桃色苦労婆 乙1
ナカツクニ連邦首都から西南西方向に位置するドゥルジ教を信奉する多くの人間が住まう小さくて何の変哲もない村、その村の中央にある古い石造りの2階建ての屋敷の一室では4人の老人たちが話し合いに興じていた。ボロボロの家屋にはふさわしくない清潔感のあるビロード張りの高級椅子に腰掛けた四人の老人たちはそれぞれ独特の色と模様の布をまとい深々と腰掛けている。黄緑色のローブ、水色の胴着、紫色の薬師服をまとった3人の好々爺と、ピンク色の着物を体の一部のように着こなした柔和な老婆だ。ゼルと呼ばれる黄緑の偉丈夫、カワセと呼ばれる水色の小柄な爺、4人の中では最も若く働き盛りすぎといった紫のボンボリ、着こなした着物からは静謐な気が溢れだしている老婆オツハは、それぞれ手元のサイドテーブルのお茶をすすりながらああでもない、こうでもないと会話をと思考を積み重ねていく。その思考の矛先は、邪教徒内で危険度急上昇中の青年“ケー”だった。ゼルがローブの隙間から見える筋肉をピクピクとさせながら声を大にして己の中の熱を静かにあたりに撒き散らす。
「ロンジダンジョンは俺がとるはずだったんだ! 俺が、この俺が、自ら千を超える精鋭を率いて前人未到の偉業を王様に捧げるはずだったんだ! それをあの若者がかすめとっていきやがった。俺の大隊を卑怯な手で壊して、足止めして、持っていきやがったんだ、きっと奴は深淵であれを見つけて持ち去っただろう。もう俺の怒りは限界の臨界を存外に超えて人外に達せんとしている」
そんないかれるゼルをなだめることもせず、カワセは面白そうにゼルに同調する。
「そうじゃなゼルちゃん。こやつのせいで我々が進める策の進抄は遅々とするどころか、後退している。このケーと呼ばれる若者はなんとも喰えないやつで、我々組織上層に気づかれない程に少しづつあちこちの兵力と物資を一年間も削りおった、しかも正体を見せないように細心の注意を払いおってだ。我々に敵対したことを心底後悔させてやろうぞ」
「ゼル殿、カワセ様のお怒りはご最もですが、ここはいつもの冷静さを取り戻してください。もちろん異端者への憤りはお二方と同じほどこの身に宿しています、私の薬師院も一つ壊滅させられ多くの同志を絶望の中に殉教させてしまいましたから。ただ同士たちの亡骸を神へ棒げる際、薬師院の惨状を直接視察しましたがこの異端者のやり方はあまりに狡猾で凄惨すぎます。正面から、側面から、背面から迫ろうとしたところで、掴んだ砂のごとくこぼれて落ちていくでしょう。それに ここ数十年、ドゥルジ様の威光にここまで傘差す不教者はおりませんでした。ここは冷静なる首長オツハ様に指揮を取って頂き迅速に駆逐するのが最善かと考えます。」
先程からお茶をすすり、静観を決めていた小奇麗な老婆はこめかみをポリポリとかくと3人へと居ずまいを正した。若かりし頃のかわいらしさを気品に変えたその相貌からは、103歳であるにも関わらずオツハに老いを感じさせなかった。
「相手の立場になって考える、これは味方でも敵でも同じことですじゃ。この荒れ狂う異端者は何かを訴えたいのだろう、それをあれこれ推測してもそれは結局仮定でしかないのですじや。仮定に仮定を重ねたところで、我らが敵へ至る道は脆くなるか不要に堅くなるだけ。どちらも本質を捉えることはなければ、紙の様に揺らめく異端者の影さえ捉えることは難しいじゃろう。ならば火花の様に粋がる若造から話を聴いてやるのが大人の役目というものですじや。俗都セントレーヌへ出したギルド依頼の件の処置は、このオツハが指揮を取りましようですじゃ。聴いたところワタシと似たような業を使いこなすようですから、私が適任というものでしょう。異端者が扱うのは失われた神の業の一端か、隣国セボンで潰したケイという子供との繋がり、ロンジの深淵にてキューブを手にしたのか、霧に隠された全てを神の下に明らかにしてみせようですじゃ」
ボンボリ、ゼル、カワセはオツハの乾いた声にただ静かにうなずき、彼らの神へと静かに祈りをささげた。そう静かに、埃の落ちる音が聞こえるほど静かな空間が広がった。
……Z Z Z Z Z
Z Z Z Z Z
Z Z Z Z Z
「おいこの寝息は?」
「「オツハ様です」」
オツハ以外の3人は目を配らせあい、寝息の正体を確認し合った。その正体が首長のオツハであることが分かると、またかというように諦めた様に首をふり溜息をつく。副首長のカワセがそんな祈るような真摯な寝顔のオツハに聞こえるでもない小言を投げかけながら、3人とも席を立ち、腰を伸ばしながら扉へと向かった。
「やはりオツハ様か、というかオツハ様じやなかったら厳罰モノだがな。最近の黙祷からのスムーズな居眠りは見事ですらあるなあ。……90年前にみたオツハ様の伝説の3日不眠不休の祈祷も、もしかしたら寝てたのかもしれない気がしてくる程に寝顔が真面目なんだよなあ。まあ寝たら起きないし、とりあえず我々は兵の準備だけでも進めるとするかい」
「カワセ様、アレの準備はどうしますか? あと教主会への報告はどうしますか? 今回の損失に対しオレンジ様を始めとして他の教主達からもナカツクニの動向を報告するように催促状がきてますが」
「ボンボリよ、アレも必要なら投入するからいつでも放てるよう調整だけは怠ってくれるなよ。……教主会の方は儂が出向いておく、いつもは我らの背に隠れている輩がどうも粋がっているようだが、所詮は小者ばかり。このナカツクニが最大派閥であることを再認識させてくれるわ。ボンボリとゼルはオレンジ様にいい報告ができるように刃を磨いておくがいい」
「はっ、了解しました。
一方、首村近辺への旅程を終えようとしているケイとギギギは馬車から降り、迷彩色の背嚢を担いで鬱蒼とした森林の中をひたすら歩いていた。馬車を操り高台へと向かったミヨシとは短波無線通信で繋がっており、ケイはヘッドセットへ伝ってミヨシへ救いを求めていた。
「だからですね、正面12時方向に大きな山の頂が見えて、右手2時の方向に太陽があって、左手8時くらいに大きな鳥が飛んでるんだけど、ここはどこ?」
「ケイさん、だから鳥とかは目印の内に入らないですってば。頼むから動かないものを言ってください!」
「ですよねー。……ギギギーっ、鳥はだめだってー。動かないものでお願いしまーああす」
「魔力溜マリモダメ、雲モダメ、鳥モダメ、ワガママダナー。ア、左手10時ニ櫓ガアル?」
「ミヨシさん、左手10時にやぐらがあ、……というかそれ首村なんじゃ?!」
「櫓かどうかはわかりませんが、ケイさん達の左手10時方向あたりの林間に集落らしきものがあります。ただし、まだ5km位先の話しですけどね。ギギギさん凄いですね、じゃあ目的地近辺となりましたので、音声案内を終了致します。お疲レサマデシタ」
「……ぇえ、まだ全然ナビ必要だと思うんですけど。まあいいか、ミヨシさんは安全地帯を見つけて潜んでてください」
「了解です、そうさせてもらいます。なんだかこの森は落ち着かないので、十分気をつけてくださいね代表」
「お互いにですよ?」
そういいながらギギギとケイは凸凹な根が這い回る木々の間を小走りに駆けていく。ギギギは長いプラチナブロンドをポニーテールにまとめ、優雅に走る白馬の様に髪を揺らしながら進んだ、ただその手には既にレールガンを携え、腰や背嚢には大量の武器が見え隠れしておりどう見てもテロリストであり絵にはならなかったが。ケイも同じ様なスタイルで、二人で左右の領域を注意深く確認しながら静かに森を踏破していく。偶にギギギが木に登り方向を確認しながら着実に目的の首村へと近づき、ケイでも首村の様子を伺える距離まで来たところで二人は歩みを止めた。そのまま近くの樹上へと上がり、枝葉を隠れ蓑に二人は流れる汗を拭った。
「ケイ、休憩カ? おやつ食ベテイイカ?」
「ああ、休憩っ! 流石に疲れた。ここで一日様子見することにする。……ふう、思ってたよりここは格段に異様な場所みたいだから、ちょっと計画を練り直すことにするよ、飴ちょうだい」
「確カニコノ森ハ異常。動物ドコロカ、モンスターモイナイ。ロンジダンジョンノ最後ノ広場ノ嫌ナ感ジ二似テル。ハイ、ハッカ飴」
「あとはこの村、邪教徒の本拠地にしては異常に小さいんだよ。ギルド依頼にあった名もなき大森林の大型モンスターも全く見当たらないし。ハッカじゃないのがいいなあ。というかいつもこんなとこばかり付き合わせてゴメンな。」
「オッ、珍シイナ! ジャア今度御礼二デートニ連レテケ! 後、男ハ黙ッテハッカ飴、コレ紳士ノ嗜ミ」
「へー、そうですか。でもこういうタイミングでそういう約束すると死んだり、亡くなったりするって知ってた?」
「知ラン、マタ前世ノ何トカカ? 下ラン事言ッテル暇アッタラ、大人シクデートプランヲ考エタ方ガ身ノ為ダ!」
「なぜそこで脅されないといけないんだよ! さあ、僕はちょっと敵城観察してるから周囲の警戒頼むな」
「ア、マタ有耶無耶ニシヨウトシテル! ズルイゾ、全ク」
ケイは腰から単眼鏡を取り出し、首村の様子を伺った。その視界に映ったのは少し奇怪で、少し狂信的な村の様子であった。村は樹々の間の空隙に生えるように木製の家が数十軒建っていた。ただそれだけであれば、田舎の林間の集落と遜色ないのだが、それぞれ軒先に人間の洒落頭、モンスターの洒落頭がいくつも吊るしてあるのだ。人間の洒落頭には枯れた花の冠や葉の冠を被らせてあり、モンスターの巨大でおぞましい洒落頭には捩られた縄が幾重にも掛けられていた。家の中から弱々しい灯にテラテラと照らされて雰囲気はバッチリだった。そして夕方に差し掛かろうとするこの時間は仕事を終えた村人が、それぞれの骸骨が待つ家へと平然と消えていく。
「(なんか皮膚とか筋とかまだところどころ残ってて結構エグいけどなー)、一部に目を伏せたらなんか普通っぽい人たちしかいないけど、ここはダミーかな?」
「ケイ、村ノ下ニ何処マデモ続ク巨大ナ穴ガアルカモ、何カ数エ切レナイ人間ノ魔力ヲ感ジル」




