邪教都脱出から半年後
邪教徒の巣窟“アクロポリス”への潜入から半年が経った。
あの夜、僕達3人はドン・チャンのおかげで巨大なモンスターから無事に逃げおおせることができたらしい。その後、僕が目を覚ましたのはセントレーヌの軍病院のベッドの上で、1ヶ月近く眠っていたせいか軽いタイムスリップ感がした。あと、起きた時には僕は右腕の肘から先を失っていた、まあ未完成な魔術だったし仕方ない。
本来なら腕表面に鉄を纏い、強力な磁力を制御して超高速パンチを放つ魔術だったのだが、未完成だったため骨や筋の一部が鉄になったり、無理に動かした反動で筋繊維がズタズタに引きちぎれたりして、病院に運び込まれた時点で右腕は腐りかけ、生命活動自体も危うかったと聞いた。まあ、あの時出し惜しみなんてしたらそもそも生きていられるかわからないのだから、腕1本なら安いものだろう。
そして、マチコちゃんの研究室での激闘の末に乙葉が提案した休戦の約束は、半年経った今でもきちんと守られている。首長の乙葉から“ドゥルジ教はケイとその関係者から手を引く”旨の誓約書まできたくらいだから、僕らが駒として価値あるうちは安全と考えていいのだろう。皆で自主的に防災訓練をするほど平和だった。
僕の体調が全快するまでに半年もかかったのだが、その間も地味にいろいろ忙しかったりする。いろいろな人に本気で怒られたり、従業員を雇って工場を本格的に稼働させたり、マチコちゃんに四六時中つきまとわれたり、この国初となる社員旅行を企画したり、セボン国を出奔してから初めてと言っていいほど心穏やかな時間が流れていた。
そして今日、僕とギギギは約3年ぶりにセボン国へと訪れていた。
3年前の冬、僕を身を呈して庇い記憶を失ってしまった大切な友人に会うためだ。今は出資者となった王立魔術学園の学園長のファミマの手紙によれば、ローム・サリンダーは主席で学園を卒業し、今は実家の家業を就いでいるらしい。僕は昔懐かしく心踊る王都の町並みを歩いて、何度かお世話になったサリンダー邸へと向かう。
「ケイ、ロームガケイノ事忘レテタラドウスルンダ?」
「たとえ僕のことを忘れてしまっていたって構わない、ロームにちゃんと謝ろうと思うんだ。僕は愚かで、独善的で、ロームとイブから目を背けていた。僕のとった救済の道はとてつもなく愚かだったけど、やりぬいた結果が今日だから。等身大の愚かな僕で謝るんだ」
「ンン? ヨクワカランケド頑張レ」
「ありがとうギギギ」
サリンダー邸の扉の前で3回ほど深呼吸してノッカーを鳴らす。
少しするとドアが開き緑がかった金髪の美青年が出てきた。身長は高くなり、体つきもがっしりとしたが、その鷹のような精悍な顔付きは見間違うことなくロームの面影を宿していた。この3年で見違えるほど成長したローム本人で間違いなかった。
「お目にかかれて光栄でございます、ローム・サリン
「俺は、お前が、謝ったって簡単には許さないぞ」
「え?! あのどういうことでしょうか」
これはどういうことだろうか、ロームは誰かと僕を勘違いしているんだろうか。ロームの目は若干釣りあがっている。
「あの誰かと間違えておりませんか?」
「間違えるか。ケイだろ、異世界クソ野郎の。」
「え、記憶、消えたん、じゃ……」
「記憶殺しのこと言ってるのか? あれは学園長のお守りが効いてたんだが、記憶殺しの威力が高すぎて特に重要な記憶が脳の奥深くに閉じ込められただけだぞ」
「え、そうなの」
「まあそれがわかったのも最近だがな。あの場面はお前を守ろうと必死だったし、それで二人ともお前の記憶だけ閉じ込められたんだろう。それより、お前謝るきあるのか?」
僕は次の瞬間、全身全霊を込めて土下座をしていた。
その後、ロームにちょっと上がれよといわれたので土下座のまま居間まで進んだ。人間土下座のままでも進めるんだと密かに感心した。ロームはため息をつきながらソファへ座ると、さっきよりは優しげな口調で語り出した。ギギギはちゃっかりお茶とお菓子をもらってロームの向かいへと座っていた。
「お前自分はいなかったものとしようとしたろ? あの事件から少しして、俺は普通の学園生活に戻ったんだがエーコやイブさんといても何かが大きく欠落していることに気づいたんだ。それでエーコを問い詰めたら、泣きながら事の顛末を話してくれたよ。まあその時は、記憶が全くない状態だからはてな状態だったけどな、お前とどんな出会いをして、どんな冒険をして、どれほど仲が良かったか、ケイがどんな親友だったのか、エーコやオッタッタ先輩から聞いたよ。頭は痛えし、思考は四六時中ぐちゃぐちゃで、本当に苦痛だったよ」
「その節は申し訳ありませんでした。そこまでしていただけてありがたき幸せの限りです」
「ある日な、ふと部室塔の1階の端っこにある誰にも使われていない部屋に足が向いたんだ。その扉には小汚い看板が裏返されてぶら下がっててな、それをひっくり返したんだ。そしたら、お前が書いた “異世界生産技術部”の汚い文字があるだろ、ずっと掛け違えていた歯車が戻りはじめたんだ。どこの鍵かずっと謎だった鍵を差し込めばすんなりと入るし、俺はそのまま扉を開けたよ。そしたら大量の工作機械と懐かしい機械油の匂いがして、嫌が応にもお前のことを思い出しんたんだよ」
「機械を怖さなくて良かったです、看板も捨てなくて良かったです」
「それが2年前。その時は全ては思い出せなかったけど、ちょっとずつ記憶を取り戻してほぼほぼ思いだすことができたよ。思い出し始めてすぐに、お前の居場所も探したけど学園長からきつく止められたよ。お前は俺たちの為に一人で隣国に赴き、数千万規模の邪教徒を相手にゲリラ戦をしているから、今は諦めろとな。
……なんでお前はいつも一人でそんなに抱えこんじゃうんだよ! 俺は、……俺は何度だってお前の友達になってやるよ、頼むから一人で無理しないでくれよ! 犠牲になんてならないでくれよ! 俺らは仲間だろうがっ!! 頼むから俺たちにとって何が本当に辛いのか分かってくれよ。。。。。」
ロームの瞳からは涙が溢れていた。
ああ、僕は何て恵まれているんだろう。こんな素晴らしい人生を歩むことができたなんて本当に奇跡だと思う。僕のことを心から叱って、怒って、心配してくれる友人がいる喜びに打ち震え、そんな友人を苦しめ泣かせてしまったことに息ができないほど苦しくなった。
「ロームくん、あのときドゥルジ教の凶刃から僕のことを命がけで助けてくれてありがとう。」
「ぅぅ、っぐ、……言うの3年おせえよ」
ロームは溢れる涙をかくそうともせず、ただひたすらに泣いていた。
その日、僕はロームと色々な話しをした。僕が去った後の学園のことや、クラスメイトのこと、部活仲間のこと、今のロームの仕事とか色々だ。時間もだいぶ過ぎたころ、ロームは沈痛な面持ちである話しを切り出した。
「あのなケイ、慌てずに聞けよ。ここまで色々な話しをしたが、俺が言いたかい本題はイブさんのことだ。3年経った今でも、イブさんは自分の記憶と戦っている。あの事件のあとな、お前の記憶が無くなったせいか情緒不安定に陥ったんだが、周りの勧めに反して決して故郷には戻らず、頑なに学園に残る道を選んだんだ。一年休学して留年したから、今は3年生で、ケイのご両親とともに別の家で今は暮らしている。あれだけ君にべったりだったんだ、行き場のない喪失感と穴だらけの記憶でイブさんの心にかかるストレスは尋常なものじゃなかっただろう。もし今、君と再会したら落ち着いてきたそれがどうなるのかは全くわからない、ただ俺は、ケイを信じてるよ。たとえ片腕をなくそうとも帰ってきた君をね」
ずっと聞きたくて聞けないでいた事実は、切れない鉈でえぐったような傷を僕の心に無数につけた。
あと少しで2章終わりです。
この章もあと少しだけおつきください。
次は10万字ぶりの幼ななじみ登場です。




