表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/37

転生とか馬鹿みたいじゃないですか?

「鉛筆を作るには何が必要だと思う?」


「えーと、材木と炭と、……あ、あとは塗料ですか?」


 捉え所の無い質問に、僕は曖昧な答えを返す。目の前の初老の男性は僕の答えを聞くと、その豊かな眉毛を撫でながら、柔和な顔で首を横に数回振った。


「残念50点。この現代、鉛筆を”鉛筆”たらしめているのは、なんだと思うかい? それは、安定した品質と供給量だよ。君も鉛筆と言われて思い浮かべたのは、この緑色した細い六角柱のことだろう? じゃあ残る50点は何か? それは、まっすぐで欠けの無い芯材を製造する機械、バリや割れのない持ち手材を切出す機械、持ち手材を芯材に圧着する機械、均一に塗料を吹く機械だ。じゃあ、そんな機械はどうやって作るか、それが我々の“生産技術”エンジニアの仕事だ。さあ、これから仕事を始めようじゃないか。ああそうだ、もう1つ。ここでは輝き続けるまでが定時だ。君の輝きに期待しているよ、ほっほっほ」




 これは、”前世の”僕が、大切にしていた記憶の一つだ。


 僕の頭の中には恐らくだが”前世の”記憶が存在する。さらにおかしなことに、それはこの世界とは異なる世界での記憶だと思う。僕の生きる星“ジオウグ”とは言葉も文明も丸きり違う世界で、ケイイチと呼ばれ、“サラリーマン”として働いていた記憶だからだ。この世界の僕はまだ10歳で、教育課程だって終わっていないし、記憶の中にある文明や社会はこの世界のどこにもありはしないのだ。

 ちなみにケイイチとしての記憶は、不幸にも30歳を迎える前に死んでしまったところで途切れている。死因がなんだったのかは分からないままだが、3、4日徹夜で働き抜くことも普通だったみたいだから、過労とか栄養失調とか至極残念な理由だろう。今世の僕はそうならないことを祈るばかりだ。


 そんな僕は、ケイ・トーマスオとして自然の猛威が極悪に溢れるこの星で産声を上げたわけだが……。前世の記憶が頭の中に残っているせいで深刻な問題が生じた。それは自己存在の根幹、今世の僕が前世の記憶を手に入れたのか、前世の僕がこの世界に生まれ変わったのかという問題だ。未だこの問題は曖昧な感じであるが、ただ一つ言えることは新生児のまっさらな脳にそんな危険なモノをぶち込むなんて、世界の理はかなりガバガバだと思う。


 当然、そんなモノを有無いわせず持たされた僕の成長には、前世の記憶が色濃く影響を及ぼすこととなる。変わりものと忌避され、普通とは異なる幼少期を過ごしたと言えるだろう。






 産まれた当初は自我も意識もほとんどなかったせいか、父母曰く極々一般の赤ん坊だったらしい。さすがに0歳、1歳の記憶は残っていない。


 最初の変化は2歳頃から顕著に現れた。2歳頃の僕は眉間に極太のシワを寄せ、赤ん坊とは思えないしかめ面で四六時中ブスッーーとしていたとか。その様子は、自閉していたと言っても過言では無く、揺り籠に揺られても、糞尿で汚れたおしめを替えてもらっても、ご飯を食べさせてもらっても、眉を極限までしかめ、ただひたすらブスッとしていたらしい。


 それはきっと、……頭の中にしきりに浮かぶ”前世の記憶”のかけらのせいだ。両親が話す言葉とは、似ても似つかない言葉で綴られる記憶が自分の中に無数に存在したせいか、曖昧で脆弱な自我形成が盛大にぶれていたのだ。莫大な量の情報に、赤ん坊の脳の処理速度が追いつくわけもなく、記憶と現実がゴチャゴチャになっていた。だが両親は不気味な赤ん坊に、我慢強くたゆまぬ愛を注いでくれた。本当にたくさんの愛を注いでもらったのだと思う。


 そんな両親のおかげで僕の危機的状況は改善の兆しを見せはじめる。僕が2歳になり幾分すぎたころ、朧げながら”自我”と”この世界の“言葉”を手にすることができたのだ。自我を手にする前に心が壊れていてもおかしくなかったと、今となっても恐怖する。その反面、自我と言葉の概念を獲てからの僕の成長は凄まじく早かった。以前は恐怖していた“前世の記憶”のかけらに愛着さえも覚え始め、津波のように荒れ狂う前世の記憶にも立ち向かえるようになった。前世の記憶を紡ぎ昇華させ、前世の言語と知識を急速に手にすることができ始めた。この世界の言葉も、雛鳥のように両親からねだった。たとえ両親がノイローゼ気味になっても、ひたすらに、それこそオウムのように言葉をねだり続けていた。




 3歳を過ぎると脳の処理能力も上がってきたのか、ふと蘇る記憶のかけらも断片的なモノからまとまったものへと変貌し始める。それは僕が大人であったころの記憶であり、それがたとえ異なる世界のものだとしても、僕の人格形成を爆発的に加速させることになった。結果として3歳にして、この世界の言葉を使いこなし、不気味なほど大人びていた。赤ん坊のくせに、赤ん坊の脳の柔軟さはすごいなと感心していたくらいだから滑稽だ。

 喋り始めが遅かっただけに、僕の若干引くほどの急成長でも両親は心から喜んでくれた。またこのときから僕は、言葉の代わりに外の世界を猛烈に学びたがり始めた。隙さえあれば家から抜け出す勢いだったため、両親に軽く軟禁されたほどだ。僕はそれでも窓から飛び降りて、家を抜け出したりして両親には本当に心配をさせたと思う。


 それほどまでに僕の興味を掻き立てたものは何か、……この世界には不可思議な力、“魔術”が溢れていたのだ。魔術使いが風を呼び、火の玉を放ち、雷を降らせる圧倒的な光景が日常的に広がっていた。僕がこの世界で見つけた、前世との特異点だった。前世で言えば”明治時代”の様な文明レベルのこの世界に不便さを嘆いていたのだが、そんな不躾な考えを持ったことを平に謝らねばならない。前世では想像の産物でしかなかった超常の現象が、容安く目の前で発現する世界に、眠れぬほどワクワクした。




 4歳になる頃、両親をねだりにねだり倒し、初心者用の魔術教本を買ってもらった。この世界では珍しくもない魔術に、異常と言われるほど強いときめきと執着を見せはじめてしまっていた。ただ、僕が魔術の習得にのめり込むようになるにつれて、周りからは忌み子と陰口をされ始めた。この世界において魔術師は数ある職業の一つでしかなく、習得の難易度やコストに比べて利益が全く出ない不人気職なのだ。それこそ貴族でもない限りは採算なんか取れないくらい。識字率が低いこと、自然科学系の学問が体系化されていない文化背景も魔術普及の足を引っ張っていた。




 5歳になると、この国の一般教育過程である “教導所”通いを僕も始めた。文字や生活に必要な知識を教えてくれる場所であり、同年代の子どもに漏れず通うことになったのだが、……見事に浮いた。早熟した喋り方で、平民のくせに分不相応に魔術の本を舐めるように読み漁るせいで、すぐに悪魔の子と呼ばれるようになり、誰にも口をきいてもらえなくなった。教導所では基本的な読み書き、計算、簡単な自然科学、芸術や農学、歴史と幅広く教えてくれるのだが、この世界よりもずっと進んだ文明の大学院卒業レベルの知識を既に持ち合わせた僕には、教導所でのあれこれは殆ど不要だった。そして、教導そっちのけで魔術の勉強に耽った僕は、見事に周りの反感を爆買いし、不名誉なあだ名は一瞬で邪神の子へと昇格を果たした。


 だが外聞を犠牲にして魔術に傾倒したおかげで、教導所で得たものもあった。一つはこの世界の魔術の理みたいなものだ。まず前提としてこの世界の“魔術”とは、超常現象と科学現象をごった煮にしたものだった。幾何学模様の紋章と触媒を使って放つ豪速球の火の玉も、物がこすれて生じる静電気も同じく魔術に分類されていた。ここからいう魔術は前者とするが、魔術の行使には紋章と触媒が必要だ。紋章と触媒は空間を満たす不可視のエネルギーを変質させ、魔術として発現させるのだ。幾何学模様の紋章が意味を持つパスとなり、触媒がパスに圧力をかけてエネルギーを押し出す。定義を持つパスを通ったエネルギーは、火の玉、雨雲、氷柱として発現する、それが魔術の基本であった。僕は教導所時代に紋章と触媒が持つ効果を知り得るだけ学習した。そして、この世界の魔術は準備、調整、可変性に難があり実際には非常に使いづらい技術ということも嫌が応にも理解してしまった。前世のファンタジー物語のように、呪文を唱えてパッと自由に現象を制御できたのなら、この世界での魔術の価値はもっと大きく違った捉えかたをされただろうと思う。

 

 もう一つ教導所で得たものがある、それはイブ・ロータンという魔術好きの変わった友だちだ。ある時イブは悪魔の子と忌避された僕に恐れることなく声をかけてきたのだ。


「あの、ケイ君が魔術使いこなしていると聞いたんだけど、ほんとですか? わたしも、すごい使ってみたいんだけど、おしえてくれませんか?」


 見ず知らずの女の子が小首を傾げながら話しかけてきたときにはすごく驚いたが、それ以来教導所では二人で過ごすことも多くなった。魔術のことはもちろんだが、魔術の勉強に限らずお互いの家族の話だったり、今日のお昼ご飯だったり、同じクラスの子に意地悪された話だったり、子供らしく裏表なく色々な話をした。その内、教導所では魔術オタクとして二人で孤立してしまったため、必然遊ぶことも多くなった。イブに付き合っておままごともしたし、探検ごっこもした。この世界の花形職業であるハンターの姿をこっそり眺めに行ったり、街に菓子を買いに行ったり、2人でできそうな遊びはだいたいした。


 前世の知識を得て普通を通り超して成熟したと自負していたが、僕の中身は結局子供だったということにイブには気づかされた。大人ぶっていても年相応に人恋しさを抱えていたらしく、彼女が友達でいてくれたおかげで割とまっすぐに成長することができたと思う。両親からは幼少より変わらず愛されていたが、やはり肉親以外の他人からの優しさは別だったらしい。彼女の存在は僕の中で大きくなっていた。




 そして街の教導所での5年が過ぎ、10歳の今日、現在、今、僕はかねてから志望していた王都にあるという王立魔術師高等教導学園へと旅立つ。しかも両親であるカイ・トーマスオとミズーリ・トーマスオと一緒にだ。父のカイと母のミズーリは点在する街々を行き来する商人で、今回は頑張る息子を応援するんだと張り切って、活動拠点を王都へと移してくれることになったのだ。


「なあケイ、お前は本当に立派な息子で父さん誇らしいよ。魔術はいざという時に役に立たないなんていう人達がいるけれど、父さんはそんなことないと思うぞ。ケイの思う通りに、頑張りなさい」


「そうよケイ、赤ん坊のころはあなたの緩急ついた成長に一喜一憂したけれど、もう心配なんかしないわ。私たちの子供にしては、できすぎた自慢の息子よ! それに、イブちゃんとも離れ離れにならなくてよかったわね!」

 

「父さん、母さん本当にありがとう。大変なのに一緒に首都に来てくれて本当に嬉しいよ。イブもまさか一緒に受かるとは思っていなかったから、居候の件を含めて父さん母さんが来てくれて本当に助かるよ」


 引っ越しの荷造りを終え、慣れ親しんだ我が家にお別れをしていると、大きな大きな皮袋を背に抱えたイブがこちらへ嬉しそうにやって来た。イブは僕らの前まで来ると荷物を置き深々とお辞儀をした。


「カイさん、ミズーリさん、ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします。わたしの両親が“狩りのため見送りにいけず申し訳ない、娘をお願いします”と言っておりました!」


「あらあらイブちゃんいいのよ! それにご両親からは昨日ちゃんと挨拶もらってるしね! さあさあ、いきましょ、これからは家族と思ってくれてもいいのよ? ふふふっ」


「ミズーリさんありがとう! この街を離れるのは不安だけど二人にこうして受け入れてもらえて、とても嬉しいです!」 




 そう、友達のイブもこれから首都にある王立魔術学園に行くのだ。そして彼女が僕の家に居候をするのには理由があった。本来平民である僕らが高いお金を払って入学できるのは、入学試験の成績で学費免除があるからだ。だがイブは惜しくも半額免除だったため、半額とはいえ高額な授業料を払わないといけない。イブの家もうちと同じく平民で、余裕のある身分の家ではなく、当初は諦める雰囲気でイブは落ち込んでいたのだが、僕の母ミズーリからイブの両親へ提案があった。


「もし、もしよければなんですけど、イブちゃんだったら首都に引っ越す我が家に居候してもらってもいいですけど、どうでしょうか?」


 母に居候の件を提案された時、イブとイブの両親は泣いて喜び、何度も何度も感謝の言葉を述べ、我が家への居候が決まった。イブの両親からすれば学費の節約に、なにより愛する娘を一人で危険な首都に出さないで済むということが大きかったみたいだ。トーマスオ家とロータン家はこの数年で大変仲良くなっており、助け合いの精神からしたら自然な流れだったとも言えるが。


「ケイ君、これから3年間よろしくね。はあああん、魔術師専門の教導所なんて楽しみだね!」

 

「よろしくな、イブは本当に魔術が好きだな。まあ僕も負けないから一緒にがんばろうな!」


「うん! あ、でも魔術以外も楽しみなんだよ? ほんとだよ!」




 こうして僕の両親とイブ、4人で荷馬車へと乗り込み、首都への道のりを進み始める。これから待ち受ける刺激的な日々への期待に胸を膨らませて僕は馬車に揺られた。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入って下さった方は評価、お気に入り、感想を頂けますと大変嬉しい限りですm(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ