Unconscious abnormalities
「お兄ちゃん!」
声のした方へ視線を向けると施設指定衣服を着用した女の子がこちらに向かい無邪気な表情をしながら走ってくる。つい、そのあどけない表情にこちらも微笑み返してしまう。近くまで来ると今までずっと走って探していたのか乱れた呼吸を整えようとしばらく肩で呼吸をしていた。段々と落ち着いてきたのかまっすぐな瞳で見つめてくる。
「どうした?なんか発見でもあったの?」
「んーん!お兄ちゃんとちょっとだけお話しがしたかったの」
満面の笑みでそう言いながら両手をブラブラとさせその仕草もまた可愛くついつい頭を撫でてしまう。患者との接触は厳禁なのだけどこうして僕が夜勤の時には抜けだしちょくちょく会いに来る子供たちは少なくない。施設長は理解ある人格者でこの事は黙認してくれている。副長は相変わらず頭が固く自分の成果の事しか考えていないためそいつに見つかれば最後なのだけど最近は自分の研究室に籠っているため現場の人間、患者たちも表情が明るく快適な空間になっている。と言ってもやはり派閥と言うものがこの施設にも存在し副長の理念に賛成する人間もちらほらと居る。そう言う奴に限って妙にプライドが高くとっつきにくい、が一度おだてれば色々と情報、状況などが把握できるため扱いやすいと言えば扱いやすい。
「お兄ちゃん?」
「あ、ごめん!ごめん!お話しだったね。よっし!なんでも聞くよ?!」
「・・・」
すると先ほどまで元気だった少女は着用していた衣服を少し引っ張るような仕草をし俯いてしまう。一瞬、何事かと思い心配をしたのだけれどすぐに理由が分かりついニヤリと笑ってしまう。
「分かった!僕の研究室でお話しするか!特製のはちみつシロップティーとお菓子を食べながらね」
「!!!」
暗くなっていた表情はどこへやら、パッと晴天のような明るく眩しい子供らしい表情になると左手を握ってくる。彼女はきっと他の子供たちから聞いていたんだろう。僕とお話しをすればお菓子を御馳走して貰える、と。仲良く自分の研究室に戻るとそこにも数人の子供たちがいま遅しという感じで椅子に座り回転していたり、パソコンでトランプゲームをしたりと一瞬ここは本当に僕の研究室か?なんて錯覚してしまうほど子供部屋と化していた。
「こらっ!勝手に物をかまったりしたらいけないって言っただろ!」
叱りつけてやろうとすると椅子に座り回転していた男の子が椅子から降り両手を腰に置き口答えしてくる。
「だって!隆二お兄ちゃんが遅いんだもん!」
「そーだ!そーだ!」
まるで自分たちは悪くないと言わんばかりに反抗してきたため僕はとっておきの魔法を子供たちに向ける。
「僕に逆らう人にはもう金輪際、お菓子などはごちそうしません」
すると何やら子供たちは、しまった!、と言う表情をしながら大人しく来客用の席へとトボトボと座り始める。いつも如く素直に従う彼らは本当に愛おしく可愛らしい。いつもの場所にあるお菓子を取り出し彼らの座っている場所にある机へと置く。いつもならそこですぐに食べ始めるのだけれど今回は違い何やら僕の後ろを気にしているようだった。思いだしたかのように僕は背中に隠れている彼女を前へ出るように促す。もじもじと照れくさそうにしながらも前へと出る。
「こ、こんにちは。湯ノ原葵です」
「俺は、江藤ひろき!よろしく!」
「私は野木晴海よろしくね!」
「俺は賀口京助!よろしく!」
子供同士すぐに打ち解けたのか目の前に置かれた缶に入ったお菓子を楽しそうに選びつつ食べ始める。冷蔵庫から蜂蜜を取りだし特性ドリンクを作り始めると晴海が気がついたのか僕の近くへと歩いてくる。
「先生!私も運ぶの手伝うよ!」
そう言いお盆を持ち待つ。彼女は年齢の割にとても気が付き周りの少した空気の返還にとても敏感だ。きっと、今まで色々な施設を転々としていたため自分の身を守るためにはどうすればいいのか知っているのだろう。けれど、どうしても僕はその晴海の気遣いに胸を痛めてしまう。なにもしていない子供たち。ただ、ただ、少しだけ才能が秀でているだけなのにこうして隔離され年齢相応の生活が出来ていない。それをどうする事も出来ない自分に苛立ちを覚え悲壮感が襲ってきてしまう。
「晴海。大丈夫だよ。ここだけはお前の自由に動いて良いんだ」
ここだけは、この言葉がどれだけ残酷な言葉かは分かっている、がそれが現実。もし、この施設で自由に動いてしまうと殺されてしまう可能性だってある。だから、残酷な言葉であっても、この場所、だけはせめても子供らしく行動欲しかった。それが自己満足だってことは分かっている。
「ふふっ・・・やっぱり先生って優しいね。ありがとう。なにがあっても私たちは先生を守ってあげるからね」
大人びた表情をしたかと思えばニコリと微笑み自分の座っていたソファーへと戻っていく。一瞬、晴海が大人の女性に見えた気がした。頭を数回振り、まばたきを数回済ませ、頬を数回叩き、幻覚を消し去る。特性ドリンクを五つ作り持って行くと嬉しそうに子供たちは自分専用のカップを取り飲み始める。僕も自分の椅子へ座り一息つくと江藤ひろきが思いだしたかのように、あ!、と大きな声を出し立ち上がり晴海、京助の顔を見る。湯ノ原葵だけはなにが起こったか分からず僕と同様に驚いた表情をしながら彼を見ていた。
「あの事、隆二兄ちゃんには教えとかなきゃ!」
そう言うと彼はコホンと咳払いをするとニコリと満面の笑みを浮かべる。
「あと十日後に施設の職員を皆殺しにする計画があるんだ!でも、お兄ちゃんは僕たちが守ってあげるから大丈夫!でも、後の人間たちは絶対に許さない。僕たちに色々と酷い事をしてくれたからちゃんとお返しはしてあげないと、ね」
「・・・」
そう言うひろきの表情はあまりにも異常な笑顔だった。