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そうだ、海に行こう。/ サマーパジャマパーティー

 この星ジダマの夏は熱い。場所によっては100度を裕に超えるため、人間が生身では立ち入れない所なんてざらにある。


 "朝顔の月の10日"の夏真っ盛り、ケイは西に向かう馬車に揺られていた。学園のある首都から西へ馬車で2日行くと広大な"死に砂漠"が広がっている。目的地は、砂漠の入り口から更に一日西へ進んだ巨大な熱帯樹の麓の街だ。


 砂漠にポツリとそびえる巨木"ザ・デザートフラワー"は首都の王城を超える雄大なスケールを誇り、その根本には一つの都市が栄えている。灼熱の砂漠に枝葉を伸ばして影を、乾いた動物たちに潤沢な水を与えてくれるその樹は砂漠において唯一無二の存在だ。その麓に広がる街も唯一で、人間と動物とモンスターが宿り木の下で共生を果たしている。

 


 ケイは防塵ゴーグルとマスクをして馬車の御者台で砂漠をひた走っていた。


 「ああ、なんでこんな目に。そもそもロームがあんな書き置きを残さなければ、、、」


 そんなケイのぼやきに、トランシーバーからノイズ混じりにエーコの声が飛ぶ。


 「こんな可愛い娘三人とお泊りで、旅が出来るのよ? 喜ぶべきよ」


 「おい今自分も人数に入れたろ?・・・まあそれは否定できないからいいか。だがな、人間を2日ぶっ続けで砂嵐の中に晒すなんて可愛いとは言えないぞ。僕は昨日の夜は馬さんとお泊りしてるんだが、どうなってるんだ!?」


 「あら当然じゃない! 純真なイブちゃんとギギちゃんを、こんな狭いとこでゴミクズと一緒にさせられないわ!! 頭おかしいんじゃないの?」


 「・・・くそぉ、いつか目にモノみせてやる」


 ケイの目から溢れる汗は、舞い散る砂と熱気に一瞬で消えていった。


 ケイを乗せ砂漠を疾駆する馬車の中には優雅な空間が広がっている。3m四方の広い空間の中央には気品ある丸テーブルが固定され、それを囲う様にふかふかの長椅子が3脚取り付けてある。また部屋全体が高級感ある厚手の布地で覆われていおり、貴族の屋敷を一部屋持ってきたかのような造りだ。そんな空間では、エーコとイブとギギギが“トランプ”をしていた。人が寝れそうな幅の長椅子の上に三角形になって座り、お互いにカードを見せないようにしていた。


 「うーん、エーコちゃんは顔色変えないからどれがババかわかんないなー」


 「貴族だもの、この位朝飯前よ! さあイブちゃん真ん中を引くのです!」


 「えー、そんな引っ掛けまで、鬼ぃ。 ギギちゃんならどれか一発でわかるのになあ」


 「イブ、エーコ、モシカシテギギノ顔色デ解テタノカ?! 顔ニ出テタカ?!」


 「ギギちゃんは顔に出まくりよ! イブちゃんからババ引いた時なんかこの世の終わりみたいな顔してたわよ、ふふ」

 

 「ソーカー、出直シテクルカー・・・」


 「ふふふっギギちゃん、出直すってここからどこかいくつもりなの? 外は灼熱の砂嵐なのに、ぷっ。ところでエーコちゃんさっきケイ君なんだって? やっと交代する?」


 「いえケイは、“このまま目的地まで任せろ! イブたちを砂嵐のなかになんか晒せるか”って言ってたわ。イブちゃん、ギギちゃんのことが大事なのね、感動しちゃったわ。」


 「ケイ君・・・水の都についたら何かお礼しなきゃ、ギギちゃん何がいいと思う?」


 「ケイニヤルナラ石カ、胸ダロ」


 「それはダメって前にも言ったでしょ!? もう」


 イブはギギに鼻が触れるほど詰め寄るとガミガミと説教を始めるのだった。




 ケイが御する馬車は、4人を乗せて灼熱の砂塵吹き荒れる砂漠を西へとまっすぐに突き進んだ。そしてとうとう眼前にとても大きな、それこそ山と見違えるほどの樹とその根本を隠すようにそり立つ巨大な壁が見えた。樹の根本を背にしてぐるりと広がる壁は人間がこの荒廃した地に打ち立てた楽園の証、水の都“フラワーシティ”を守る厚い石壁だ。

 ケイたちの馬車は石壁の一画にできた大きな門の前に並ぶ列へとならんだ。どの馬車もケイたちの馬車より大きく頑丈な造りをしている。馬車の窓からイブ、エーコ、ギギギがトランシーバーを持って興奮気味に外の様子を伺う。


 「ケイ君! やっとついたね! それにしてもおっきいねザ・フラワー、大きすぎて何がなんだかわかんないよ!」


 「ケイ大キナ樹見セテクレル言ッテタガ、マサカコレ程トハ。アレハ生キテルノカ?」


 「イブとギギギの興奮には僕も同感だよ、未だ全貌が見えないからな。それとあの樹は生きてるらしい、常に魔術っぽい力で大気中の水をその巨大な幹と根に溜め込んでいるらしい、であってるよなエーコ?」


 「ケイの言う通りよ、今回私たちを呼んだロームの別荘はこの街の再奥、根本も根本“アンダーザルート”地区にあるわ。貴族の中でも踏み入れることのできるのは一握りの楽園よ」


 「ええ、平民の私がそんなところいって大丈夫かなぁ、はあなんか緊張してきたよー」


 「イブ駄目ダト、ギギモット駄目、打首?」


 ギギギは右手を自分の首の前に水平に構えながらエーコへと問いかけた。

 

 「大丈夫よ二人とも、今回はあのローム・サリンダーのご友人なんだから胸を張って楽しみましょ! それにこんなに可愛いイブちゃんとギギちゃんを害する奴がいたらぶっ飛ばしてやるんだから、安心して!」


 「オオ頼モシイエーコ、ヨロシクオ頼ミシマス」


 「おい、そろそろ入門検査だぞ、準備しとけよー」


 ケイの一声で、3人ははっとしてあたりに散らかるトランプやら果実水やら焼き菓子を急いで片付け始めるのだった。


 それから少ししてフラワーシティへ入場検査は滞りなく済んだ。ロームが置いていった通行許可証が効いたのか、他の馬車のように積荷のチェックも簡易的なものだった。そして検査場を抜けたケイたちを待っていたのは本当に砂漠のど真ん中にあるのか疑わしくなるような光景だった。

 街の中央、ザ・デザートフラワーから放射状に地上を伸びる巨大な根に沿うように作られた街路には緑があふれていたのだ。綺麗に手入れをされた色鮮やかな花壇と街路樹が道端の至るところに植えられている。また扇の格子状に広がる街路の脇、巨大な根の隙間や上部にはみっしりと店が立ちならんでおり、どの店からも活気が溢れていた。入場門前の小さな広場でその光景を見たケイとイブとギギギは驚きのあまり固まってしまった。そんな3人にエーコがパンパンと手を叩きながら壁にかけてあるトランシーバーに声をかける。

  

 「ケイ、目の前のストリートを奥までゆっくり走らせて。広場で立ち止まってると邪魔になるからアンダーザルートに先に馬車を留めにいくよ。それに、ロームとも合流しないといけないしね。」


 「ああ、すまない。でもエーコは流石だな、たまに忘れるけどやっぱ貴族なんだな。」


 「(一言多いんだよな。今日も馬小屋で寝たくなかったらさっさと働けこのクズ野郎)」

 

 トランシーバーを置くと、ケイは引きつった顔で鞭を振るい始めた。

 その日、センターストリートを信じられないほど機敏な動きで疾駆する貴族の馬車の速さに驚いた住民達の間である噂が流れた。“センターストリート最速の男が帰ってきた”と




 

 ケイの頑張りによりすぐにアンダーザルート地区に着いた。アンダーザルート地区はザ・デザートフラワーの幹の直下にある空洞を利用した居住区だ。ひんやりとしていて、砂っぽさがなく、美味しい空気が満ちる高級住宅地として有名だ。その一画に富と力を誇示するようにそびえる大きな屋敷がサリンダー家別荘だった。門の前についたボロボロの出で立ちのケイは、門番にロームの手紙を渡す。すると怪しむことなくすぐに門を開閉し、馬車台へ飛び乗ると案内をしてくれた。屋敷の前に着けば、「このまま馬舎まで送ります、荷物も客室へ運びますので、どうぞ屋敷へとお上りください」と言われて、4人は大きな屋敷へと促されるまま入った。


 

 「「「ようこそおいでくださいました学園の皆様」」」


 一人でに開いた両開きの大扉を抜けると、揃いの給仕服に身を包んだたくさんの女性達が、入り口からまっすぐ伸びる絨毯の脇に頭を深く垂れて並んでいた。そして絶妙な間で先頭にいた30代後半っぽい美しい女性が気品ある動きで頭を上げた。


 「ローム様のご学友の皆様、この度ははるばるこのフラワーシティまでお越しくださり本当にありがとうございます。ご滞在の間は手前共が皆様のお世話をさせていただきます、どうぞごくつろぎ下さい。ただいまローム様は2階書斎におられます。ただちに参りますので、申し訳ありませんがこちらの席にてお待ちください」


 心地良い声で流れるように挨拶を済ますと、その女性は近くの巨大な応接用ソファーへと華麗な足取りで4人を案内した。湯気と心が安らぐ香りが立つお茶が高級な茶器に注がれて4ついつの間にか並べてあった。タジタジになるケイとイブとギギギを先に座らせたエーコが恭しく礼を述べる。


 「この度は私共をこうしてお迎えくださり、ありがとうございます。平素よりお世話になっているローム様に、お声がけ頂けるなんて光栄の極みです。いささか礼を節することもあるかと思いますが、どうかご容赦頂けますようお願い申し上げます。」


 「あらあら大丈夫ですよ、ローム様がご友人を連れてくるのなんて初めてですから。身分や出自の貴賎は手前共は全く気にしません、ただローム様と楽し思い出をお作りになっていただけたら幸いという思いでいっぱいです。さあお茶をお召し上がりください」

 

 柔和な笑みを湛える給仕長の女性にエーコは少し驚いた様子だったが、すぐに微笑み返すと嬉しそうにイブとギギの間に座り一緒にお茶をすすり始めた。


 ロームを待つ間、ケイは微妙に浮いていた。雰囲気とかではなく、文字通り物理的に浮いていた。革張りの椅子に砂にまみれたケツをつけるまいとしてだ。そんなケイの筋力が限界を迎えんとしたころ広間の大階段からラフな格好をしたロームが現れた。ゆっくりと降りてくるロームに対し、ケイはずっと会いたかったと言わんばかりに笑顔で腰をあげると数歩だけ歩み寄った。


 「ケイどうしたんだ? 再会をそんなに喜んでくれるなんて嬉しいが、正直気持ち悪いな。・・・ああ、みんなも遠いところ来てくれてありがとう、きっと楽しんでもらえると思う、ぜひ羽を伸ばしてくれ。そうだみんなが良ければ、さっそく海に行かないか?」


 近寄るケイをスルーして、イブたちが座るソファーの対面に腰掛けると、爽やかなイケメンスマイルで話を始める。イブはロームの提案に不思議な顔をして答えた。


 「海って、・・・ローム君ここ砂漠ですよ?」


 「あるんだよ、この砂漠にもビーチが」


 それから少しして4人は、ロームに連れられてアンダーザルート地区の奥へと向かうのだった。




 事の発端は夏休みが1週間を過ぎた日に戻る。いつものように部室へと集ったイブとケイとエーコとギギギは姿を現さないロームの代わりにデカデカと置かれた手紙を見つけた。中には “異世界生産技術部(仮)課外活動許可証”とローム直筆のメッセージが添えられている。


「砂漠のリゾート “ザ・フラワーシティ”にある別荘に遊びに来ませんか? お客様の心をときめかせる用意があります、さあどうぞ砂漠の楽園へ! だと、どうする?」


 ケイが胡散臭そうにメッセージを読み、それにエーコが貴族でも普通は泊まれない様なリゾート地だと補足すると、途端にケイもイブもギギギも目を輝かせ、その日の内にエーコの実家アクエリウス家の馬車で砂漠のリゾートを目指すことになった。画してロームと合流して5人となったケイたちは“海”に来たわけだが。目の前に広がる海を前にケイは隣に立つロームに素直に感嘆をこぼしていた。


「本当にあったんだな海、というかここは本当にあのザ・フラワーの真下なのか?」


 ロームは驚くケイを見ると嬉しそうに答えた。


「ケイでも驚くんだな、いやぁうれしいよ。ここは間違いなくザ・フラワーの下にある超巨大空洞だよ。水底に広がる岩塩層が塩水を、ザ・フラワーの主根の吸排が波を作り出す奇跡のビーチさ。砂と太陽にはこと困らないから一年中を通してリゾートシーズンなんだが、夏は逆に閑散期なんで一学期の慰労にどうかと思ってな。」


「いや一番苦労してたのはロームだと思うんだが。まあ最近バタバタしてゆっくり話をする間もなかったからちょうどいいか。」


「決勝終わったと思ったら、すり替え事件やらギギギ先輩やらイブさんに吹き飛ばされたりやら全部ケイ絡みなんだがな。お、話をすればイブさん達来たぞ!」


 ロームが浜辺に直結のログハウスから出てくる女性陣に爽やかに手を振った。エーコ、イブ、ギギギは三者三様の水着に身を包み、ビーチへと向かっている。低身長でスレンダーなイブは、少し布地多めだが上下で別れた白色の水着を恥ずかしそうに手で隠している。ギギギは小麦色の肌を強調するように黒系の上下つながった水着をまとっているが、逆にその豊満なバストが寄せて上げられ強調されていた。エーコは赤色の上下が別れた機能的なデザインの水着をまとっている。そんな3人を臆することなく、礼儀だと言わんばかりに褒めるロームにケイは尊敬の念を感じずにはいられなかった。


「皆とてもお似合いだよ。ビーチのトップスリーは頂いたといっても過言じゃないんじゃないかい? そう思うだろケイ?」


「あ、ああ、そうだな大変お美しいな、はははは」


「ケイ、あんまりだらしない顔でイブちゃんとギギちゃんのこと見てると岩盤まで沈めるわよ?」


「あんまりケイをいじめるなよエーコ。きっとこういうのに慣れてないんだろ、さあそんなことより泳ごうぜ」


 ケイをかばうように皆に提案するロームの言葉に従い、海へと歩き始めた。ケイ密かにはめちゃくちゃロームに感謝した。


〜・〜・〜・〜

 


 

 僕は現在海に浮かび頭を冷やしている。沖ではロームがガチで泳いでいるし、水面が膝上あたりにくる浅瀬ではイブとエーコとギギギが水におっかなびっくりとはしゃいでいる。いやそれにしてもこの世界の体の成長は早いと思う。10歳にしては身長も体つきも前世の女子高校や大人顔負けで、やっぱり過酷な環境がそうさせるのかなとか考えてしまう。いや実際考えてるのは、その刺激的な水着姿なんだけど。


「おおい、覗きか? エーコに殺されるぞ?」


「うへえっ?! ・・・なんだロームか、驚かすなよな。」


「イブさんはスレンダーだが持ち前の美肌と合わさって白い水着が神々しいな。新手のライバルのギギギ先輩もいるしケイの前でちょっと大胆な水着で攻めて見ましたってところか。ギギギ先輩は多分エーコに着せて貰ったんだろうが、胸元をしっかり隠すデザインにしたことで逆に強調するという引き算のテクニックだな。イブさんとは違った長くて肉付きのいい肢体が僕気になりますといったところか、ケイ?」


「おい、分析をありがとう。ほとんどあってるけど、頼むから黙っててくれよ。」


「“エーコもなかなか胸があるし、引き締まった腹筋や太ももとかやばいなぁ、正面切って見れないな僕”といったところか、本当にむっつりだなケイは」


「…うるせえ僕は純情なんだよ、それに前もいったけど前世の世界なら10歳過ぎなんてまだ子供なんだよ。途中までそうなるもんだと思ってたんだから慣れないんだよ」


「ケイは記憶を引き継いだだけで、この世界に生きているじゃないか、もう少し適応してもいいんじゃないか? 貴族なんて12歳超えたら結婚、出産を迎えるやつだって少なくないぞ。」


 そんなことを話していると、海に慣れたのかイブ達もゆらゆら浮いているケイの所へと泳いでくる。


「ケイ君! 海ってすごいねっ、水がこんな塩辛いしこんな高い波誰が起こしてるんだろ?」


 そんなことを言いつつイブはケイの直ぐ近くまでやってきた。

 

 「いや本来は月の引力によってたが、この波はザ・フラワーの生命活動のせいであってな・・・」


 水で濡れた髪をおでこにピシッとかき分けてて、いつもと違い艶かしい雰囲気のイブにケイはイブを直視できていない。そんな実はウブな幼馴染に気を大きくしたのか、イブがちょっと大きめの波が来たタイミングに合わせてケイへと抱きつく。


「ごめんケイ君! 波が強くて、ちょっと掴まっててもいい?」


 しょっぱそうな顔でケホケホ咳き込むイブはケイの腕に両腕を絡めるように抱きついた。当然、イブの控えめな膨らみがケイの二の腕を包んでしまう。厚布一枚で覆われただけの成熟途中といった絶妙な柔らかさがケイの背筋に電流を流した。そんな二人の様子を見ていたギギギが、水に浮かぶほど立派な膨らみを前面に押し出しながら犬かきでケイの空いている腕を急襲した。


「イブズルイ! ギギニハ駄目言ッタノニ、自分ハOK!」


 ギギギの小麦色の弾力のある膨らみにすっぽり挟まれたケイの細腕は幸せの余り感覚が消えそうだった。両腕に水を弾く乙女の柔肌の感触を受けてケイの我慢は限界に達した。


「アクアビイイイイイイイっム!」


 ケイの後方に激流が現れ、鳥が飛んでいくような速度で沖へ向かってすっ飛んでいった。水面を水切りしながら進む姿はまるでトビウオのようだったとロームは語る。



 1時間後、頭を冷やしたのかすっきりした顔で帰ってきたケイをむかえた一同は、また明日も来ようと刺激的な海遊びを振り返りながらロームの屋敷へと戻った。

 屋敷へ戻ると、5人は用意されていた男湯女湯へと通され、砂やら塩水、体の疲れを綺麗に落とした。その後はいつの間にか用意されていたラフだが気品ある衣装に身を包んだ。ロームとケイは、真っ白なシャツと真っ白な皮のズボンに、エーコとイブとギギギは真っ白なイブニングドレスに身にまとい大食堂で食事となった。美しい大理石で作られた白亜の空間は、その高い天井からシャンデリアが吊るされ、部屋の隅に置かれたチェロのような弦楽器からは会話を邪魔しない程度の心地よい音楽が奏でられた。料理に至っては、学園のある首都の高級レストレンでもでてこないような極上のコースが振舞われ、エーコですら感激してイブとともに涙を流すほどだった。ケイとギギギはおしゃベりそっちのけで、出される料理を付き添えのパンを使って汁まで残さず平らげていた。ロームはハチャメチャな会食を始終笑いながら取り仕切り、パンがなくなれば給仕を呼び、水がなくなれば手ずから水差しを傾けて回った。祝勝会と題した食事会では結局まともにおしゃべりなんかできる雰囲気は訪れず、食後に談話室へとみんなで向かった。部屋の各所に仕込まれた魔術灯が間接照明となり落ちつく空間にしあがり、皆思い思いにソファーにのびていた。


「ロームさまあ、どうしてこんなによくしてくれるんですかあ? 裏でもあるんですかあ? あ、女子の水着が見たかったとか?」


「なんだケイ気持ち悪い、様なんてやめろよ。うちの女性陣の水着姿はビーチでも群を抜いていたが、むっつりなお前と違って俺はそんな破廉恥な思考は持ってないよ。強いて言うならただ遊びたかったのかな、学園にいるとどうしても競争意識やお前の生産活動に付き合わされるしな」


 ケイは図星なのか恥ずかしそうに黙ってしまう、その代わりにイブがお礼をいった。


「ローム君、あらためてありがとう。貴族じゃない私やギギちゃん、ケイ君をこんな素敵なところに呼んでくれて。こんな素敵なドレス絶対に着ることなんかないと思ってたもん、本当に夢みたいで何とお礼をいったらいいのか。そもそも、いきなりエーコちゃんとローム君に無礼を働いた平民のケイ君や私と仲良くしてくれたことに感謝というか謝罪というか」

 

「イブちゃん卑下する必要は微塵もないわ、無礼なのは最初からケイだけよ。イブちゃんは最初から清く可愛く強かったわ。あの日そこの悪魔の雷から私を救ってくれたイブちゃんは本当に素敵だったわ。それからも素晴らしかったけど、イブちゃんみたいに他人のために何かをできる人間ってそういないと思うの。貴族社会にいるからかもしれないけど誰かを蹴落とすのが当たり前、損切り上等な人間関係に疲れ切っていた私への救いだと思ったわ。こちらこそお礼を言いたいわ、仲良くしてくれてありがとう」


 そんなエーコの赤裸々な告白に乗せられたのか、ロームも語り始めた。


「エーコの言う通りだ、俺は周りにサリンダー家の嫡子としか見らえて来なかった。それが貴族社会においての絶対的正解だし、恩恵には預かっているけどロームって男はなんなんだっていう思いがずっと胸にあった。だって魔術や政治経済や教養を磨き、いくらいい成績を収めてもさすがサリンダー家次期当主としか言われないんだ。それが入学してみたらどうだ、平民のケイやイブさんは自然体で悠々と俺らを超えてみせた。血筋や権力なんか気にせずに、自分の力を自分が思ったように振るう、そんな自由な魔術に俺の心も救われたんだと思う、イブさん、ケイ俺らと出会ってくれて本当にありがとう」

 

 エーコとロームの真摯な言葉にケイは気恥ずかしそうにしているし、イブは驚きのあまり涙をうっすらうかべていた。そして二人の気持ちを代弁するようにケイが控えめな声量で話し始めた。


「貴族の事は分からないけど、エーコとロームがいなければ僕とイブは学園で荒れていたと思う。ロームは見てるだろうが、入学初日のゴランみたいなちょっかい出してくる奴らを血祭りにあげることを延々続けていただろうな。それにイブは昔から僕とつるんで魔術に明け暮れてたせいで、友達ができなかったからエーコが友達になってくれて本当に良かったと感謝している。こちらこそ、ありがとうだ」


 ケイは言い終わると恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。だがその先にはギギギがまっすぐな瞳で見つめていた。


「ケイハ私ノコトモ助ケテクレタ、亜人ダッテイッテモ構ワズダンジョン同好会ニ遊ビニ来タ。石モ自分デトルカラ場所ダケ教エロッテ、ギギニ最初カラ優シカッタ。イブニ紹介シテクレタノモ、エーコトロームニ紹介シテクレタノモケイ。コンナ素晴ラシイコトアルナンテ思ッテカッタ、アリガトウ」


 ギギギがゆっくりと言い終わると、ケイは顔を真っ赤にして天井を仰いで、顔を隠した。どんな感情かは分からないが、ケイはみんなに囲まれながら暖かい涙を一人流した。皆はいつものケイらしからぬ素直さにニヤニヤと微笑みあった。


 それからケイが再起することはなく、空いた手でしっしっと人払いするので気を使ったエーコトとイブとギギギは女部屋へと退散した。ロームは少しすると窓を開け夜の空気をいれながら、どこからか持ってきた高そうな酒瓶とグラスをケイの前に置いて飲み始め夜は更けていった。




〜・〜・〜・〜


 談話室から自室へと退散したイブ達はパジャマに着替え、4つ並んでいるふかふかの大きなベッドの一つで輪になっておしゃべりをしていた。


「こうしてベッドでおしゃべりしているとエーコちゃんの家にお泊まりした時思い出すなぁ。今日はギギちゃんもいて、さらにワクワクするね!」


「パジャマパーティーというやつね、ギギちゃんはパジャマパーティー知ってるかしら?」


「ソレハナニスルパーティ? イツヤル?」


「パジャマになってからお菓子を食べたり、ゲームをしたり、色々おしゃべりもするの。ケイ君やローム君とか男の子の目を気にせずにいつもは言えないようなことも相談できるし、とても楽しいんだよ、ね、エーコちゃん」


「オオ、ソレハ楽シイ! パジャマニナッタラ普通ハ寝ルダケ、後半戦?」


「そうね、さっきの後半戦ね。それにしてもケイはギギちゃんのことといい、決勝戦の時といい、何か一人で背負いこむ癖があるのよね」


 エーコはやれやれといった感じでお茶を入れたカップをベッドテーブルの上に並べる。それにイブも強く頷く。


「ギギギちゃんのことも早くいってくれたら良かったのにね、決勝の時だって危険は全部一人で背負いこんじゃって、こっちの気は知らないんだよね」


「ギギギノコトハ、紹介シヨウ言ッテクレテタケド、ギギガ怖ガッテシマッタ、ケイハ気遣ッテクレタ。決勝ハ見テタケドアレハヤバイ、亜人ノギギデモ捌ケナイ。後イブトエーコノハンマーニハ感動シタ! アレコソ芸術」


「へえ、そうだったのね、まあ友達の友達がいいやつとは限らないものね。ギギちゃんがためらうのも当然よ。最初イブちゃんとケイが連れて来た時には私もびっくりしたけど、話してみてギギちゃんはすぐにいい子だってわかったわ! もっと早く知り会いたかったけど、その分はこれからよね?」


「そうだね、これから一緒に色々勉強したり、部活動したりしようね! あ、ギギちゃんは先輩だから教えてもらうが正解?」


「オウ、エーコ、イブ、アリガトオ。不束モノデスガヨロシクネ。ギギ教エラレルノダンジョンダケ、ソレ以外ハカラキシ残念」


 両手を肩まで上げてお手上げポーズをするギギギにエーコとイブはおかしくなって笑ってしまう。それにつられてギギギも笑い、なんで笑ってるのかわからなくなった3人は余計におかしそうに笑い声を上げた。


 笑いが収まるとお茶とお菓子をかじりながらエーコがイブとギギギを愉快そうに見つめて質問する。


「ところで昼間といい、さっきといい、ギギギちゃんはケイに猛烈アタックしてるということは好きなのね?」


 イブは心臓を鷲掴みにされたように表情を固まらせた。ギギギは自然体で答える。


「ケイハ今ノトコロ一番好キダ、ギギノ初メテノ人間ノ友達ダカラナ。」


 イブはホッと胸をなでおろすが、エーコはそれを許さなかった。


「それは、人間のツガイが一緒にいたいなぁって思う感じの好きなのか、それともギギちゃんが肉に抱くような好きなのかどっちかわかる?」


「ソレハ……ウーン、ドッチダロウ。ケイトハ一緒ニイタイシ役ニ立チタイカラ、前ノ方カナ。デモイブ達モ、同ジニ一緒ニイタイカラ後ロカ?」


「そうね、まだこれからよね、ギギちゃんは皆が大好きということかな! そうだ麻雀やりましょ? 馬車の中で教えるってギギちゃんに約束したしね!」


 エーコがうまく丸め込むと、ギギギは安心したようにニカっと笑った。イブだけは脳内会議で忙しいのか空になったカップをすすっていた。パジャマパーティはこうして夜遅くまで続いていくのだった。


 


 その頃、談話室でロームと人生初の晩酌を終えたケイは自室のベッドへと転がされていた。ロームが酒を差し出した後、礼も言わずに注がれるままに飲み続けたケイは、フラフラと眠りに落ちたのだった。


 ケイはその晩、夢を見た。

 緑の丘の様なところで、見たこともないおじいさんと二人で話しをしていた。おじいさんの言うことは聞きづらく、断片的にしかわからなくてケイをイライラとさせた。聞こえて来たのは


 “大型モンスター、亜人、最速の男” そして“フラワーシティ、壊滅”だった。


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