01
祭壇の前に、彼女はいた。
聖都と呼ばれるこの地において最も大きなこの聖堂は、各所に設置された灯と正面のステンドグラスから取り込まれる光で満たされていた。重い扉を開いて真っ直ぐ、通路の先に、目的の人物を見つけて赤髪の少女は一度脚を止める。
その眼に映る、胸元まである緩やかなストロベリーブロンド、透き通るような白い肌、戦闘には不向きなハイウェストドレス。両手を嫋やかに腹部の前で重ね佇む姿は、闘う意思がないのだと体現している。
対して礼拝堂に入ってきた赤髪の少女は、少女らしからぬ甲冑を身に纏っていた。その手に握った細身の剣は先程薙ぎ払った衛兵の血が付着しており、新緑の瞳には怒りを宿している。
「アマーリエ、逆賊……魔女がっ!」
地を這うように声を絞り出した赤髪の少女に応えるように振り向くアマーリエは、礼拝堂のステンドグラスから光を浴び照らし出されている。まるで造られたような美しさに赤髪の少女は苛立ちを募らせて眉間に皺を深く寄せ、真直ぐ迷いなくアマーリエへと歩みを進めた。
その間、アマーリエはただただ赤髪の少女を見つめるだけだ。
「………っ」
余裕なのか、何も感じていないのか。
真意を図り兼ねて赤髪の少女は己の愛剣をアマーリエの鼻先に突きつけた。それでもアマーリエはただただ目の前の赤髪の少女を見詰めるのみで、何も言わない。
「………、貴様の死に場所はここではない。民衆の前に引き摺りだして、処刑してやる。」
大凡、年頃の少女らしからぬ台詞を口にする。その目は今すぐにでもアマーリエを殺したいと語っていたが、そうしなかったのは赤髪の少女の仲間が駆けつけたからだった。
計画から外れると、この仲間はうるさいのだ。
ーーー昏迷の茜 1
彼女を知る者は、彼女を『導師』と呼ぶ。
それは勿論彼女の名前ではなかったけれど、彼女に否定も肯定もする気はなかった。彼女は『導師』として招かれ、周囲にとってはそれ以上でも以下でもないのだと知ったからだ。『導師』が彼女の役割であり価値なのだ。
彼女は元々、この世界の住人ではない。彼女が元いた世界は『地球』であり『日本』であった。六人家族の末娘として産まれ、特に不自由はなく過ごしてきた。いつ、どのタイミングでこの世界へ訪れたのか、彼女の記憶ではあやふやだ。ただある日目が覚めると、見知らぬ天井があったのだ。
それは、今日と同じ天井だ。
「導師、おはようございます。今朝もよい天気ですよ。」
「…おはよう。」
メイドのレベッカがカーテンを開けてゆくので、彼女は否応なしに起きる羽目になった。眩しさに目をこすりながらのそりと起き上がり、ぼんやりする頭が動き始めるまで膝を抱える。
レベッカはそんないつも通りの彼女に少しだけ苦笑して、温かなお茶を準備しはじめた。程なく好い香りが彼女の鼻を擽って、それが少しだけ頭を覚ます手助けをしてくれる。
「今日はシクザール様が戻られるそうです。」
「……そう、ですか。」
温かなティーカップを受け取ると、ゆっくりとお茶を啜る。陶器製のティーカップは植物を擬えた幾何学紋様で彩られ、とても軽くて華奢な造りだ。最初こそ見るからに高級そうなそれを扱うことに慣れなかったが、最近は何の気なしに使っている。紅茶によく似たこのお茶は、少しだけ香草が混ぜられており、すっきりとした喉越しで彼女の数少ないお気に入りだ。
彼女がぼんやりとお茶を楽しむ間、レベッカは次々と今日の予定を読み上げていく。その殆どがこの世界を学ぶための勉強にあてられており、この世界で彼女が目を覚ましてからずっと、代り映えのない毎日が続いている。
シクザールは、彼女、『導師』の守護騎士団長だ。彼女がこの世界で初めて出会ったのがこのシクザールと、そして今居るレベッカだった。二人は彼女をはじめから『導師』と呼び、彼女が名乗った本名を一度も呼んだ事がない。けれども、二人は彼女にとてもよくしてくれた。
『導師』としての役割さえ果たせば、衣食住が単に保証されるだけでなく、おそらくこの世界でも上質なものを与えられるのだ。
外のことは、知識しかない。
彼女は王城フェルドグナーデの片隅にある隔離された屋敷から出たことはなく、図書室にある書物からの知識に偏っている。シクザールによると外は危険で、レベッカによると彼女は護られるべきで、教師であるルドウィークによると彼女は世間知らずなのだそうだ。
「午前中の講義が終わってからお会いにいらっしゃいます。」
レベッカはシクザールの動向をつらつらと並べ立てた後そう締め括って、今日のドレスを彼女の前へと持ち寄った。
この世界では、高貴な身分の女性は着替をメイドにさせるのが普通とのことで、最初の段階で断れなかった彼女は今だに着替を目の前のメイドにさせられている。何をするにも億劫な朝の思考回路には有難いことに、この瞬間になって初めて彼女の思考は覚醒してゆくのだ。
けれどそれはあまり気持ちのいいものではない。人に触れられることで、ひどく居心地の悪い何かが彼女の胸を過るのだ。自分の領域に踏み込まれ、けれど自分はそれに抗う術を持たないから、されるがまま……、着替させられる。レベッカは何食わぬ顔で、それこそお茶をいれる時と同じ澄ました顔で、義務的に作業を進めてゆく。温かな体温の手が、服越しに伝わる。そこに意図はなく、意思もなく、ただ与えられた役割を果たしている。レベッカが『メイド』であるのだから、彼女も、この世界では相当な身分を与えられている『導師』を全うしなければならない。彼女は胸に泥のようなものが溜る感覚から目を背けながら、着替が終わるのをじっと耐えた。
着替が終わり簡単な朝食を終えると、程なくまだあどけなさを残す少年が彼女の部屋へと訪れた。
少年は彼女の教師で、ルドウィークという。希代の天才であり、前導師唯一の弟子であり、口下手で何かにつけ率直過ぎる思春期の少年だ。彼女にとってルドウィークはこの世界全ての事を教えてくれる教師であると共に、少しだけ心許せる相手でもあった。
「今日は、昨日の復習からするよ。」
特に挨拶を交わすこともなく、ルドウィークは本題に入った。
彼はいつもこんな調子で、この世界の知識こそ色々と教えてくれるが、この世界…いや、世間の渡り方という点においてはおそらく劣等生であるらしく、レベッカは難色を示している。けれどそういうところが彼女にとって、あまり畏まらなくていい分、気が楽なのだ。
そういうわけで、彼女は当然のように、昨日の残りである植物の種を机の上に広げた陣式の上にのせた。ルドウィークはその様子に頷いて、そのまま彼女の様子をじっと見据えている。
昨日の復習というのは、植物の成長を促進させる『聖霊術』だ。
『聖霊術』は、空想小説やゲームなどにでてくる魔法によく似ている。自然の状態では不可能な事象を可能にする術であり、地球には存在しない技術だ。
この世界にはエネルギーを帯びた粒子が存在している。それは自然に植物が成長をするのを助けるものでもあり、人が健康に生きていく為にも必要なものである。それらは個体であれば意思を持たず漂っているだけのもので、強いエネルギーに引き寄せられる性質がある。
そして引き寄せられた粒子は形を成して、聖霊と呼ばれる存在に昇華する。
『聖霊術』とは、この『聖霊』に対して、人為的に粒子を与えることによって得られる現象だ。粒子は人の中にも流れているから、人々は己の中から粒子を与えることによって『聖霊術』を可能にするのだ。
そこで、昨日の『聖霊術』だ。これは基本的なもので、対象へ粒子を過剰に与えることによって成長を促す。植物にも粒子の集合体である『聖霊』は存在しており、『聖霊』は粒子を受け取ると自らの役割を果たし、種を芽吹かせ成長させると共に、己もまた成長してゆく。
昨日、ルドウィークが実践した様子を思い出す。
ルドウィークに纏う粒子が少しずつ、脈打つ光を帯びて植物の種に流れてゆき、小さく微かな音を立て、芽吹く。そうしてゆっくりと殻から初々しく幼い緑が首を擡げ、若葉をルドウィークに向けて開くのだ。その若葉の上には小指の先程もない芋虫のようなものがのっている。それはルドウィークから与えられた粒子で、植物と共に成長をした。
頭の中で一連の光景を反芻し終えると、彼女は陣の上に置かれた種に手を翳す。ルドウィークは粒子を己の体から分け与えたが、彼女はそれが出来ない。代わりに、周囲に漂う粒子に意識を向ける。エネルギーに引き寄せられる性質を利用して、彼女は指先にまず粒子を引き寄せ、それらを自分に取り込まずに種に与える。結果として、ルドウィークと同じく種は芽吹く。芽吹かせるだけでよかったのだが、種は瞬く間に机の上に根を広げて普通よりも大きな花を咲かせた。
「……育ち過ぎ。」
「うっ。」
「精霊を目視出来るなんてのも規格外なのに……いや、だからこそ出来るのかな。」
ルドウィークはむくれていたけれど、導師ってのは本当にとんでもないよ、と付け加えて気分を切り替えるように息をつき、少しだけ目元を綻ばせた。
昨日彼女はようやく『聖霊術』に成功した。この世界で目を覚ましてからこちら、ずっと練習していたけれども、どうしてもルドウィークのように上手くいかなかったのだ。種はかれこれこの二週間ほど、何の変化もないままだった。
『導師』の役割を果たすためには、『聖霊術』が必要となる。彼女はその『聖霊術』の才能を見込まれ前導師に喚ばれ、この国の守護者としての役割を与えられた。
それは一方的に喚ばれ押し付けられた形で、彼女には帰る術はわからない。使い物にならなかったら一体どうなってしまうのか、考えるだけでもそれは悪夢だった。捨てられる?それとも、殺されてしまうだろうか?そんな不安を胸に抱いたまま過ごす日々を過ごしてきたが、昨日ようやく希望が見えたことに、彼女は安堵したものだ。
彼女が見えている粒子は、教師であるルドウィークを始め、この世界の人々は感じる事しか出来ない。ルドウィークが説明した『己の生命力を分け与える』という感覚はどうやっても彼女にはわからないもので、それ故に彼女は聖霊術の習得が難航していた。
「今日は、これ。」
ルドウィークが取り出したのは、新しい『陣式』とランプだ。
『陣式』は、聖霊術を補佐するものだ。基本的に午後の講義はこの陣式とこの国の歴史、マナーなどに当てられており、彼女は陣式に関しての知識が随分頭に入っている。例えば植物を育てる聖霊術は、聖霊本来の役割を促進させるものだった。単純に生命力を与えるだけでもこの聖霊術は可能だが、陣の上に置かれた対象に生命力が集中して流れるようになっている。
それは計算式、或いはプログラムに似ている。一定の道筋を辿れば一定の結果が得られ、様々な組合せの道筋は多様な結果を産み出せる。力の促進と抑止、流動、抽象、形成、相性。含まれる要素によって変化するそれは、全てを含んで芸術的なアラベスクにも見える。
机の上に置かれた陣式は、ランプの火を操作するものだった。火の強弱、形をコントロールし、聖霊術の力の流れを練習することが目的となる。
ルドウィークはランプに意識を向け、流れる様に手を翳す。小さく擦れるような音がして、ぽっ、とランプに火が灯る。風のない室内では火は穏やかに燃えており、ルドウィークの手の動きに併せて緩やかに左右へ揺れる。ルドウィークの指先が上へと上がると、火も縦にすう、と伸びて、そのまま円を描き、再び元の小さな火に戻る。
「………」
彼女はその様子をただただ見惚れ見詰めていたが、その視線の居心地の悪さにルドウィークは手を止めた。
「火を起こすのはまた今度でいいから、今日は今みたいに揺らしてみて。」
「えぁ、う、ん。」
もう少し見ていたかったらしい彼女は歯切れ悪く返事して、ルドウィークと場所を交代する。指先に意識を向けて、火を誘導するように手をランプの前へ向ける。と、同時にその指先に向けて火が伸び寄せ、驚いて彼女は身を引くが、間に合わずに火は彼女の右手を覆う。
「っ……!」
「導師っ!?」
彼女の右手に集められた粒子を取り込むことだけを行う火は、炎へと姿を変える。炎の中で小さな蜥蜴がスルリと這い、それは見る間に子供の腕程の大きさに成長を遂げる。緋色の目が美しいと、彼女は思った。
最初こそ驚きはしたもののその様子をじっと見つめる彼女と異なり、慌てたのはルドウィークだ。炎を消すべく、聖霊術でテーブルに飾られた花瓶から水だけを引き抜き、彼女の腕に目掛けて吹き掛ける。水を受けて蜥蜴は痛がるようにのたうち、彼女の首元へと炎と共に逃げると更に炎を大きくさせた。
「導師っ、とめてっ!!」
「ま、まって、ルド!」
「待ってたらあんた丸焦げだぞっ」
増加させた水を更に彼女へと向けるルドウィークの周囲を、鱗を纏った魚のような蛇のようなモノが螺旋に舞う。彼女の集めた粒子を得て、蜥蜴はいつの間にか翼を得ている。
蜥蜴の炎は彼女を焼かない。熱は感じるが、傷付けることはない。けれど焦ったルドウィークはそれに気付かず、彼女もそれをどう伝えていいか解らずにいた。
部屋の中の騒動に、突如扉が開かれる。
その先に居たのは、青銀髪の美しい青年だ。彼は中の状況を見てとるなり、ルドウィークや彼女よりも素早く、青い宝石の中から魚の姿をした聖霊を呼び出した。それは瞬きをする間に部屋を一周し、蜥蜴姿の聖霊も、魚と蛇の間の子のような聖霊も、氷漬けにしてしまう。
「あ、……」
間も無く、バキン、と音を立てて散り散りに砕けた二匹の聖霊と、炎と、水。
あっけなかった。
「導師、ご無事ですか?」
青年、シクザールはすぐさま彼女へと駆け寄って、怪我がないか確認する。その整った顔がすぐ近くにあることよりも、一瞬で消えてしまった聖霊に彼女は動揺していた。シクザールはその様子を精霊術の暴走に動揺したものと察して、慈愛に満ちた眼差しを向ける。
「怪我が無く何よりです。」
「あ、りがとう、シクザールさん。」
「導師、私の事はどうかシクザールと。」
これまで何度も言われた呼び名の訂正に、漸く彼女はシクザールを見る。灰色に青い小さな宝石を散らしたようなシクザールの瞳が、懇願するように彼女へと向けられていた。
シクザールは驚く程に、彼女へ献身的だ。
それは前導師からの最後の指示だからというだけでは説明がつかない程で、その理由を考えると彼女は少々憂鬱になる。
それは、ひとつには宗教的な理由がある。この世界での宗教は、少なくともこの国と属国に関しては、ひとつしかない。それは聖霊を信仰するもので、夫々地方によって祀る聖霊は異なるものの、最も崇高な聖霊として『ルキフェル』という光の聖霊を祀る『ルキフェル聖導教会』は、彼女とルドウィーク、そしてシクザールの所属する教会であり、最も信者の多い教会でもある。教会には夫々元帥、司祭、助祭、徒弟、巫女といった聖職があり、元帥が最も権威ある聖職となる。聖職は、聖霊術を行えるもののみが就くことになっており、経験と実績を積むことによって地位は上がるという仕組みになっているのだが、彼女はその組織内ではイレギュラーなのだ。
前導師の際、据えられた『導師』。元帥よりも強い聖霊術を用いる事の出来る、聖霊に愛された者。宗教的な指導者であり、象徴。
熱心な信者にとって、つまりシクザールにとって、彼女は敬愛すべき者なのだ。
そしてもうひとつには、これはあくまで可能性があるというだけだが、つまるところ、恋愛的な理由だ。シクザールは度々熱の籠った視線を彼女へと向ける。彼女もそれに気付いているけれど、それはこの世界に訪れてから間も無くのことだ。彼女はシクザールの事をよく知りはしなかったし、それはシクザールも同じ筈で、要するに、シクザールは彼女の容姿が好みであったのだろうと理解している。
何方にしても、内面を知らぬままに向けられるシクザールの好意は、彼女のにとってどう受け止めればよいのかわからないものだった。
彼女がシクザールと目を合わせたのは一瞬で、ゆるゆると、狼狽えるように視線を外す。それでもシクザールから慈愛に満ちた眼差しを受ける気配に気恥ずかしさのようなものが湧き出て、硬く目を閉ざした。
「……シク ザー ル、大丈夫です。」
「はい。」
シクザールが極上の笑みを浮かべる側で、ルドウィークは大きくため息をついた。
場がひとまず落ち着きレベッカが暖かいお茶をいれてくれたので、三人は机を囲んで昼食前にティータイムをとることとなった。
「講義中に乱入してしまって申し訳ありませんでした、導師。そしてチェホヴァー助祭。」
「いえ。生命力の供給を受け過ぎた聖霊が一気に育ち過ぎたのだと思います。暴走ではない。最初からあんな炎に育つなんて想像しなかった、僕の落ち度です。」
「いえ、貴方の責任ではありません。ですが、……これだけの力があるならば、大丈夫でしょう。先程、アロイス陛下と話をしてきたのですが、防護障壁の修復を早急に行って頂きたいと仰せでした。」
「それはっ……」
ルドウィークは焦りの色を浮かべたが、シクザールの目配せに口を噤む。二人の間では何か共通の認識があるらしく、ルドウィークは苦々しげに押し黙った。
導師としての役割は幾つかある。
この国、タキオン帝国の導師として、夜会や儀礼に出席する『象徴』、聖都と帝都に張り巡らされた防護障壁の持続という『実益』、その他様々な慈善活動などだ。けれども彼女が果たしている役割は、導師に就任してまだ期間が短いということで、時折儀礼に出席する程度であった。
『象徴』も『実益』も、どちらも『聖霊術』を使える事が前提だ。儀礼に関しては、助祭ながらも前導師の弟子であったルドウィークが代行していた。けれど、防護障壁の持続は、ルドウィークには出来ない。
都市全てを覆う防護障壁は、この世界に存在する外敵『魔獣』や『魔族』の侵入を防ぐ、聖霊術でつくられた結界だ。最初にこの結界を張ったのは前導師で、聖霊石という生命力を帯びた宝石を動力源とする為、普段は陣式と聖霊石さえ動かさなければ問題はない。けれども、定期的に生命力の流れを修整しておく必要があり、それを怠ると綻びから魔獣などの侵入を許してしまうのだ。その修整は、都市全体を覆う障壁に生命力を流し込み、潤滑に流れるかを確認し修復を行うものなのだが、普通の人間が行うと、よくて一週間、悪くて死に至る程の昏睡状態に陥る程、生命力を消費する。彼女がこの世界に訪れてから一度も修整を行われていない防護障壁は、少しずつ歪が生じはじめていた。
「大丈夫ですよ、導師。私も、チェホヴァー助祭もついています。」
「……ありがとう、ございます。」
琥珀色のお茶に映り込んだ彼女は、何も知らない、不安そうな目をしていた。