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INT 転生前はエンジニアをば営んでおりました  作者: 猫野美胃
2章 ナカツクニ連邦編
20/37

働きもののクレア

 第26層で充分な休息をとったケイ達一行は元気に、金属質な岩肌のダンジョンを進み出した。相変わらず蜘蛛や虫やらコウモリやら見た目のおぞましいモンスターが群れになって一行に殺到したが、一行は台所に出てくる黒くて小さい悪魔Gを叩き潰すように軽々と処理していく。


「ひええええええきももももおおおい、だからわっちは20層代は嫌いなんだああああ」


「テスラ女史、落ち着かれよ。この石喰いワームやクリスタルアントなんて非常に栄養価が高く、美食家の間では高額で取引される高給食材ですぞ。そいやっ」


 クレア伯は切羽詰った様子のテスラを嗜めながら、腰に携える小太刀を目にも止まらぬ速度で抜刀する。小太刀を振るった先にいる巨大な芋虫と蟻とはまだ5m位離れていたが、モンスター達は動きを止めた。


ーズブブブブ


 クレア伯が流麗な太刀捌きで小太刀を鞘に納めて残心すると、モンスター達の身体に細く黒い線が横一閃に浮き出る。次第に黒い線は太くなり、モンスター達の身体は上下2つに分断されて崩れ落ちた。その断面は真っ黒に炭化しており、その殺しても死なない強靭な生命を問答無用で終わらせたことが伺えた。


「相変わらず凄いですよねクレアおじさん。その小太刀に刻まれた魔術紋章がただの薄いファイヤーボールとはいまだ信じられないですよ」


「毎度そんなに褒めて頂けると嬉しいでござる。この前みたく教えてしんぜようか?」


「いえ僕には、ちょっとやそっとでは絶対に出来ないと悟りました。気合入れて振ってもお好み焼きみたいにな潰れ火球が飛んでくだけですからね。」


「ギギハケイヨリ上手イ! オ好ミ焼キノ鉄板位ハ薄イ、ケド速サガ足リナイ。テスラナラ出来ルカ?」


 テスラは群がってくる巨大蟻にいつもの鋭さのかけらもない斬撃を放ちながら、ヒステリックな声をあげた。


「いいからこっち手伝ってくれっ! わっちは魔術は使えないからお前らみたく火で蹴散らせないんだ!」


「20歳で、元筆頭ハンターのくせに何言ってるんですか。ほらそろそろ次のエリアですよ頑張ってください」


 和気あいあいと進む一行の先、洞窟のようなダンジョンの通路前方にはこれまでよりも深い闇がぽっかりと浮かんでいた。




 第30層から第39層は一つの巨大な地下空洞の中に存在する。正しくは地下巨大湖とその波間に浮かぶ8つの飛島から構成される巨大水上迷宮だ。入り口と出口に小さな陸地と、8つの三日月型の細長い島が中心から渦巻くように存在している。一つ一つの島は全長2〜3kmで隆起したように水面上に突き出す形状をしており、その上を進むのは困難を極めるためハンターの間でも難所とされている。その階層の入り口に立ち並ぶケイ達は荷台をいじって準備をしていた。


「通称”龍の巣”と呼ばれる地底湖エリアに到達しました、皆様お疲れ様です。でこのエリアですが第31層〜第38層と呼ばれる飛島を渡っていくという方法と、船で水面を渡るという方法があります」


 ケイが改たまって一同に説明していると、テスラがいち早く手と抗議の声をあげる。


「おいケー! 船で渡る手段なんて無いの知ってるだろう、水面を動く馬鹿な餌は地底湖の主”ビックキス”の胃酸の海に沈むんだ」


「はいっ、そこの元筆頭ハンター20歳! 古い考えは捨てるのです。やつは暗闇の湖で目が退化してしまい動くものなら何でもその大きな口で丸呑みするという雑な戦法をとります。つまりそれっぽい大きさの水面を動くものがあれば、それを追いかけるのです。さあ今こそ科学技術が未来を切り開く時です!」


 そういうとケイはクロン君の荷台から一昨日ダンジョンを照らすのに使用した球状のエアドローンを取り出して、近くに倒れている枯れ木に向きを微妙に確認しながら固定する。ケイは手元のコントローラーを操作してエアフィンの向きをクイクイと変えて、モーターボートのような枯れ木に十分な推進力がかかることを確認し始めた。その様子を見守るテスラがおずおずとケイへと高まる疑問を投げかける。


「まさかケー、それを囮にしてビックキスを回避しようっていうんじゃないだろうな? わっちらの船はどうするんだ?! そんなもの用意してないぞ?」


「ありますあります。このクロン君の荷車に皆で乗りこみます。あとは僕とクレアおじさんでこう風をババーンって感じで制御して突っ切ろうかと、どう思います?」


「ケー殿はやはり切れ者だ、某の風の太刀に任されたし!」


「ギギギハ、オールオッケー」


「……あれ、どう考えても作戦雑じゃないっ?! 急に最後ガバガバじゃない?!」






 過半数の賛成を得たケイは丸太で作ったデコイボートを水面に浮かべ、モーターを唸らせ水面を飛ぶように疾走させ始めた。


ーッッパアアーーーン


 すぐに超巨大な口を開けた深海魚のような不気味なフォルムのビックキスが水柱をあげて巨大湖の水面へと現れる。デコイボートはギリギリのところで地底湖の主の丸呑みを避け、暗闇の湖で追いかけっこを始める。その隙にテスラ達は水漏れ加工された荷車を湖面へと押し出し、その上へと急いで飛び乗った。急造ボートとなり果てた荷車の後端では、後ろを向いたクレア伯が瞑想しながら仁王立ちで構えている。


「…………空を切り、水面を割るも、人を断たず。然して神風斬っ!」


 クレア伯は目をカッと見開くと手元の小太刀を切り上げるように抜刀し、一線に凝縮された暴風を巻き起こした。反動を受けたケイ達を乗せる小舟は水切り石のように水面をカッ飛んでいく。全員吹き飛ばされそうな体を荷車にしがみ付かせて、残像が残りそうなほどの加速度に耐える。クレア伯はといえば仁王立ちのまま次の魔術を放つべく構えに入っている、そしてその腰には荷車を覆うようにしがみ付くクロン君の尻尾がしっかりと巻きついていた。あまりの衝撃音にデコイボートを追っていたビックキスも方向転換し、ケイ達の小舟を追い始める。それを見たケイは慌ててエアドローンのコントローラをギギギへ渡すと小舟の舳先へとしがみついて右へ左へ風の魔術を撃って舵を取り始めた。


「クレアおじさーん、主がこっち来たので作戦変更でーす! 舵取りはこちらでやるのでー、最高速度をお願いしまーす!」


 声は全て後方へと流れてしまうがクレア伯には届いたようで、クロン君に掴まれたままのいぶし銀の魔術師は暴風の魔術をどんどん後方へ放つ。そのすぐ後ろには巨大な口を開けた地底湖の主が大波を立てながら迫っていた。


「神風斬。…そして、……原始の息吹よ吹き荒れよ、赤雷斬っ!」


 クレア伯の小太刀から鋭い気が籠った赤く燃え立つ巨大な雷の刃が放たれ、巨大な魚と正面で激突して空気が振動するほどの轟音を地底湖に轟かせた。湖面に立つ水しぶきを赤く染めるのは赤雷か、はたまた地底湖の主の血か全てはしぶきの中に隠されてしまった。




〜・〜・〜・〜




 現在僕達4人と一匹は前世のジェットボートよりも早い速度で水面を疾走している、というか半分以上飛んでいた。なぜかと言えばクレアおじさんの強力な風魔術のおかげだ。ギギギは口を開けて頬袋をハムスターのように広げて風を楽しそうに感じているし、テスラさんは度々身体をゾワゾワと襲う浮遊感にキャーキャー声を上げており、思い思いに楽しんでいるようだ。そして僕らの強力一気筒エンジンのクレアおじさんは、先ほど地底湖の主との勝負に勝ったのが嬉しいのか暴走状態に陥っていた。さっきから神風を起こしまくって、少し前はあれほど離れていたはずの地下巨大湖の対岸がもうすぐそこに見えている。


「クロン君! このままだと全員死にます! クレアおじさん(の息の根を)を止めてください!」


「ジィイイ?」


「アカン、言うこと分かってない! モンスターテイミングて何なんだよ一体。ギギギっ、クロン君をくすぐれっ」


「アバババババ、アイサー!」


 クロン君の横にいたギギギが六つ足のクロン君の右前脇と右後脇の比較的柔らかい部分をコチョコチョとくすぐる。


「ジィっージィっジ!」


「コチョコチョコチョコチョ」


 蜥蜴のくせにやけに人間ぽく笑うクロン君は、高速巡航しているため6つの足はそのままに身をくねらせる。そして、耐え切れなくなったのか尻尾を大きくうねらせ、クレアおじさんは前方に人間砲弾かのように飛んで行った。


「ジイーーーーーーーーーっ!?」




 その後、緩やかな速度で対岸の出口に辿りついた僕達を、"もう遅いぞっ!"ってな感じのポーズをとった半裸のクレア・レッドカードが待っていた。ボロボロに擦り切れた道着は露出の高いショートパンツとタンクトップみたいになってしまい、クレアおじさんの逞しい生足をこれでもかと際立たせていた。


「いやー、先ほどは誠にすまなかった。何だか興が乗ってしまいましたね。まさか地底湖の主と正面切ってぶつかり合える日がこようとは思わなんだよ。またクロン君の尻尾投げはなかなかに強力ですからな、ケー殿達は特殊なトレーニングを積んでない場合は止めた方がよいですぞ?」


 おそらく湖に着水したのだろう、なんだかツヤツヤと水に濡れた肌がなんだか爽快感を出している。そんなクレア伯をみつめる僕たちの瞳はうさんくさい悪徳商品でもつかまされたバカな客のようだった。クロン君は嬉しそうにジィジィいいながら屈強な体へとすりすりまとわりついていた。




「テスラさん、今日はちょっと早めですが荷車の点検やらしないといけないのでここらへんでキャンプにしませんか? ちょうど水場もあるし、クレアおじさんのおかげで湖の主も静かになりましたし」


「ああ、今日は色々疲れたしそれがいいかもな。わっちもそろそろ水浴びしたいしな。ギギギもそうだろ?」


「オ湯タオルデモイイケド、風呂ハ尚ウレシイネ。ジャア周リニヤバイモンスターイナイカ見回ッテ来ルナ」


 本日のキャンプ地を地底湖の湖畔に決めた僕たちは、酷使した荷車を湖面からあげてそれぞれ準備をテキパキと進めていった。




 静かな暗闇の湖畔には直ぐに、テントと焚き火と石を積み上げて作られた調理竈が姿を現した。現在、テスラさんとギギギは少し離れた岩陰で水浴びに行き、僕が大活躍してくれた荷車の修理、クレアおじさんが晩ごはんの準備と湖から汲み上げた水の煮沸消毒にあたっていた。大体は水魔術で飲水等を確保しているが、原理的には空気中の水分を集めるだけなのでどうしてもまずくなるため飲水は持参タンクに持ってきているのだ。


「ケー殿、のぞきに行かんのかな? 紳士の嗜みですぞ?」


 竈の周りに差し立てた何かの肉の串焼きの向きをくるくると変えながらクレアおじさんは精悍な顔つきで問いかけてくる。僕は手元のトンカチを置いて竈の方を振り返る。


「テスラさんは以外に純情らしいので傷ついて塞ぎ込んでしまいますからね。まあ魅力的ではありますが、いまはまだ資格がないということで行けません」


「ふーむ、難儀でござるなあ。以前伺った記憶を一部消されてしまった故郷の幼馴染さんと親友さんのことを考えておりますな? ケー殿は悪くないし、友人方は今も健康に過ごされているというならケー殿が気に病むことはないのでは? 男たるもの人生は上を向いていねばいけませぬぞ、視線もあそこも!」


「いい言葉なのか最低なのかいつものギリギリですねクレアおじさんは。でも、……いつも助けてくれて、ありがとうございます」


「なんのなんの! 某も助けられてますからな、あっはっは。記憶といえば、ケー殿の前世の記憶の世界はどんなとこだったのか話して聞かせてくれないかな? 某前から興味がありましてな」


 僕が前世の恐らく異世界の男の記憶を持っていることは、このナカツクニ連邦ではごく限られた人にだけ話してある。前のサボン国で邪教徒に目をつけられてしまった理由が何なのかは定かではない、ただ僕が悪目立ちしていたことは少なからず影響しているためこの国ではひっそりと生きている。またイブやロームみたいな犠牲を出してしまわないためにもだ。そしてテスラさんやクレアおじさんは数少ない秘密の共有者だ。


「突拍子もない話ですよ? もしかしたら嘘かも?」


「ケー殿の御業と心根を見れば本当のことと直ぐにでも分かるというもの。水を煮る作業はとても退屈なのでな、ケー殿の持つ不思議な世界の記憶を垣間見せて欲しいのでござるよ」


「えー、そうですね。大体似てましたねー。地面があって空があって、草が生えてて空気があって。空も海も青く美しい世界で、美しい夕焼けと輝く月が好きでしたね。日が巡れば春が来て、夏がきて、秋になって冬がくる。ああ温暖の差はかなり緩やかだし、自然環境もこのジダマより大分優しい世界でしたね。魔術やモンスターはいませんでしたが、人間や犬や猫や動物が溢れていましたね」 


「なんか某らの世界と余り変わらんなぁ」


「フフフ、気が早いですよ! その世界ではなんと、僕が使う電気で動くような便利な"機械"がそこら中にありました。それらは魔術とは別の力"科学技術"でたくさんの不思議な現象を起こし、人間の生活を豊かにします。例えばこの荷車よりも何倍、何百倍も大きな金属の乗り物が人をたくさん乗せて高速で走っていましたし、絵の中の人物がそこにいるかのように話し動き回りました。僕が使っている電気部品やICチップなんかよりずっとずっと高度なものがそこら中に溢れているんです。そこら中です、それこそ人間の頭や腕の中にも小さな電気部品が埋め込まれていました」


「おおなんと夢物語の様な世界でござるな! ケー殿の魔術道具より凄いとなると想像つかないでござる。ただ人間の身体にも埋め込むというのは恐ろしいですな、魔術がないのも某は嫌だなぁ」


「それは一例ですよ、埋め込んでる人は半々くらいでしたね。でも便利なんですよ、その機械があるといつでも図書館が頭の中に存在するようなものです。この石がなんの石か、街の図書館まで行かずに分かっちゃう感じですかね」


「目が回りそうでござる、某はこの世界でよかったなあ。ケー殿の前世の世界でも争いはあったのかな?」


「小さいのはありましたね、ただこの世界の様な国による言語の壁というものはありませんでした。正しくはコンピューターという機械が自動で翻訳してくれるのです、たとえばコンピューターがあればナカツクニ連邦の人間とサボン国の人間は互いの言葉を無勉強でも滑らかに会話を楽しむことが出来るんです。他者、他国間の意思疎通がこのジダマよりも進んでいたので、何億もの人間が死ぬような戦争はありませんでしたね」


「それは素晴らしい、某、一度ナカツクニ連邦の北にあるルシャンを旅してみたいと思ってるんだが、どうにも言葉の壁が高くてな。ルシャン人は大変美しく、物語に出てくる天の使いの様なんだが言語体系が全くことなるので世間話もできないでござるよ」


 そういったクレアおじさんの乳を揉むような手つきで目の前の空中をモミモミし始めた。言葉の壁を越える原動力はどの世界もエロなのかもしれない。そんな下らない話をしていれば、テスラとギギギがさっぱりした笑顔で戻ってきたので僕らは今日のクレア飯を皆でいただくことにした。







〜第29層にて〜

ケイ「クレアおじさんの魔術って、やっぱりその居合術っぽい動作に強さの秘密が隠されてるんですか? 鞘口に魔術触媒っぽい石がついてますし」

クレア伯「いや居合術は、カッコイイからやってるだけでござる」

ケイ「へっ?!」

クレア伯「普通に抜き身からでも発動できるでござる」

ケイ「でも毎回発動前に溜めの様に構えてるじゃないですかっ?!」

クレア伯「カッコイイですからな、雰囲気を溜めてると言えるかな、あっはっはっ」

ケイ「oh...」

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