多色都市シャンピンからしょうかいしよう
多色都市シャンピン、その顔というべき青龍楼へとついたケイ達3人は七色の光が次々に溢れる東洋風の門をくぐった。門の中はまるでおとぎ話に出てきそうな世界が広がっていた。
玉砂利を敷き詰めて作られた広大な東洋風の庭には、小川や大柳、水蜜桃の樹々が月夜に照らされ、心地よい夜風に吹かれていた。ケイ達は小川にかかる赤い眼鏡橋を渡り青龍楼本館の大暖簾をくぐる。
「いっらしゃあーい、青龍楼へようこそ! おお、これはこれはケー様、ギギギ様にシャンピン筆頭のテスラ様ではないですか。この度は今宵の宿に青龍楼をお選びいただき心より感謝いたします。ただいまお部屋を用意しますので、お待ちくださいね。おい誰かあ、客人へ急ぎお茶を持てい」
「リー支配人、お久しぶりです。今回はこちらのテスラ様がどうしても青龍楼がいいと聞かないもので参った次第です。どうぞ、よろしくお願いします」
リーと呼ばれた恰幅のよいチョビ髭の男は、青龍の文様が入ったゆったりとした胴着から手を出して、ケイへと握手を求めた。そんな様子を後ろから見ていたテスラは、いつの間にか出されたにごり茶をすするギギギの肩を小突いた。
「おいお前らは青龍楼の支配人と知り合いなのか? この街の最も力を持つ人間の一人だぞ?」
「ギギギハ良ク知ラナイ。タダ、ケイハ偶ニココニ寄ッテ仕事貰ウ。寄リ合イッテ言ッテルケド、ヨクハ知ランノヨ。」
「わっちは、まだまだお前らのこと侮ってたわ」
せっかくの憧れの青龍楼へと来たのになんだか肩を落とすテスラを慰めながら、ギギギは団子をむしゃむしゃとほうばっていた。
ケイ達はリー直々に導かれて最上階の一室へと通された。青龍楼は巨大な六角柱の建物を12段積んだような形をしており、ケイ達の通された最上階の1室はスイートルームだった。室内は赤と黒を基調とした高級感漂う独特の作りで、宿泊すれば間違いなく異国情緒と非日常を味わえる雰囲気のある空間だった。
「ケー、この椅子ものすっごいふかふかだぞ! こっち来て座れ」
「ちょっとテスラ、汚いままの服でソファーに寝そべらないでくださいっ! 僕らはダンジョン帰りなので取り合えずお風呂行きますよ、早く準備してください」
「おう風呂だ! わっちはこの青龍楼の桃源郷風呂に入るのが夢だったんだ!」
テスラはスイートルーム特注の巨大なソファにいの一番に飛び込むと、その柔らかさに顔を蕩けさせている。それを見るケイとギギギは、しょうがないなという顔で荷物を簡単に片付けていく。
「ギギギ、この20歳になるおちょんこガールが風呂場ではしゃがないように頼むな」
「分カッタ。テスラ、ギギニ世話サレルヨウデハダメダメ。シッカリシロナ」
「おう、お前ら来たことあるからって調子のってんじゃねーぞ、わっちだって後2回位来れば落ち着くわ!」
強がるテスラを相手にもせずケイとギギギはテキパキと準備し、大浴場へと向かった。大浴場は青龍楼の一階にあるため、一行は12階全てをぶち抜いた吹き抜けを中心にぐるぐると朱塗りの階段を下りていく。道中行き交うのは美女を連れた裕福そうなおじさんや、高貴な服装のおじさんばかりだったが、まるで身分なんか気にしないといった風に、道さえ譲らずどんどんと階下へ下りていった。
「テスラさん、あの赤い衝立が建てられた通路が大浴場です。くれぐれも粗相をしないようにお願いしますね。僕は多分先に上がるんで、2階の食堂にいます。お風呂ゆっくり楽しんで下さい。」
1階に差し掛かったころ、ケイは後ろに続くテスラへと最後に念押しとばかりに釘をさす。だが、テスラは一歩早くすでに駆け出していた。
「わかった、わかった! うひょー、たのしみだー! それギギよ、行くぞおおお!」
「アバババババ」
「大丈夫かな……」
ケイは小さく祈ると、青い衝立の立つ通路へとそっと消えていった。
青龍楼の大浴場は、ナカツクニ連邦南方の街最大の規模を持つシャンピンの名所の一つと数えられるほど有名である。別名シャンピン桃源郷と呼ばれ、様々な国の貴族や支配層、裕福な豪商、富と名声を集めたものがこぞって泊まりに来るリゾート地ともなっていた。その浴場は他に例を見なく、まるで格式高い庭の様であることで有名だ。緑の芝生の様な植物で覆われた床面には10以上の浴槽があり、それらを彩るように大きな観葉植物、楼閣、赤いアーチ橋が絶妙な空間で配置され、見るものの目を楽しませた。湯ももちろん源泉の掛け流しで、美肌にも効果があると有名だ。
モヤがかかる浴場に現れたケイは、風呂には入らずに洗い場で体の汚れだけ落とすと足早に浴場を後にしてしまった。行先はギギギ達と約束した、2階にある食堂だった。食堂の大暖簾をくぐったケイは、大きな食堂をキョロキョロと見回して、食堂の隅のテーブルに着く一見すると普通の男の元へと向かった。
「お待たせして申し訳ありません、華人ドン・チャン様。すぐに此度の潜入壊滅工作の詳細を報告いたします。」
ドンと呼ばれた男は、黒い丸渕眼鏡の位置を直すと柔和な顔でケイへと席を勧めた。
「同士ケー、急いではおりません。あなたを無事に会えたことが何よりの報告です。まずは一杯祝杯をあげましょう。」
ドン・チャンはケイにテーブルに着くように、隣の空き席を人差し指で指す。ケイも促されるままに黒色の席に座り、朱色のテーブルに寄せる。
「改めてこの度の依頼を受けてくれてありがとう。現在、西方のマーロウ砦にはセントラルから軍幹部が派遣され粛清が着々と進んでいる。」
「やはり残った人達も処断されてしまうのでしょうか?」
ドンの前には極彩色の大皿に盛られた料理が次々と運ばれてくる。半透明の刺し身で作られた大輪の花に、鳥を1頭まるごと揚げてスパイシーな調味料で煮た姿煮、極厚でまだ血が滴る牛肉のヒレ焼き、どれもこれも贅を尽くした料理だ。ドンはそれを少しずつ自ら取り分けケイへと配る。それを儀式の様に頭を垂れて両手で恭しく受け取るケイの表情は見えない。
「邪教徒は漏れなく処断する決まりだ。子供だからと残せば後々の禍根になる。今の連邦がそうであるようにな」
「すみません、つまらないことを申しました。では、返礼の献杯をお許しください。」
「…頼む。ケーは優しい男だ、いつも汚い仕事をさせてすまない。」
「いえ、優しくなどありません。この手は邪教徒を何の躊躇いもなく殺してしまいますから」
ケイは両手で酒瓶を持つとドンが持つ杯へと透明な酒を静かに注いだ。ケイが料理の皿を、ドンが杯をそれぞれの眼前に捧げ短い祈りを捧げる。
「堅苦しいのはここまでだ、さあ食事にしよう。そういえば、今日は相棒はいないのか?」
「今回はマーロウ砦潜入にあたり助っ人を頼んだのですが、その方と大浴場に行っております。その内来るとは思います」
「そうか、まあ直接礼を言いたいし気長に待たせてもらおう。今日は仕事を終わらせてきたから、夜通しでも大丈夫だ」
「それは珍しい! 今頃セントラルの補佐官殿はてんてこ舞いでしょうなぁ」
それから二人は仕事のことを忘れて酒をのみ、料理に顔をほころばせ、歳の離れた兄弟の様に互いの近況を語り合った。
ドン・チャンはその普通すぎる見た目と反して、驚く程よく食べた。何人前にも盛られた大皿を次々と空け、色とりどりの料理をハイペースでテーブルへと運ばせる。宴は進みテーブルには空になった大皿が山の様に積まれた頃、食堂の大暖簾から二人の金髪の美女が中を伺う様に入ってきた。ギギギとテスラはまだしっとりとする肢体を青色の浴衣で包み、ダンジョンとは打って変わって誰もが目の端で追ってしまう可憐さを放っていた。ギギギは迷うことなく、ケイ達のテーブルへと足早に寄った。
「ズルイ! 先二コンナニ食ベルナンテ人間ノヤルコトジャナイ! 謝ッテ」
「いやギギギ、いきなりそう来るか。隣の方覚えてるか? ドン・チャン様だ、今日は好きなだけ食べろって言ってくれてるから、そう焦らず挨拶しような」
「クックックッ、相変わらず面白いな。こんばんは、同士ケーの相棒のギギギ、今日はおごりだ好きなだけ食べなさい」
「オォサスガ、ドンチャン! 懐卜胃袋ノ大キサハ世界一!」
ギギギはケイの隣にピョンと座ると、ドンから配られる最初の一皿を今か今かと待った。ドンが今ある料理からギギギ用に取分け、ケイがギギギにお茶を注いでいるところにテスラがやっと追いつく。テスラはその光景を見て、顔を引きつらせすぎて首が少し曲がった。
「ドドドド、ドン・チャン中将!? 何でここにいるんですか?」
驚きのあまり失礼な顔を向けるテスラに、ドンは顔だけ上げて久し振りにあった友達の様に気さくに話しかける。
「同士ケーの助っ人というのが君かい? 私のことを知っているみたいだが今日は私的に来てるからね、気にしないでくれると嬉しい。それより食事をしよう、ささ座ってくれ」
「ああ言ってなかったな、今回の仕事の依頼主の華人ドン・チャン様だ。まあ、親戚のおじさんだと思ってくれていい、そうだここの酒は飛び切りいいやつだぞテスラ」
「ドンチャン、イイカラ早クツイデ! 食前儀礼ナンカ知ランノデ大皿デ、カモン!」
テスラはぎこちなく礼をしてからギギギの横になんとか座って、未だ混乱する頭をねじ伏せようと手酌でお酒を飲み始めた。
綺麗どころが揃い、お酒が回りはじめ宴は加速していく。ドンとギギギの熱々小籠包早食い競争にはじまり、ドンとテスラのポカポカ地酒早飲み競争、食べたら悶絶激辛ソース入りロシアン春巻きと、どんちゃん騒ぎは賑やかに続いていく。テスラもいつの間にかドンの目も気にせず大声で爆笑するほど打ち解けていた。
「いやー、それにしてもあの連邦最凶と言われるチャン中将がこんなとこで見事な腹踊りしてるなんて誰も想像できないだろうなー、あっはっはっ」
腹踊りを魅せるドンを指さしながら腹を抱えて笑うテスラをケイが小突く。
「テスラ笑いすぎだって、あの人あんなでも記憶ちゃんと残ってるんだから、気をつけた方がいいぞ。というかさっき横から聞いたけど、僕はテスラが元軍属ってほうが信じられないんだけど」
「まあ、わっちも最初は軍で頑張ってたんだけどね。中佐になった時色々あってやめちゃった。まあ、人間色々あるってもんよ!」
それにドンがうんうんと頷く、お腹の顔と一緒に。
「いやー、ほんと世界は狭い。私もまさか現れた助っ人美女があのローレンツ中佐だとは思わなかったよ! 中央軍でも噂は聞いてたねー、北軍の女傑ローレンツの華々しい功績の数々。私は惜しい人材を流失したと思ったよ当時」
「あはは、そう言って貰えると嬉しいですなぁ。当時の無能な上司に聞かせてやりてーけど、まあ今となっては良かったと思ってます。それにわっちがハンターになったのもチャン中将のおかげです」
昔を懐かしむ様に目を瞑り頷くテスラに、ケイが不思議な顔をむける。
「テスラ、それはどういう意味? ドンさんとは会ったことないんだろ?」
「ああケイは知らないのか、チャン中将はなハンターからその腕っぷしと知略でこの地位を築きあげたんだ。決して自慢しないが、その武勇伝たるや七夜かけても尽きない程と言われるな。わっちもそれに憧れて軍に入隊した節はあるくらいだ。こうして一緒に酒が飲めるなんて夢みたいだよ、ありがとうケー」
ケイは意外なテスラとドンの背景を聞き、楽しそうな顔をしながらテスラにとんでもないと答える。体はしなだれかかるギギギを懸命に支えるためにそっぽを向いていたが、真心はテスラへとちゃんと向けられていた。
時刻は深夜を過ぎ、食堂の客もほとんどいなくなっていた。ふとドンが華麗なる腹踊りを舞終わり、テーブルへと神妙な顔をしてついた。
「なあケー、前に話した首都に活動拠点を移す話はどうなった? なにかと便利だし、融通してやれることも多いのだがな。」
「それについてはちゃんと進めていますよ、このシャンピンにまず商会を構えて首都へ進出するつもりです。今回はそのための準備ですね」
「前に話していた金属供給源の確保のやつか、そうかそうか何か手伝えることあったら言ってくれ。そういえば人員はどうするんだ?」
「まあ隠れ蓑みたいな商会ですから、ギギギと僕の二人だけにしようと思っています。かなり危険も伴うので下手な人員は足手まといになってしまいますし。」
ドンとケイの話を聞いていたテスラが、頭の上にはてなを浮かべて首をかしげる。
「おいケー、一体何の話をしているんだ? わっちにも教えろ。この一ヶ月命を預け合ったなかじゃないか! お前が夜寂しそうに泣いてたから添い寝してやったこともバラすぞコラ!」
「なんだあ、あの凄惨な魔人ケーも実は年頃の坊ちゃんだったのか。そうか、そうか安心した。アハハハハ」
テスラのうっかり発言に目を丸くしたドンは今夜一番の笑みを浮かべ、顔を真っ赤に染めるケイを暖かい目で見つめた。ケイはといえばうまい切り返しも思い浮かばずに、ギギギを起き上がりこぼしのように無意味に立たせる振りをして白を切りつづけた。いつもらしからぬケイにドンはポンと一つ手を打った。
「そうだケー、お前の商会でテスラ・ローレンツ元中佐を雇うようにしよう。スポンサーの一人である私が決めたんだ、そうしよう。ローレンツ元中佐には私から直々にボーナスも出そう、いやか?」
「いえっ、とんでもありませんチャン中将! わっちテスラ・ローレンツはありがたくその任を拝命するであります!」
テスラは赤ら顔の視点の定まらない顔で、ピシッと敬礼をして見せた、食堂の柱に向かって。




