困ったときのアレ頼み
その後、意思を持つ植物がのたうち回る第40層代、デーモンや悪魔と称される死霊系モンスターが蔓延る第50層代、死の領域を超えた先に待つ強力磁場エリアの金属モンスター危険地帯第60層代を走り回り。空を舞う巨大肉食回遊魚の第70層代に、小動物が作った地下の楽園第71.5層、50mもあるカバやサイみたいフォルムの巨大モンスターが地響きをあげて歩き回る第80層代、それら巨大モンスターを喰い殺す巨大な獅子や鷲型の獰猛種モンスターが跋扈する第90層代を汗水垂らして駆け抜けた。40層代からは一瞬の油断がすぐにチームの死につながるため、全員が知力と胆力を余すことなく発揮して日夜襲いくる危険をくぐり抜けてきた2週間だった。いつもはふざけた様な雰囲気だが、やるときはやるものでお互いに足りない箇所を補いあって、うまくできていたと思う。
例えば、クレアおじさんが不用意にアンデットウイルスを吸い込んで死霊になりかければギギギが人間の限界を超えたスピードを出して安全地帯まで引っ張って応急蘇生してくれたし、僕がレアメタルでできたウサギに目が眩んで強酸溜まる巣穴にまんまと落ちたらば、クレアおじさんが数年に一度しか成功しないという超回復魔術でドロドロに溶けた僕の足を直してくれた。ギギギが空中を自在に泳ぐ巨大回遊魚に空腹の余り空中戦を挑んでしまえば、テスラが今まで体得できていなかった秘奥義を土壇場で成功させてギギギの死の運命をねじ曲げたり、テスラが心労で倒れれば僕が無我の境地で三時間愚痴をウンウンと熱心に聞いて気を持ち直させたりと、本当に色々なことがあった。大体がアホみたいなミスから起きたトラブルばかりだったけど、結果として生きているのだから前向きに捉えればチームの1つの在り方ともいえるだろう。
ギルドから発表しているダンジョンの最高到達層は91層であり、僕たちは既にギルド記録を超えている。行けるところまで、最深部まで行こうという雰囲気はビンビンとしていたが、僕らは未知なる第100層へ至る道すがら足止めをくらっていた。第99層の最終地点には両開きの大きくて黒い門がそびえていたのだ。黒門はのっぺりとしていてどう見ても自然に出来た物ではなく、材料も今まで見たことがなければ、レールガンを撃っても傷一つつかない超硬度仕様だった。そんな黒門の前で僕たち4人は頭を捻って無い知恵を絞りだそうとウンウン唸っている。
「ケーよ、この超怪しい扉なんとかならないか? わっちはここまで来てたら気になって帰れないぞ」
テスラさんに引き続きクレアおじさんもウンウンと強く頷く。
「某も同意ですな。ダンジョンの地下にこのような不思議な扉があるなんて聞いたこともないでござる。きっと金銀財宝が隠されてるんでしょうなぁ、早く開けましょうぞ!」
「僕も気になりますよ、でもこの黒扉はビクともしないんですよ。どうしたもんかなー、ギギギは何か知らないか?」
「知ラン、ケドドコヵ懐カシイ様ナ気ガシナイデモ無クナク無イ」
「ぇえ、何それ難しいこというな。……じゃあ、もうちょっと調べてみますか」
すっきりしない僕たちは黒扉がよく見えるところにキャンプを張り、腰を据えて辺りを探索することにした。この黒扉の前の小さな広場は不気味なことにモンスターが寄ってこないようで、人間の僕達は久々の安全地帯に多いに喜んだがクロン君はいつも上向きの尻尾を小さく丸めて大人しくなってしまっている。
それから約1日僕らは手当たり次第に調べたが得られたものは疲労と不安だけだった。モンスターの領域に突如として現れた特異点である大きな”黒扉”は以前ピタリと閉まったまま、この先には何もないと言わんばかりの拒絶感を放っている。こうみつからないとこの先続ける意味があるのかわからなくなる、隣で岩肌をペタペタと熱心に探すクレアおじさんはどう思っているんだろうか。
「いやー手がかりが微塵もないっすね。普通こういうパターンだと鍵穴とか隠しスイッチとか謎かけとか強力なボスなんかをクリアしたら行けるんですけどねー」
「ケー殿なんですかな、そのアホみたい妄想は。物事そんな都合よく行くわけあるまいて、それよりせっせと手がかりを探しましょうぞ」
「そうですよね、僕の知ってる物語の常套手段はだいたいそんな感じだったので。というか岩肌を掘削しても、黒扉と同じ材質の壁が中に延々とあって横道を作って進むこともできないし、ここら辺ももう何十回も探したし、もう諦めるしかないんじゃ……」
以外にも心が折れた様子のないクレアおじさんに驚きを覚えながら、手元の岩かべの表面に視線を戻すと、今度は黒扉自体に何かないかを探していたギギギ達から声がかかった。
「ケーイ、コレ埓ガ空カナイ。モウ爆破アルノミ! 爆破シヨウ、レッツボンバリング!ニトロ! ニトロ! ニトロ!」
ギギギは尖った耳を少しプルプルさせて、シビれを切らしたように大声でニトロと叫び声を上げる。溜まった鬱憤でも晴らすような大声はダンジョン内へとこだました。今回のダンジョンアタックでも掘削用にニトロ:ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンを10kg用意してある。ヘキサニトロはニトロ基を6個持つ爆発物であり現状製造できる最高威力の爆薬だ。道がふさがった場合に備えて今回も用意しており、帰りのことを考えたら残しておきたかったがここまで来て出し惜しみはできないだろう。まあ今回はクレアおじさんが爆弾みたいなものだから使っちゃてもいいか。
「ヘキサニトロはダンジョンで生き埋めになった時用だったけど、まあクレアおじさんも居るしいいか。何よりこの地味作業も飽きたし、爆破しよっか」
「オーイエェェェーーー!」
そういうとギギギはパタパタと荷車に走っていき、重厚な金属ケースを軽々と持ってきた。僕はポケットに入れていた鍵を金属ケースに差し込みケースの上ふたを開け、中に入っていたヘキサニトロのパッケージをギギギへとどんどん渡していく。ギギギはヘキサニトロを受け取ると壁にペタペタと隙間なく貼り付けていく。そして各パッケージから伸びる導線を丁寧に束ねてから、キャンプの方へと伸ばしていく。ギギギは爆薬の設置を手早く終わらせると、満足気な顔つきをして額に滲む汗を袖でぬぐった。
「フウー、イイ仕事シタ! ケイノニトロヲココマデ使ッタコト無イ、コレハ楽シミ!」
「まあ出し惜しみして壊れませんでしたじゃ報われないしな、ちょと威力が想像できんがまあ大丈夫だろ」
設置した爆薬の最終点検をしながらギギギと会話していると、背後からテスラの呆れたような声が聞こえてきた。
「お前らが邪教徒の拠点破壊する時に使う”アレ”持って来てたんだ。というか、わっち道中知らずにそのケースの上によく座ってたんだが、マジ怖いんですけど……ショックでさっきから呼吸がままならないんだが、ファミリーズマートって労災下りるの?」
「テスラさん安心してください、ケースに入ってたら概ね大丈夫ですよ。というか爆発するとしたら半径100mの範囲は無事にはすみませんから、どこでもいっしょです。労災制度はそのうち多分設けますから安心してください。じゃ、さっさと広場の入り口まで下がって防御壁でも作ってください、爆風で死にますよー」
ギギギとテスラはクロン君とクレアおじさんが待つキャンプ地へと一足先に向かい、防御壁の後ろへと身を隠した。僕は導線が絡まらずにまっすぐにキャンプ地の防御壁裏まで伸ばされたことを確認し終えると、爆薬がみっちりついた黒扉へ向かって最後の仕上げ魔術をかけるべく杖を振るった。
「”鉄殻精製”、”砂鉄精製”、”鉄殻精製”、最後に”磁界生成”っ!」
不壊の黒扉に設置された大量の爆薬を覆う様に金属質の黒殻が二重にせり出し、数秒ですっぽりと覆ってしまう。目の前にできた黒々した4分の1球はなかなかに堅牢な感じを放っていて、これなら爆発の威力を黒扉へと十分に集中させられるかもと期待させた。二重構造となっている鉄殻の間には砂鉄が充填され、最後の磁界魔術により金属殻と砂鉄ははその中心へ縮まるように応力集中状態になっている。
爆発の準備を今度こそ整え終わった僕は、いそいそとクレアおじさんとギギギが作りあげた金属壁の裏側へと駆け込んだ。
「ゴ苦労サマケイ、ジャ起動スルカラ杖貸シテ」
「あいよ、頼むぜ爆破職人!」
「任セロ、安定電流ヲ作ラセタラ連邦一ヲ自負シテル! テスラ、クレア耳塞イデロナ、3、2、1、発破ァ!」
ギギギは左手で安全鍵を捻りながら、右手の杖を赤字で危険と注意書きされた電極へとそっと触れさせた。
ーカッ……
音もなく辺りは白色の光に飲み込まれ、なにが何だか分からなくなった。
…
…
…
ィキーンー
いつの間にか奪われた視界と聴覚が深い海の底から浮上するように戻ってくる。
かすかに見える視界には地面が映り、僕が吹き飛ばされて地面に転がされたことがわかる。首を動かすと他の皆も同様に地面に倒れており、どうやら威力が想定以上で全員吹き飛ばされたことがうかがえた。その証に目の前にあったはずの金属の分厚い防御壁はボロボロになって無残な残骸しか残っていないし、泥水の中にいるんじゃないかと間違う程視界は粉塵で濁っていた。僕は安全を確認するべく、息苦しいなかなんとか声を絞り出した
「おい、皆生きてるか?」
「ケホッ、ギギギハ大丈夫!」
「わっちも」「某もじゃ」
「よかったぁ。ちょっと想定以上の威力になってしまいましたが無事でよかった。で、これでもダメなら帰りということで諦めてくださいね。それじゃ結果を拝みましょうか、粉塵落ち着け”磁界生成”バージョンヘビィ!」
〜・〜・〜・〜
まだ濃厚な土煙の香りが残るなか、粉塵が消えケイ達の前の濁った視界が拓けていく。ケイ達は爆発により倒された身体を引き起こし、次の動作に備えて構えを取っていた。
—ジジャアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛
視界が晴れる直前、脊髄が震えあがる様なおぞましい咆哮が空気とエーテルを伝播して、ケイ達がいる黒扉前の広場やダンジョン第99層に明らかな異常事態を知らせる。地の底から轟く咆哮に身を竦めるケイ達4人と1匹は、これまで感じたことが無いほどの恐怖に身をすくませて、己の武器をそれぞれしっかり握り直した。
「黒扉はどうなった?! というかもうやばい展開しか想像できないなコレ」
「緊急警報、コノ先カラ異質ナ魔力ヲ。シカモ尋常ジャナイ魔力量!」
「わっちが先行する、お前らは魔術の準備しとけ」
「某の太刀も震えておりますぞ、気を引き締められよ」
パラパラと砂煙りが地面へと落ち、黒扉前の広場全貌が明らかになる。爆薬をしかけた黒扉は同心円状に吹き飛ばされて真っ黒な風穴が扉に空き、その穴からは紫色の禍々しい空気が溢れるように流れ出て、小さな広場を毒素に染めんとする。そして、その紫色の空気に乗るように超巨大な蛇がシューシューと音をたてて姿を現していた。その胴周りの太さ10m以上、全長は計りしれない程あり、ギチギチと硬質な赤と黒の巨鱗をきしませながら巨大な鎌首をもたげて広場を縦割れの瞳で見渡している。大蛇の頭は普通の爬虫類や蛇のそれではなく、幻想の物語にでてくるような畏怖すべきドラゴンと言えばしっくりくる相貌をしていた。ここで撤退したとしても人の身では到底逃げきることはできないだろうことをケイ達は直ぐに感じ取った。そして幸いなことに目前の大蛇は寝起きなのか未だぼーっとしていたため、ケイは身体中を駆け巡る恐怖を抑えて”今殺すしかない”と判断を下す。視線は大蛇へ向けたまま静かに指示を出した。
「全員ガスマスク着用、この巨大な蛇を殺すぞ。テスラ、ギギギは先行。クレアおじさんは隙を見て魔術を蛇に叩きこんでください、僕がサポートにつきます」
「わっちに任せろ、妖刀“魔喰い”の錆にしてやる!」
「ラジャー! ケイ、“パイルバンカー”借リルゾ!」
「ロンジ・ダンジョンの火龍の正体見たり! いざ尋常に参る!」
ケイの指示が伝わり切る前にテスラは巨大な蛇へと走り出し、ギギギは荷物の中にあった大きな金属ケースを乱暴に掴んでからテスラの後に続いて駆け出していた。先頭を風のように走るテスラは淡く紫に発光する曲刀をすらりと抜きながら、赤黒い巨蛇の眼下、その巨体の死角から死角へと駆け巡る。その軌跡には、テスラの妖刀“魔喰い”によりえぐられた傷跡が足跡のように無数に残り、そのどれもからおびただしい量の青い体液が流れ出ていた。だが傷をつけたテスラの表情には焦りの表情が浮かんでいる。
「ちっ浅いっ! ギギギ、こやつの皮は硬い。今までのモンスターの比じゃない、気を引き締めて臨め」
「了解! セーフティーロック解除。テスラッ、蛇下向カセテ、オ願イヨ」
テスラの警告に野性的な笑みを浮かべながら答えるギギギの腕には、いつの間にかケースから出された黒々とした金属製の物々しいガントレットがはめられ、さらにそのガントレットには黒々とした大きな杭が取り付けられていた。金属杭はギギギの腕よりも一回りほども太く、長さも1mを超えており、ギギギは右腕の杭とガントレットを揺らさないように前傾姿勢で巨大な蛇へと詰め寄る。ギギギの右腕肘から先を完全に覆うガントレットの小指側面から肘にかけては、円筒形の構造体が取り付けられており、漆黒の金属抗はその筒の中で保持されたまま沈黙していた。
巨大な蛇の巨体の下を駆け回るテスラは近寄るギギギの足音を確認すると足を止め、並のモンスターなら息が止まってしまいそうなほどの邪悪な蛇の視線に正対した。腰を落とし曲刀の切っ先をまっすぐに邪悪な蛇の腹へと向けたまま息を大きく吐く。
「(等しく命の巡りを吸わんとする魔喰いの力を解放し、主の刃と成りたまえ、……紫電刺突!)」
テスラの曲刀の放つ紫の光が強くなったかと思うと、巨大な魔力を纏ったテスラが大蛇の腹めがけて雷のような速度で刃を突きたてんと迫る。信じられない速度で迫りくる強大な魔力に警戒したのか、先ほどまでの斬撃には何の反応も見せなかった大蛇が牙をむき出しにしてテスラへ喰らいつかんとしている。だがそれよりも速く大蛇の腹へと怪しげな光を放つ刃を深々と突きたてたテスラは、潔く愛刀の握りを離して、その場から身を翻して遠ざかった。
「(サスガテスラ、イイ仕事!)」
テスラと大蛇の一瞬の攻防の裏で、勢いをつけて宙高く跳躍していたギギギは右腕の杭を大蛇の頭部へまっすぐ向けながら小さく呟いた。右腕のガントレットから少しだけ突き出た杭の先端で空気を切り裂きながら、うつむく大蛇の頭部へと高速の弾丸の様に飛んでいくギギギ。テスラの一突きに悶え苦しむ大蛇は迫りくる脅威に気づかないまま互いの距離はぐんぐんと狭まり、残す距離は後3m、2m、1m。ギギギは眼前に迫る大蛇の頭部に金属杭の狙いを定めたまま、ガントレットに内蔵された魔術紋章を発動させ杭を保持している円筒機構に大量の電気を流した。ギギギのガントレットは高音の唸りを上げて、超大電流を即座に蓄えてから一瞬で解放し内部にしこまれたレールをカッと光らせる。レールに解放された大電流に従い、保持されていた漆黒の金属杭が目にも止められない速度で邪悪な蛇の頭部へ向けて打ち出され、ギギギのパイルバンカーがプラズマの粒子を吹き出しながら、空間を震撼させた。
—ジャア゛ア゛ア゛ッ
「チッ、脳天外サレタッ! クレア、ケイッ、後頼ンダ」
ギギギの打ち込んだパイルバンカーはすんでのところで急所を外され、大蛇の片目をえぐるにとどまってしまった。そのギギギはパイルバンカーの反動を緩和するように空中で身をくるりと回転させ、大蛇の後方へと勢いのままに飛んで行く。腹をえぐられ、片目を潰された大蛇はのたうち回り、あたりの壁と床を粉々にして怒りを顕にする。クレア・レッドカード伯は大蛇が冷静さを失った瞬間を見逃さず、ギリギリと研ぎ澄ました魔力を解放させるべく祝詞を唱えた。
「あいや任されたっ! 熱き魂の刃を情熱で鍛え、熱意で研ごう……獄炎斬」
クレア伯はこれまでにない速度で剣を鞘口に沿って走らせ、白熱する剣閃を大蛇へ向かって飛ばした。超高熱の剣閃と化したファイヤーボールは大蛇へ達すると、視界が歪むほどの高温を撒き散らしながら爆炎を巻きおこす。クレア伯とその後ろに控えるケイは片腕を前方に翳しながら、爆発の中心をじっと見守った。
大蛇の強固な鱗に着弾し、巨大な爆炎を巻き起こしたクレア伯の魔術は、大蛇の鱗を深く深くえぐりとり、大蛇の気色悪く青黒い肉をむき出しにした。びくびくと痙攣する傷口は大蛇とは別の生き物のように脈うち、その内側から肉をボコボコと押し出して傷口を埋めようとしている。辺りに残る高熱によって景色は歪んだままだったが、大蛇の傷口の動きをケイは見逃さなかった。
「この蛇野郎、いちいち回復を許すほど現実は甘くないんじゃ!」
ケイは眼前にそびえる邪悪な大蛇をののしりながら、手元のレールガンの出力を最大に、モードをフルオートへと変更してトリガーを限界まで引き絞った。その刹那、レールガンはキィイーーンという高音を広場へ反響させながら銃口から強力なプラズマのマズルフラッシュをまき散らす。その弾丸はもはや幾筋もの光と化しながら太蛇の傷口へと一直線に注がれた。
ケイの弾丸は着弾する度にズブズブと蛇の肉や骨を焦がし、蛇だった破片を彼方へと吹き飛ばしていく。その音と匂いは顔をしかめたくなるような生理的嫌悪感をケイへと与えたが、それにより弾幕の勢いは薄まるどころかより強い殺意を持って増していった。大蛇は傷口を無慈悲にえぐる攻撃に対して身をくねらせて逃がれようとするが、クレア伯により付けられた傷が大きく躱しきるきることができず傷口はだんだんと大きく、大蛇の動きは緩慢になった。
「クレアおじさん! 5秒後に熱いヤツをもう一発お願いします。……カウント、5、4」
「任された! 2、獄炎斬、“零”」
クレア伯は抜き身の小本刀を正面中断に構えて、“零”のタイミングで小さな円を描くように小太刀を振るった。その剣先からは白熱する日輪の如き超高温のファイヤーボールの輪が音を置き去りにして大蛇へと飛んでいく。その速さと鋭きはまるで剣聖が振るう極技のように凄まじく、そして美しい剣の閃きであった。
ケイのレールガンから注がれる弾丸の雨ががちょうど切れるタイミングで、クレア伯が放つ白炎の大輪がボロボロになった大蛇の傷を襲い、着弾と同時に先ほどよりも強烈な光と熱を辺りに拡散させた。
ージィイイ゛イ゛イ゛イイイ゛イ゛イイ゛
大蛇は傷口を通して体内を焼かれる痛みに頭をのけぞらせて、この世を呪うような断末魔をダンジョン内へと響かせる。そして数刻すると、大蛇はニトロにより扉に空けられた穴にその長い巨体を詰まらせたまま、巨木が倒れるように、重力に引かれるがままに地面へ音を立てて倒れ伏した。その大蛇の腹部は見るも無残に体内から黒々と焦がされて、ケイ達がまんじりともせず様子を伺う広場には脳にこびりつく程嫌な臭いが立ち込める。
「くせえええ、ガスマスクしてるのにマジで臭すぎる。脳のシワにこびりつく程くせええええ」
ケイはガスマスクの淵が紫になるほどきつく締めつけて、あまりの臭さにボロボロと涙を流して立ちすくんでいた。ケイの周りでは散らばってしまった荷物をせっせとあつめるギギギ達三人が忙しそうに動き回っている。
「焼ケッテ言ッタノハ、ケイ。アンマリツベコベ言ウト食ワスゾ」
「ロンジ・ダンジョンの火竜の亡骸でござる、ケー殿、暴言はあまりよくないですぞ?」
「はあ熱い死闘をくり広げたというのに全く締まらない男よ。ケーは匂いに神経質だからな、これを機に鍛えらたらどうだ。それより大扉の向こうに行くには大蛇の亡骸が邪魔してるがどうする?」
テスラは荷物にふり積もった砂塵をせっせと片付けながら、視線だけを未だ使い物にならないケイへと向けていた。呆れとも哀れみとも取れるテスラの視線に向き直ったケイは、腕を組んでなにやら考えて余り息を吸わないように口を開けた。
「え、ひどくない? 嗅覚は鍛えられなくない? はっ、そうだ。蛇の亡骸はフリーズドライして砕いちゃおう、そうしよう。臭いも通路も一挙解決だ、いいよねクロン君」
「ジィジィっー!」
「よしそうと決まれば、さっさと蛇肉フリージングトンネルを作ろう。もう臭すぎて歯茎までなんか痛くなってきた……」
ブツブツ言いながらケイはフードを目深に被ると、腕をブンブンと景気良く振って毒と死の香りを蔓延させている蛇の死体へ向かって漸く動き出した。
30分後、大きな黒扉には魔術で丸ごと急速冷凍された大蛇が詰まっていた。爆破により開けられた穴に詰まっている部分の胴は、もとの太さの3分の1まで削られており小型のモンスターがすり抜けられるくらいの通り道が出来上がっている。そのトンネルの先は濃い紫の霧と暗闇がねっとりと広がり、この先になにがまっているのかはちょっと中見たくらいではわからないため、出発の準備を整えたケイ達4人と1匹は扉の前にならんで気合を入れなおしていた。
「さあこれから扉の向こうに踏み込みますが、ギギギ、この先にモンスターっぽい魔力はないんだよな?」
「無イ、生物ガイナイッポイ。」
「わっちは、やっぱり大蛇はダンジョンの宝を守る主で、この先には古代の宝が眠っているっていう展開に賭けたいな。」
「某も同意ですな、人間苦労に見合った褒美をねだってしまうもの。ただ宝石や希少鉱石といった夢と希望がなければ、このロンジダンジョンも都市シャンピンもここまで栄なかったでしょうから、やはりここでも超巨大な宝石原石が我々を待っていると嬉しいでござる!」
「まあ実際に行ってみましょう、ロンジダンジョン最終層へ」




