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通学路上のトラワレコイル

 僕が王立魔術学園に入学して4週間が経った。

 入学初日にクソ貴族に襲われたり、初めての魔術教導でイケメン貴族と死闘をしたり、ついでに幼馴染とクラスメイトに雷を落としたりしたけど、無事に今日まで過ごせている。後はこの4週間で、新しい部活を設立したり、上級生と乱闘したり、クソ貴族から再度命を狙われたりと色々あったけど、とりあえず今のところ元気だ。


 活力溢れる新緑がそこら中に満ちる“蓬の月の1日”、僕は珍しくイブとは別行動をとっている。隠れてコソコソ悪いことをしようというわけではなく、ただ行きがけの道です巻にされ、馬車の中にぶちこまれて、人里離れた森の中に拉致されただけなのだ。


“僕は何もわるくねぇ。そうだろ馬さん?”


 馬車の中で拘束されている僕の周りには、動物の頭部の皮を被った見るからに怪しげな集団がいた。馬に羊に豚に魚にゴブリンにローバーだ。僕はこの危険な状況に勝機を見出すべく、冷静に状況を分析していた。


"いやいやいや、魚はないだろ! あれ生だもの、ヌルヌルビチビチしてるもの。てかゴブリンきついなぁ、ゴブリンの頭部を剥いで被るとかキチガイじゃん、奥に見える瞳がなんか死んでるよ。その点ローバーさんは大丈夫、顔をすっぽりと包むタイプで隙を見せない安心設計。ん? というかあのローバー生きてね?! 食われてるだけじゃね、ヘルプユー、ぃへえええええるぷゆうう! ロォバァ!"


 僕は靴裏に取りつけてあった、非致死性散弾を両足の踵を強く打ち付けることで起動した。散弾は見事ローバーを捉え、うねうねする触手をほぼ吹き飛ばし、ローバー君(仮)を助けた。ローバー君はその衝撃で気を失ったのか、床にドスンと倒れたのでヒヤッとしたが、すぐにもぞもぞしだしたので一安心した。

 



〜・〜・〜・〜


 すぐに豚野郎がケイへと近寄り、くぐもった声で恫喝する。


「おいてめえ、なんて危ないものをしこんでやがるんだ! 武器を全部だせ、殺すぞ! アアン」


「今見へたでしょ、ローバー君を助へたんでふよ、情状酌量はないんすか? 助へてくださいよ、ああんコラ?」


「なにいってんだよ、お前はこれからゴブリンの巣にぶち込まれて、生きたまま臓物を食い散らかさられるんだよ。残念だったなあ、助かる術はないよ」


「(あとで殺す、絶対に社会的に殺す)」


 ケイがブツブツつぶやきながら被り物の瞳の奥を見透かすように睨むと、動物の瞳に少しだけ恐怖の色が浮かんだ。そう息巻いても、腕も足も手も指も口も縄でしばられたケイにできることはなく、それから間もなく薄暗い洞窟へゴミの様に放り込まれた。




 ゴミ袋の様に二転三転して、洞窟の入り口に横たわったケイはいまだ静かな周囲を見渡した。ゴブリンは夜行性であり、昼間は洞窟の暗闇で過ごす習性がある。だが、目の前に楽して餌が転がりこめばどうだろう、寝起きのおやつとなるのは自然な流れだ。


 その内、洞窟の奥の闇にうっすらとイボイボの鷲鼻と、目やにで黄色くなったギラギラした目が“ぬっ”と浮かんだ。そして、入り口の様子を伺う目の数はポツポツと増え始め、いつの間にか洞窟の闇を埋め尽くす程のゴブリンの波ができあがった。


 未だ縛られた状態のケイは焦っていた。

 

「(ヒィィィ、キモいキモいキモい、ゴブリンウェーブ無理無理)」


 ケイは声にならない悲鳴をあげながら、モゾモゾと首を動かした。その間もギチギチ、ハァハァと臭い息をはきながらゴブリンウェーブはケイへと迫る。あと10m、ケイの精神も発狂限界に迫ったとき、ケイの体の下から炎が巻起こった。炎は勢いを増して竜巻きながらケイの体を焼いていく。その光景にゴブリン達は皆狂った様にワアワアと叫び声をこれでもかと上げる。洞窟の入り口はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。数分経ち、炎の渦とゴブリンの狂声が静まると、そこには跡形一つ残っていなかった。




 街へと急ぎ帰る馬車の中では、興奮した男達が己が犯した罪を正当化するべく傷の舐め合いをしていた。


「俺たちは貴族の、ひいては国の秩序と威信を守ったんだ。そもそも、ゴラン様をあのようなおいたわしい姿へと変えたアイツの存在が悪いんだ。」

 

「そうだ、華々しく学園生活を送るはずが、いまや屋敷に籠もりきりなんて、悲劇でしかない。」


 彼らは、ゴランが決死のリベンジを先週仕掛けた際、ケイに心臓を直接にぎられながら人恐怖症になるまで脅されて自閉症を発症したことを嘆いていた。正当性はぎりぎりケイにあることは彼らも理解はしていたが、誰も口には出すことはなかった。

 

「(……でもわれの、こと助けてくれた)」


—ィヒヒーンっ


 ローバー君の小さくつぶやいた言葉に、誰も気づかないまま馬車は突然に進行方向を90度曲げ、車部分を横滑りさせてそのまま勢い余って横転した。




 畜生の仮面を自ら被った男達は何が起こったのかわからず、壁や床へ体をしこたまぶつける。横転した馬車の外に何とか這い出てきた男達を待っていたのは、デフォルメされたネズミの被りものをした一人の男だった。白と黒のモノトーン調で作られたネズミは、顔面くらい大きな丸い二つの耳と大きな鼻、何よりクリッとした目が印象的だった。ネズミー男はフラフラと出てきた男どもに向かって、うわずった高い声で言い放つ。


「これは、あくまで、ただの”ネズミ”だ。既得権益に抵触するものではない」


 男達はなんのことやらわからないが、このネズミーマンが馬車を横転させた張本人であることは百も承知と武器を各々構えた。剣や斧を構えたのが半分、短杖と魔術抄本を構えたのが半分だ。不気味な男に対し警戒を払い、それぞれ一斉に詰め寄る。まずは魔術による大きな雷の柱が3本交差するようにネズミーマンを襲う。さらに、ギラギラきらめく凶悪な刃物を持った豚と馬が全力で走りだしていた。

 対するネズミーマウスマンは内胸ポケットから長方形の板のような金属の塊を取り出し、長方形の4分の1を持ち手として引き起こす。それはまるで、前世の世界でいうところのハンドガンだった。四角い造型の銃身の下にサーチライトを取り付ければ、ちょうどこんな形になる。


 ネズミーマンはあやしげな武器を片手に、迫る稲妻を避けようとはせず、ブーツのつま先同士を打ち付けた。すると土壁がネズミーマンの前方120度を覆うように一瞬でせりあがり、3本の雷柱を受けとめた。だが、熱量により土壁表面が一瞬でをくずれさり、そのままネズミーマンごと飲み込まんと勢いを増す。だが3本の雷の奔流が止むと、土壁の後ろには既にネズミーマン姿はなく、2足のブーツしか残っていなかった。土煙が晴れると、靴だけ残る不可思議な状況に誘拐犯達は全員が動きを止めてしまった。


——ッバシュ、ッバシュ、ッバシュ


 突然林の中から鈍い破裂音がしたかと思うと、後方で魔術の雷を放っていた男達が急に意識を失い倒れた。よく見れば3人の臀部にはぶっとい針が一本ずつ刺さっている。倒れる仲間の姿を見た瞬間、近接武器を持っていた男達に緊張と恐怖が駆け巡った。毒物劇物が塗られた飛針はこの世界で最もポピュラーで最も効果的な暗器だったからだ。

 だが畜生の皮を被った誘拐犯に息つく暇は与えられなかった。続けざまにぶっとい針が3つ飛んできて、残る3人を気付かれる間も無く気絶させた。辺りには誘拐犯達が臀部から針を生やしてピクピクしていた。影に潜むネズミーマンに余裕がなかったのか、その内ローバー君(仮)に飛んだ1本は太ももに刺さっていた。


 林の中からネズミの被りものを脱ぎながらケイが出てくる。

 ケイは顔の汗を拭きながら靴や針などの装備と誘拐犯達の持ち物を回収し、置き手紙を気絶した男達の口に乱暴に突っ込む。気を失った誘拐犯達の顔はしっかり暴かれた上に、デコに消えない塗料でデカデカと“負け犬”と書かれていた。




 今回ケイが使用した武器は携帯用折りたたみの銃だ。それも高電圧を帯びた針を飛ばす“スタンガン”だ。このスタンガンの制作期間は長く、ケイのお気に入りの一品となっている。射出機構は入学式で使用したエアーガンをベースにしているがそのままではネイルガンであり、肝心なのは高電圧を帯びた飛針だ。


 人を一撃で気絶まで持っていくほどの高電圧を生じさせるために必要なものはなにか。それは“トランスコイル”である。

 簡単に言えば、心材に被覆銅線を幾重にも巻きつけた構造の電気部品だ。少量の電流を加速させて、高電圧を作ることができるあまねく電気製品の電源部には必須の部品だ。


 じゃあそれには何が必要か、大事な2つの要素がケイを苦労させた。

 1つめの磁性心材はこちらの世界で入手出来るものをいくつも加工しては試し、加工しては試しを繰り返しなんとか見つけた。


 苦労したのは2つめの被覆銅線だった。銅は比較的安価に入手できるし、炉は隣町の鍛冶屋の親爺さんのを使わせてもらえば十分なのだが、銅線にする加工工程が難しかった。まずケイは焼きなまされて硬度が増した太めの銅線を大量に作成した。地獄の釜の中の様な親爺さんの鍛冶工房に籠り、溶かした銅を流しそうめんの如く、ひたすら冷ましながら流し続けた。


 銅の太線ができたら、今度はそれを極細の銅線に細く引き延ばしていく。これに必要になったのが、高温圧延機だ。上下左右から迫る高温で回転するローラーの中心に太銅線を入れ、巻き込まれた太銅線が均一にどんどん細く引き延ばされていく機械だ。4つの均質なローラー、ローラーを受けるがっちりとした軸機構、それを高温にした上で等速回転させる仕組み、自動線巻き取り機にはかなりの時間と試行錯誤をついやすこととなった。旋盤等の工作機械と魔術という超常的に便利な条件が揃っていたからこそ、完成させることができたといえよう。

 だがまだ終わりではない、剥き出しの銅線を陶磁器等で使用するうわ薬で絶縁コーティングしないといけなかった。これにも同じく前世の生産技術が活用されている。半径0.1mmにまで圧延された銅線を、高温のうわ薬ムラにならないように塗布し、水を通して固着させる機械も作成した。これは線巻き取り機の流用だったので時間も費用もかからなかったが、制作中の1週間くらいは、薬品臭いと周りから白い目でみられた。


 着工から3年かけてようやく求めていた被覆銅線を手にした時にはケイは一時間くらい泣いていたという。それからトランスコイルの構成を試行錯誤して、今回スタンガンに使用した飛針が完成した。もちろん飛針の内部には雷の魔術紋章が刻まれており、撃鉄を銃身内部の紋章に打ち下ろす際に、同時発動するようになっているファンタジー仕様だ。


 


〜・〜・〜・〜


 魔術師高等教導学園の第一学年Aクラスの部屋では、あたふたするイブ・ロータンを落ちつかせる人影が二つあった。片方は綺麗な黒髪でモデルみたいなエーコ・アクエリウス。もう片方は緑がかった金髪イケメンのローム・サリンダーだ。


「エーコちゃんどうしよう、どうしよう! ケイ君が通学中に誘拐されちゃって、私じゃどうしても追いつけなくて、どこいったかもわからなくて、誰に助けを求めたらいいかわかなくて、…


「イブちゃん落ち着いて! そのセリフさっきから10回は聞いてるわ! というかケイなら大丈夫でしょ。あの凄惨な悪魔を誘拐して無事な誘拐犯なんてそういないと思うけど?」


「おい、エーコそれはケイに対してあまりに失礼だ。ケイは軍で包囲しても無事に殲滅して帰ってくるだろ。“そういない”とかじゃなくて、もはやいないんだと思うぜ」


「ローム君、最近ますますきもいね。頭冷やしたほうがいいよ? まじで?」


 エーコは冷たい目線を熱く拳を握り語るロームにくれながら、胸中のイブをやさしく抱きしめ続けた。




 そこに噂をしていたケイが片手を上げながら何事もなかったかのように現れた。時刻はもう昼で午前の教導は終わってしまっており、ボイコットした形になる。ちょっと寝坊しましたみたいな雰囲気のケイを見つけるとイブ達は三者三様の表情を浮かべた。


 まず真っ先に喜びと安堵の涙を浮かべたイブがケイの胸に所構わず飛び込んだ。エーコはそれを忌々しそう睨見つけ、ロームは“さあ今回はどうやって賊を始末したのか聞かせろ”とそわそわしていた。あまり心配されていなかったケイは、イブと二人に無事を取り急ぎ告げると追いすがるイブをエーコへと戻してロームと連れ立って部活棟へと足早にむかっていった。




 上からみると十字に見えるこの学園の南棟が部活棟だ。ケイの所属する部活はその一階の端っこに居城を構えていた。部室のドアには“異世界生産技術部(仮)”と書かれた木製の看板が吊るしてある。




 前を急ぐケイに、今や竹馬の友のなりかけているイケメンのローム・サリンダーが不思議そうに声をかける。


「おい、そんなに急いでどうしたんだ? イブさんずっと心配してたんだぞ? もう少し優しくしてもいいんじゃないのか?」


「いいんだよイブは心配事作ってまで心配する性分だから。ああして心配してくれるけど、オーバースペックな魔道具を一緒に悪乗りして作ってるのはイブなんだよ? それより今回はちょっと困ったことになったんだ。部室で話すか急ごう」


 そのまま廊下の突き当りまで進んだケイとロームは、正面に構える両開きのドアを開けて中へと滑り込むように入った。



 ここはケイ・トーマスオが今春設立した新しい部活 "異世界生産技術部(仮)" の部室だ。会社の部署みたいな名前に問題があったが、ケイが全く譲らなかったので(仮)が愛すべき妥協点となっている。部員はケイ、ローム、イブ・ロータンとその親友のエーコ・アクエリウス、そしてロームの護衛として入学したのに成績が足りずクラスが別になってしまった残念護衛のダブ・リーだ。ダブは名前は不吉だが、すごく好青年で二つ返事で怪しげな部活にも入ってくれたマッチョである。顧問は担任であるウエンジョーがしぶしぶ引き受けた。


 ケイが広めの部室に滑り込むと声を潜めてロームへと話し出す。


「今回は誘拐された上で殺されそうになったんだ。あいつら僕をゴブリンの洞穴に投げ込んだよ。で、犯人達はいつもの如く身ぐるみ剥いできたんだけど、その中の一人がやばい奴だった。聞いて驚かないでよ、ローバー君の中の人は、第八王子のオッタッタ様だったんだ!」


「途中はしょり過ぎてるのと、謎のモンスター出てきてるのはまあ置いておこう。誘拐犯の一人が王子のオッタッタ様ということでいいのか?」


 ケイは犬の様にフンフン頷いた。それを疑うように見ていたロームは額に汗をたぎらせ始める。嫌な沈黙が二人を包むなか、ロームがなんとか話をつづけるべく口を開いた。


「まさか、殺したとかじゃないよな?」


 ケイが今度は犬の様に首を横にブンブンふる。

 

「・・・じゃあ拷問にかけたか?!」


 ケイは食い気味に首を横にブンブンふる。


「ローム君が心配してるような最悪のケースにはなってないよ、気絶させて安全なとこに放ってきただけ。問題は脅迫用に私物をパクってきたことなんだ」


「おい、なにパクった?」


「怒らない?」


「いいから言え、憲兵につき出すぞこのやろう」


「ひどい! こっちが被害者なのに…。整理してたら出てきたんだよ“王城の紋章鍵”と“地図”が。王城の地図をざっとみたところ、これがまたやばくて、殆どの扉を突破できそうな上位鍵だったんだよ、宝物庫とか禁書庫とかも行けるっぽいです」


 ケイは地図と鍵をテーブルに広げて、鍵と同じマークが地図の殆ど全ての扉の横に印字されていることを指でしめした。


「oh...」


 ロームは何とも言えない微妙な顔で数秒固まった。だがすぐにフリーズから復帰して、持ちうるハイスペックさを余すことなく発揮して動き始めた。


 オッタッタ様がこの学園に通われる第二学年の生徒であること、オッタッタ様を護衛している集団のリーダーとは家ぐるみで付き合いがあり、面通しを頼めそうなことをケイに説明すると、今度はサリンダー家の執事に迅速な情報収集を命じた。ローム自身も第二学年の棟へと風の様に駆けていった。ケイも行こうかと言ったが、この前の上級生との乱闘のせいで目をつけられているから邪魔なので置いていかれた。その後、教導の休み時間の度に伝令を受けては何か忙しそうに指示を飛ばしていた。




 —そして時は放課後の部室まで流れる。


 異世界生産技術部(仮)の部室で、ローム、ケイ、イブ、エーコ、ダブの五人が会議卓を囲んでいた。ロームの後ろの黒板には、"ローバー君と再会作戦"とポップな字面が並んでいるが、それとは対称的に全員の顔には凄まじい悲壮感が浮かんでいた。


 まずロームによりこれまでの経緯と情報収集の結果が報告された。

 その説明によれば事態は難しい方にころがり始めていた。というのもケイ暗殺に失敗したローバー君ことオッタッタは学園を休み、直接王城へも戻られたらしい。オッタッタ次第だが、最悪ケイによる王城マスターキー盗難の罪が架けられ死罪確定することもあり得る事態とのことだ。

 だが天が味方したのか、未だ王城の軍部及び暗部、街の憲兵隊に動きが全く見られないらしくケイの首はつながっている。しかし事態は依然一触即発のため慎重かつ迅速に動く必要があった。

 そしてもう一つロームから朗報があった。最近オッタッタは変な上級生の集団に目をつけられ、そいつらとつるむ様になってしまったそうだ。オッタッタの護衛から聞き出したので間違いはないらしく、ケイ暗殺はオッタッタの意思ではない可能性が高い確率で出てきたのだ。


 ロームは机に両肘をつき、両手を組み深く思案するポーズのまま他の四人を見渡し、口を開いた。


「事態は思ったよりもやばい、我らが部長ケイは最悪打ち首コースだ。それを回避するためにも皆に策を出してもらいたい。あ、エーコ、そのままケイをつき出すというのは無しだ。そんなことになれば、イブさんそのまま田舎に帰っちゃっう可能性高いぞ」


「チッ」

 

 エーコが忌々しそうに舌打ちしながらロームを見る。ケイはいつものことなので、気にせずになにか他のことを考えていた。次は、イブが手をあげた。


「鍵をどこか捨てるのはだめなんでしょうか?」


 そもそも論を始めてしまったイブに、エーコが横からすかさず優しく指摘する。

 

「そんな便利なモノが他国や悪党に渡れば、この国はいつの間にか死んじゃうわ。壊すにしたって足取りはばれているわけだから、打ち首コースのままね」


「・・・あ、そうだよね、ごめんなさぃ」


「ダブは何か無いか?」


 司会のロームがダブに話しを振った。


「ローム様、王城に忍び込んでこっそり返すというのはどうでしょうか? まだバレていないのなら、鍵盗難自体をなかったことにすれば、ケイ殿は極刑を免れるのでは?」


「うーん、どうだろう。地図も鍵もあるから忍びこめるけど、そうすると本当の反逆者になるからな。ちょっと難しいかな」


 ダブは椅子からすっと立ちあがると、反省のつもりかロームに敬礼をしだした。そしてまたイブの手が上がる。


「じゃあ手紙を書くっていうのはどうでしょう? オッタッタ様の護衛の人に頼んで渡してもらうの。“暗殺のことをバラされたくなかったら、指定の場所に来い!”とか書けば来てくれないかな?」


「……さすがイブちゃんね、それは現実的だわ! かわいいだけでなく策士でもあるなんて最強だわ」


「うーん俺もそれが無難かとおもっていたが、どう思うケイ? それとも何か別の策あるか?」


 全員の視線がケイに注がれた。ケイは少し悩む素振りをみせ「それでいいよ」とあっけなく言った。ロームはケイを偽物でも見るように訝しむ。


「ケイ、どうしたんだお前らしくない! いつもなら王城を攻め滅ぼすくらいの派手な提案をするじゃないか! 流石に怖くなってきたのか?」


「ローム君が僕をどう思ってるのかよくわかったよ、全く。なんだろう、確かなことはなにも言えないんだけど、この件は大丈夫な気がするんだ。イブの言う様に待っておく方がいいと思うんだ」


「んー、なんか狂うな。まあいいか、じゃあ作戦は決まりだ。親書はそうだな……俺が書こう」


 ロームは周りを見渡して誰一人まともな手紙を書けそうな人間がいなかったため、自ら書をしたためることを心に強く決めた。


 その後はいつものようにお茶をして解散となったが、ケイは念の為ロームの家に匿われることになった。また、その間イブもエーコの自宅に身を寄せることになった。イブは家に帰ろうとごねたが平民二人の身の安全のためにも、しぶしぶ提案に了解した。


 


 ロームが手紙を出してから2日経ち、3日経ったが不気味なことにオッタッタ様からの音沙汰はなかった。その間、当のオッタッタも学園には顔を出すことなかった。返信は来ないし、学園で直接面会する機会も狙えず、ローム達面々の緊張間はどんどん上昇し続けた。エーコに関しては事件が進展してしまい、自宅からイブが出ていってしまいせっかくの楽しいお泊まり会が終わってしまうことに緊張していた。


 事件から四日目の朝、まさかの事態がケイとロームを襲った。ローム・サリンダーの家をオッタッタが自ら訪ねてきたのだ。

 サリンダー家は魚の生簀にパンくずを投げ入れたかのように大慌てとなった。オッタッタを貴賓室に通して、朝からフルコースをせっせと運びこみ、お祭り騒ぎとなった。同じくオッタッタと共に貴賓室に押しこまれたロームとケイは、この大胆なアプローチに困惑しながら同じテーブルについていた。



 3人以外いなくなった貴賓室にて、奇妙な会談が始まる。


「あのーオッタッタ様、おはようございます。あ、私ケイ・トーマスオと申します、平民でごさいます。質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

 訪問したときから泰然とした態度で、崩れることの無い高貴な笑みを浮かべているオッタッタは短く答えた。


「許す、どうぞ」


 ケイとロームはお互いに視線をあわせ、どう質問していいか悩んだ。ロームが顎をオッタッタの方に振ったので、しょうがなくケイが続けた。


「えー、僭越ながら、御顔の上半分を覆ってらっしゃる布にはどのような意図があるのでしょうか?」


「答えはお主の中にある。そうであろう、ネズミーマウスマン三世よ!」


 ゆっくりと自信満々に答えたオッタッタの鼻から上には、大きな丸い耳と、大きな鼻が突き出た、クリクリお目めのネズミの被り物が被せてあったのだ。白黒調のデフォルメされたネズミは、いやに高貴な気品を漂わせていた。


「(いや意味わからないんですけど。その豊かなドヤ顔をいますぐやめてください。あと三世に関しては僕は何も関与していない!)」

ケイは心の中で絶叫した。


 ロームにいたってはオッタッタの言葉の真意を探ろうと、思考の海原へ漕ぎ出し、ばっちり遭難してしまっている。ロームに、ネズミの覆面を被って賊を返り打ちにしたことを黙っていたことをケイは後悔した。そこからはしばらく無言の間が続いた。ロームが脱落し、早くもケイが一対一になったのだが、計り知れない高貴な器にビビってしまったのだ。


 そんなケイの逡巡を察してか、オッタッタ自ら声をかけた。


「真心の、こもった親書を、ありがとう。迷惑をかけたのに、こうして王室の鍵と地図を返してくれる、器の大きさに感銘を受けた。一度目はローバーに飲み込まれ、そうになったところを。二度目は止めを刺さずに、いてくれたことを感謝している。2度も命を助けてくれた恩を、返したいのだが、どうしたらいいだろうか?」


 そしてオッタッタは覆面を取り机におくと、頭をすっと垂れた。


 ケイは大変聞き取りづらいお言葉を解析していてあっけに取られてしまった。だが、いち早くロームが目の前の光景に正気を取り戻しオッタッタの頭をあげさせるべくオッタッタの上半身を丁寧に起こした。


 そして、頭を上げたオッタッタの額には、"負け犬"の文字がデカデカと刻まれていた。


「Oh...」


 今度はケイが意識をいち早く手放し、ロームの追求を躱した。そのロームは、それはもうブチ切れのご様子で、額に青筋何本も浮かべてケイとオッタッタを見比べていた。


 


 その後、ケイの黙秘も虚しく事情は全てオッタッタから明かされた。

 ネズミの覆面を被り、ダークヒーローの様にかっこよかったこと、気を失ったあとは服を剥かれ額に消えないインクで負け犬と書かれたこと。口につっこまれた紙には"お前らの身元は割れた。今後こちらに関われば親類縁者諸とも無事では置かない"と血文字風で書かれた脅迫文があり、痺れるほど感銘を受けたこと。オッタッタは聞かれてもないことをペラペラとロームへと話した。


 結果、事件は事前の予想を遥かに上回る平和的解決にいたった。その代わりケイはロームによってサリンダー家の牢屋に一週間ぶちこまれた。





ケイ「いやーオッタッタ先輩自ら私の牢屋へのお見舞い恐れ入ります! おいローム、本人が牢屋まで普通に来てるんだから出してくれよ」

ローム「誰が出すか反省をしろ、反省を! 俺がどれだけ心をすり減らしたと思っている! 後ケイが抑えた他の犯人の貴族子弟も穏便に処理してるから、それが済むまでこれ以上事を荒立てるな」

オッタッタ「牢屋の中、に何やら見ない魔術道具、があるが? ケイそれは何だ?」

ケイ「オッタッタ先輩には特別に教えましょう、試作した余りの強力なコイルをなんとか使えないかと思いましてね。Φ100ミリビリビリ弾です、大型モンスター用の取り扱い注意品です!」

オッタッタ「それは凄い、今度一緒に試射にでも、行かぬか? 勿論ケイの好きなネズミ帽を、三人で被ってな」

ローム「ぇえ……」


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