ギルド長面会クエスト
翌日、青龍楼の最上階の一室で目覚めた僕は周りの光景に頭を抱えた。
ドンとの宴を終えた後、ベロンベロンに酔ったテスラとほとんど寝ているギギギを一人で連れてきて2つある寝室の一つに放り込んでから寝たはずなのに、2人はいつの間にか僕の寝床へと潜り込んでスヤスヤ寝息を立てている。2人の金髪が映える青色の浴衣がはだけて肌は際どく露出し、窓から入る陽光を浴びて大きな寝台の上にすごく美しい光景を作りだしていたが、精神衛生上非常によろしくなく声をかけることにした。
「おい、起きろ二人とも。もう昼前だ。」
「はっ、ケケケケ、ケー!? こ、これはだな、ギギギがイタズラしようっていって、それでだなっ! みみ、みみ見たかっ?!」
左に眠っていたテスラが二日酔いの頭を押さえながら、はだけた浴衣を焦って直す。酔いが覚めて今さら恥ずかしいのか、真っ赤になった顔を下に向けて目も合わせない。ならそもそも潜り込まなければいいと思うんだが、それを言ったら窓から飛び降りそうな位キョドってるので言わない。右に眠るギギギは、豊満な胸をほとんどはだけさせたまま体をやっと起こした。
「ゥウーン、オハヨーケイ。イツノマニカ寝テシマッタヨウダナ。昨日ハ楽シカッタナ!」
「いや、そんなことより早くそのほとんど見えちゃってる胸を隠せよ。」
「ケイノ視線ハ、ソウハ言ッテ無イノダガ、ショウガナイ。ムッツリナノカ、ムッツリジャナイノカ、ハッキリシロナ。」
ギギギはそういうとやっと浴衣の前を直してくれた。いや、まあ男なら誰しもその美しい二つの膨らみを目で追ってしまって当然だろう、僕のせいじゃ無いと思う。
それからいつもの服に着替え、荷物をまとめ僕らは、今日も賑わうシャンピンの街をハンターズギルドに向けて歩き出した。ギギギはあっけらかんとしていたが、テスラが年の割にかしこまってしまって、さっきからやりにくい。いっそ酒でも飲んでてくれた方が楽な位だと思う。堅苦しい空気は解け無いまま、ギルドへたどり着いた僕達は、昨日依頼を受領してくれたミヨシさんがいるカウンターへと向かった。
「ミヨシさん、こんにちは。火蜥蜴の燃焼器官と表皮を5匹分取ってきたから、査定してくれ。」
「おおケーさん、さすが早いね。並のハンターはまだダンジョンに潜れ無くて依頼溜まっちゃってたから、少しでも消化してくれて助かるよ。鑑定部門も今は暇してるから、ちょっと待っててくれればすぐに査定して依頼料を払うよ。あ、ハンター手帳貸してな」
「はい、手帳。お金はまた今度でいいや。それよりギルド長って今日はいる? 相談事があるんだけど。」
ミヨシさんは手帳に素早く印を押しながら、カウンター奥の予定表を振り蹴ってみる。
「ああ、まただ。あのおっさん賭場場に行ってるよ、多分。予定表が外回りって書いてある時は、99%そうなんだ。急ぎなら公営賭博場に行ってみるといいよ。それにしても、いつも見てもギギギちゃんは可愛いし、テスラさんも美人で、両手に華だねっ若大将!」
「華は華なんですが、とても僕の両手には収まるような玉じゃないのが傷ですね。テスラさんはここら辺の筆頭ハンターですし、ダンジョンとかでは人が変わったように厳しいんですよ。寧ろ華についた虫位なもんですよ。じゃあ僕達は賭博場までちょっと行ってみますんで、ありがとうございました」
「あのおっさんに仕事しろって伝言頼むよ、じゃあまたな」
ミヨシさんに別れを告げた僕達は、今度は広大なシャンピンの北にある賭博場を目指す。
公営賭博場は、青龍楼に並ぶこの街の名所である。一山あてようと寄ってくる遊び人から凌ぎを削るプロの賭博師まで色々な人間が昼夜問わず出入りする夢のつまった場所だ。未だ借りてきた猫のようなテスラとギギギを後ろに連れて、僕は極彩色で彩られた巨大な建物へと入ると、そこは音と光と歓声で溢れる別世界のようだった。豪華なカード台が幾つも乱立し、巨大なルーレット台が人だかりを生み出す、壁際を埋め尽くすスロット台がガンガンと煌びやかな音を奏でる騒がしく力にみち溢れた空間だ。
「さて、この中からギルド長を探すのは難しいな、ギギギ魔力で探せないか?」
「何度カ会ッテルカラ多分大丈夫。チョット待ッテネ。……オ、居タ居タ。アッチ、付イテキテ」
「ありがとうギギギ、テスラさん行きますよ。はぐれないでください、手でも握りましょうか。」
「ああ、わかってるっ! わっちをからかうな」
僕達は人ごみを分けてギギギの後に続いた。1階を抜けて2階へ登り、ダイステーブルに身を乗り出してかじりつく大男の後ろに辿り着くと、ギギギは満足気な顔で大男の背中を指差した。ライオンのタテガミのような髪を後ろになでつけ、筋骨隆々の体躯にギルドマークがでかでかと縫われた法被を羽織り、皮ズボンとサンダルという威風堂々とした出で立ちは、あのアルボムギルド長だ。
「あのー、アルボムさん! ちょっといいでしょうか?」
「うるさい、わしはアルボムなんかじゃない。アルボムならさっき街の外に出て行ったと聞いたぞ、急ぎなら追ったほうがいいぞ。そら、次は4のマルチにマックス1万コインだ、ここまでのプール10万コインを掛けて勝負を決めさせてもらうぞお!」
ギルド長のアルボムさんはこちらを振り返りもせず、目の前の規則的に凸凹した四角形のテーブルに7個のダイスを投げ入れた。ダイスは鐘の形をした入れ物からこぼれ落ち、テーブルの上を跳ね回る。それを食位いるように見守るアルボムさんの眼は真剣そのものだ、初めてダンジョンで会った時と同じ位鋭い眼差しを転がるダイスに向けている。ダイスが1つ止まり、2つ止まり、その合計数を増していく、そして7つ目のダイスが最後の面を上に向ける瞬間、アルボムさんは握りしめていた右拳を上に“ゴウッ”と音がするほど振り上げた。
「いよっっし、………うおおおおおおおおおおおおおおおおお?!」
最後に3の面で止まるかと思ったダイスは近くの窪みに落ち、その面を2に変えた。最終的な数字は27、奇数の役をあげていたアルボムさんの対戦相手はニヤニヤとしながら、呆然とするアルボムさんに一礼してプール金とアルボムさんの一万コインを抱きかかえて軽やかな足取りで消えていった。一人残ったアルボムさんは、大きな背中をこれでもかと小さく縮こめて真っ白になっていた。
「アルボムさん、傷心のところすみません。ちょっといいですか?」
「あん、なんださっきからしつこ、……げっ、ケーか?! なんでここにいる、それにテスラもギギギもどうした。昼間っからこんなとこに出入りするなんて良くないぞ」
「いや、その強靭なハートに手をあてて誰に言うべきかよく考えてください。そんなことより、今日は前から約束していた話をしにきにました。」
「ああん、ケーが来るの遅いから待ちくたびれたんだろうが。ケーがちゃんと昼前に来てればこんなことにはならなかったのによお。というわけで商会設立の件、ギルドの取り分をあと1%あげてくれ。」
「ダメですよ、いまだって最大限譲歩してるじゃないですか。それにあの7ダイスのプール金額は昼前からじゃそうそうたまりませんし、対戦相手さんが吸ってた煙草の吸殻の量が1、2時間なんてもんじゃないです。どうせ朝からやりに来てたんでしょ。素直に負けを認めてくださいよ」
「まったくおめえには叶わねーな。まあちょうど今日のわしの軍資金は綺麗サッパリ無くなったところだ、ちょうどいいから表の茶屋で話するか」
それから呆然とするテスラを引き連れ、僕たちは茶屋へと場所を移した。
茶屋に場所を移したギルド長のアルボムは見事にだらけきっていた。先ほどまで纏っていた覇気は賭博場に賭け分と一緒に置いてきたって感じのだらけっぷりだ。
「あのーアルボムさん、そろそろいいですか?」
「いいよいいよ、さっきはああ言ったけど何でもオッケー。ケーの提示条件どおりでいいよ?」
意思に関してもだらけきったアルボムさんは、こちらが契約条件を言う前に了解してしまった。いや助かるんだけど、このおじさんは本当にいいんだろうか?
「一応契約内容をざっと確認しときますね。僕達はロンジダンジョンからの貴金属、鉱石類をギルド伝手で安定的に供給してもらう代わりに、ロンジダンジョンで需要の高い装備類、例えばガスマスクや電灯をギルド伝手でレンタルする。その際、金属、鉱石類は両者の間で取り決めた一定レートで売買すること、装備類のレンタル業務はギルドに一任して売上の80%をギルド取り分とする。これでいいですか?」
「オーケー、オーケー、おじさんは難しいことは分からないけど、破格の条件だってギルド長代理が言ってたからオーケー。まあ、何よりあのドン・チャンがバックについてるから、確実にそれ以上のリターンがあるだろ」
「本当に分かって下さってるならいいんですが、後からごねるは無しですよ? 金属や鉱石類の供給源が確保出来てないと首都で操業できないんで、くれぐれもお願いしますよ?」
「うるせーなー、いいからさっさと契約書出せっ! そうだ何人かギルドからただで人員も派遣してやるよ、ハンターでも事務員でも。ケーに恩を売りてーしな」
そういってアルボムさんは、僕からむしり取った契約書に荒々しく血判を押して、何か走り書きをして書面を突き返してきた。“ケーの要求する人員を派遣する”って走り書き部分を自慢げな顔で見せてくる。色々言いたいことはあるけれど、何を突っ込んでも勝てない気がしたので僕は契約書と文句を懐に深くしまうことにした。そんなギルド長に隣にいたテスラが何か言いたげにチラチラと視線を送り、もぞもぞとしている。その様子に気づき、不思議そうに伺うアルボムがテスラへと口を開いた。
「どうしたテスラ、小便か?」
「違うわっ! 失礼だぞこのバカ野郎。……その、実はこの度な、そのケーの商会に雇われることになったのでな、このギルドの筆頭を降りようと思う。まずいか?」
「おめえが自分で決めたのか?」
「ドン・チャンの誘いだが、決めたのはわっちの意志だ。ケー達を助けたい、と思っている。助けになるかはわからないが。」
「……なら、おめでとうだテスラ。今までよくこのシャンピンギルドを引っ張ってくれた、本当に感謝している。おめーが抜けるのは戦力としても仲間としても痛いが、前向きなおめーの顔を見れるのがそれ以上に嬉しいぜ。この五年、おめーのおかげでたくさんのハンターの命が救われた。一銭の金にもならねえのに、死が渦巻くダンジョンの闇へと命を顧みずに飛び込んでは、誰彼となく数え切れない命を救ってきた。救いを求めるかの様なおめーの鬼気迫る働きに感謝する一方で、とにかく不安だった。何がそこまでお前自身の命を軽くさせるのか、何がお前をこの薄暗いダンジョンなんかに足踏みさせているのか。テスラ、おめーには何度もダンジョンから離れるようにいったが、決して聞くことはなかったな。救ってやれなくてすまなかった、そしておめーのこれからを応援しているよ。テスラの籍は名誉筆頭として残しておくから、これからも気軽に遊びこい、な!」
「アルボムギルド長、……これまで支えてくれてありがとう、ございました。」
テスラは言葉少なにアルボムへと頭を下げた。その綺麗な碧眼には大粒の涙が貯められていた。アルボムさんとテスラはギルドきっての戦友であり、きっと僕達の知らない二人の歴史がその言葉と涙に込められているのだろう。
アルボムさんと別れた僕たちは、テスラの感動の涙が乾きもしない間に今度は慌ただしくロンジ・ダンジョンへと向かった。途中ギルド提携の鍛冶屋に寄って注文していた馬車一台分程の荷物を受け取り、テスラさんが御者台で僕とギギギが荷台に座る形で郊外を疾走している。テスラさんはこちらをチラチラと振り返りながら何か言いたげだ。
「ニヤニヤすんな」
「してませんよニヤニヤなんて。言いがかりだよなギギギ?」
「サッキノハテスラ史二残ル名場面、感動シタ!」
「いやほんと、先ほどは不覚にも感動して黙ってしまいましたよ。いつもは凛々しいテスラさんの瞳にキラリと光る涙には心がぐっときましたねー。というか昨日のドンさんの言葉をちゃんと覚えてたんですね、ほんといまさらですけど巻き込んでいいんですか?」
「昨日部屋で起きた後に考えたんだけどな、ケー達がやることを近くで見てたい、いや一緒にやりたいなって思ったんだ。本当は雇い主から聞くべきで順番があべこべになったけど、ケーよわっちを雇ってくれないか?」
「で、その昨晩の決断後に若い雇い主の布団に潜り込んだと……。それはもう事件ですよテスラさん、そして不祥事は身内で隠さねばなりません、改めてよろしくお願いいたします。商会の名前はまだないので、とりいそぎ“ファミリーズマート”とでもしておきましょう。ようこそファミリーズマートへ」
「ヨウコソ、ファミリーズマートヘ!」
テスラさんは頭を抱えて何か自問自答しながらこちらを残念な目で見てくる。きっと適当に名前が決まったのが気にくわないんだろう、あれで何かとこだわりある人だからな。テスラはその点は飲み込んで、別のことについてあれこれと訪ねだした。
「これのガスマスクと怪しい筒の山はなんなのだ? レンタルはギルドに任せるんじゃないのか?」
「何言ってるんですか、いろいろをこれから耐久試験するんですよ。そのための一ヶ月ですし、ついでにロンジダンジョンの最深層を目指して見ましょう。」




