放課後のアーク
ケイが王立魔学園に入学してから二ヶ月が経った。最初はよそよそしい雰囲気だった1学年Aクラスもお互いに慣れてきたのか、ジメジメとした天気とは打って変わって活気に溢れていた。
"紫陽花の月の5日"
ケイとイブはクラス1の美男美女であるローム、エーコと楽しげに談笑していた。教導初日に行われた模擬戦で全力の魔術戦を繰り広げたことで親交を深める様になった、平民二人にとって初めての学園での友達だ。国内屈指の有力貴族2人と平民2人の組合せは他所からみれば常識外れな光景だったが、その例を見ない組み合わせも、平民であるケイとイブも最近はクラスメイトに受け入れられつつある。ケイとイブの人柄や魔術に対する熱い姿勢も1つの要因ではあったが、二人が翌月末に控えた全クラス対抗戦の代表に正式選出されたことが一番の要因だった。
クラス代表であるケイ達4人の話し合ってる内容も、翌月末に控えた全クラス対抗戦についてだった。
「あと一月半に迫った学期末全クラス対抗戦について、そろそろ動き出そうと思うんだが、どうだろう? 中間試験も終わったしちょうどいいと思うんだが」
リーダーを務めることになっているローム・サリンダーが他の3人の様子を伺う。それにイブ・ロータンがハイハイ!と手を挙げる。イブの身長は前から数えた方が早いのだが、イブが座る席に長身のロームとエーコ、ケイが集ったせいで周りに壁が出来たようになっている。
「いいと思います!」
イブはガタッと立ってそれだけ言うと、存在感出せて嬉しいですと言わんばかりの笑顔で座った。長身でモデル見たいなエーコはそんなイブの頭を真上からポンポンしながらロームに賛同する。最後に残ったケイも特に感慨もなく賛同し、7月末に行われる全学年クラス対抗戦へ向けて静かにスタートが切られた。
「で、さしあたって傾向と対策を抑えていこうと思うんだけど、クラス対抗戦について何か知ってる奴はいるか?」
「「「知らん(りません)!」」」
「だよな、そしてこういう地味な下調べとかは俺の役割なんだよなぁ。放課後までに参考人を連れてくるから、またにしよう」
ロームはパンパンと手を叩いて議題を終わらせると、最近あった焼却炉爆発事件についてケイを問い詰め始めた。
学園で行われる魔術の教導は大体午後4時過ぎまで続く。
入学からの2ヶ月間は特に新しいことは教えるのではなく、多くの人間が既に学んできたことを復習するばかりだった。だが、流派によって相伝されたり、独学の部分が入ったりするのでその癖を抜くため実施されている。だが案外に今更気づかされることも多くあり、得られる物は多い。ケイにとっての今日の講義がまさに得るもの多い教導だった。
今日の教導ではエアコントロールの魔術を題材にした座学と実践だった。エアコントロールは基本的に風を起こす魔術である。ケイはこれを空間に満ちる不可視のエーテルを風に編成する魔術だと思っていたのだが、それは全くの誤りだった。実際のエアコントロールは、紋章を通って吐き出されるエーテルが大気を減圧させるのだ。つまり目の前の空間に一瞬だけ真空の道ができ、そこを風が吹き抜ける魔術だったのだ。これを聞いたケイは目から鱗が落ちたように瞳を輝かせた。なぜならこれは手軽に真空を作れる手段だったからである。いつもは眠そうなのにしているのに、今日はイブと共に元気にエアコントロールをばしばし曇り空へ向かって撃っていた。
教導が終わり鐘がなると、ケイ達4人はウェンジョーを捕まえて足早にグラウンドを去っていった。行く先は部活棟一階の最果て、異世界生産技術部(仮)の部室だ。部室内には既に先客がいたようで、なだれ込んできた5人に少し驚いたように目を細めた。その視線の主は、一つ上の学年のオッタッタ先輩だった。
ケイ達4人は先輩にぺこりと挨拶をし、すぐに会議机を囲んだ。オッタッタ先輩も一足おくれて席に着くと、ロームの一声で話しあいが始まった。
「えー皆様よくお集まり頂きました。今日は学期末に控えたクラス対抗戦に向けてのキックオフをしようと思います。まずは先生と我らがオッタッタ先輩からお話を伺い、今回の目標と指針を決めたいと思います。それでは、先生早速お願いします。」
先生が面倒くさそうに立ち上がり、全員へと開示されている範囲で説明を始めた。ウエンジョー自ら頼んだことのに面倒くさそうに説明するその態度に時折野次が飛びつつ話は進んだ。
ウエンジョーの話をかいつまんで、対抗戦の仕切りを教えた。
「まず3学年全12クラスを4グループに分けて予選を行う。予選を勝ち抜いた4クラスを2組に分けて準決勝を行い、最後に決勝戦を行う。決勝が模擬戦になること以外は、種目は例年バラバラだが大まかな傾向はある。最初の予選は鬼ごっこやかくれんぼと言った一見すると遊戯種目だで、その次の準決勝は球技だ。実際はなんでもありありでよくわからん。でここ大事だぞ、全競技において大事な制約が存在する。それは対抗戦で使用していいのは1人4魔術までと決まっていることだ。しかも事前登録制となっていて、当日は事務局が非致死性加工して複製した魔術抄本を渡される管理っぷりだ。登録する魔術紋章については自作、アレンジなんでもいいことになってるが、使用していい触媒は短杖のみと定められてるから、武器の持ち込みも禁止だ、そんな感じかな」
先生がしゃべり終わると次はオッタッタが独特の調子でしゃべりだす。非常にわかりづらいお言葉に、ロームの板書も荒れ狂いのたうち回った。話をまとめるとオッタッタは去年参加し準決勝まで進んだものも惜しくも敗れてしまった。だが得ることも多く、まず予選と準決勝の組分けにはパターンがあること。種目にもよるが第一学年でも十分優勝を狙えること、有力クラスは偵察、スパイ、間者を駆使して事前に情報戦まであるという情報がケイ達の士気を多いに高めた。
ちなみにオッタッタは異世界生産技術部(仮)の立派な部員である。ケイ誘拐事件を機に加入して一ヶ月共に過ごし、その不思議と親しみ易い人柄で皆とすぐに打ち解けてしまった。オッタッタの加入後に部費が緊急上方修正されたのは、地味にケイを喜ばせた。なぜ第二学年Aクラスきっての奇才オッタッタがケイ達の作戦会議に参加しているかといえば正当な理由がある。昼間ロームが自分達の手の内を見せてもいいから色々教えて欲しいとオッタッタの元に頼みに行くと、クラス代表でその手腕を振るうことを期待されていたにも関わらず二つ返事で快諾し、ケイたちのコーチ兼セコンドに入ることを決めたのだ。ロームの護衛であるダブ・リーについては、ロームがクラスで頑張る様に命じたため離席している。一人さめざめと泣いていたという。
司会のロームが肘をついて深く思案するポーズで皆に問いかけた。
「色々明らかになったところで俺達の目標と方針を決めたい。順番に今素直に考えていることでいいから言葉にして貰いたい。じゃあエーコから」
そういうとロームは左手側に座っていたエーコに視線を投げかけた。エーコは少し考える素振りを見せてから、いつもらしからぬ真面目な顔で艶やかな唇を開いた。
「私はやるなら全力でやりたいわ。勝つにしても負けるにしても、全力でやらないといい思い出にはならないと思うから」
エーコは嫌に真面目な顔のまま、左手側にいるイブに視線を投げる。イブはいつもどおりの朗らかな顔で軽やかに、その小ぶりな口を開いた。
「狙うは優勝かな! 例え相手が強力だとして工夫次第だと思うし、何より皆のこと信じてるから!」
それにケイも続いた。
「イブは忘れてるが特待生には、期末試験とクラス対抗戦でそれなりの結果を残すことが義務となっている。だから僕は負けない、金を払わずに学園に通うために」
皆の視線は最後に司会のロームへと注がれた。ロームは皆の意見が心地良かったのか、満面の笑みを隠せない様子でイケメン特有の美麗な口元を釣り上げた。
「俺は端から優勝するつもりだ。こうして皆同じ方向を向いているなら話は早い、俺達の目標は“全戦勝ちにいく”だ。それに俺達には凄惨な悪魔ケイがついている、上級生だろうが血祭りにあげてやろう! じゃあ今後の方針について、引き続き検討したいと思う。」
ロームは熱くなり、いつのまにか席から半立ちになって、熱弁をふるっていた。その後オッタッタ先輩の監修のもと、朝、放課後、休日にトレーニングを行うこと、そのメニューはとにかく筋トレと魔術練習を繰り返し、それと同じくらい対人で魔術戦闘訓練を行うことが決まった。予選と準決勝の競技に山を貼るのは実質不可能であり、それならば筋肉を鍛えて0.1秒でも速く走り、魔術を鍛えて0.1秒速く撃てるようになるべきということらしい。そしてもっとも重要と念をおされたのが対人戦闘である。決勝以外は一見戦闘ではないが、その実全て魔術戦闘であるからだ。追いかけっこでも、隠れんぼでも、野球でもボーリングでも魔術を死ぬ気で駆使しなければ、最後までフィールドに立っていることは叶わないとオッタッタは言い切った。。
辺りも暗くなったころケイ達の作戦会議はお開きとなった。各々、背中や首を伸ばしながら明日からの早朝訓練に備え、足早に帰路へとついた。
〜・〜・〜・〜
僕とイブは長く伸びる影を背にして、二人横並びでトーマスオ家への帰り道を歩いていた。イブはこれから始まる特訓の日々を待ちきれないといった様子で、跳びはねるように僕の横を歩いた。
「ねえ、ケイ君。明日から早起きしなきゃだね! 起きれるかなー?」
「イブは大丈夫だろ? いつも五時くらいに起きて、母さんと家事してくれてるじゃないか」
「もう釣れないなー、全く! というかケイ君は早く寝るんだよ? いつもみたいに機械いじりで夜更かししてると、朝起きれないよ? お肌にも悪いし」
イブは頬をふくらませながら僕を見つめた。僕はそのまっすぐな瞳に耐えきれずに視線を前に反らして生返事をした。
「善処はするよ。でも今日の教導で煮詰まっていた“アーク炉”作りの問題が解決しそうなんだ。ちょっとだけは夜更かししても可でしょうか?」
「あ、今日の午後のエアコントロールのことでしょ? 当たり? ケイ君、やたら嬉しそうに乱射してたもんね。最終的に紋章までいじりだしてたし」
そう言ってイブはちょと悩むふりをしてから、満面の笑みを浮かべて親指をぐって突き出した。
「まあ少しならいいでしょう。アーク郎とも長い付き合いだし、今日はケイ君を譲ろう!」
そういうとイブは快活に笑いながら、壺を雑巾がけでもするように空中をなでだした。他の人には分からないだろうが僕にはわかる、これはアーク炉に使っている石英るつぼ作りをしている人の真似だ。
僕がここ一年くらい作成に心血を注いでいるのが “直流型アーク炉”だ。イブはそれにもかなり手を貸してくれており、その作業の真似をしたのだ。
〜・〜・〜・〜
アークとは放電の一種である。バチバチと強烈な白光を放つ神聖なアークの温度は5000℃以上にも登る。その熱を用いて金属を溶かし、くっつけるのをアーク溶接と言ったりする。
ではなぜケイがアーク炉を作りだそうとしているのかといえば、高純度シリコンが欲しいからだ。前世の高度な電子製品群を生み出した革新的な物質である半導体の材料だ。電子製品を制御するIC(集積回路)にも半導体素子として用いられており、前世ではイレブンナインと呼ばれる99.999999999%の超高純度シリコンが必要とされた。そのためにアーク炉が必要になるのだ。
そのアーク炉を構成するモノが大きく3つある。ドロドロに溶けた金属を受け止める石英質のるつぼ、超高温のプラズマをだす炭素電極棒、不純物が混入しない様にする真空チャンバーだ。他にも必要なモノはたくさんあるが、今の所はその3つだ。
直流型アーク炉に必要とされる膨大な電源は、魔術と大型コイルでカバーできる方法を開発したのだが、最後に挙げる高い真空を作りだすいい方法が未だ無い。ケイが頑張ればタービンやらポンプは作れるが、ファンと呼ばれる回転翼型を政策するには、かなりの手間と時間がかかるため手を出せていなかったのだ。炭素電極については、市街で希少金属をいくつも購入して現段階で適当なものを見つけている。
トーマスオ家の食卓には、今日も明るくケイ達4人が集まっている。だが今日は食事が終わると、ケイはお茶も飲まずに地下の工房に脱兎のごとく飛び出していった。
ケイが消えてから、程なくして薄暗い地下室から怪しげな声が響く。まるで赤子をあやすかの様に暖かく、芸術作品を作っているかのよう苦しむ声は、夜ががっつりふけるまで続いた。
月が高く登る深夜。イブは今日学園で出た宿題を済ませ、寝る準備をしていた。食後のお茶が効いたのか、イブは寝る前にまたトイレに行きたくなり部屋をでた。窓から差し込む月の光を頼りに、真っ暗な廊下を進み、手すりを掴みながら階段を降りる。トイレがある洗面所は、排水設備の都合で一階にあり仕方ないのだが、怖がりのイブにはなかなか慣れなかった。
階段を降りたイブは、片目をギュッとつぶりながら居間へと入る。これでもうすぐに洗面所だ! と思ったとき、
—っパシ
暗闇の中で僅かに何か弾けたような音がした。ビクッとなったイブは腰が引けてしまっているが、なんとか暗闇を見渡す。心臓をぎゅっと掴まれたように息ができない緊張のなか、今度はイブの背後からまた、小さく乾いた破裂音が聞こえた。
—っぴシ
見えない何かが這いずり廻る暗闇に耐え切れなくなったイブは、もうどうしていいかわからなくなる。そして目をぱちぱちさせながら、凄い形相で悲鳴を上げた。
1階から響くイブの悲鳴に気づき、ケイの両親とケイが居間へと駆けつける。ケイが急いで居間の電灯を灯すと、居間の入り口で小さくうずくまったイブが震え泣いていた。
「イブちゃんどうしたの?! 無事なの?!」
ケイの母ミズーリがすぐに近寄り、イブを胸に抱きながらその身の無事を確かめる。この家の大黒柱であるカイは、近くにあった箒を両手で構えながら警戒しキョロキョロした。ケイはまだ状況が掴めないようで、とりあえず皆のそばに寄った。
それからしばしの間、静寂のなかで全員石のように固まっていた。だが何も起きることはなく、イブが幾分落ち着いてきたのでテーブルに着いて状況を確認し始めることになった。
「イブちゃん何があったの? 怖かったと思うけどもう大丈夫だから教えて、ね?」
「他の部屋も見たが怪しいとこはなかったから、とりあえず危険は去ったと思う。ほら皆いるから、安心していいんだぞ?」
ケイの父カイと母ミズーリが、イブを自分の娘の様に優しく大事に慰める。いつの間にか、お茶やら毛布やらをかけられて席に座るイブはビクビクしながら、さっきまで起きていた現象をぽつぽつと説明しだした。
イブの説明を聞いたカイとミズーリは、この家でそんな霊的な現象を体験したことなかったため困惑してしまった。だが、イブが嘘なんかつかないので両親とケイは手がかりを探すことになった。
〜・〜・〜・〜
現在僕は、両親と共に霊的現象の痕跡を探している。両親はイブを怖がらせた幽霊に怒り心頭でバタバタやっている。だがそんなものは見つからない。だってそうだろう、原因は僕なのだから。さっきから止まらない脇汗とか背中汗が服をペットリと濡らして気持ち悪い。
この不幸な事件が起きた時刻の少し前に遡る。僕は地下の工房におり、最近情熱を注ぎ込んできたアーク炉こと“アーク郎”に喋りながら実験を行っていた。アーク郎はパッと見は、のっぺりした金属の筒だ。両腕を回せないほどの太さで、僕と同じくらいの背丈をして立っている。その両端には、丸みを帯びた鍋蓋のような金属板が取り付けてある。地面に接する側には、そのままだと倒れてしまうので、その巨体を支える足を4本付けてある。
今日の学園の教導で学んだエアコントロールの紋章をアレンジして真空引きの機構を作る実験に成功した僕は、その勢いのまま実際にアーク郎で試すことにした。紋章を刻みつけた金属板をアーク郎のお尻あたりにある空気弁に取り付け、短杖で触り起動した。実験はみごとに成功したと言える。電気を流すと真空引き機構がベコンベコンと音を立てて空気を抜き始め、エアコントールで作り出せる真空状態を金属筒であるアーク郎の中に作りだした。
そして、そこでやめておけばよかったのだが、僕は雷の魔術をアーク郎の胴体側面から飛び出す電極棒に向けて放ってしまった。調子に乗ってアーク郎を起動していたのだ。電極に与えられた雷はぐるぐるの大型コイルを通って電圧を上げられ、炭素電極に至る。するとアーク郎の腹部にある覗き窓からはバチバチと白光が漏れ出していた。僕は面白いほど成功したアーク郎に気を良くして、どこまでいけるか気になり短杖から迸る雷の出力を上げた。するとどうしたことか、今度は思ったよりも炉内温度が上がり、アーク郎の外側金属まで熱くなってきたのだ。そこでやっと、調子に乗っていたことに気付き電力供給を止めるが、熱はなかなか下がらない。壊れるのが怖くなり、アーク郎の上蓋をぱかっと開けて強制的に排熱を促すようにする。すると今度はどうしたことか、炭素電極と大型コイル、アーク郎に残留していた電気が空気中に向けて放電され始めたのだ。予想外の放電現象により数多伸びる雷は、まるでアーク郎の内部から吐き出されている怒りのようだった。とっさのことだったが、それを短杖に雷をまとわせて逸らし、僕はアーク郎と対峙した。
「すまない、僕が調子に乗ってしまったばかりに、君を傷つけた。アーク郎、君の怒りは最もだ、だから僕は甘んじてそれを受けよう。だが死ぬつもりは無い、生きてまた君と未来を作るんだ!」
放電現象が終わるまで、僕とアーク郎の地味で馬鹿な戦いがひっそりと幕を開けたのだ。それから小一時間くらい雷を避けながら、放熱と放電現象が終わるのを待ったのだが、ちょうど終わるころ運悪くイブが居間に現れた。
その無意味な戦いの間、換気のために地下室の扉を開けていた。そして熱を帯びた放電により温められ、乾燥し、電子を多分に含んだ空気が1階を満たした。そんなものが、1階の各所に溜まり飽和すると突発的に空気の破裂が起きたのだ。これがイブを恐怖させたラップ音の正体だ。
原因を捜索するふりをしながらめちゃくちゃ悩んだが、両親の怒り心頭具合に怖くなり結局白状して皆に土下座した。当然めちゃくちゃ怒られたが、イブが両親を諌めてくれたおかげで、罰はこの家でのアーク郎の使用禁止と一週間イブが率先してやっている家事を肩代わりすることだけでなんとか済んだ。イブは本当にいいやつだと思った。だって僕は、イブがぺたんと腰を抜かせていた床が小さく湿っていたことを知っている。辱めを与えた最低なやつを庇うなんて本当に底抜けにいいやつでしかないと思う。この事実はきっと墓まで持っていこうと心に強く刻みつけた。
ケイ「いやー、なんかいつも起こして貰って悪いっす。イブを怖がらせた罰をこうして償うために、イブ本人に起こして貰うって間違ってるとは分かってるんすけど、どうも朝に弱くて」
イブ「いや大丈夫っすよ? 私も何かやってないと落ち着かないし、洗濯はケイ君には任せられないっすから。……聞きたかったんことあるんだけど、見た?」
ケイ「…何のこと? あー早く水瓶に水溜メテ、掃除シナキャ」
イブ「っ?! 見たんだ、ああああ死にたいーーーー」
ケイ「いやいや見てないって、大丈夫だって僕が悪かったんだから」
イブ「ケイ君の態度なんてすぐ分かるんだからぁ! ああ終わったぁーーー」
ケイ「…行っちゃったよ、どうしよ。まあお漏らしはなぁ、トラウマになったかもなー」