表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/37

無礼旋盤体力測定

 王立魔術学園の入学式の夜、イブとケイはケイの両親とともにいつもより豪華な料理が並ぶ食卓を囲んでいた。天井から吊り下げられた電灯が、今日も1日汗水流して働いてきた両親とイブとケイを暖かく照らし、穏やかな時間が流れていた。


「今日は入学式の後はどうだったんだ? もしかしてもう友達なんかできちゃったか? どうなんだケイ?」


「お父さん、そんなにケイに食いついちゃだめよ。この子は少し達観しているんだから、あまりバカっぽいと嫌われるわよ。で、学園にはなじめそうなの?」


 父のカイは見た目通り快活な笑顔を、母のミズーリは優しく思慮深い眼差しを僕とイブへ向けている。隣のイブを見れば首を小さくふるふるさせて、“いきなり問題起こしたなんて言えないよお”って顔をしている。非常に分かりやすい表情でありがたい限りだ。諦めて両親へと自分で言うことにした。

 

「入学式の後は、これからの学園生活に関する説明だったよ。残念だけど友達はまだできてないね、クラスはほとんど貴族様だったし。他のクラスはわからないから、今後も頑張るつもりだよ!」


「そう、難しいわよね。お母さん達は味方なんだから辛いことあったらなんでも言うのよ、いいわね。後、イブちゃんとできるだけ一緒にいてあげるのよ。イブちゃんかわいいから貴族のお坊ちゃんが強引に連れてったりなんてなったりもあるんだから」


「ミズーリさん、気にしてくださってありがとうございます。私なんてかわいくはないとは思いますけど、ケイ君はしっかりと私を気遣ってくれて本当に頼りになります。かっこいいです」


「大丈夫だよ、母さんの教え通り護身用に幾つか魔術道具を持って行ってるから。ところで父さん、頼んでいた金属チップは納品された?」


「ああ、約束通り今日納めてもらったよ、要求数通りだ。仕上がりが悪いものがあれば言ってこぉいって自信満々だったぞ鍛冶屋の親爺さん。品はすでに地下の工房に置いてるからな」


「ありがとう父さん。親爺さんにも今度お礼言いに行くよ」


「ところで皆、また面白い商品のアイデアを思いついたんだ、聞いてくれよ。その名もソノママホンヨメールと言ってな、両手を自由に使えるまま本が読めるんだ。その仕組みはな……


 トーマスオ家の団欒は今日も変わらずに暖かく、和やかに続いた。



 

 夕食後、トーマスオ家の地下室にある工房ではケイが怪しげな金属の塊をいじっていた。ケイはカイが置いたと思われる包みを開け、大量の金属製の四角い板を取り出してニコニコと喜んでいた。


 今回ケイが鍛冶屋の親爺さんに頼んだのは、前世でいうところの旋盤の刃“バイト”だった。旋盤とは,円柱状の材料を回して,それにバイトと呼ばれる刃ものを当てて,材料を削る工作機械であり,機械加工で最もよく使われる工作機械の一つである。この世界でケイが2年かけて作り上げた旋盤は、動力部に魔術を取り入れたファンタジー仕様となっている。

 時を遡ればケイが5歳の頃から、旋盤の製作は始まった。最初の頃は石材を無理やり削り出し各パーツを構成していたが、割れやすかったり、パーツ重心がバラバラだったり、噛み合わなかったりで、即座に計画は破綻した。どうしても均一な金属製部品が必要になるが、そんな設備も資金もどこにもなく途方にくれていると両親が救ってくれた。隣町にいる鍛冶屋の親爺さんのことを紹介してくれたのだ。さらに両親は “何か鍛治に有益な前世の記憶があれば、それを元手に交渉してみよう”と前向きに協力してくれた。その後“現代製鉄”の知識を鍛冶屋の親爺さんに差し出したことでパートーナーシップまで結んでもらえ、金属部品の委託製造問題を一挙に解決した。この世界で流通する鉄製品の多くは未だ不純物を含んでいたので、親爺さんの工房の“製鉄”プロセスの改善はものスゴく喜ばれた。改善後、親爺さんの鍛治工房はその品質の高さから評判がうなぎのぼりで、現在王宮お抱えの鍛治ギルドと遜色ないレベルにまで高まった。その後も、オーダーで金属部品を製造するときは親爺さんに頼むようにしている。




 ケイは自宅に地下工房で幼少時から苦労して作成した旋盤を愛おしそうに撫でながら、磨耗して切れ味が悪くなった刃を丁寧に交換する。


「君がいなければドリルもエンドミルも作れないし、ドリルやエンドミルがなければ、エアーガンにも精密に紋章を切削加工するとかできなかったんだよな。いやそもそも、ボール盤や板金加工機や高温ろう付け炉なんかもこんな早く完成していないから、エアーガンの本体だって作れないよな、うん。そう考えると君はみんなのおじいちゃんみたいなものだよ、本当にありがとうな」


 ケイはより一層旋盤を愛しそうに旋盤を撫でた。

 薄暗い部屋の中央に座す旋盤の周り、壁際には怪しげな工作機械が所狭しと並びそれぞれ圧倒的な存在感を放っている。これらは旋盤製作以来親爺さんの協力のもと製作してきた機械だ。ケイが持ち得る前世の生産技術を全力で引き出し、この世界の魔術と融合させ、試行錯誤を重ねに重ねて製造したこれらは明らかにこの世界の特異点となっていた。これらがゴランを圧倒したエアーガンの様なオーバーテクノロジーな魔術道具を生み出す鍵になっているのは、未だ限られた人間しか知らない。




〜・〜・〜・


 翌朝、愛すべき工作機械の点検につい熱が入ってしまい、夜更かししてしまった僕はまだ毛布の中でまどろんでいた。そんな僕の部屋には、学園の制服をバッチリ着こなしたイブがいた。


「ケイ君、起きないと学園遅れるよ? もう部屋だってこんなに散らかして、図面はいつも大事だって言ってるくせにちゃんとしまわないんだよなあ」


 そういってイブは床に散乱した僕が作成した図面を拾っていく。左手に紙の束を抱えて、右手で拾おうとするとちょうど腰を突き出すような姿勢になりスカートがだいぶ上がってしまう。というよりもイブの真っ白で綺麗な太ももと秘部を隠す綿製の白布が顕になってしまっていた。そんなイブの背後で寝たふりを続ける僕は眼前に広がる圧倒的光景に思わず呟いていた。


「(ああ、眼福眼福。なんか美しすぎて目がつぶれそうだ)」


 その神々しい光景はイブが図面を片付け終えるまで続いた。

 

 

 

「あのねえ、いくらケイ君とはいえ今度パンツ見たらミズーリさんに言いつけるからね、もう」


「いや、その件は本当にすまんかった。まさか起きたらあんな美しい光景が広がってるなんて思ってなかったんだ。直接いえば傷つけると思ったしさ」


「美しいとか言わないで、もう。ミズーリさんにいうよ本当に! そもそも事故かどうかも怪しいよ、まったくもう」


 現在学園への通学路をご機嫌斜めのイブと歩いていた。さっきの覗きの件は、うっかり見とれすぎていたため目があってしまいばれてしまった。ちょっとポカポカされたけど本気では怒ってないようで、土下座して、急いでご飯たべて、こうして共に通学してもらっている。イブは、朝のアクシデントとこの遅刻しそうな状況に昨日の帰り道とはうって変わって元気だ。昨日背後に漂わせていた悲壮感は今はどこかに消えたようだった。二人してクラスルームへ駆け込むと同時に始業を告げる鐘が鳴った。


 ウェンジョー先生もほとんど同時に滑り込んできて、襟を正してから一段高い教壇に登り、軽やかな声で朝のホームルームを始めた。


「皆さん、おはようございます。今日から実際の教導を始めていきます。ところで意欲あふれる皆さんの中に、なにやら既に生徒同士で自主的な教導訓練を始めてる人もいるみたいですが、くれぐれも事故等は起こさないように。規約にも後遺症の残る傷害を与えた場合は罰則とありますので、控えめ過ぎずやり過ぎずに研鑽を積んでください。で、本日の教導ですが体力測定と魔術力測定をします、入試では発揮できなかった皆さんの力を見せてもらう予定です。じゃあ、着替えてグラウンドに移動してください」


 先生の言葉を鑑みるにどうやら情状酌量してくれるらしい。だがその笑顔をこちらへ向けるのは背筋が凍るから、ぜひやめていただきたい。ゴラン・トリノ君は真新しい制服でおとなしく座っており、決してこちらを視線に入れようとしない。その背中は “こちらに関わるな”という僕の要求を完全に満たしているんだが、なんか僕が悪者みたいで一言言っておきたくなる。




 人影のないグラウンドに移動したAクラスの面々は、ウエンジョーのいうままに基礎的な運動をしていた。準備体操に始まり、ストレッチ、筋トレ、マラソン、短距離走、走り幅跳び等を続々にやらされた。教導の初日からこんな体力馬鹿みたいなことをしているのは我がクラスだけのようで、周囲の生徒からも時折不満の声が上がっているのを耳にした。


 午前中かかってクラス全員のウエンジョー式体力測定は終わった。僕の測定結果といえば、見事に真ん中らしい。短距離でも、長距離でも、幅跳びでも、筋トレでもかなり微妙な感じで、周りの視線が痛かった。イブはといえば、体格差をもろともせず女子の中ではなかなかいい結果を残したようで、嬉しそうに僕に自慢をしてきた。


 昼食を挟んで、午後は魔術測定と称した模擬戦闘をするらしい。ウェンジョーが驚く僕らを前に淡々と説明した。


「対戦者はお互いの両肩に当たり判定用プレートをつけること。攻撃手段は魔術及び魔術に起因する攻撃のみとする。武器は短杖と訓練用魔術抄本のみとする。試合時間は5分とし、時間切れの場合は私が判定します。以上、質問はありますか?」


 先生はそう言うが早いが、訓練用魔術抄本と判定用プレートを全員に配り始めた。魔術抄本にはプレートにのみ反応するよう仕様変更された基礎攻撃魔術のみ収録されており、不幸な事故が起きないようになっている。それを踏まえた上で先生は手渡しするときに“全力でやっていい、いや全力でやらないと後々後悔するぞ”と生徒へ楽しそうにハッパをかけていた。



 

 各人が訓練用の短杖と魔術抄本を持ち、思い思いに素振りを始めた。僕とイブも魔術抄本に収録されている魔術を確認していた。


「今回はケイ君お手製の魔術道具は使えないね。そういえば純粋な魔術比べなんて小さいころ以来じゃない? もし当たったらお互い全力でやろうね! 負けるつもりはないんだから、フフフっ」


 イブは昔でも思い出しているのか、楽しそうに微笑んだ。


「僕なんて魔術道具無しで魔術発動すること自体久しぶりだよ、イブにも負けちゃうかもしれないな。まあでも頑張るよ、汗水垂らして拳で語り合えば友達の一人もできるかもしれないしさ」


「魔術以外の攻撃はだめなんだってば、ケイ君ちゃんと聞いてた? あ、ほら1、2試合目が始まるみたいだよ、行こ?」


 クラスメイトが作る輪の中央では既に2組4人が構えあっていた。先生はその中央でそれぞれの様子を伺うと、首にかけたホイッスルを高らかに鳴らした。4人は思い思いに目の前の対戦相手に魔術を放つ、手前の対戦組はお互いにファイヤーボールを、奥側の対戦組は雷と氷のつぶてをぶつけあっていた。だが、その攻撃はどれも相手には当たらず空に滲んで消える。つっ立ったままの人間はおらず、全員がいつの間にか縦横無尽に動きだしていたのだ。そこからは激しい魔術の応酬が始まった。近寄ってはすれ違いざまに魔法を放ち、離れては攻撃魔法を乱れ打ちし、試合は激化していく。さすがに将来有望な人材が集まるAクラスの面々の持つ技術はかなり高かった。フェイクや偏差撃ちなんか当然で、とても見ごたえある応酬を見せた。試合は一進一退で進み、試合終了間際に体力と集中力が切れて動きの精彩を欠いた方が惜しくも攻撃を判定用プレートに受けてしまい膝をついた。


 それから幾つかの対戦組の試合が進み、僕とイブがとうとう呼ばれる。

 イブの前に佇む対戦相手は身長高めの女子で、勝気そうな瞳に肩甲骨までまっすぐ伸びる綺麗な黒髪が印象的な美少女だった。僕の対戦相手は、体の筋を伸ばす仕草さえ絵になる高身長のイケメンだ。緑がかった金髪がすらっとした体躯に大変映える美男子っぷりに世は理不尽だと思う。

 これまでの対戦相手の組み合わせを見るに成績順で組まれていたことから、このイケメンが学年次席のエリート貴族なのだろう。ちなみにイブの入試成績4番で、学費全額免除権が与えられる学年3番の美少女と因縁の対決になっている。


 4人の中央にいる先生が、それぞれの構えを取る僕らのことを見回す。こっちを見た時に一瞬だけウインクしたのは、どういう意味かわからなかったけど不愉快な気分になった。

 そして先生は左腕を大きく上げ、ホイッスルを蒼く爽快な空へ向けて力いっぱい響かせた。


 


〜・〜・〜・〜


 クラスメイトが広がって作る直径約30mのスペースの中央では、この学年のトップ4人の模擬戦が始まった。

 

 先に動きを見せたのは女子同士の対戦組だ。

 黒髪長身で綺麗という言葉がふさわしい少女がクラス3位のエーコ・アクエリウス、対する茶髪の儚い系美少女がクラス4位のイブ・ロータンだ。エーコは魔術抄本を小脇に抱えて、指をしおりの様に挟み込み3つの見開きを作ると、小さな炎と氷と雷をマシンガンの様に飛ばし始めた。ぶれて見えるほどの杖さばきもさることながら、体内魔力の制御技術も凄まじかった。一般的に触媒を魔術抄本の紋章に触れさせて魔術を発動させるには体内魔力が消費される。受け身のまま消費しても魔術は発動するのだが、これを能動的に制御することができると魔術の発動時間及び発動後の硬直時間が格段に短縮される。更に常人離れした魔術乱打を可能にした工夫はエーコの魔術選択にも見られた。炎だけを連射すると短杖の先端は炎の高温で徐々に炭になってしまうため、炎の熱を氷で冷やし、氷でできた露を電気で分解することで、極小クールタイムの魔術連射が実現されていた。対するイブは、エーコの攻撃を見ると即座に地面をなぞり土壁を作り始める。エーコから押し寄せる怒涛の魔術攻撃に、土壁はすぐにボロボロになるが、負けじと壁を何度も何度も作り続けた。そこから膠着状態に陥る。


 一方で牽制状態の男子の対戦組にも動きが見られた。クラス2位である金髪長身イケメンのローム・サリンダーが杖を下げて、クラス1位であるケイ・トーマスオに喋りかけたのだ。


「昨日のゴランの件は遠巻きながら見ていたけど、凄かったね。あれはどうやったんだいトーマスオ君? あ、俺のこと知ってる?」


「もちろん知ってますよサリンダー様。本来なら入学生挨拶はサリンダー様の様な方がされるのがふさわしいと思っておりました。私も挨拶の辞退はしたのですが、学費免除を盾に取られてしまいしょうがなかったのです」


「昨日のゴランの件を見るまでは疑っていたが、今は全くそう思えないよ。まあわかっていたことだけど、見ず知らずの俺に手の内を明かしてくれるわけにはいかないよな。トーマスオ君、そこでだ! 俺は君と正々堂々と汗を流し、青春群像活劇よろしく“今日の敵は明日の親友”を体現できる様に死力をつくすことにするよ、よろしく」


「……そんなお戯れを。しかし、そこまで熱いお姿を見せられたら仕方ありません、真実は勝負の結果に委ねようと思います。では、よろしくお願いします」


 要件を言い終えるとロームは両腕に2本の短杖を握り、構えを取った。ロームの魔術抄本はといえば、ベルトで腰に2冊取り付けてあった。そこからのロームはまるで神へ踊りを捧げる様に右へ左へステップを踏みながら両の手から魔術の雷撃を次々に繰り出した。およそ信じられないが、体を回転させた反動で魔術抄本のページを開き、そこに杖を寸分の違いもなく差し込み、流れる様にケイに雷撃を放ったのだ。エーコの様な連射性能はないが、両手から繰り出される魔術の雷撃は大きな雷の網となってケイを包もうと迫る。それに対しケイは避けることなく、短杖に同じく雷をまとわせると網を切り裂く様に短杖を的確なタイミングで振った。するとロームの雷撃はケイをそれる様に湾曲し逸れてしまう。ロームは一瞬驚いた様な表情を浮かべるが、迷いなく炎の玉と氷のつぶてをケイへ対して撃ち込み始めた。ケイはそれを紙一重でかわしながら、お返しと言わんばかりにロームへ向かって大きな水球を飛ばす。水球はロームが片手で放った火球により消し飛ばされるが、ケイはバカのひとつ覚えの様にその後も水球を飛ばし続けた。


 エーコの魔術の波に為すすべもなく防御を強いられるイブ。ロームの炎と氷に逃げ回りながら、あたりもしない水球を放つケイ。周囲は学年トップ同士の戦いに期待していたばかりに、目前で繰り広げられる地味な戦いに肩を落とした。




 そして勝負の時は訪れる。

 イブの亀の様な防御に我慢できなくなったエーコは、魔術攻撃をマシンガンの様に浴びせつつイブへと近づいていく。苛烈な魔術攻撃跡と崩れた土壁の残骸が道の様に浮き上がり、エーコをイブへと導いていた。エーコは隣から立ち込める高温の水蒸気の中を一歩一歩進んだ。水蒸気は焼き尽くされたケイの水球から生じ、近辺を蒸していた。距離が近づくにつれてエーコの怒涛の魔術が土壁の再生速度を少しづつと上回ってきた。エーコが“勝てる”と笑みを浮かべ更に歩を進めた瞬間、エーコの足元の地面がバリッと音を立てて崩れおちた。そのままエーコは驚きを浮かべながら、地面に広がった穴へと落ちていった。


 時を同じくしてロームとケイにも動きがみられた。精密に放たれるロームの炎をかわしながら撒き続けた水球のおかげで、辺りは水蒸気で蒸し蒸しとして、上空には水蒸気の雲ができているほどだ。ロームの攻撃でボロボロのケイは、ふらふらの体で今度は雷を雲へ向かって撃ち始めた。牽制の水球が飛んでこなくなったことで、ロームからはケイへ向かって炎と氷の二重奏が注がれた。 

 そのうちケイが躱しきれなくなり、左肩のプレートにとうとう一撃を喰らってしまう、だが、ケイはそのままローリングして電気が蓄積された雷雲とロームの間目掛けて魔術の雷撃を放った。




 ケイの魔術が発動する瞬間、辺りに目が眩むほどの閃光が走り、大木の幹ほどもある雷の柱がロームへと降り注いだ。

 目を暗まされてしまい、ロームとケイの終局を見た者は極限られているが、その場面を見た生徒は思った。“訓練用の教本使っているのに、あの威力はおかしい。あんな凄惨な模擬戦の結末をみたことがない”と。


 閃光が収まったあとには魔術と自然科学で出来た雷に打たれて、痺れ倒れているロームとエーコがいた。ロームは軽く失神していたが、エーコは軽く痺れる程度で済んでいた。というのも雷が落ちる瞬間、エーコはすんでのところで穴に飛び込んだイブにより救い出され、イブが短杖に雷をまとわせてケイの桁外れの雷撃をギリギリ反らしてくれたのだ。そのおかげで、ずぶ濡れだったにも関わらず、少し感電するだけで済んでいた。またエーコは落とし穴に魔術で溜められた水に浸かった時点で負けが決まっていたというのに、今回無駄に巻き込まれた形となっており大層怒りを浮かべていた。




 ケイは泥まみれになりながら天を仰いで地面に倒れると、一息ついた。

 

「勝ったはいいが、これはやらかしてしまった。サリンダー様とアクエリウス様は許してくれないだろうなあ、はあぁぁぁ」




〜・〜・〜・〜


 その後先生の判断により、僕達四人は健康確認のために医務室へと連れて行かれることになる。イブと対戦者のエーコさんはずぶ濡れで、泥だらけになっていたこともあり、早々に僕達とは別の医務室へと連れて行かれた。僕とサリンダー様は同じ医務室に連れて行かれ、今はベットで休みながら話をしていた。サリンダー様の失神は試合後の数十秒のことで、現在ではハキハキと楽しそうに喋っている。


「トーマスオ君、いやケイ! 今回は完全にしてやられたよ。まさか訓練用魔術をあんな風に使うなんて思いもしなかったよ。正直に言えば、昨日ゴランを懲らしめた時に使っていた魔術道具がなければ、特に注意する必要はないんじゃないかと驕っていた自分が恥ずかしいよ。それと俺のことはロームと呼んでくれないか?」


「そんな世に名だたるサリンダー家のご子息様を呼び捨てにはできません。世間に石を投げられてしまいます。あと、今回はたまたまうまくいっただけで、訓練じゃなかったらサリンダー様のあの強力な魔力の前には勝てませんでしたよ。だって訓練用なのにあちこち焦げる程なんですもん、威力どうなってるんですか? 規格外ですよ」


「うーむ、サリンダー様か……。俺こと“今日の敵”は“明日の友”にはふさわしくなかったということか。負けた俺の全力が、そう判断されたのなら仕方ないことだが、実に悔しいな……」


「ちょ、ちょっと、そんなこと言ってないですよ! “すごい”って認めてるじゃないですか! うーん、じゃあローム様でいいですか?」


「格上に様付けされるとなんかバカにされている気がする……気がしない?」


「えー、なんか面倒くさい。うーん、じゃあ……ローム、くん?」


「よし、まあいいだろう! ケイとはこれから竹馬の友となりたいからな! よろしく頼むぞ!」


 ローム君はそういうとすげえ爽やかなイケメンスマイルで右手を差し出してきた。ローム君は僕に対して友情を築こうとしてくれている。嫌なわけじゃないし、ローム君みたいな気持ちの良い性格の貴族の友達なら歓迎なんだけど、いかんせんイブ以外の友達作ったことないからなあ。ええい、まあいいか。


 僕は差し出された手を強く握り返し、満面の笑みのローム君となんとはなしにうなづいた。その後は、鐘がなるまで、さっきの試合の振り返りと反省会に白熱した。




〜・〜・〜・〜


 イブとエーコは連れていかれた医務室にて着替えと簡単な検診を終えて、今はベッドで休んでいる。二人は医務室の先生に入れてもらった暖かいお茶を飲みながら話しをしていた。エーコが一方的にイブに話しかけるというイブが全く持って想定していなかった構図だったが。


「イブちゃんっ、さっきは助けてくれて本当にありがとう! 恥ずかしながらイブちゃんが作った落とし穴作戦に完璧にはまっちゃって、イブちゃんが身を呈して助けてくれなかったら、あの凄惨な悪魔の雷に焼かれてたよ!」


「いえ、そもそも私が落とし穴なんかしかけたのが、原因ですし。水なんか張らなければ感電することもなかったですし。謝るのはこちらの方というか……」


「違うよ、それは! あれは正式な試合だったんだからイブちゃんは何も間違ってない。間違っているのは、作戦に気づかずに引っかかった私の方よ。助けてくれた時もだけど、落とし穴の時も本当に凄かったわ! あんなしょぼくれた魔術抄本をあそこまで精密に制御するなんて並大抵じゃないわ。土壁でガードしながら、あんな深い穴を掘って薄膜の氷で蓋をするなんて超一級クラスじゃないかしら。」


「そんなこといったらエーコさんの魔術の連射速度の方こそ素晴らしかったですし、撃ちあいだけなら瞬殺されてますし」


「ああ、謙虚なところも素敵だわ、本当に。ねえイブちゃんが嫌じゃなければなんだけど、私と友達になってくれないかしら? 私と一緒ならだれも文句も言ってこないと思うし、何よりあの凄惨な悪魔の近くにいるとイブちゃんにまで悪い噂がたってしまうわ」


「あ、あ、あの、お気持ちは大変嬉しいんですが、ケイ君は小さい頃から一緒にいる大事な親友というか、家族みたいな存在というか……ええと、つまり離れられないんです。エーコさんみたいな人が友達になってくれたら凄く凄く嬉しいけど、どっちかをとれと言われると、はいとは答えられません。…ゴメンなさい」


 イブはオロオロとして、涙をうっすら浮かべながらエーコへと頭を下げた。イブの中でも葛藤が凄かったのだろう。長年の夢だった同性の友達、それがうんといえれば手に入った場面だったのだから。そんな様子をみたエーコは、イブへと一歩近寄ると諦めたようにイブを優しく抱きしめ、言葉をかけた。


「あの凄惨な悪魔のことは信用してないけど、イブちゃんが一緒に居たいというなら私は止めないわ。……だったら、私はこれからイブちゃんが誰と居ようとも、イブちゃんの友達として一番の味方として一緒に居ることにするわ。これから3年間、友達としてこの学園で楽しい思い出を作れたらと思うのだけど、どうかしら?」


「え、エ、エーコちゃん。……あ゛り゛か゛と゛う゛、我か゛ま゛ま゛て゛こ゛め゛ん゛ね゛えええ。」


 そのままイブはエーコの胸で数分、喜びの涙を流していた。




〜・〜・〜・〜


 本日の教導の終わりを告げる鐘がなった後、4人はクラスルームへと戻った。


 彼らを待っていたウエンジョーは、それぞれ奇妙な友情が芽生えた面々を見て楽しそうにしながら無事を確認すると、「用事があったんだ」と手を一つポンと叩いて背に隠していた印刷紙を各人に渡した。


“学期末全クラス対抗戦のお知らせ”


 紙にはそう書いてあり、4人の顔を漏れなく引きつらせた。


 ちなみにその後すぐ、イブに叱られたケイはエーコに対し、しょぼくれながら謝罪した。エーコは気に入らないといって、ビンタ一発を決めて晴れ晴れとした顔でイブに別れをつげると帰っていった。その間、ロームはニヤニヤしながら、新たな友人であるケイを慰めたとか、からかったとか。









ローム「ケイ、良かったじゃないかあのエーコとも仲良くなれて!」

ケイ「ローム君何見てたの? あの張り手は一瞬頬で溜めが入るタイプで、僕の意識をゴリゴリ刈り取りに来てたんだけど、どこが仲良くみえた?!」

ローム「いや、エーコは貴族用教導所時代から男は本気で路傍の石みたいに扱うからね。あ、イブさんよろしく! ケイの友達のローム・サリンダーです。」

イブ「あ、や、こちらこそです、イブ・ロータンです。」

ローム「はー、なんか明日からが楽しみになってきた。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入って下さった方は評価、お気に入り、感想を頂けますと大変嬉しい限りですm(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ