孔先生のお話――子路――
『論語』第十三章の三を元にしました。
孔先生が有名人になったのは、今からずっと未来の話だと言う。当然この俺、通称子路はそんなことは知らない。だが、孔先生が偉大な人物だと言うことは知っている。その偉大な人物とそれに付き従う弟子達の話、敬遠せずに聞いて欲しい。
孔先生と聞くと、諸君は聖人君子を思い浮かべるかもしれない。しかし、先生は人間なのだから、過ちもするし人を嫌ったりもする。でも、君子の間違いは月の満ち欠けのようなもので、光がなくなれば皆がそれに気がつくように、もし先生が間違えると弟子達みんながそれに気づき、正すのだ。それが俺達の在り方である。
俺と先生の間には、こんなエピソードがあった。あるとき、俺は先生に尋ねてみた。
「先生、もし先生が衛国を任されたとしたら、どうしますか?」
その時、俺は衛と言う国に仕えていた。詳細は省くが、衛国の王様の息子が、王様の夫人が気に喰わなくて殺そうとして失敗し、亡命していた。逃げた彼の子供が王様になったとき、亡命したそいつが戻って来ようとしたけど、子供は父の帰還を許さなかった。そうして、最終的には父子間での戦争に発展した。
この質問をした当時はまだ戦争にまで発展していなかったものの、充分に衛国は乱れていた。だから俺は、先生にどうすべきか聞いてみたのだ。
「まず、衛と言う名前が正しくない」
と、先生は言ったのだ。それは、国ごとには姓が付いていて、今の衛と言う名前はその国を表すのに間違っていると言うものだった。国の姓の付け方には一定の決まりがあるのだ。今の衛国はそれを破っている。
しかし、俺はため息をついてしまった。
「それですよ、先生。だから先生は悠長なのです。どうして、今の衛の国に必要な政治が、国の名前を正しくすることなんですか? もっと先にやることがあるでしょう!」
国は早急に立て直す必要があるのだ!
「現実的過ぎるぞ、子路」
先生はおっしゃった。
「いいか、まず名前が正しくないと、その国の言葉には信用が持てない。国の言葉に信用が持てなければ、当然政治が上手くいかなくなる。政治が上手くいかないと、制度が整わない。制度が整わないと、民は安心して暮らすことはできなくなるのだ」
先生は続けた。
「だから、名前を正しくすれば言葉は信用され、言葉が信用されれば政治は上手くいく。いいか子路よ。君子たるもの、軽はずみな発言は避けることだ。知らないことをさも知っているように言ったりもしてはいけない。言葉と言うのは大切なものだ」
これは、俺と孔先生の数少ない摩擦の一部だ。俺は、いまいちよく分からなかった。義を見て為さざるは勇なきなり、とは先生の言った言葉だ。こちらはよく分かる。このように、先生とて1から10までがその弟子達に肯定されるわけではないのだ。先生は凄い人であるが、時々は間違ったことも言う。まったく、先生は悠長である。
――この子路のその後について語ろう。子路は、衛国に戻って来た父と、衛国への帰還を許さない子の戦争に参加せざるを得なかった。衛に戻ろうとする父が攻撃した場所は、子路が仕えている人間の土地だった。子路は、その主人の為に勇敢に戦い、そして死んだ。衛は亡命した父が再び実権を握ったのであった。私は、普段から子路の危うい勇敢さが不安であった。血気盛んな子路は何より義と勇に厚く、それでいて政治の機微にも敏感だった。彼は主の為に果敢に戦った。けれども私がもっと強く、その中庸から外れた彼の勇を収めていれば、彼も命を落とさずに済んだのかもしれない――