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デザートはレールガン

 翌日ケイが起きたのは昼にもさしかかろうかと言うところだった。


 ひどい酩酊の中、ケイは寝台傍に用意された水差しに手のを伸ばすと、“街に遊びに行ってきます。皆より”と書かれた置き手紙が目に入った。グラスの中に丸めていれられた嫌がらせのような置き手紙を抜きさり、水差しへと水を注いで一気に飲み干した。


 「ああ、頭痛い。しかもなんか変な夢を見た様なきがする。なんか緑の丘でおっさんと喋っていたような…まあいいか。さてやることないし、砂漠でも撃ちっ放しにいくかな。」


 ケイはそういうと自分の荷物が入った大きなトランクを抱えて、部屋を出て行った。馬舎で馬を一頭を鞍付きで借りると、トランクをくくりつけてフラワーシティの繁華街へ向けて出発した。


 改めてフラワーシティの街並みを見ると大層興味深く、なかなか歩みは進まなかった。ザ・フラワーの根の上を人を背に乗せて走るモンスターがいたり、爬虫類系の亜人と思われる商人が馬車ほどでかい巨大な背負い袋を担いで道を歩いていたり、首都ではおよそ見られない光景が当たり前に広がっていたのだ。木の根の間に作られた苔むした商店の中にも、金属鎧より頑丈で軽いモンスターの皮鱗を使った武器や、防具が多く立ち並んでいたし、怪しい液体や骨粉を瓶にパンパンに詰めて売っているところもあった。


 ケイは屋台で買ったなんの肉かわからない串焼きを咥えながら、メインストリーとを来たときと逆向きに進み出入り門の出口の列に並んだ。


 「んぐんぐ、ギギギもこういうところに、んぐんぐ、来れれば受け入れて貰えて良かったのかな。って硬えよ、さっきから同じとこ20分は噛んでるよっ!」


 列に並んでいる間中噛んでいる肉が一向に噛み切れないことに思わず突っ込んでしまうと、隣に並んでいたやたらでかい亜人の男性がケイを見て笑った。


 「おい坊主、そらデザートワームの肉だ。それを噛み切れるのはモンスターか亜人くらいなもんだ。お前さんには無理だ、代わりに飴でもやろうか? がははは」


 馬に乗っているケイと同じくらいの目線高さで喋るでかい亜人男性に、ムッとしたケイは思わず食ってかかってしまった。

 

 「じゃあ、おっさんは食えるのかよ? あと、飴くれるならくれよ、口が油まみれで気持ち悪いんすよ」


 「お、おぅ、挑発してんのかよくわけんねえな。どれ残りの肉切れ渡して見ろ、よく見とけよ。あ、おれはなヨーっていうんだ、よろしくな」


 そういうとヨーは串に残っていた肉切れを一口でその天指す大きな牙が生えた口に放り込むと、バリゴリと音を立てて咀嚼してしまった。獣の様に縦細に伸びる瞳孔が特徴的な大きな瞳をグリっと見開いて自慢げな顔をするとケイに向かってムキムキの上腕二頭筋を強調するポーズをとった。


 「おおお! ヨーさんすげええ、上腕二頭筋は全く関係ないけどあの肉を噛みちぎるとから只者じゃないっすね! 感動しました、あと僕の名前は“飴が欲しい”ケイと申します。」


 「飴やるから素直に褒めてくれよ、とほほだよ。ケイは見たとこよそ者だが、亜人が怖くねえのか? しかも獰猛種の亜人だぞ?」


 ヨーはゴソゴソと皮のジャケットを探すと小綺麗な紙で包まれた飴をケイへと放った。ケイはそれを口にすぐに放り込むと軽く礼をして、さっきのヨーの質問に答えた。


 「首都から来たんですけど、友達が亜人なんですよ。確か8割デーモンっつってましたけど、中身は12割人間かなって思ってまして。ヨーさんはどんなモンスター系の亜人なんですか? あ、こういうのってタブーですか?!」


 「いやいや構わねえよ、むしろ堂々と言える方がおれは気持ちいいってもんだ。ケイはまあ多分いいやつだから教えてやろう、おれはなデザートタイガーの亜人だ、気づいたらこの街にいてこの街で育ってきたんだ。最近ちょっと床に伏せてたんだが、久々に外に行きたくなってな、これから散歩にいくんだ。ケイはなにか外に目的があるのか?」


 「へえ、タイガーってかっこいいですね。言われてみると耳の形もトラっぽい様な気がする。僕もまあ散歩みたいなもんです。」


 「おお、それじゃ一緒にいかねえか? ガイドなしで散歩したって危ねえし、つまんねえから、おれのおすすめコースに連れてってやるよ。」


 「えええ、人気のないとこに連れてってがぶりじゃないでしょうね? 怪しいなあ、お願いしようかなあ」

 

 「おい、どっちなんだよケイは、そろそろ検査場だから門の前で待ってるからな、な!」


 ヨーはそういうとケイとはべつの検査場へと入っていった。


 



 暇という理由でヨーと一緒に“散歩”をすることにしたケイは、防塵マスクを自分と馬に装着して、砂漠をヨーと疾走していた。ヨーは自らの手足を器用に使って、体重の乗りにくい砂地を風の様にかけていく。ケイはエアコントロールで風の防壁を作りながら馬を走らせて、なんとかその後ろについていっていた。

 

 「ケーイ、おそいぞお、そんなことだと目的地まで1日かかっちまうぞお!」


 「いや、あんたが早すぎるんだろ! 常人のペースをだなあ、考えろよ!」


 「いやいやケイなら常人の壁越えられそうな気がする、がんばれ若者」


 その後30分走り続け、ヨーの影をギリギリ見失いそうになる直前にやっとケイは追いついた。ケイは馬に水をやりながら、ヨーが立つ崖に並んだ。

 そこには、あのザ・デザートフラワーの全貌を上から見渡す圧倒的な光景が待っていた。黄色の砂漠の中にぽっかりと水水しい緑の山を作り上げるザ・デザートフラワーの力強く、巨大な枝葉は圧倒的で、そのあまりにもスケールの大きな存在に言葉がでてこなかった。


 ヨーは自慢気な顔でケイへと向かう。

 

 「いいもんだろ、俺の秘密の場所だ。こんな感動的な光景を俺はしらねえよ。ああここから出たことはないんだがな。がははは」


 「いや、本当になんといっていいんだかわかりませんが、ありがとうございました、本当に」


 「そんなに感動してくれたのなら連れて来た甲斐があるってもんだ、あとザ・フラワーのてっぺんをよく見て見ろ、そこに蕾があるはずだ」


 ヨーはいつのまにか取り出して単眼鏡をケイへと渡すと、ザ。フラワーのてっぺん付近を指差した。ケイはヨーの言葉に従い単眼鏡を覗くと感嘆の声を上げる。

 

 「おおヨーさんの言う通りついてるよ、他のスケールに対して小さいから気づきにくいけどこれがデザートフラワーの蕾か。確か何年かに1回だけ咲くんだっけ?」


 「20年だ、20の頃に一回見たことがある。めちゃくちゃ綺麗なんだぞ、次に咲くのは5年後だな。もしケイが覚えてたら見に来るといい。もしまだあればだがな。」


 「え、それはどういうこと?」


 ヨーは砂漠にそびえる大樹を見つめながら語り始めた。


 「ケイがよそ者だから話せるのかな。俺はこの間まであのデザートフラワーの蕾の守護を任せれていた警備隊の隊長だったんだ。若かりし頃に見たあの美しさに惚れて、次の開花まで命をかけて守ろうと決めて奮闘してきた。若返りの秘薬の元になるとも言われる蕾は数多くの盗賊に狙われ、そんな賊どもと昼夜問わずデザートフラワーの上層を駆け回り、排除してきた。だが今回はもうダメだ。この街に融資する有力な貴族が無理やり警備隊を無能な新人に入れ替えたんだ。多分そのうち襲撃があって、警備隊は全滅し、蕾は盗まれるだろうな。」


 「そうだったんですね。今日は久しぶりに外に出るっていってましたが、どうして急に?」


 「守備隊になんとか残ってくれた部下の隊員達が、上層部の怪しい動きを突き止めてくれたのだが、……おそらく今夜襲撃が起こるらしい。やけ酒をやめてこうして外にでたのも、最後にあの蕾を目に焼き付けておきたかったんだ。それに、ケイに声をかけたのも誰かにあの蕾が確かにあったことを見て欲しかったのかもしれないな。ありがとうケイ。」


 「……ヨーさん、そんなあなたにいいものと伝手があります。急いで街に戻りましょう。」


 ケイは年に似合わない悪そうな顔をして、狐につままれたようなヨーに続けて尋ねる。


 「あなたの覚悟に対し、我々は相応の仕事をしてみせます。死ねますか?」


 急に悪魔の様な雰囲気を放つ目の前の少年に、ヨーは藁にもすがる思いで静かに強く頷いて見せた。そしてそのまま2つの影は元来た道を戻っていった。




 その頃ロームの別荘では、買い物から帰ってきたエーコ達三人とロームが何やら広い庭を飾り付けていた。庭の中央には石製のかまどがあり、その上で木の幹程の太さの肉が鉄棒にささってこんがり焼かれている。その近くに設えられた木製の大テーブルには、料理が次から次へと並べられていく。庭木には魔術ランプが幾つも吊るされ、地面を覆う芝生の上には杖型の発光器が何個も刺さって、迫りくる夕闇の中で幻想的な光景を作っていた。買ってきた花を白磁の花瓶に差しながらイブはぼやいた。


 「ケイ君すねて家出しちゃったかな?」


 庭木間にハンモックを設置しながらロームは答えた。

 

 「そんなたまじゃないだろ、また多分ひょっこりギギギ先輩みたいにサプライズゲストを連れて帰ってくるかもしれないぞ?」


 巨大肉を焼いていたギギギが大きな声を上げる。


 「ケイ戻ッタ、魔力感ジル! 隣ニナンカ大キナ魔力有ルケド、ナンダロ」


 

 それから少しして、大きなトランクを抱えるケイと、その後ろを歩く3メートル弱の筋肉隆々とした亜人の大男に全員が口をポカンとしてしまった。


 「遅くなってごめん。こちらヨーさんって言うんだけど、街に散歩に行ったら仲良くなっちゃって。あれ、今日って何かパーティの予定だった?! ザ・フラワーの面白い話しをしてくれるんだけど、催しとしてヨーさんも出ちゃまずいかな?!」


 あくせく働く四人に慌てるケイにロームが代表して答えた。


 「今日はサプライズで、お前の快気祝いとギギギ先輩の歓迎会をやることになったんだよ! それにちょうどまた誰ぞやを連れてくるかもって話しをしてたんだ、お前の後ろのお方さえよければ構わないよ」


 ケイは嬉しそうに両手を広げて芝居がかった口調でロームとヨーにむけて口を開いた。


 「ローム・サリンダー! 君はなんて懐の深い男なんだ! ヨー、まずはご飯を食べよう、皆僕の仲間だ。あそこで肉焼いてんのが亜人のギギギ先輩で、あっちが幼馴染で平民のイブと、あっちのモデルみたいなのが貴族のエーコだ。」


 そう紹介するケイの後ろで、ヨーは片膝をついて頭を垂れていた。


 「私の様な卑しき身の訪問をお許し下さり、感謝致しますサリンダー家次期当主ローム様」


 「ヨーさん頭を上げてください。俺はただのケイの友人で、あなたも同じくこの奇天烈な男の友人だ。寧ろあなたの様な立派な人物を捕まえてくるケイが失礼だと思います、ヨー・ザ・デザートフラワー元守備隊総隊長殿」


 ロームが丁寧に礼をするのでケイはあっけに取られたように、間抜け面で振り返る。

 

 「え何それ、知り合いなの?! ていうかヨーさんの名前なんか仰々しくない?!」


 そんなケイにロームはやれやれと言った顔で首を振り、ヨーをテーブルまでエスコートした。またそれぞれ準備が終わったエーコ達も続々と集まり、ヨーさんに元気に挨拶をしながらテーブルについた。




 ぼんやりとした灯りに照らされたロームがグラスを手に席を立つ。


 「それではさっきも言ったが、急なサプライズゲストのヨーさんを迎えて、これからケイの快気祝いとギギギ先輩の歓迎会を始めます。それでは皆様グラスをお持ちください! 乾杯!」


 「「「「乾杯」」」」


 透き通る鈴の音の様なグラス同士がぶつかる音を皮切りに宴を始まった。最初は緊張していたヨーさんもロームの人柄や、ギギギの自由な振る舞いに心を開き、ケイ達5人にザ・フラワーの不思議な力や、伝説、賊との死闘の数々を面白可笑しく話してくれた。特にギギギは同じ亜人ということで、痛く感動したのかメインの肉を切り分ける際に自分の分までやろうとする程だった。さすがに涙を浮かべながら肉を突き出されても、受け取るに困ったヨーと、イブの説得で気持ちだけということになったのには皆が笑ってしまった。メイン料理も片付けて、テーブルの上に広がる料理が色鮮やかなデザートに切り替わり、お茶が注がれるとケイがふと話しを皆に向けて切り出した。


 「皆聞いてくれ、今夜未明にザ・デザートフラワーの蕾が盗まれる恐れがある。ヨーさんが二十歳の時から十五年守ってきた蕾がだ。これは僕の勝手な我が儘なんだが、それを守りたい。どうか力を貸してくれないだろうか!」


 頭を全力で振り下げるケイに、隣にいたヨーもすくっと立ち上がり頭を下げた。そんな二人に分かっていたと言わんばかりにロームとエーコが答えを告げる。


 「ケイがただの客を連れて来るとは思ってない、俺たちを甘く見るなよな」


 「そうよ、この街の亜人文化発展の功労者をゲストに呼ぶなんて本来なら不可能よ。高額な出演料がいるくらいだわ。さあ、続きを聞かせなさいよ」


 そんな二人にケイとヨーは喜びの表情を浮かべ、直ぐに席について話しを始める。ヨーさんを始めとする警備隊が貴族の差金で辞めさせられ、手引きされた襲撃が起こることを伝えるとロームは怒りの表情を浮かべた。ケイはそれを横目に続ける。


 「現在、ヨーさんはザ・フラワー上層へ行くための通行紋を没収され、現警備隊からもマークされている。強行突破して行けたとしても、直ぐに逮捕死罪となり結局その後蕾は盗まれるという始末で手が出せない。そこで今回は、敵の侵入を確定させつつ、堂々と応援に向かい駆逐するという結末を描きたい。ロームには迷惑をかけるが、ヨーさんの正当性を示す証人になってもらいたい。」


 「いや、賊を生かしたまま捕まえて吐かせよう。腐敗はその元から取り除かなきゃ駄目だ。そっちも俺に任せてくれ」


 「だがケイよ! 多分内部情報を握っている賊の速度は速くて後追いでは蕾が守れないんじゃないか?」


 ヨーは提案された作戦の穴を見事についた。貴族に雇われた一流の賊の速さと連携は尋常でない。一同がケイを見つめた、だがケイに焦りはなく足元のトランクを机に取り出して、皆の不安な視線を堂々と受け止めた。


 「例えば1キロ先、3キロ先にいる敵を威嚇、撹乱に狙撃したい時ってありますよね! そんな時にはこれ、商品ナンバー2番"複合魔術式レールガン"! 使い方は簡単、レバーを握るだけで信じられない速度の金属弾が、まっすぐに目的地まで飛んでいきます!」


 ケイは大きなトランクを開けると中にぎっしりと詰まったゴチャゴチャした黒い金属の塊を取り出し始めた。まずはトランクの下半分程の大きさで、表面に深い溝が長手方向にびっしりと刻まれた箱をドンと机に置いた。


 「これがレールガンの心臓の電源部。魔術で生み出した超高電流をコンデンサに溜めて、トリガーが引かれた瞬間一瞬だけ開放します。その際、冷却魔術による発熱対策で火傷も起こりません。」 

 

 こんどは電源部と同じ長さの黒い四角い柱を二つ取り出して、電源部の先端二股に割れている一方ずつに取り付けだした。


 「そしてこれがレール部、ギギギ先輩から貰った銅をふんだんに使用しております。こちらは磁界魔術による更なる加速を実現し、金属弾は光の矢となって飛んでいくでしょう」


 最後にジャラジャラと黒色の大きめの飛び針が出てきた。


 「私これが一番大変でした、しかしまた手を差し伸べてくれたというか、鉱石をくれたのがギギギ先輩! 頂いたタングステン鉱石から精密切削した弾丸に、銅芯と銅コートを施し、マグネシウムの雷管を取り付けた特別仕様! まっすぐ飛んでいって着弾すれば半径10メートルは吹き飛ばす自信作です!」


 ギギギはとりあえず褒められたことに照れたのかニヤニヤとして頭を掻き、イブはとうとう世間に出たことが嬉しいのかワクワクと弾んでいた。他の面々は口をあんぐり開いていた。


 ケイはその様子に満足気にゴテゴテした兵器の下部にあるグリップを握って、レールガンを脇に挟んで胸の高さに構えると、サイドにある摘みを最小に調整してからトリガーを引いた。


 キイイイインという甲高い音の後、2本のレールの間から細い白光が迸った。もはやレーザーと化した弾丸は目にも止まらない光速で、ロームの家の庭の端にある巨岩を粉々に吹き飛ばした。ケイ以外は誰しもその速さについていけず、今の爆発がケイのレールガンによるものなのか判別つかないほどだった。


 呆気にとられる皆に振り返ると、ケイは最後に締めくくった。


 「今回は特別に、一丁ご要望の方にはおまけでもう一丁つけましょう! というわけで、このレールガン2丁の攻撃で賊の足止めをします。よろしいか?」


 だんだんとその強大な兵器に対する理解が追いついてきたのか、燻っていたくヨーの闘志がようやく舞い上がってきた。ヨーは立ち上がりケイと固く握手を交わす。


 「ケイお前すごいな、何もんなんだよ。ザ・フラワーの幹は直ぐに再生する、この程度の爆発なら日常茶飯事だから気にせずやってくれ、頼む!」


 いつの間にか全員がケイとヨーの周りに集まり、次々と手を握手に重ねていく。


 これから待つ大仕事に向けて、サリンダー家別荘の庭からは短く景気のよい雄叫びが上がった。




「ではこの後の配置を発表致します。まずザ・フラワー上層への突入はヨーさん。ローム、エーコは入り口で見張りしつつ待機。イブが護衛のギギギとペアを組んでフラワーシティ側から狙撃。僕は外縁部から狙撃となります。よろしいか?」


 イブがハイハイと天を割らんと手をピっと挙げる。ケイが手のひらをイブに振って無言で発言を促す。


 「ケイ君が無茶しないように、誰かを付けたいです!」


 その提案にはロームがずいっと出てきて答えた。


 「給仕長でアサシンのレミさんに頼めば、護衛には十分だと思う。まだ勤務時間内だから後で頼んでおくよ」


 「レミさんがさらっとアサシンである事に驚きを隠せないけど、ありがとうローム君」


 ケイも若干引きつった顔をして作戦の説明を続ける。


 「中距離用のトランシーバー3つはそれぞれに渡しておく。諸々の事は随時相談しながら臨機応変な感じで。じゃあ準備できた組から出発しましょう、締まってこう」


 全員が己の役割を反芻しているのか引き締まった表情で、テーブルを離れ屋敷へと戻っていった。



 ケイ達が作戦会議を終えた三時間後、ザ・デザートフラワーの内部空洞や樹表の出っ張りを利用して作られた上層へと繋がる樹内回廊の入り大扉に動きがあった。


 入り口前に立ち並ぶ警備隊の前に詰め所から出てきた交代人員が向かったのだが、腕章を受渡す際に噴水の様な盛大な血しぶきが6つ、ほぼ同時に噴き上がった。詰め所から出てきた隊員達が、鋭利なナイフで警備隊の首を残らず切り落としたのだ。

 入り口大扉には隊員と同じ6つの噴水模様の血しぶきがベットリと付き、あたり一面に広がる血の池には生首と首の無い体がそれぞれ6つ浮かんでいた。隊員になりすましていた者達は腕章をそれぞれ持つと、血飛沫が断末魔の様に6つ染み込んだ扉の前に並び、腕章をあてがった。扉はゴゴゴゴという音をたてて上がり、樹内回廊への階段が姿を現わす。いつの間にかタイミングを見計らっていたかのようにおびただしい数の黒装束の賊が現れ、光に吸い寄せられる虫のようにぞくぞくと入り口に殺到した。


 狙撃地点から望遠用のスコープで一部始終を見ていたイブは、震える声でトランシーバーに報告する。


 「たった今入り口前の守備隊員が全員殺されました。敵は既に警備隊内部に潜りこんでいた模様。現在大扉を開けて近くに潜んでいた黒装束の仲間およそ30と合流し、樹内回廊を登り始めました……」


 目の前の惨劇に身を硬くするイブをギギギが後ろからそっと抱きしめ、報告を補足する。


 「敵ハ殺人ニ躊躇ハ全ク無イ。冷タイ狂気ダケミタイナ奴ラ、迷ッタラ殺スベキ」


 そんな殺伐とした報告に対し、トランシーバーからヨーの明るい調子の声が聞こえる。


 「こっちはロームとエーコと入り口前に向かっている、入り口着いたらすぐに登るは。あと安心しろお前らあ! 死んでもお前らのもとには行かせない。俺が全ての敵を屠ってやるから大丈夫だ!」


 そういうと入り口前にたどり着いたヨーは走り始めた。ローム、エーコは警戒しながらその場で証人となるため待機する。トランシーバーからはケイの指示が続いて聞こえる。


 「この作戦、リスクはリターンと一緒にヨーさんに背負って貰ってる。だから僕らは全力でヨーさんの動きを助けることだけ考えればいい。そろそろ敵が回廊を抜けてもいい頃合いだ。イブのいる時計塔からが上層出入口を一番良く狙える、足止めを頼むぞ」


 「ありがとうヨーさん、ケイ君、ちょっと落ち着きました。ヨーさん、精一杯頑張りますのでお願いします!」


 「イブちゃんの手助けがあれば百人力だあ! 敵は下に落とすつもりで思いっきりやってくれ!」




 イブのスコープは巨大なザ・フラワーの樹の虚と、そこから上に続く剥き出しの急斜面を映していた。その天然の坂の上からは密に枝葉が絡みあう上層部が始まっており、その虚が上層部の出入口となっている。上層のそこら中に取り付けられた魔術灯に照らされる出入口を余談なく狙うイブのスコープに、とうとう黒い人影が映った。


 時計塔の上でうつ伏せになって射撃体勢を取り、トリガーに指をかけていたイブは機械的に一射目を放った。一瞬だけ甲高いチャージ音がすると、光の粒子がレールの間に迸り、もはや光速と化した弾丸が撃ち出された。弾丸は軌跡なんか一々描かず、敵集団とイブの間に光の線を一瞬浮かびあがらせ、上層出入口に小規模な爆発を起こした。


 ケイはその様子をヨーの秘密の崖上からスコープを通して覗いていた。出入口の大きな虚からぞろぞろ出てきた賊の足元に弾丸は着弾し、上層へ続く斜面をごっそりとえぐった。パラパラと地表へと吹き飛ばされる賊を見たケイはトランシーバーのスイッチをオフにしてぼやいた。

 

 「オウ、あんなに威力あったっけ? 弾どうなってんの?」


 ケイの後ろで控えるレミさんから淡々とした声でツッコミが入る。


 「弾は白熱して樹表にぶつかると破裂しましたね。ケイ様がお作りになられたのではないのですか? ただ、あの距離をあの威力で吹き飛ばす魔術は見たことがありません」


 「え、レミさん今の見えてんの?! ここ直線で3キロ以上離れてるよ?!」


 「春の健康診断での視力は上限値5.0でした、見えてます。実は私も亜人でして」


 「へえええ、あ、出てきた」


 さらっとした耳触りの暴露の途中で、進退を決めたらしい賊が上層出入り口からワラワラと蜘蛛の子の如く出てきた。賊は壁に暗器を突き刺しながら、イブに吹き飛ばされた斜面を迂回するように上層へと向かう。だが害虫を駆除する様に三度白光が賊の集団を襲った。着弾と同時に幹をえぐる小爆発が起こり、賊が虚しく夜の闇の中に落ちていく。それでも、全てを潰すことは出来ず何人かが上層へと進んでしまった。

 それを見ていたケイが、トランシーバーのスイッチを入れて口元に持っていく。


 「賊が5人抜けました、ヨーさん今どこらへんですか?」


 「・・・すまない、今奴らの殿の四肢をもいだところだ。あと四人、雑魚っぽいのが残ってるからそれを片付けてすぐに上層に行く」


 「イブここからは時間稼ぎだ! 威力最小でとりあえず撃ちまくってくれ。できるか?」

 

 「分かった!」


 短くイブの声がトランシーバーから聞こえる。それを聞くとケイは一つ頷いてレールガンの安全装置を外す。


 「ヨーさん急いてくださいよ!セイッ!」


 ケイは自分の身長ほどもあるレールガンを、前方に備え付けた鉄製支柱を使って目標へと構えると、流れる様にトリガーを引いた。

 皆に見せたときよりレール長が2倍になったケイのレールガンは、高周波の唸りを上げると、プラズマを吹き出しながら赤みを帯びた光の筋を夜の空へと放った。夜の砂漠に浮かぶ一筋の赤白光は、先頭を走る賊の足元へと届き爆発を起こす。膝下ごと盛大に吹き飛ばされた賊は、近くの太い枝に引っかかっると意識を手放した。


 「あと四人」


 眼下のフラワーシティから放たれる理不尽な遠距離攻撃を躱し安心していた賊に一瞬で警戒心が戻った。賊共は仲間が吹き飛ばされたことなど気にせず、湾曲し絡みあう枝木の影にすぐに身を滑り込ませて進みだした。賊は広大な上層を散開して進み、ジリジリと頂上に待つ蕾への距離を縮める。焦った様に乱射されるイブとケイのレールガンは、白と赤の光線を夏の夜空にキラキラと撃ち上げるだけだった。


 そしてとうとうザ・デザートフラワーの頂上に賊が姿を現す。

 蕾を同時に四方から囲む様に位置取りし、油断なく構えている。フラワーシティからは影になって狙えないため障害にはならない。ほぼ水平の角度から飛んで飛んでくるケイの攻撃も見当違い場所を通過するばかりでもはや障害ではなくなり、賊の前に淡く光を放つ蕾は無防備となった。熾烈で理不尽な遠距離攻撃を耐え抜いたことに安堵した賊の一人が、ボーっとする脳に酸素を送るため深く息を吸った。


 ーグシャリ


 骨が折れ肉が引きちぎれる悲惨な音がする。息をついた賊の一人の腕と足が見るも無惨に潰されているが、当の賊は何が起こったのか分かっていないまま痛みに意識を手放した。


 「 ク゛ル゛オ゛オオオォ」


 倒れた賊の側に仁王立ちするヨーは、腹に力を込めて殺意に満ちた雄叫びで空気を震わせた。撤退か抗戦か判断に迷った三人に向けて容赦のない暴虐な虎が駆け出す。ヨーは手近にいる賊へ駆け寄りながら、弓のように引き絞った右腕を全力で振り抜く。賊は手にもつ鋭利な暗器を瞬時に盾にするも、ヨーはコースをずらすのも面倒だと言わんばかりに、そのまま拳を強気に振りぬいた。刃物はヨーの拳を捉え深々と切り裂くも骨に達すると競り負けてしまい賊は残像を残すほどの速さでザ・フラワーの枝木にめり込んだ。


 絶望的なまでの戦力差を見た残る二人は撤退を選択したのか、目の前の猛獣に背を向けて全力で走り始めた。だが走り出した二人の前方の暗闇に、2筋の赤い光のラインがぼわっと浮かんだ。遠距離からの攻撃がここに来て飛来したことに驚いた賊2人は、走り出した体を急制動させてしまう。だがその足を止めれば、背に迫る獣の格好の餌食だ。ヨーはそれこそあっという悲鳴をあげる前に2人の手足を潰し、勝ちどきの雄叫びを夜空へと向かい咆哮した。


 ザ・デザートフラワーの上層から轟いた獣の咆哮は、夜のフラワーシティにシンと響き渡る。砂漠で強く生きることを誇らしくなるような、そんな強く温かい響きをしていた。




 事態が終局を迎え、安堵するヨーとイブのトランシーバーにケイの怒声が響いた。


 「気を抜くな、まだ敵が来るぞ!」



〜*〜*〜*〜



 ヨーさんが蕾へ迫る賊を全て仕留めた時、僕はトランシーバーを持って辺りを警戒していた。


 狙撃手を交代してもらったレミさんは、レールガンによる狙撃が上手くいってハッピーになったのか鼻息荒く、これをくださいとうるさい。スコープの補正を既に済ませていたので今回は照準を合わせるだけで大体飛んでいくのだが、そうなってくると視力5.0のレミさんは水を得た魚状態だ。アサシンだって言ってたし欲しいのも分かるが、クールビューティーが余りの変わりように交代したことを少し後悔した。そろそろ撤収の合図をかけようかとトランシーバー手にしたとき、レミさんから打って変わって真面目な声が発せられた。

 

 「ザ・フラワー上空にモンスターを確認。砂漠鳥ズーです。見間違いでなければその背には人間がいます。……こんなことありえない、ケイ様ここは退避命令を」


 そういうとレミさんは下げていた出力摘みを最大まで回し、膝立ち姿勢からすくっと立ち上がる。前世でいうオフハンドポジションになるが、延長レールで相当重たいはずのゴテゴテしたレールガンを軽々と勇ましく構え、次々と極太の光の柱を描きながら硬化タングステン弾を怪鳥目掛けて撃った。

 僕はそんなレミさんの後ろでトランシーバーに声を荒げながら、ふと目先の闇夜を見つめるとポカリと浮かぶ2つの瞳と目があった。


 「イブ、ギギギは武装を破棄して全速力で帰宅、ヨーさんは狙撃が続く限り粘っていい、レミさんは怪鳥落としを継続、以上」


 胃を握りつぶされたような恐怖をなんとか抑えて、口早に指示を飛ばしながら短杖を抜いて闇夜に溶ける獣に対峙する。




 闇に浮かぶ瞳は音もなくこちらへ近づき、その全貌を明らかにする。

 真っ黒な狼だった。体高は僕と同じくらいだが、体長はゆうに5mを超える。不自然なほどに敵意を見せる獰猛な瞳と口元には魔力の光が灯り、まごう事なきモンスターであった。黒狼が動く前に短杖を太ももに取り付けた魔術紋章プレートにこすりつけながら地面へと振るう。同時に反対の手に持った杖はレミさんを覆うように振るった。


 「磁界生成」


 魔術の発動と同時にレミさんを覆う鉄檻が生み出されたが、黒狼は僕を倒せば問題ないだろと言いたげに四肢をバネにのように溜めると、一瞬残像が見えるほど加速してこちらへ突っ込んできた。



〜*〜*〜*〜



 ヌラヌラと光る牙を剥き出しにして迫る黒狼の眼前に、ケイは強力な磁界を生み出した。先程魔術で付近一帯の砂中に精製した黒鉄棒が、狼の頭部へパイルバンカーのように撃ち出される。だが黒狼はそれを悠々と躱して後方へと飛んだ。ケイも逃すまいと後ずさった所を狙い、黒鉄棒を再度撃ち出す。


 「これじゃ逆もぐらたたきだ。どうにか落としたいが装備がないんだよな」


 黒狼有利の追いかけっこがそれから少し続くと、黒狼は単調な攻撃に飽きたかのように冷めた瞳でケイを見つめ、距離をとったまま正対した。黒狼は口元をギッと食いしばると、魔力を口元に集中させ始める。人間の身では到底耐えきれないような魔力が喉元一点に集中し始めた。ただの人間のケイでもあの一点に凝縮された魔力は想像を絶するエネルギーをもつと分かった程だ。


 ケイの20m先では黒狼が隙のない構えで魔力を凝縮させている。辺りの空気は震わせながらエネルギーは高まり、空気を震わせる振動数が一定になった瞬間、黒狼は一気に顎を180度近く開いた。同時に分子結合を消し飛ばす程の破格のエネルギーを持った魔力が、声なき咆哮になってケイに拡散される。その攻撃に対しケイは、鉄棒を出せるだけ壁として眼前にならべ、右手を前に突き出しながら腰だめに構えた。右手の掌には金属製の円盤がぴったりと張り付いており、その方向を決して逸らさない様に左手を添えて構えた。


 純粋な魔力の衝撃波がケイの鉄棒で出来た壁に到達すると、衝撃波は鉄棒を次々と塵にしていく。その爆発により砂塵や鉄粉が津波の様に近辺を飲み込み辺りを真っ暗闇へと変えた。黒狼は声なき咆哮に疲れたのか舌をだらんとさせ、空気中に蔓延する淀みが晴れる前に、夜闇へと姿を消していった。

 

 

 黒狼の襲撃による砂煙が消えると、崖上の辺り一面には何も残っていなかった。全てが砂の津波で洗い流されたように、ただひっそりと夜の砂漠が広がっていた。

 














 崖下からトランシーバーの音がかすかに聞こえる。


 「ケイ君大丈夫なの?! なんかギギギちゃんがやばい爆発が起きたってオロオロしてるんだけど、答えてケイ君」









 トランシーバーから聞こえるイブの悲痛な叫びに、一拍遅れて返答するくぐもった声があった。

 

 「給仕長のレミです。ケイ様は生きておりますが少しまずいことになりました。給仕の誰かに迎えに来る様にお伝えください」


 レミはボロボロになり体を弛緩させているケイを片手で抱きながら、反り立つ崖面に捕まっていた。崖面を掴む片方の手には2人分の体重がかかり、いつもはポーカーフェイスで涼しげなレミの顔にも、焦りと玉の様な汗が浮かんでいた。それから救援が到着するまでの一時間強を、レミは一人耐え抜いた。


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