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INT 転生前はエンジニアをば営んでおりました  作者: 猫野美胃
2章 ナカツクニ連邦編
23/37

首都セントレーヌのファミマート

 僕たちはロンジダンジョン最深層である第100層で約2日の探索を行った後、大小様々な魔石と幾つかの骨と邪教徒が狙っていたキューブと呼ばれる物体を手土産にして地上への帰路についた。帰り道は思ったよりも時間がかかり、できるだけモンスターを避けて急いだのだけど三週間もかかってしまった。帰ってみると事前申請していたダンジョンアタック予定期間の一ヶ月を半月以上もオーバーしていたせいか、うす暗い洞窟から僕達が姿を現すとダンジョン前の砦ではちょっとした騒ぎが起こっていた。ギルド職員や僕達と交友のあるハンター達が善意で捜索隊を組んでくれていたらしいのだけど、集まってくれていた全員の口を揃ってあんぐり開けさせてしまったのは申し訳なかった。集まってくれたほとんどがテスラさんやクレアおじさんの友達、仲間、ライバルでシャンピンギルドの有力者が勢揃いだったからか、僕らのホクホクとした表情と後ろに引いている山盛りの荷車に心配はすぐにどこかに消え、視線には期待が満ちてきた。そのまま立ち去れる雰囲気ではなかったので、ダンジョン最終層踏破の発表、その収穫物である大量の魔石を皆に見せることになり、悲喜交々の雄叫びが砦の広場中を埋め尽くした。その晩、シャンピンギルドは開設以来の飲めや歌えの大どんちゃん騒ぎになり、僕らは勝利の美酒をタンと味わうこととなる。ダンジョンを踏破してみれば、伝承や物語に出てくる様な巨大で神々しい炎の龍はいなかったし、最終層は骨ばかりで暗く陰気なとこだったが、そこに眠る数多の魔石や希少なモンスター素材や鉱石の話はシャンピンギルドに所属するハンター達の冒険心を、これまで以上に掻き立てるには十二分だった。







 ロンジダンジョン踏破をしてから1ヶ月ほどが過ぎた。

 その後シャンピンギルドではロンジダンジョンに挑むためかハンターの登録数が桁違いに増え、ますますの発展を遂げているらしい。その増えた中で特に若手ハンターの姿を多く見かけたのは各地に拡がるハンターズギルドを大いに驚かせているそうだ。人気上昇の秘密はシャンピンギルドが他ギルドでは例を見ない独自サービス“ダンジョン攻略用装備のレンタル”を始めたことにある。ハンターを支える各種装備を低価格でレンタルするサービスの登場により、高難度ダンジョンであるにも関わらずロンジダンジョンは生還率がぐっと上がっているそうだ。これはもちろん僕達の商会“ファミリーズマート”が科学技術の粋を集めた装備の提供を行い、シャンピンギルドが運営を行っているサービスの効果だ。若手のハンターが増えた理由のもう一つとして、ハンターズギルドに登録して一年の若造がダンジョン踏破をしたという噂が一獲千金の匂いを撒き散らしているせいとも聞くが定かではない。


 そしてロンジダンジョン踏破から1ヶ月経った雪解けの今日この頃、僕達の商会はナカツクニ連邦首都“巨大都市セントレーヌ”に拠点を移し商会操業の準備をを細々とはじめている。組織も職人も設備も拠点も全てにおいて儘ならない状態ではあるが、今は仕事もシャンピンギルドへ卸す各種装備品の製造以外はないので僕一人でも間に合うので問題はない。ギルドへの供給が決定している商品は3点あり、シャンピンのハンターズギルドがうまいこと宣伝してくれたおかげか、現在の生産スピードだと半年先まで製造予定が埋まるほど注文が来ている。


<商品NO.1 ガスマスク>

ダンジョンの毒もしくはアンデットウイルスでお困りのあなた! 当て布や解毒薬を摂取しながら進む時代は終わりました、このマスクをつければたとえ死のガスだろうがウイルスだろうが恐るることなく進めます! フルフェイスタイプのガスマスクはフィット感は抜群で、ロンジダンジョンのモンスターが発する各種毒のフィルターをご用意しております。粒子捕集効率は99.9%のRS3レベルで、皆様の肺を完全に安全にお守りします! ご用命はギルド1Fのレンタルカウンターまで


<商品NO.2 球型エアドローン>

鳥だ、人魂だ、いやエアドローンだ! 革新的な魔術の粋がいまここに込められた究極の魔術道具の誕生です! 宙に浮き、人間の思いのままに操作できるエアドローンは暗いダンジョンを上空から照らしてくれるし、モンスターの囮にもなります、愛でてもよいです。一度知ったら抜け出せなくなる快適さをあなたに! ご用命はギルド1Fのレンタルカウンターまで(現在体験期間中)

注意:レンタル前に1時間の講習とテストが必須です。


<商品NO.3 ガイド君(箱)>

ダンジョンの暗くて複雑に入り組んだ道で迷ったことはありませんか? そんなあなたにオススメなのがこちらのガイド君(箱)。この箱を持って分かれ道に立てば、どこの道が正解かを教えてくれるそんな優れものです。ロンジダンジョン初踏破のチームが道すがら刺してきたビーコンと呼ばれる魔術の筒から出される信号をキャッチして、知らせてくれるから最深層までたどり着けるのは間違いなし! ご用命はギルド1Fのレンタルカウンターまで

注意:ガイド君(箱)はモンスターには無力です、自身の力量と相談して清く正しくダンジョンに潜りましょう。




 各商品はクレアおじさん、テスラさん、ギギギとダンジョンに潜った時に耐久試験を行ったガスマスクと、道中活躍したエアドローン、道すがらダンジョンの壁や道に刺して込んできた筒状のガイド用ビーコンで、実地検証済みのモノで動作、品質に間違いはなく今も活躍してくれているだろう。そしてそれらの管理、保守点検、商品の売り文句に至るまでの取り扱い全般をシャンピンギルドが担ってくれているが、副ギルド長のレッテさんが頑張ってくれているのか利益が既に右肩上がりで本当に感謝している。なぜギルド長ではなく副ギルド長かといえば書類のサインが大体レッテさんになっているからで、苦労がうかがえる毎度心を打たれてしまう報告書類が週一のペースで送られてきているのだ。話は首都に変わって僕らが今どうしているかといえば、この巨大なセントレーヌの工業区画にある大きめの屋敷を一つ土地ごと買い上げて、商会の拠点となる建屋を作っている真っ最中だ。魔石を3分の1ほど売りさばいて用意した資金にものを言わせて買い上げた大きくて古風な石造りの屋敷は、僕らの商会の事務所兼生産工場兼防衛拠点となる予定だ。売りにでていた元貴族の屋敷とあってかなりしっかりとした作りとなっていたが、モノ造りをしたりドゥルジ教の襲撃に耐えたりはできなさそうなのであちこちを改造する必要があるのだ。モノ造りに関しては、このセントレーヌで腕利きの鍛冶屋、服飾屋、陶磁器屋等にウチの製品に使用している部品の中で製造を頼めそうな部品を片っ端から依頼し、それらをこの工場屋敷で最終的に製品組み立てを行う予定だ。製造の依頼はセントレーヌの有力者ドン・チャンのコネを使い2つ返事でOKをいただいてしまっているため、早く屋敷の一階部分を全てぶち抜いて広大な工場スペースを確保する必要がある。また忘れてはならないのが、僕らは現在邪教徒から表立って狙われる身になってしまったということだ。僕たちがロンジダンジョンの踏破をしたことが世間に知れ渡っているため、今の状況は奴らが欲しがっているキューブを首元にぶら下げて目の前を闊歩しているようなものだ。首都に引っ越しをする間で既に4回ほど襲撃を受けたくらいなので、今後もバンバンと襲撃がくることが予想され、そのためこの屋敷には警報器及びトラップをしこたま仕込まないとならない。


 だが現在の我が商会の人員は、ギギギ、テスラ、クレアおじさんに、ギルド長が派遣してくれたシャンピンではお世話になっていたギルド職員のミヨシさんに、会計・帳簿付けができる同じくギルド職員のミンメイさんだけだ。この危険な職場にきてくれたミヨシさんは元ハンター上がりの30歳半ばの独身でシャンピンで打診されたセントレーヌ行きに一番に志願してくれた人情者だし、ミンメイさんは18歳独身で危険を顧みず首都へ行きたいという一心で志願した強者である。あとはクレアおじさんがテイミングした黒火蜥蜴のクロン君と愛ペットの鋼蛇マーラさんと僕を合わせて、6人と2匹が正確な商会の人員だがそれだけでは建屋の工事なんてできやしない。というか素人しかいないので、ここでもまたドン・チャンの威光を借りて突貫工事を行っている。ドン・チャンの紹介で軍事施設関係御用達の大工さんが我が商会の屋敷を全面改装してくれており、その改装工事も明日で終わり、ようやく改装完了となる。そう、これからこのナカツクニ連邦での計画の第二段階が始まるのだ。第二段階と言ってもやることは変わらない、僕の元幼馴染と旧友を痛めつけた邪教徒を殲滅するだけだ。この連邦から産業革命と宗教改革を行い、古臭い邪神信仰を廃らせてやろうじゃないか。




〜*〜*〜*〜




 ケイ達がナカツクニ連邦の中枢都市セントレーヌに来てから約半月、お隣への挨拶を済ませるや否や、驚く程の速さで建物の改造を終え、見事な店舗兼工場を作りあげた。大きくて古い貴族の屋敷を改築する間は、ケイ自らセントレーヌの職人がよく着るゆったりめのツナギに着替え、大工の棟梁の指示に従ってイキイキと走り回っていた。ケイが"工場屋敷"と呼ぶ商会の拠点を汗水垂らして楽しげに作っている間、他の商会メンバーはシャンピンから運んできた大量の荷物を見張りながらセントレーヌの中流ホテルに缶詰になっていたせいかやっと引っ越しができる今日、晴れ晴れとした表情で荷物を工場屋敷へと運んでいた。ちなみに面々はケイから「驚かせたいから、完成するまで見ないでくれ。見たら本人の1分の1金メッキ像を玄関に飾る」と脅され、誰もその全貌を見に行っていない。この度ケイの商会"ファミリーズマート"(略称"ファミマー")の代表代理に任命された常識者のテスラは、隣を歩く元シャンピンギルド職員で現同僚のミヨシへと不安をこぼしていた。


「なあミヨシさん、わっち凄い不安なんだけど。何が不安て、ケー自ら改造の設計して、ケー自ら大工達に混じって作業して、挙句大工の棟梁と肩を組みながら最高の笑顔でわっち達のホテルに完成報告に来たことが嫌な気がするんだが、どう?」


「ええ、仰る通りですね。ケーさん達を手伝うために来ておいて言うのもあれですが、やり過ぎは良くないと思います。彼の扱う科学技術なるものは世界の真理に踏み込むようなものですから、もう少し控えめでもいいんじゃないかと思いますね」


「さすがミヨシさんだぁ、この会話にわっち泣けてくる! この商会には常識人が少なくて困るんだよ。ギギギは一般常識が足りない上に、部屋が貰えるってずっと浮かれて頼りにならないし。赤札魔術師のクレア伯はミニモンスター牧場なるものに釣られ、そうそうにあっちの味方についてるし。はあこの先大丈夫かな」


「……お気持ちお察しします。我々が頑張りましょう、テスラ代表代理」




 まるでパレードかの様に大仰な荷物を運ぶ一行は、ケイが手掛けた工場屋敷がある区画のメインストリートへととうとうやってきた。この大きめのメインストリートには、いくつもの鍛冶屋、加工屋、仕立屋、薬屋などなどありとあらゆる分野の職人が店を構えており、セントレーヌの物流を支える生産拠点だ。この工業区画に大なり小なりの商会が商品を買い付けにきては、大きな荷物や荷車を引いて商業区、住居区へと戻っていく。ケイに番地だけ知らされていたテスラ達一行は、そんな賑やかなメインストリートを人の流れに沿って進み、とうとう指定された屋敷の前に辿りつく。指定された番地を見つめるテスラはポカンとしながら、傍でウキウキ顏を浮かべるギギギへとポツリと疑問を投げかけた。


「なあ、ここで合ってるのかギギギよ? わっちはなんというか、ちょっと信じられないんだが」


「テスラ、合ッテルヨ! ケイノ魔力、コノ建物カラ感ジル」


「そうか。わっちはなんというか、もっとこう物騒なやつとか、派手なやつを予想してたんだが……これは、すげえ普通だな」


 テスラの目の前には、石造りのメインストリートとマッチした小奇麗な二階建ての屋敷が建っていた。石積みの外観は、蔦や汚れが綺麗に払い落とされつつも古き良き質感を残しており、ボロボロであった木窓はすべて取り外されてピカピカの一枚ガラスに取り替えられている。そうこうする内にメインストリートに面する正面の両開きの扉が片方だけ開き、つなぎ姿のケイが手に首飾りみたいなものを持って出てきた。


「皆さんこんにちは、そしてお待たせいたしました。こちらにそびえる2階建ての屋敷が僕らの新たな拠点になります。本日は大変お天気も良く、我々の商会のこれからを祝福してくれているようですね、うんうん。さあ、立ち話もなんですから中に入ってください、ざっと説明します。あ、これを入館する際には必ず身につけていてください、下手すれば死にますから、冗談ではなく。」


 ケイはそう言うと手に持っていた小さくて綺麗な石が取り付けられた手のひらほどの金属板の首飾りをそれぞれに渡す。ここまで荷車を引いてくれていたクロン君とマーラさんには小さな綺麗な石がはめこまれた首輪をはめてあげる。全員が社員証兼ゲートパスを身につけたことを確認したケイは自慢源にウンウンと頷いていた。未だ要領を得ない全員は首にぶら下げられたカードをシゲシゲと眺めながら、とりあえずケイの誘導に付いていく。メインストリートに面した正面玄関を恐る恐るくぐるとそこは、2階部分までぶち抜いた開放的なロビーが待っていた。綺麗な石造りのロビーには小洒落た感じのテーブルと椅子が数セット置かれ、4枚羽のプロペラが天井から2機吊るされ、天井の中央には大きな球形の電灯が大きな室内を隅々まで照らしている。家具やインテリア等はまだ何もなかったが、なぜか洗練されていてなぜかホッとするようなロビーだと感じたケイ以外のメンバーの表情から警戒色が消える。そんな面々のリアクションにケイは満足気にニコニコとしてコホンと咳払いを一つした。


「この屋敷は幅およそ100m、奥行き60mの6000平方mと、この工業区画においてもトップクラスの敷地面積を誇っています。さらに2階建+屋根裏の高層建築は高さにおいても首一つ抜きん出ていますね。その顔となるロビーがこの2階ぶち抜きの開放的な部屋です。石作りの貴族屋敷がもともと持つ高級感と堅牢感を活かしつつリメイクしています、吹き抜けやも装丁は前世の僕の記憶を元に作ってみました。天井にはゆっくりとたくさんの風を循環させる大きめのシーリングファンを2基、それに隅々まで照らす大型の電気式照明を1基取り付けてあります。まだテーブルセットが数個だけですが、ゆくゆくはカウンターをおいたり、美人受付嬢を雇えたらと思いますねー」


「ケイ殿、シーリングファンとかいうあの風車はよいですなー。この部屋の空気はまるで淀んでないでござるし、明かりもゆらゆらせず目にも優しくて良い感じですぞ」


「ケイ、ハヨ次ヲ! 部屋ハ? 無イノカ?!」


「クレアおじさん、お褒めいただきありがとうございます。改築中に寝る間を惜しんで製作した甲斐がありました。ギギギはちょっと待っててね、さてこの拠点の核となる我らが”異世界式生産工場”はこのロビー入って左手側のエリア全てになります。大工の棟梁とともに安全かつ迅速に壁を打ち抜く作業に苦労した甲斐があり、広々としてクリーンなスペースに仕上がっています。ちなみ右手側には組み立て用の部品の受け入れと製品出荷用のエリアが工場と同じようにぶち抜きで作ってあります。まあ半分は倉庫みたいなものになりますが、かなりの量をストックできるので安定的な生産を実現することでしょう。そして皆様お楽しみの2階です、このロビーを左右に出てすぐの階段を上ると社員専用の2階部分となります。個室が6室に、大部屋が3室、それに食堂と大浴場、小さな書架を完備しております。個室はクレアと、テスラと、ギギギとミヨシさんとミンメイさんに用意してありますんで、安心してください」


「ヤッター! 家賃ハ、家賃ハイクラダ?」


「社員は福利厚生ということで家賃はただです。なにせ何時襲撃あるかわかりません曰くつき物件ですから。じゃあ、2階にあがりましょう、部屋は自分で決めてくださいね」


「シャー、曰クツキ物件サイコー!」


 ギギギを先頭にケイ達は、ロビー右手の扉を開けてすぐの廊下から階段を登り始めた。



 ファミマー商会の新拠点お披露目ツアーは、メンバー待望の二階住居スペースへと移る。ケイ以外のメンバー達は、正直なところケイが操る不思議で小難しい生産機械や、それを用いて作りだす電子機器の仕組みや工場の効率なんて興味もそんなに無く、ここからが肝心だと目をキラキラ輝かせた。ケイはそんな気持ちを知るよしもなく、まずは階段を上がって右側の食堂へと全員を招き入れる、クロン君だけはその巨体からロビーにお留守番であるが仕方ない。食堂のアーチ型の入り口をくぐると、中には温もりのあるツルツルした木製の板材が一面に敷き詰められ、周囲の壁も床材と同じ板材で覆われていた。すでに少し低めのテーブルと椅子のセットが無数に並べられている様子は開店前のカフェかレストランの様相だった。


「ここがファミマー商会の社員食堂です。内装は優しさと樹の香りを感じられるオーク材で統一し、キッチンには最新鋭の魔術複合式コンロ及び大型オーブンが入っており繊細な火加減の調整もお手の物です。また水周りについては浴場でも説明しますが、配管設計からこだわり適切な水量を適正な圧で蛇口からお届けするかゆいところに手がとどく仕様です。現状はシェフがいないのでクレアおじさんに代行を頼んでおりますので、細かい点は修正して行きましょう。何か質問ある人?」


 ケイの右手が指し示す広めの食堂、30人くらいは悠に座れるピカピカのフロアをざっと見渡すテスラ達の中からクレア伯が手を挙げた。


「ケー殿見事ですね、飽きのこないシンプルな作りが気に入りましたぞ。して一つ質問ですが、以前聞いていた魔術を重ねがけしないでも自動で冷え続ける冷凍保管室“冷蔵庫”とやらは完成しましたかな?」


「クレアおじさん、それについてはすみません。材料や試作の時間が取れずに用意できておりません、が、その代わりにキッチン裏の冷凍保管室には断熱材を2重でバッチリ入れてますので、一般家庭の魔術式の冷凍保管室とはキープ力が違いますよ!」


「おお、それだけでも凄そうだ。この後、キッチンの使い方講習をお頼しますぞ。腕がなりますなあ」


 早く使ってみたくてしょうがないといった感じのクレア伯を引きずって、今度は大浴場(男湯)へと来ていた。10人分くらいの脱衣棚が取り付けられた脱衣所から覗く風呂は10平方mくらいあり、ここに湯がたまればさぞ極楽であろうなと全員が心に思った。そこにケイの追い討ちが入る。


「お湯は循環式の湯沸かし機を使ってますから、夜の6時から11時まで常にホカホカのお湯に浸かれます。仕事の後に一風呂浴びて帰るもよし、寝る前に入ってもよしです。あとミニサウナも同じ時間帯のみ運転予定です。皆さん気になる料金ですが、社員の皆様からは光熱費を一律徴収してますから入浴は何回でもタダという特典つきです。一般市井の風呂のレベルからは頭一つ抜きん出てることを自負しておりますので、かなりお得かと思います」


「オオオ、何カワカランケド凄イ! ヨッ憎イゾ、ケイ代表! アッ、人ガイナケレバ泳イデイイデスカ?」


「もちろん女湯も同じ構造になってますので、周りの迷惑にならないのであれば泳いでもいいですが、あくまで自己責任でお願いしますギギギさん。じゃ、次は2階の書架兼談話エリアを抜けて、お待ちかねの住居エリアへ向かいます。はぐれずについてきてください」


 ケイは手短に説明を切り上げると、風呂場を出てすぐのところにある落ち着いた雰囲気の書架エリアを通り、1階に生産工場がる屋敷左手エリアの2階部分へと抜けていった。2階の左手エリアには、個室が6部屋と最大4人まで暮らせる大部屋が3部屋しつらえてあり、一行は石造りの廊下を進み一番近くの個室を開けて中へとぞろぞろと詰め行った。


「えー、この人数だと少し手狭ですが一人なら十分なスペースを確保しています。個室は少し頑張りました、床は食堂と同じくオーク材で壁はなんと全て塗り壁です。そして、この部屋の全面を断熱材の発泡ポリウレタンフォームで覆ってありますので外気の熱や冷気をほぼほぼカットすることができます。夏は涼しく、冬は暖かく夢のような個室ですね、うん。ちなみに発泡ポリウレタンの開発は意外に難しいんですよ、特殊な機械が必要ですからね。部屋の内装はとりあえずベットのみ入れてありますんで、あとはご自由にアレンジしてください。個室はこの壁際の3部屋の反対側の壁際3部屋が個室になります。その間の大きめの3部屋が大部屋になりますね。何か質問あるひと?」


 ここまでケイの説明や案内を黙って聞いていたテスラが、顔をしかめてケイへと詰め寄った。


「ケーよ、ここまで黙ってきいておったが、明らかに普通だ。普通すぎる、絶対に何か隠しているだろう。屋根裏部屋はどうなっている? いやそんなわかりやすいとこには作らんな。そもそも個室を割り当てる時もこの5人で自由に決めていいと言っておったし、何か隠しておるだろ? 白状しろ!」


 ぐいと詰め寄られたケイは思いがけない質問に滝の様な汗を額から流しだした。


「そそそそそそ、そげなことないですよ? やだなーもう、テスラさんてば。僕の部屋はこの屋敷全体みたいなものですよ、もう僕は屋敷みたいなものですよ。」


 ケイは内心でもうばれたこと、そして追求を逃げきれないだろうことをテスラと、その後ろに控えるミヨシの視線から感じていた。引きつった笑顔のまま、数秒だろうか、数十秒だろうかにらみ合いが続くと、根負けした様にケイが両手を肩まで上げる。


「オーケー、負けました。もう少し黙っておこうと思っていましたが、この屋敷には地下があります、しかも2階分です。地下1階はモンスターミニ牧場兼地下プレイグラウンド、地下2階は僕の実験室です。ちなみに先に白状しておくと、皆さんの部屋の窓を始めとして屋敷の窓に使用しているガラスはちょっとやそっとじゃ割れない強化ガラスです。屋根も太陽光発電式パネル付きの鉄板だし、廊下にはそこら中に地下一階行きの落とし穴が仕掛けてあります。この社員証がない状態で踏むと作動して、モンスターがまつ一階へ真っ逆さまですね。あと横壁から弾丸が飛んでくるエリアもあるんで必ず社員証は携帯してください。さっきの書架は棚の裏にレールガンとか銃火器類を大量に隠してありますし、皆さんの部屋と食堂には避難用の隠し通路が作ってあります。あとは極秘ですが屋敷全体の自爆装置もあるんで、迂闊にいろいろ探らない方がいいかもしれませんね。」


 ケイが隠していた秘密を一気に捲くしたてている間、どんどんとテスラとミヨシの顔色は青くなり、最終的には土気色の顔で酸欠状態のようにフラフラと床にへたりこんでしまった。だが、ギギギとクレア伯、元ギルド職員のミンメイさんは特に気にも留めずに、話の途中で待ちきれないといった様子でそれぞれ個室部屋のドアをあけて中を確認すると、満足気な様子で部屋の扉を閉めては一階ロビーに山積みにしてある自分の荷物を取りに走りだしていた。取り残されたテスラとミヨシの肩をポンポンと叩く。


「ほら元気だしてください、住めば都というじゃないですか? 引っ越しを終えたらパーティーしましょう。これから僕たちは同じ屋根の下で暮らす家族みたいなものなんですから、この記念すべき門出をお祝いしないと。」


「ああ、ちょっと心の整理が追いつかなくてな。すまんがもう少しこうして放心させてくれ。わっちには代表代理というポジションを受け入れる覚悟がどうやらまだ足りてなかったみたいだ」


「テスラさんもっと自信持ってください! 20歳だし、元筆頭ハンターですから大丈夫です! あ、そうだダンジョンで見つけた魔石の中にですね、テスラさんの魔喰いと似た様な効果を持つ小さな魔石があったんです。魔喰いほどの大きさはないんですけど、ナイフくらいなら作れそうだったんで今度ミニ魔喰い作ってあげますから、機嫌なおしてくださいよ」


「そうか、……いいやつだなケーは。わっちは、しっかりしなきゃな、……部屋行くか」


 テスラはむくりと力なく起き上がるとフラフラと開いている個室へと消えていった。狭窄された思考のまま消えていったテスラの後ろ姿を見ていたミヨシは、困窮する子羊に差し伸べられた悪魔の救いの手だと思ったという。


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