3本連続で撃ち込んだ。巨大なミッチの熱源に対しアクアウォールは一瞬で蒸発してしまい、あたり一面に水上気の靄がかかる。
ーブオンっ
水蒸気に視界を妨げられ慌てふためくケイ達を再び赤熱する豪速球が襲う。中央にいたケイを狙いすましたボールは、鉄球の様な質量でケイの右肩を見事を撃ち抜き、また外野へと飛んでいった。 イブがふきとばされたケイにすがりつく。
「ケイ君大丈夫?! 生きてるっ?!」
「ああ大丈夫だ。…今ので奴らのカラクリが分かった。イブ、勝つために危険な役を頼みたいんだが、力を貸してくれないか? イブにしか頼めないんだ」
「もう、肩ちぎれてたらどうしようって心配だっあんだから、もう! 作戦は私にできることなら頑張りますが……どんな作戦?」
ケイはイブとエーコに短く伝言すると、ロームが待つ自陣外野へと向かっていった。
ミッチ達はケイがふきとばせたことですっきりとしたようで、今度はゆっくりとボールを受けとると、自信満々といった感じで三度同じフォーメーションをイブとエーコへと向けた。
〜・〜・〜・〜
私ことイブ・ロータンはケイ君から伝えられた大事な作戦を頭の中でシミュレー卜しながら、自陣中央に位置して次の動作に備えていました。頼りになるエーコちゃんは、私のすぐ真後ろで寄り添う様に構えてくれています。
作戦はこうです、まずエーコちゃんが私達の前にさっきと同じ様にアクアウォールを発生させます。相手は火力で霧散させてくるでしょうが、ここでは焦ってはいけません。先頭の先輩のファイヤランスとほぼ“同時”に、豪速球のボールは撃ち出されているからです。ボールを撃ち出していた人間は実はファイヤランスの先輩ではなく、後方の二人の先輩らしいのです。私には見えなかったけどケイ君とローム君が言うんだから間違いありません。恐ろしいことに、あの先頭ね先輩が持つボールに向かって全力でファイヤーランスを2本も打ち込んで、爆炎の反動で打ち出しているらしいのです。安全対策されてるとはいえ怖すぎます。
そして私の仕事は、トランシーバーから伝えられるタイミングでアクアウォールを上45度に傾けて展開することです。正直に言えば目を瞑っていてもできる役割で、ん、というか見えてると怖いから目をつぶっていようかな? そうしよう!
目をつぶると私の周りは急に騒がしくなりました。いままで目の前のことに集中するあまり聞こえなくなっていた歓声や応援、あ、いま誰かケイ君を罵倒した、あと絶叫とかが聞こえてくるようになりました。
ーザザっ、ピチョン
エーコちゃんがアクアウォールを発動した音が聞こえます。場違いだけどエーコちゃんて暖かいし柔らかいなあ。
ーボボワッ
前方から暖かく湿った空気が流れてきます。多分、ファイヤランスでエーコちゃんアクアウォールが蒸発した音だよね。いよいよか、ああ緊張するうー! いやいや集中せねば、私は今やケイ君の手足なんだ! 余計な感情は捨てよう!
ー
ー“今だ”
すごくすごく長く感じた一瞬。
私はトランシーバーから聞こえるケイ君の息遣いにしたがい、寸分の遅れなく右手を上空45にむけて振り抜きました。続けてズンって押されるような衝撃が私を襲い、吹き飛ばされそうになったところをエーコちゃんが後ろから支えてくれました。
ボールが私に当たった感触はありません。
ギュッと瞑っていた目を恐る恐る開けると、いびつなボールは講堂の天井付近でクルクルと舞っていました。私は天井付近で照明をキラキラと浴びるボールを見ながら、すぐ後ろのエーコちゃんにつぶやきます。
「エーコちゃん支えてくれてありがとう! うまく行ったね!」
「イブちゃんが頑張ったおかげよ! さあ反撃の時間ね!」
「その通りです、ここからやっと私達の作戦が始まるんだから」
〜・〜・〜・〜
ケイの作戦どおり、イブはうまいことアクアウォールでボールを真上に打ち上げて自陣ボールにすることに成功した。インパクトの瞬間にイブが目をつむっていたことを皆が知るのは試合後のことだが、いまは誰一人気づく余裕はなかった。
捕らえられたボールはイブから相手まで敵陣付近まで近づくエーコに渡される。エーコと外野のケイ、ロームはミッチ達3人を大きな三角形をつくって取り囲む様にポジション取りをしている。エーコはボールを少し上に放り、バレーボールのアタックのようにスピードの乗った火球をボールへとぶつけた。ボールをエーコのファイヤボールの爆炎で十分に加速されたが、相手陣地のだれもいない場所に向かって飛んでいった。ボールはかろうじてケイがいる方向には向かっていたが、射線上にはターゲットはだれもいなかった。ミッチたちも“それじゃ自陣外野へのパスにもならないじゃないか”と呆れて見ている。
だが赤熱する速球はその進路を急に45度曲げる。ボールはミッチの後方にいた一人の肩をかすめて飛び去っていき、いつのまにか動き出していたロームの正面へと向かう。ミッチ達はあまりにも可笑しなボールの挙動に身をすくめてしまう。ボールは無情にもそれを見逃さなかった。ロームに向かったボールは直前でスピードを殺すことなく空中でUターンすると、ミッチの後方に位置していたもう一人をかすめて1年生自陣へと飛んでいく。ボールは同じ様に動き出していたエーコの手元へと吸い込まれる様に戻っていく。
またたく間に二人を沈めたエーコの攻撃に、会場には窓が割れんばかりの歓声があがった。ミッチは瞬く間に劣勢に追い込まれたことの会場の異常な熱気に飲まれてしまい硬直してしまう。ミッチは少し遅れてエーコへと振り向くも、ボールはすでにエーコの手元になく、エーコが綺麗な顔の横で両手をヒラヒラとふりながら舌をべッーと出している。
ーズドンっ
突然ミッチの尻に凄まじい衝撃がはしり、ミッチの体は前のめりに吹き飛ばされた。勢いそのままに、顔面からスライディング着地したミッチはボロボロになった制服のズボンから、生尻をちら見せさせながら意識を手放した。その後方ではケイが短杖を振り抜いた姿勢のまま引きつった顔で固まっていた。
「あ、やっちまったぜ」
トランシーバーの連携により、エーコが放ったボールをケイとロームのエアコントロールで自在に曲げて相手をビビらせる作戦は思った以上にうまくいき、相手の意識を予想以上にそらした。そして思った以上にそらしてしまい、防御無しでダメージが通ってしまったのだ。また恨まれる相手が一人増えたことにケイは絶望した。
審判「両チーム整列!」
ローム「(ケイ相手チームのリーダーめっちゃ睨んでるぞ)」
ケイ「(分かってる! 静かにしててくれ、気を保たないと視線で殺されそうなんだ!)」
エーコ「ボールに余計なスクリュー回転なんかかけるから服が破れるのよ」
ケイ「(しーーーーっ! 声でけぇよっ! ああ視線の殺意が増したよ)」
審判「両チーム互いに礼!」
「「「「ありがとうございましたっ!」」」」