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INT 転生前はエンジニアをば営んでおりました  作者: 猫野美胃
2章 ナカツクニ連邦編
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キャンプの明かりと追憶と…

 第26層入り口を本日のキャンプ地とした僕達は、なかなかに愉快な夕べを過ごした。現在時刻は夜24時であるが、太陽が当たらない地下深くなのだから僕達にとっては夕べだ。上空にきらめくダンジョンの壁面は本当に綺麗で、柄にもなくぼーっと見入ってしまったほどだ。いつか砂漠の大樹の上から見た、星に手が届きそうなほどの満点の夜空に似ていると思った。また昨日に引き続きクレアおじさんのご飯は格別に美味しかった。今日からはクレアおじさんの真骨頂となる現地調達したモンスターの料理が振る舞われることになり、初日は巨大コウモリ”ダンジョンバット”のニンニク煮込だ。丁寧に処理されたコウモリが姿そのままに鍋にぶちこんであるのだが、雑な見た目に反して味は非常に繊細で、ロームの屋敷で食べた高級な肉料理と間違うほど美味しかった。ギギギとクロン君は羽のところのグニョグニョしたコラーゲンの部分をひたすら美味しそうにしゃぶっていたし、食事が終わると全員満足気な顔でご馳走さまを唱えた。クロン君は立派なモンスターではあるが、こんなに大勢で楽しく食事をしたのはひさしぶりだなと、なんだか懐かしい気持ちがチクリと胸をよぎった。


 最初の見張りが終わったあと、僕は交代のギギギにお休みを言って、テントの中の空いているスペースに横になった。そして夢を見る。




〜・〜・〜・〜




 目が醒めると、僕は懐かしき王立魔術学園にいた。

 いやそんなことあるわけはないし、目が覚めていないのだろう。その証拠に僕の目の前には1年前の貧弱で考え足らずの僕がいた。ロームとイブが邪教ドゥルジ教の記憶殺しの凶刃から僕を守ってくれた後、二人の中から僕に関する記憶が消えていたことが分かった次の日の僕だった。その日、僕は心配する両親に見送られていつも通り家から学園に出かけて、教室には向かわずにそのまま部室に向かい手紙を書いた。教室にはイブもロームもいないし、エーコは最近の空元気で痛々しい僕の姿にただそっと寄り添うだけにしてくれてたから、僕が少しいなくても探されたりなんかはしない。弱々しくも危険な雰囲気をまとった僕は手紙を書き終えると、雑然として暖かい温もりがそこら中に転がる部室から最小限の荷物をまとめて、部室の扉にかけてあった看板を降ろして学園を静かに後にした。1年前の僕は大事な幼馴染と初めての親友を喪失してしまった衝撃を受けとめることができなかった。何より大切な二人が記憶の一部を喪失するという悲惨な事態に陥ってしまったのは、僕のせいだとわかっていたから僕は二人の前から姿を消すことにしたのだ。その哀れな自分を見つめていると、思わず気持ちが言葉となって溢れた。


「自分の背中を初めて見たけど、なんて独善的でちっぽけな背中なんだろうか。今の僕の背中もこんな風に見えるのだろうか、あの時から誰かの背中を見るようにしているのは情けない自分の背中を隠したいからなのだろうか。」




 そんな僕のつぶやきに反応するように目の前の光景が過ぎさっていく。次に目の前に現れたのは学園のあるサボン国王都から西に馬を走らせ、命からがらで砂漠を越えてナカツクニ連邦の東端の砦に辿りつき呆気なく収監された牢屋の中の僕の背中だった。満足な金も書状もコネも権威もないただの子供にこの社会は甘くなかった。砦に着いてすぐに不穏分子扱いとされ、砂漠越えでフラフラの僕を屈強な兵士が不要なほどの暴力でねじ伏せて牢屋に叩き込んだ。当時の僕はただナカツクニ連邦に入国したかっただけなのにと薄暗い牢屋の中でボロボロの顔を歪ませていた。よく考えれば、砂漠をボロボロで越えてきた身元不信のガキを入れてやる道理なんかないわけで、思考回路まで腐っていたのだろう。この後僕は体中に仕込んでいた武器と魔術紋章を使って何人もの兵士を負傷させて連邦内部へと脱走を果たす。その瞳には、ドゥルジ教に対する憎しみとドゥルジ教の温床となっていることを許しているナカツクニ連邦への理不尽な怒りが渦巻いていた。


「ナカツクニ連邦がその巨大な組織体故にドゥルジ教の温床となっていることを許してしまっている事実は変わらないが、気持ち悪いほどの自分勝手な思考をしてたな。よくここまで自分勝手に正義を掲げられたと思うよ、まあ気持ち悪いのは今も差して変わらないんだけど」





 薄暗いイメージは僕のこぼれ落ちた言葉により、水面に映った景色のようにゆらゆらと消えていく。

 次に目の前に現れたのは、ナカツクニ連邦の首都近くまで僕を追ってきてくれたギギギが街道沿いで僕をボコボコに殴りつける光景だった。ギギギは話なんかせずに涙を流しながら僕の顔面にその凶器の様な拳を何度も何度も叩きつけた。僕の意識が飛ぼうと、僕のアザだらけの頬を叩いて目を覚まさせてからまた殴りつけた。僕の顔面はもちろんだが、次第にギギギの両拳からも血が痛々しく流れ始める。二人の血と涙で濡れた拳をひとしきり受けた僕はギリギリの力を振り絞りギギギの拳にすがりついて、”ありがとう”と言って泣いていた。ギギギはそれを見ると、ただ泣きながら僕を優しく抱きしめてくれた。僕とギギギがこのナカツクニ連邦での再会に交わした言葉は、一言それだけだった。物語みたいな感動の言葉が立ち並ぶ再会シーンとならないのは背中で語る系のギギギならではだろう。


 それからはギギギの力を借りて二人でドゥルジ教徒狩りを行った。ドゥルジ教の目が僕らへと一身に集まるように、サボン国に注意する余裕なんて与えないようにと死ぬ気で邪教の隠れ拠点見つけた端から潰して回った。ナカツクニ連邦首都付近に潜むドゥルジ教の人間を片っ端から捕縛して首都の中央軍に突き出したし、それができない場合は殺しだってやってみせた。邪教徒はこのナカツクニ連邦では、周りの被害なんか気にせずにバンバンと禁止魔術である精神制御の魔術を使ってくるため手加減をするなんていう選択肢は僕には存在しえなかった。そうして自分勝手に暴れていくうちに中央軍のドン・チャン中将や色々な人間と出会い、ほとんどの場合においてやり方を考えろと引くほど怒られたが、それがあって本当に良かったと思う。自分を顧みることを思いだせなければ、僕は流星のように燃え尽きていただろう。


「体も心も傷だらけ穴だらけで、ギギギやドンさんやいろんな人がいなかったらと思うと今でも怖いよ。にしてもこの頃に作っていた機械は人を殺すものばかりだったし、よくこんな危険なやつに関心を寄せてくれたなぁ。あと、それ作るために金属掘りにダンジョンに潜れば何度も死にかけてテスラやクレアおじさんとかにもめちゃくちゃ迷惑かけたし、いつしか邪教徒の拠点破壊工作だって手伝ってもらうようになったし、皆には本当になんて感謝していいか思いつかないよ」


 薄暗いイメージの中の僕が、ふとこちらへ振り向きまっすぐな瞳を僕へと注ぐ。


「ありがとうってちゃんと伝えればいいと思うよ。僕は僕でいつでも一生懸命に生きてきた。そりゃ見えていないことや、愚かな思考しかできないこともあったけど、僕がその時精一杯悩んで、苦しんで出してきた選択だ。それを君が否定してはいけないし、愚かであることを受け入れないといけない。だから愚かな君の選択と、君自身を助けてくれる皆にはちゃんと気持ちを込めてありがとうって言うんだよ。皆がここにいる理由は、どうあっても君なんだから。」


 今よりも若い相貌の自分の言葉に、少しだけ気持ちが軽くなったきがすると同時に意識がだんだんと白み、地中から浮上していくような浮遊感に包まれた。




〜・〜・〜・〜




 目がさめるとそこは柔らかい照明がぶら下がっているテントの中だった。埃っぽい空気とギギギとテスラの寝息が聞こえる現実の世界だ。体を起こすとふと頬を流れる何かがあった。


「……泣いて、いたのか。またテスラに笑われるな」


 僕は小さくて消えそうな独り言を残し、テントをひっそりと抜け出した。最後の見張りをしているはずのクレアおじさんに声をかけようと探すが姿が見当たらない。それもそのはずで、クロン君の背中で毛布を姿勢正しく被ってガーガーといびきをかいていた。


「……見張りだれもいねえじゃん」


「ジイィィィィジィィ」


 僕の虚しいツッコミには、クロン君が”俺がいるぞっ!”て感じの表情で小さく返事をしてくれた。

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