表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/37

夕暮れの家窓

 ロームから教えて貰った住所へと一人向かう。


 夕暮れの太陽は街路に夜の帳を下ろし始め、あたりの雰囲気は急に寒々しくなった。

 

 義手の金属が冷えてきたのか、右肘の勘合部がキリキリとしてくる。一人でいると心まで余計に寒くなってくるが、ギギギもロームもここにはいない。この3年のつけを一人で払うと決めたんだから。


「父さんと母さんは右腕が無くなってるのみたらショック受けるだろうなぁ。

 ……イブはどんな顔をするだろうか」


 きっとまたイブのことを苦しめてしまうだろう。だけど僕は決めたんだ、たとえイブを苦しめてしまうことになっても会おうって。

 

「イブがこの街にいてくれる、“今”しかできないのだから。いや違う、僕が、僕自身がイブに会いたいんだ」


 イブが僕のことを忘れてしまっていてもいい、ただ顔を見て少し言葉を交わすことができたらそれでよいと思った。イブの大きすぎる優しさは僕のちっぽけな器からこぼれてしまっている、そしてそれが甘えだとわかっていても僕は、苦しみの裏で溢れ続ける優しさの雫にすがりたい弱い存在なのだ。






 ロームに教えられた住所に建つ家の窓からは、オレンジの灯り、美味しそうなシチューの薫りが溢れだしていた。ドアの前に立つと、抑えつけてきた逃げたい気持ちが膨れ上がる。


「逃げるな僕、苦しかったのは、苦しいのはイブなんだ。

 どんな結果になろうと皆進まないといけないんだ」


 自分自身に呪文のように言い聞かせ、竦む脚に力を入れ直す。

 そして祈るように三回ノッカーを打ち鳴らした。





「はーい、お待ちくださーい」


 耳に凄く馴染んだ声と足音が扉の向こうから聞こえてくる。全身の血脈がカッと燃えるようにたぎる。


ーガチャ、ギィィィ


「何か御用でしょうか……?」


 開かれた扉の向こうには伏し目がちにこちらを伺うイブがいた。


 記憶の中のイブよりも大人びた顔つきになっていたが、間違いなくイブだ。街で見かければ見とれてしまうような美人だけれど、その美しさは苦労と不幸が伺えるようなそんな美しさだった。


「……私はケイといいます。カイさんとミズーリさんはいますか?」


 イブの顔を見た瞬間、頭の中に用意していたセリフは吹き飛び、当たり障りのないふやけた言葉が口からこぼれていた。僕は肝心なときに伝えたい言葉をどうして言えないんだろうか、なんで無理やりな笑みを貼り付けてチグハグな言葉を喋っているのだろうか。

 

 どうしようもなく恥ずかしくて、イブの透き通るような瞳から視線をそらしてしまっていた。



「………」



「……ケイ、君ですか?」


 その言葉にハッとして顔を上げると、

 目の前一歩の距離に立つイブの瞳から、大粒の涙がポロポロと零れていた。イブはまるで何で泣いているのか分からないのかすごく苦しそうな表情をしている。


「……私の゛、幼馴染の゛、……ケイく゛ん゛て゛す゛か゛っ??」


 振り絞られた声に胸が締め付けられる。イブは僕のことを少しでも思い出しているのだろうか? 分からない、分かりたい、その苦しそうな表情からどうにかして解放したい。頭が深く深く下がっていた。


「……三年前、記憶を無くした貴方の前から逃げ出したケイです。償いを、……償いをするために戻ってきました」


「ぅぅぅう、ケイく゛ん゛んーーーーー」


 イブが泣きながら僕の胸へ飛び込んでくる。


「ケイくんっ、ヒッグ、凄く、凄く辛かったよぉ」


「………」


「なんで、何で、何でいなくなるんだょぉ」


「ごめんイブ」


「ぅぅう、私が、思いだしたらね、帰って来てくれる気がして、頑張ったの。でもまだ半分しか思いだせなくてごめんなさいぃ。……ぅう、悲しくて嬉しい」


「ごめん、ごめんイブ。待っていてくれてありがとう、戦っていてくれてありがとう。君がいてくれてよかった」


「ヒッグ、ぅ、ぅう、うん」


 イブはそれから三十分以上に渡って僕の胸で泣き続けた。胸に顔を埋めるイブを強く抱き返すことだけしかできなくて、自分はなんて無力なんだと思った。




 その後、呆れ顔の両親が来てくれなかったらイブは涙が枯れて倒れていたんじゃないかと思う。台所に通され、食事が四人分並んだテーブルへ僕とイブは座らされた。イブは泣きつかれたのかフラフラとし、喋らなくなったが僕のシャツの裾を掴む手だけは離そうとはしなかった。その様子に僕の両親はテーブルの向かいでヤレヤレと言った顔でこっちを見た。


「やっと帰ってきたなこのドラ息子よ!! おかえり」


「一言文句言ってやろうと思ってたのに、さっきの見たらそんな気もそがれちゃったわ、全く。おかえりケイ」


「あ、あの、3年前支えてくれたのに何も言わずに出て行ってすみませんでしたぁああ」


「何よ、随分他人行儀ね。そんな怒ってないわよ、母さん達はある程度事情を知ってるし。ケイは一人で頑張ってたんでしょ、よく頑張り抜いたわね。私達を守ってくれてありがとう」


「ああ、そうだファミマ学園長からある程度は聞いてるからな。誰がどういおうと俺たちはお前の頑張りを心から褒めているぞ。さあ腹空いてるだろう、久しぶりに4人でご飯をたべよう」


「え、っえ。ちょっと待って、知ってたの?」


「ああ、お前の工作機械をナカツクニ連邦に運んだのは父さん達だし、お前が作ったファミマートに見学に行ったこともあるんだぞ? まあ積もる話しは酒でも飲みながらしようじゃないか、なんたって今日はお祝いだ」


「へっ?」


 


 不敵に笑う両親からの衝撃の告白を皮切りに、僕たちはぽっかりと空いた時間を埋めるようにあれこれと語りあった。僕の3年間の活動を心配させない部分だけ話したし、イブと僕の両親が繰り広げたドラマも聞いた。当初混乱状態に陥ったイブは、僕の両親のことを自分の両親だと思ってすがったらしい。もちろん自分の両親のことも覚えていて、故郷で療養したらどうかと周囲から勧められたが、断じて帰ることはなく僕の両親と今日までこの街で暮らしてきたらしい。僕の両親も息子がいなくなったショックもあり、イブがいてくれて助かった部分も多いとありがたがっていた、きっと話しで聞くよりも大変な苦労があったんだろうと思う。夜も更け、イブが裾を掴みながらコックリこっくり船を漕ぎだしたころ、父さんがヒソヒソ声で、


「今日は泊まっていけるんだろう? また明日にしようか。ああ、悪いことにベッドがなくてな、居間のソファでもいいか?」


「ああ、全然構わないよ。この3年間はダンジョンだって地下都市だってどこだって眠れたからね」


「じゃあイブちゃんは母さんが部屋に連れてくから、お風呂入って、歯を磨いてから寝るのよ?」


「あの、父さん、母さん、本当にありがとう。イブのことも僕のことも」


「いいのよ親だもの。おやすみなさい」

「ああそうだぞ、頼りないかもしれんができる限りするから言うんだぞ。じゃあおやすみ」


「おやすみ、父さん、母さん」


 二人で2階へ上がっていく。それからシャワーを浴びて、居間のソファーにたくさん積まれた毛布にくるまって僕は深く安らかな眠りへと落ちていった。






 静かに深く落ちていた意識は、不意に毛布の中でうごめく何かによって再び目覚めさせられた。


_もぞもぞ


「んん? なんだまだ暗いじゃないか、なんだ……………」


 寝ぼけまなこで開いた毛布の中にはイブがいた。

 かわいいパジャマに着替えたイブが、悪戯っぽい笑みを浮かべて毛布の中で丸くなっている。


「え、なにしてるんだイブ?」


「だってケイ君いなくなるかもしれないと思って。さっきだって泣き疲れて寝ちゃったら部屋で一人になっててすごく怖かったんだから」


「それは、ごめん。だけど一緒に寝ると、その、……色々まずいだろ?」


「だから、いなくなる方がまずいんだってば、ねえケイ君ちょっと寒いからもうちょっとよってもいい? このままだと凍えしぬかも」


「ただでさえ狭いのに、もうスペースないですイブさん。大人しくお部屋で寝ませんか? 絶対に出て行かないですから」


「えいっ、あったかいなーケイ君。さっきの夕食の時は私ほとんど喋ってないし、もっとおしゃべりしようよ? あのね、ケイ君の胸で泣いてる時にね、色々思い出せたんだよ」


「ロームから聞いたけど、思いだすのって頭痛とかひどいんだろ? 大丈夫か?」


「今更大丈夫。あのね、私ね小さいころから日記を書いてたの。その日あった嬉しいこと、楽しかったこととかつまらないことを毎日。やなことがあった日なんて、”喧嘩して嫌な日だった”って一言書き殴ってるようなやつなんだけど」


「知らなかった。今度見せてよ」


「やだよ、絶対にやだ。で、その日記にね、ケイ君のことがいっぱい、いっぱい書いてあったの。最初は記憶にない人のことが書いてあってすごく気味悪かったんだけど、読んでいくうちにだんだんケイって男の子のことが気になりだしたの。だってその日記の主の女の子の書きっぷりたら、すごくキラキラしてて、読んでるこっちが恥ずかしくなるくらいなんだもん」


 そういうイブの顔は少し赤くなっているように思えた。毛布の中にいて熱くなったのか、それとも。


「それからなの、ケイ君の思い出がふとした拍子によぎりだしたのは。日記に書いてあることの時もあれば、日記にないこともあったけど、とにかく心と記憶にぽっかりと空いていたたくさんの穴が埋まっていく感じ。頭は痛いし、心は苦しいし、すごく辛かったけど、なくしちゃいけない大切なものな気がして頑張ってきたの。あの、褒めてほしいな」


 そういうイブは頭をすこしだけ僕の方へとちょんとだしてくる。僕は言われるがままにイブのサラサラの髪を撫でた。僕の腕の中で満足そうに丸くなるイブがとてつもなく愛おしく思えた。そのうち、小さな寝息が聞こえ出した。おしゃべりをするんじゃなかったのか、それにこのままだとまずいような気もするが、暖かく優しい温もりを抱いたまま眠ってしまいたかった。


「おやすみイブ、話はまた明日しよう。僕たちの明日は普通にやってくるんだから」


「スー、スーーーー」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入って下さった方は評価、お気に入り、感想を頂けますと大変嬉しい限りですm(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ