入学式エアーガン
なぜだか前世の記憶を持つ僕は、戒驕戒躁に研鑽を積み晴れて明日「王立魔術師高等教導学園」へと入学する。通称“王立魔術学園”は、この国最高峰の魔術師教育研究機関であり、僕と幼馴染のイブは明日の入学式へ向けてそわそわと準備にいそしんでいた。
「イブ、明日持っていくものは、入場用の紋章プレートと筆記具と・・・、他に何か必要だっけ?」
「もう、ケイ君は全くだめだなー、全く。まずハンカチでしょ、あ、ちり紙も持ってね。ミズーリさんに水筒と昼食も用意してもらわないと。そして、オリエンテーション用の資料でしょ、学費免除手続きの書類も用意しておかないとだし、散歩じゃないんだから全くぅ」
幼馴染みで居候のイブは嬉しそうに文句を言いながらも、しっかり二人分の準備をしてくれるあたり大変に優しいと思う。窓から見える月は天高く白く昇り、ここ数日見たなかで一番輝いているような気がした。
現在ケイと両親、そしてイブがいるのは故郷の街から馬車で2週間ほどかかる王都の新居である。一行が新しい家に着いたのは1週間も前で、引っ越しの荷物もだいぶ片付き、ようやく新生活への不安と期待をそれぞれヒシヒシと感じ始めていた。ケイの両親はイブがいる生活に即馴染み、”娘ができたみたい”と本人を前に大はしゃぎして以前より張り切ってあれこれ世話を焼いている。当のイブは鏡の前でシワ一つない制服を試着して、何かを思い出したように口を尖らせながらベッドでだらけるケイへと振り返った。
「そうだ! ケイ君は主席入学の挨拶用意した? 来る馬車の中で考えるっていってたけど、ちゃんと考えた? 私も楽しみなんだからね」
「・・・ああ、も、ももちろん考えてあるさ。・・・それよりイブ、制服がとてもお似合いですねっ! なんといか、まるで貴族のお嬢様みたいですヨ。よっ王都一かわいいヨ!」
「もう! そうやって茶化して、いつもうやむやにするの得意なんだから、もう」
イブは頬と耳をほのかに赤く上気させながら新品の制服のスカートの裾をテレテレとした。ケイの前世の記憶を元に例えるならば、花も恥じらうほど可憐な”女子高生”姿だった。伝統的な魔術師見習いの色である紺色をベースにしたブレザータイプの制服、その関節部分には革製のサポーターが取り付けられたかわいらしくも機能的なデザインだった。
膝丈のスカートの裾を軽く握りながら大変に可愛らしい制服姿を披露する幼馴染と二人きりの状況で、ケイの邪心や恋心が爆発してしまわないのかといえばそれがない。幸か不幸かケイの心がチグハグなせいだ。この世界はどうやら体の成長速度がケイの前世の世界より早く、この世界の10歳は前世の16、7歳くらいの体格に相当するのだ。小さい頃から前世の知識を無意識に拠り所にしていたため、成長してみれば早すぎる体の成長に心の成長が乖離してしまうという問題が生じていた。今は、日々の自分の中の違和感を消すことで精一杯で、色恋沙汰に回す余力は皆ど無い状態であった。
そうは言ってもイブが可愛くないわけではなく、背格好は小さめだが贔屓目に見ないでも顔は優れている方だとケイは思っていた。色白で、小顔で、どこか控えめな顔のパーツが綺麗にまとまっていて絵から抜け出たみたいな少女だった。切れ長で少し垂れ気味の目尻が優しい印象を万物に与えるし、肩口まで伸びた茶色のサラサラした髪は清潔感を漂わせ、街にいた時も何やら一部に人気があったのは、線が細く、儚くて、庇護心をくすぐるタイプだからと分析している。ちなみにケイは中肉中背を体現し、特徴のない容姿だ。1週間顔を見なければ10人が10人とも見間違えるタイプだろう。
僕は明日の代表挨拶をあまり追求されてもいけないので立ち上がり、大きくあくびをする。
「明日は早いから、そろそろ寝よう。お休みイブ、明日起こしてくれよ?」
「そうだね、じゃあまた明日。おやすみばいばい」
イブが自室を出て行った後、僕は電灯を消して深い眠りに落ちた。
翌日この世界の暦で“桜の月の1日”、全国から集められた優秀な魔術師の卵たちの門出を祝う式典が、ここ王立魔術学園で朝早くから絢爛豪華に始まっている。
僕とイブは両親に付き添われて、学園に特設された会場の入り口に来ていた。
「俺はなんて幸せな父なんだろう。ケイ、イブちゃん! この幸せ父野郎を許してくれ」
「あなた、ケイはともかくイブちゃんにまで失礼でしょ!」
そんな僕の両親を見るイブは、二人のやりとりに急いで口をはさむ。
「こんな居候の私によくしてくださる上、ケイ君と同じように褒めてくださって本当に嬉しいです。ありがとうございます」
「いや幸せ父野郎ってなんだよ、褒め言葉かよ!」
雑談を交わしながら、重厚な学園の門をくぐると中は文字通り魔術の園を体現していた。
巨大な炎、氷、雷、光の柱が会場までの道の脇にいくつも空に向かって聳え立ち、空中には大きな水球が幾つも浮いていた。水球の中には、見たこともない魚が群れをなしてうねり、回遊している。
空を埋め尽くす圧倒的な光景から視線を下ろすと、入学式の会場である大講堂へ群がる列が目に入る。列は二つあり、生徒と親を分けてどんどん巨大な講堂の中に入れているようだった。会場となる講堂はかなりでかく、僕はこの世界ではこれほど大きく高度な建築物を見たことがなかった。手短に両親と別れイブと一緒に中へ踏み入ると、荘厳な石造りの壁面を高貴な意匠で内装し尽くした広大な空間が広がっていて、二人ともおもわず感嘆のため息がこぼれた。
僕らが案内の列に従い進み1階部分の長方形型の会場に入ると、そこには既にたくさんの入学生と在学生がひしめきあっていた。隣に立つイブが不安そうにこちらへ肩を寄せてくる。僕は極力子供をなだめすかすような優しい声でイブへと話かけながら、空いている席を目指す。
「特に目立たなければ大丈夫だと思うよ? というかイブ、そんな挙動不審だと逆に目をつけられるかもよ?」
「そんな意地悪言わないでぇ、私はケイ君と違って小心者なんだよぉ」
怯えるイブを引き連れて空いている後方の席に座り、式の開会を待った。
式はそれから程無くして始まった。
遠くからでわからないが、メガネのおよそ魔術師らしくないマッチョな体躯の人物がずーっと喋っている。多分ここの一番偉い人なんだろうけど、そんなマッチョで大丈夫かと不安になるほどの筋肉量だ。僕も途中で入学生代表挨拶に呼ばれテキトウに挨拶をした。学園側からサンプルで貰った文をそのまま読んだけど、間違ってないはずだ。イブにも見せてなかったので席に戻ると痛く感動してくれた。
入学式の後には、今後の学園生活を決めるクラス分け発表が待っている。
この学園では教導と育成の効率化のために、入学生の行使できる魔術クラスにより分類される。入学生100人を上からA,B,C,Dのクラスに分類し、そのクラス単位で今後の学園生活は進むことになる。僕もイブも入試結果からAクラスに分類されるのは間違いないのだが、真の問題はそこから先になる。
この魔術学園の式典が絢爛豪華な理由、無駄に金のかかる制服なんかがある理由、学園の建物の規模が現代建築並みに高度な理由、それは単に魔術師になるのは主に潤沢に金を持て余した貴族の子弟ばかりだからである。実務や実戦で十分に有用に魔術を行使するには、かなりの訓練が必要になるとされているが、そのかなりの訓練を担うのがこの学園なのだ。大自然の猛威が吹きすさぶ中で、一瞬で街壁や田畑を興したり、大型のモンスターを駆除したりできるほど魔術を行使できれば大変有効となるため、コストがかかっても騎士や領主の子弟がこの学園に集う流れになっていた。
その何が問題になるかといえば、ただの街の商人の息子と、薄汚い狩人の娘が特待生として紛れ込めば、間違いなく異物として扱われるからだ。
入学式後、生徒は名前を呼ばれクラスの担当教導官の前に一度集められてから、クラスルームへと向かう。予想通り僕とイブは移動中から既に好奇や軽蔑の眼差しを一身に受けた。だから入学生代表挨拶やりたくなかったんだよ。
クラスルームは、大講堂の横にある上から見ると十の字のような建物の一階にある。四方に突き出た棟に各学年が集約されており、1学年Aクラスは東に突き出る棟の一階の中心よりの部屋だった。この建物も石材と木材を金具でつなぎ形成する割と現代に近いような作りで、緊張で前もおぼろげなイブの隣で密かに感動してしまった。
自席に着くと、もっさりした髪に丸メガネをかけた優男風の担任が気楽に挨拶を始めた。
「えー、まずは入学おめでとう。これからAクラスの教導の取りまとめを担当するウェンジョーだ。厳しく、時には厳しくいくのでよろしく。まずは自己紹介をしてもらおうかな」
そして、獲物を探すように首を左右に振り始めた。そして、なぜかウエンジョーの視線を捉えてしまい、緊張が走る。湧き出る不安を他所に、ウエンジョーはニヤリと笑うと前を向きなおして口を開いた。
「じゃあそうだなあ、せっかくだから主席からこう時計周りにやろうか。じゃあ、最初よろしく」
僕はこの先生に何かしただろうか、苦手だ。イブも後ろの席でガタガタ震えているじゃないか。よし、ここはいっちょ下々の民の力と威厳を見せてやろうと息巻いて、ガタンと景気よく音を立てて席を立った。
「はじめまして、ケイ・トーマスオです。皆様のような高貴な方々と机を並べて教導を受けられることに喜びと誇りを感じております。私とこちらのイブ・ロータンは恐れ多くも平民のため、常識と気品が足りず粗相をしてしまうことがあるかと思いますが、寛大な心でお許しいただけたらと思います。どうそ、よろしくお願いたします。」
顔面蒼白なイブも僕のエセ敬語に続こうと、ガタガタと席を鳴らしながら立ち上がり一言なんとか「よろしくお願いします」と言った。
——シーン
僕らに対する周りの視線は、なんとも見定めづらい曇った視線だった。そんな沈黙を先生が軽く笑い飛ばす。
「ははは、まあ緊張して当然だろう。お前らも、身分で相手を見定めるなんてはずかしい真似すんなよ、仲良くな! じゃあ次」
そのあとは特に問題もなく自己紹介が済み、今後の学園生活についての説明が始まった。自己紹介が終わって驚いたのは、本当に僕ら以外は貴族か、貴族以上の金を持つ豪商の子弟だったのだ。その日1日、僕とイブは誰とも話すことない代わりにトラブルにも巻き込まれずにストイックに過ごした。
オリエンテーションが終わり、下校となるころにはクラスで小さな集団がいくつもでき、楽しそうなおしゃべりがあちこちから聞こえていた。そんなクラスを背にして、誰とも仲良くできなかったことをイブと二人ごちながら校門へと向かっていると後ろから声がかかった。
声に振り向くとお供4人を引き連れた180センチほどの金髪の男が立っていた。クラスで見た気がしないでもない彼は、きつめの顔をさらにきつくしかめて苦々しそうにこちらを見ている。……期待してはいなかったが、おそらく友達になってくださるとかそういう方面の望みは薄いだろう。
「おい汚い平民共。まだ間に合うから、学園から大人しく消えないか? 学園や国の品位に関わるというか、正直いえば畜生以下の平民が俺と空間を同じくし、席を並べ、果ては食事まで一緒とるなんて耐えられない屈辱なんだよ。掃き溜めで縮こまってろよ」
イブは色白な顔を一層白くさせながら怯え、ガタガタ振動している。あと袖を掴むのはやめてくれ、そんな高い振動数だと伸びそうだ。心が擦り切れそうなイブを後ろに隠して一歩前に出る。
「これは、ゴラン・トリノ様! 私共と口をきいてくださりありがとうございます。一見すれば脅迫に聞こえますが、あまねく教育を司るトリノ家の次期当主様にはきっと深い意味が隠されているのでしょう。あ、周りの貴族に目をつけられていじめられるから早急に帰った方がよいとお教えくださっているのですね! 慧眼だけでなく深い慈悲までお持ちのゴラン様のお言葉に従い、失礼させていただきます! それではっ」
言うが早いが、ゴランを背にして恐怖で振動するだけマシーンとなったイブ・ロータンを無理やり押しながら、この場を去るべく歩み出そうとする。瞬間、
——ッっシュ
僕の顔の横を何か熱くたぎるものが豪速球で過ぎていった。肩口を見れば少し焦げた痕がある。おいおいおい、これは“ファイヤーボール”を撃たれたということでいいのか。イブを前方に離れるように押し出し、僕はゴランへと振り返った。
「おいおい、なんで平民がそんな不遜な顔をしているんだあ? 我ら貴族をコケにした態度は不敬に当たり、この国のために罰を与えるのが当然の流れじゃないか、なあ平民」
くそ、だから気位の高い貴族は嫌いなんだよ。故郷の街の領主もこんな感じで平民をまるで資源のように扱ってたし、貴族にまともな奴はいないんだろか。この社会の仕組みに脳内で愚痴ってると、こっちがビビっていると勘違いしたのかゴランが声音を高くして騒ぐ。
「さっさと退学するか、死ぬかしろよ。正直お前が首席というのも怪しいものだ。薄汚く何か不正をしてここに紛れ込んだじゃないか。後ろの女も貧相で、下品な顔立ちで見ていて気持ちが悪くなる。街の汚売春宿で腰でも振ってろよ」
—プッツン
幼馴染の友達をバカにされた瞬間、悔しい気持ちが心の中にどうしようのなくあふれ、わかりやすい音を立てて何かが切れた。どうしてこいつに、イブがおとしめられないといけないんだ。イブは身分違いなのはわかった上で、大好きな魔術を学びたくてこうして首都まで一人で頑張ってきたんだ、貴族のくせにどうして気遣ってやることさえできないんだ。悔しさは次第に熱を帯びて頭と体をあつくたぎらせ、腰ポケットに忍ばせていた武器をいつのまにか抜いていた。
「おい、いますぐ訂正して謝罪しろよ。さもなければ、二度と僕らに近づかないように教導を行う。あくまで教導の一環だ、くそプライドがくそ高いくそ貴族が嫌とは言わないだろう」
こちらの挑発にゴランの額の青筋がやばいことになっていた。顔色の赤くなったり青くなったりして、周りのお供も若干引くほどキレている。
ゴランは先ほどから手にしていた触媒としての短い杖と、紋章としての魔術抄本を更に強くに握りしめた。そして何がしかの魔術を発動させるべく魔術抄本の内側を短杖ですくうように触れ、そのままこちらへと短杖を振りかぶった。
速度を増す短杖の先端には、10センチほどの火の玉が急速に発現し、こちらへとものすごい勢いで放たれた。さっきとは違い殺気を撒き散らしている、脳天直球コースだ。
だが慌ててはいけない。早る心臓を押さえつけ、右手に持つ短筒の先端を火球の射線と合わせる。炎が瞬き一つの距離に来るまでじっと待つ。イブじゃないが、体が恐怖で振動してしょうがない、だがその場で微動だにせず待った。
——今だ! 狙いの間合いに火球が入った瞬間に短筒についている小さな引き金を引き、撃鉄を下ろす。
撃鉄には触媒が、短筒内部には紋章が刻まれており、その瞬間に短筒の内部で爆発が起きる。爆発はおよそ知覚できない速度で筒内部の空気を、これでもかと圧縮して、撃ち出す。開口部から放たれた圧縮空気の弾丸は、眼前に迫った火の玉にぶつかり、共に霧散した。
〜・〜・〜・〜
ゴランはなにが起こったのかわからなかった。
調子に乗る不遜で薄汚い平民に焼きを入れてやろうと、自慢のファイヤーボールをお見舞してやったのに、それは平民の頭を焼くことなく、直前で消えた。
その平民は怪しげな金属の筒を片手に、こちらへと悠然と歩いてくる。ゴランは手元の杖を乱雑に振りまくる。
「くそなぜ死んでないんだ。それをこっちに向けるなああああ!」
ファイヤーボールがケイの体と足に飛んでいく、だが今度はケイは体を反らすだけでかわす。しかも、その足取りでずいっとゴランへと近づいた。ゴランの瞳にはもう平民の顔もシャツの皺もはっきりとわかる距離だ。ケイは恐ろしいほど冷たい視線をこちらへ向けたまま、右手の筒をゴランへと向けた。
「さあ訓練だ、かわせ」
ケイが一言言い放つが早いか、指をかけていた引き金を引いた。ゴランは一瞬なにが起こったのかわからないような表情で、宙を吹き飛ばされた。地面に倒れ伏すと、腹部が殴られたように凹んでいる。
「くそくそくそくそくそ、なんだなんだどうなっていやがる?!」
「かわせ」
ケイは地に倒れたゴランを上から見下し、またも短筒の魔術を近距離で発動させる。瞬間、ゴランの目にもべこんと腹が物理的に凹まされたのが分かった。
「あああああ、いたああああああい、平民の分際で俺様に
——ッっずン
ケイはそんな様子に顔色一つ変えずに、引き金を引き続ける。
「・・・おまえ絶対に殺す、ぜった
——ッっずン、ッっずン、ッっずン
「おい、かわせよ」
「い゛て゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ええ、くそがっあああ、腹ばかり狙いやがってぇ」
いつの間にかケイとゴラン・トリノの喧嘩の周りには人だかりが出来ていた。ゴランが地面に倒れた後からは本当に凄惨なものだった。ケイが「かわせ」といいながら、眼に見えない弾丸をゴランの腹部に撃ち続けたのだ。ただ周りからはあの場でなにが起きているのか全くわからなかった。ゴランがケイに筒を向けられて、うめいているようにしかみえない。
一方渦中では、再三に渡るケイの攻撃によってゴランの腹部はもう限界に達していた。冷や汗を顔面いっぱいに浮かべながら、ゴランは謝罪を始めた。だがケイは聞き入れることなく、ただ「かわせ」とだけ言って攻撃を腹部へとひたすら撃ち込み続けた。
——ブり、ブリリリリ
そしてその時は、悲惨な音と共に訪れた。ボロボロになったゴランの腹部はこらえきれず、ゴランの下に茶色の水溜りが広がったのだ。当のゴランはこの世の終わりの様な顔をして、悔しそうに涙をながしながら、気を失った。
周囲の人だかりはあまりに凄惨な結末と現場に目を逸らした。当事者であるケイはゴランをそのままにしてその場を離れると、教師を一人連れて戻って来た。
眉間をつまみながらやれやれといった調子で、ケイの担任であるウェンジョーは迅速に処理を始めた。経緯は聞いたので、また後日にゴランも交えて話しをすることにして、ケイ達も開放された。
ケイは自宅の居間で放心状態から戻ったイブとお茶を飲みながら、二人で今日の出来事を振り返っていた。
「今日は大変だったな、でもきっと悪い奴らばかりでもないだろうし大丈夫だよ。今日のアレをみて僕たち2人に無闇に突っかかってくる奴もいないだろうしな」
「ケイ君の心臓はまるで鋼だよ、スチールだよ、全く! 私なんて首を切られるかと思ったんだから、もう。それに学園での悪質な魔術の行使はペナルティだし、初日から悪童まっしぐらだよ」
イブはケイの左胸心臓あたりをツンツンしながらからかう。街の教導所でも同じように難癖つけてくるやつは返り討ちしてたなあと思い返していたケイは、急にハッとして頭を振り下げた。
「ごめんイブ! 友達作りたかったよな。昔から僕がいたせいで女友達できなかったから、魔術が正当に評価されるこの学園で今度こそ友達欲しかったよな。また悪童ルートに巻き込んでしまった、ごめん!」
「え、違うよ? 友達については貴族様ばかりだから最初から諦めているし、というかケイ君がいればいいし。あ、安心とか安全という意味でね! 言いたかったのはケイ君は変わらないなあってこと。私がバカにされたから怒ってくれたんだよね、ありがとう! 結末は、まあなんとも言えなかったけど、きっと大丈夫だよ。切り替えてがんばろ! ね」
「イブ、おまえって奴は本当いい子だな。まあ、あれくらい心を折っておかないと後から怖いしな。報復の芽を摘み切ってしまわないとおちおちトイレにもいけないよ。それに、今日のは護身用に持っていた普通のエアーガンで、殺傷力はかなり低いし、超優しいと思うんだけどなあ」
「ケイ君は前世の記憶があるから、ちょっとずれてるんだよねえ。この世界の一般人たる私がいうんだから間違いありません、フフフ。ケイ君が使っているような精密に耐圧設計されて、紋章を内側に精密加工された金属の筒なんてこの世界にはないの」
今回ケイが使用したのはエアーガン、小さな樹脂製の弾を発射する方ではなく、工場等で使用される工業用エアーガンの奇形だ。ケイが製造したものは、30センチくらいの片手で握りきれない位の太さの金属筒で、魔術発動用の紋章が内部にびっしりと刻まれている。両端は空気の弾丸が飛ぶように抜き穴と、触媒を取り付けた撃鉄を筒内部の紋章に接触させる為の小さな貫通穴が開けてある。空気を爆縮させた瞬間に撃鉄は、小さな貫通穴から空気とともに戻され、自動で発射状態になるから連射にも向いている品だ。ただし有効射程は短く1〜2メートルが限界の、近接仕様となっている。
一見簡素な構造のエアーガンが、なぜこの世界で発明されていないのか。前世の技術レベルと比較して製造用の設備、工作機械、製造プロセスのレベルが圧倒的に低いからだ。ではなぜケイは、エアーガンを製造することができたのか。
答えは、ケイの前世が技術大国日本で一流の生産技術コンサルタントだったからである。前世で仕事に明け暮れ得た知識は膨大で、ケイ自身いまだ記憶の全貌を視るに至っていないほどだ。有機無機問わず材料に精通し、それらを加工するための切削加工、溶接、表面処理を始め、製造機械の製作もお手のものだったのだ。