ここまでの秘密とこれからの真実
謎の黒い金属と凍った蛇の筋肉組織で出来たトンネルを抜けるとそこは、音波ひとつ光子ひとつ無い空間だった。誰に言われるでもなく僕の前を歩いていたクレアおじさんが、淡く遠くを照らしだす光の玉を慣れた手つきで暗闇の中空へと放ってくれる。するとクレアおじさんの光玉に照らされ辺りが一瞬眩んだように明るく輝き、足元一面、空間一杯に敷き詰められた真っ白な骨を顕にした。大きな骨から小さな骨、骨の欠片、骨粉、僕らの足元の地面はとにかく骨で出来ていて、そんな非現実的な様子を目の当たりにしてか、骨を軋ませて先を歩いていたテスラとギギギがぎこちなくこちらへと振り返る。
「おいケー、これはどういうことだと思うか?」
「さあ分かりません、テスラさんと一緒で初めて来たので。……カルシウムの砂漠かな?」
「クレア、光ル玉一個ジャ先ガ全然見エナイ! ドンドン出シテ!」
「それ追加の光玉でござる、それい! それにしてもここは誠に奇怪な空間ですな。入り口沿いの壁は何やら円形ドームを形づくっているようにも見えますが、ケー殿まっすぐ進みますかな?」
「クレアおじさん、それで行きましょう。ただし各自余り離れないでお願いします。あと、カルシウム不足だからって拾い喰いも無しでお願いします!」
皆は僕の言うことを分かってくれたのか、隊列の間隔を狭めて暗闇のなかをポキポキと進んでいく。ただ最近決して僕の軽口に乗ってくれることがないのが問題だ、この暗い雰囲気に豆電球ほどでも明るくしようと思ってのことなのになかなか分かってもらえない。それから僕たちは無言のまま歩きつづけ、骨を踏みしめる音ばかりが耳にこびりついて来た頃、先頭のテスラから久々の肉声が上がった。
「おいケー、"魔石"だっ!? しかも、こんなデカいサイズのは首都の博物館でしか見たことない、うっひょおおお」
「何と、魔石があったか! どれ某にも見せてみよ!」
そういうとクレアおじさんは最後尾のクロン君を置いて、僕の横を駆け抜けてテスラとギギギが屈み込む場所へ跳んで行った。僕もその後に続き、三人の肩越しに骨で埋め尽くされた地面を覗くと、そこには子豚程の丸々とした深緑色の宝石が骨の地面に埋まっていた。
魔石とはダンジョン内部で発見される貴重な鉱石を指す。一見ただの宝石だが、魔力を流すと様々な特異現象を巻き起こす文字通り魔法の石だ。魔石は炎や水を出したり、硬くなったり、分裂したり、様々な効果を持ち、元素記号のいずれとも合致しない非自然物質とされる。自然により生成されるのに非自然物質と呼ぶのは、自然界の理に従わないことから来ており、魔石の特性や種類については解明されないどころか見つかる度に謎が深まり、定説が覆るばかりで学者の間では“魔の石”と呼ばれている。モンスターの巣や死骸、魔力溜まりから発見されることが多いため、モンスターの臓器や卵、エーテル物質の化石とも謂れているが定かにはなっていない。
「おおお! 確かにこれはすごいですね、これ売ったら一生の半分は遊んで暮らせるんじゃないですか? 小さいクズ魔石は何個か見たことありましたけど、これは規格外のでかさだし、何よりこの場所とあの大蛇が期待させるじゃないですか。まあ、いきなり魔力流すのは怖いんで、厳重注意で荷台に上げましょう。あ、テスラさんはノータッチですよ、その腰の魔喰いで負の魔力が印加されたら危険ですからね!」
「分かってるわ、だからちゃんとケーを呼んだだろ? この分だとこの空間一帯掘れば、魔石はまだ出てきそうだな。ああ人生薔薇色だぁ!」
「テスラ、顔! 顔ゲスクナッテル。」
僕とクレアおじさんで丁寧に魔石を掘り出してる脇では、テスラとギギギがワイワイと楽しそうに魔石がその全体像を表すのを今か今かと待っている。骨をどければどけるほど、ドンドンと深くなっていき最終的には全長一メートルほどの長細い卵型の魔石が掘り出された。小躍りするテスラとギギギを脇目に魔石をクロン君の荷台に載せ、僕達はまた暗闇に蓋をされた骨の上を歩き出した。
それから一時間くらいだろうか、骨に埋まっている大小の魔石を拾い集めながら、真っ直ぐに歩き続けた僕達の前方にこれまでにはなかった真っ黒くて人工的な印象しか感じない四角い柱が現れた。一辺が10mもある巨大な四角い柱は、頭上に拡がる暗闇へと真っ直ぐに、永遠に続いているかの様に伸びている。急に現れた謎の柱に警戒してか、ギギギ達の歩みはだんだんと遅くなり柱の前方で一斉に立ち止まった。テスラがぽかんとした顔でポツリ呟く。
「あ、駄目だ謎が深すぎてわっち、一瞬逝ってた」
「黒クテ太クテ長イ物ナーンダ? 答エハ目ノ前二」
「おお、何か雄々しい風格を感じますぞ! ご神体の様な何かに違いない!」
僕はとりあえず立ち止まる皆を無視して、皆の前へと歩み出た。まだ不思議そうな顔をする三人とそれぞれ眼を合わせて、呼吸を整えて来るまでに考えていた文章を気をつけて言葉にする。
「えー皆さん、今回のダンジョンアタックに力を貸してくれて本当にありがとうございました。突然ですがここが目標にしていたダンジョン最終層で、この柱がゴール地点です。"何でそれを知っているか?"、まず何から話せばいいか分かりませんので、順番に時系列を追って話をしたいと思います。とりあえず話を聞いてください。」
何か言いたそうに口を開きかけたテスラ、僕の瞳を通して頭の中まで見透かす様に真っ直ぐな視線を注ぐギギギ、クレアおじさんは何時も通りのポーカーフェイスで何を考えているかは分からない。少しの不安な気持ちを押しのけて僕は話しを続けた。
「前々回、僕とギギギが首都寄りのドゥルジ教の拠点の1つを潰したときのことです。2ヶ月前かな、その襲撃時に恐らく高級幹部でしょうか、身なりの良い男が死んでも離そうとしなかった文書を手に入れました。というか死ぬ間際に燃やそうとしました。それは"ロンジダンジョン攻略"指令書と書かれていて、凄く不可思議な点がありました。その指令の目的が、『最終層第100層に辿りつき、魔石と四角い柱に埋め込まれた"キューブ"を回収してこい』というものだったのです。なぜ邪教徒なんかが最終層が100層と知っていたのか、魔石がこんなにあることを知っていたのか、四角い黒柱があることを知っていたのか。そしてその指令をみつけてからは、ロンジダンジョン攻略にむけて邪教徒の精鋭が集まる拠点をテスラさんに手伝ってもらって潰し、クレアおじさんと合流してダンジョン攻略に来たというわけです。最初に話した通り、このアタックの目的はダンジョンの最終層踏破と新しく立ち上げる商会の商品の耐久テストでしたが、邪教徒の戯れ言を確認する意味もありました。僕自身が邪教徒の言うことを信じたくなかったために、皆さんに黙っていてすみませんでした。」
一気に胸のうちを吐き出し、頭を深く深く下げた。今まで半信半疑だった邪教徒の妄想が真実になり、結果として皆に嘘をつくことになってしまったため、僕の心は皆の不信感に怯えていた。僕の頭に向かってまずギギギの方から声がかかった。
「マー嘘ハ付イテナイシ。ギギハ、ケイガ何時モ何カ背負コンデルノハ分カッテ付イテ来テルシ、気ニスンナ。 ア、他ノ二人ハ知ランケドナ」
「わっちがケー達の商会に入ったのは、ケーの手足になって働く覚悟があったからだ。それにケーが事前に言わないなら、言わないなりの理由があるんだろう。それくらいで怒るようなチャチな関係じゃないぞ、わっちとケーの間にある絆は結構強いんだ安心しろ」
「同じく! 一緒に最終層に行こうと誘われ、自分の意思でこの最終層まで来ただけのこと。謝るようなことは何一つありませんぞ、むしろ長き苦難を伴に乗り越えた快挙を祝わねば! ケー殿、面を上げなされ」
「皆……、本当にありがとう。ギギギ・ロンジ、テスラ・ローレンツ、クレア・レッドカードがいなければ僕はここまで来ることは絶対にできなかった、僕一人は本当に無力でちっぽけな存在だと改めて思い知らされました。でもこの四人ならあのロンジダンジョンの前人未踏の最終層まで到達できる、束になった邪教徒にだって負けることなく先んじての偉業を打ち立てられる。本当はここ1年間お世話になった皆と、ここロンジダンジョンで偉業が成し遂げられたことが嬉しいのかもしれません。これからは拠点をシャンピンから首都へと移すことになります。ロンジの灯火を見ることもダンジョンに潜ることもめっきり無くなるでしょうが、僕の心にはこの地での輝く偉業と鮮烈な思い出が追い風を起こし、未来へと後押してくれると思えて仕方ないです。ギギギ、テスラ、これからも商会でよろしくお願いします。クレアおじさんは、たまには一緒にお酒でも飲みましょう。本当にありがとうございました。」
涙でぐしゃぐしゃに歪んだ僕の視界には、困った様な笑顔を浮かべた皆の顔がすぐそこに並んでいた。僕が黙していた秘密を許してくれる様な笑顔に胸のうちが軽くなると同時に自分の卑怯さに胸が締め付けられ、涙がどうしても止まらずに次々に溢れ落ちていく。立ち尽くし、泣き明かす僕をあやすようにクレアおじさんが傍により肩をポンポンと叩いてくれる。
「そうだケー殿、某はロンジダンジョンの踏破を目的にこれまで生きて来たのだが、ちょうど先ほど生き甲斐を無くしたとこでな。何か新しく刺激的な目的が欲しいんだが、そういう面白い仕事はないだろうか? 某の武勇に与えられた伯爵の称号をこれからも正当なものとするためにも、何かいい話でもあればいいんでござるが」
「クレア、おじさ、っん……。それなら、ひっく、いい就職先が、あります。ぜひ、紹介させていただきたい商会です、ぅう、“ファミリーズマート”といい、言います。ああ、ダメだちょっとたんまです、ううううう」
これまで頼りにしてきたクレア・レッドカードが、これからも頼りにしていいて言ってくれていると思うと、湧き上がる涙を禁じ得ることができず、僕はただただ涙を流して頭を下げた。これから待ち受ける日々にも、今日の日の強力な仲間がいればきっと立ち向かうことができるかもしれないと今までにない強い希望が湧き上がっていた。
その後泣きはらして赤くなった目を拭き、皆の好奇の目を浴びながら邪教徒が言っていた“キューブ”探しに全員で励んだ。ただキューブは黒柱の表面、骨の地面から3mくらいの高さの位置にぴっちりと埋め込まれているのがあっけなく見つかった。あまりにも隙間なく埋まっていたため、一辺5cmくらいの真っ黒色した立方体に接着剤をつけて力任せに引っ張り出した。真っ黒なキューブの背面には小さく精密な形状の鍵穴が開けられていた。




