First Is End
自分だけでも冷静に、と彼は言い聞かせ続けた。そうでもしないと崩れてしまいそうだったから。今まで信じていたことが真逆の事であり正義だと思っていたことが悪だった。それだけで十分に人間の精神を壊すことが出来る。二人の精神状態は切羽詰まったもので少しの、ゆらぎ、で壊れてしまいかねない。いや、彼女はもうきっと科学者としては使い物にはならないだろう。必死に彼女の背中を擦りながら少しでも冷静さを取り戻すように声をかける訳でもなく側に居ることしか出来ない。ジッと、そのままこの場所で彼女が落ち着くまで居てあげたい、が時間、運命と言うものは非情である。刻々と彼ら達の残された時間は削られている。施設にはどこにでも設置されている監視カメラ。上層部は彼ら達の行動に違和感を覚え追手を向かわせている。生き残る方法を模索して見ても一向に正解を見つけることは出来ない。
「とりあえず、残すんだ!」
彼はそう言うとパソコンへ向かい残された時間を未来に託すことにした。未来と言ってもいつになるかなんて分からないし、見当もつかない、がきっと同じ意思を持った人間に届くように、と無心でキーボードを打つ。彼女はブルブルと震え過呼吸気味であった。彼は涙を流しながらも、彼女の事を思いながらも、残すであろう両親、妹、弟の事を思いながらも、手を動かし続けた。きっと、きっと、未来に繋がる希望と信じ・・・。
乾いた音が鳴ったと同時に腹部の辺りにジワリと暖かくなる。そのすぐ後に悲痛な悲鳴、悲鳴、悲鳴。彼は彼女の声だとすぐに分かり振り向こうとした、が体が言うことを聞いてくれない。暖かくなった辺りを手で触ってみる。暖かい液体が手に触れる。彼もよく自分の物ではなく患者が口から吐き出す、それ、をよく見ていた。
「ははっ・・・予想以上に早いな・・・」
倒れるように地面へ転がりこみ向きを変え、向くとそこには彼が予想していた人物ではない、ソレ、が目に映る。致命傷を与えた、ソレ、もまた涙を流し彼を見下ろしていた。彼は、ソレ、を視界へ入れると、微笑み、ソレ、の心配をした。上手く逃げれるだろうか?自分を殺して後悔しないだろうか?今まさに死にかけているのに彼は、ソレ、の心配ばかりしている。彼は分かっていたんだろう。早かれ遅かれきっと同じ運命だった、と。悲鳴をあげていた彼女はいつの間にか静かになっていた。ぼやけつつある視界を凝らし見てみると頭から血が流れていた。きっと、一発で苦しまないように殺してくれたんだ、なんて不謹慎ながら彼は、ソレ、に感謝した。
「・・・あ、あんた達が悪いんだ・・・ぐすっ・・・ぐすっ・・・」
「・・・そ・・・うだ・・・ね・・・ほ・・・ら・・・早く・・・おに・・・・げ・・・」
ソレは彼の言葉に素直に頷き走り去る。彼は微笑みながら体を仰向けにし天井を見つめる。
「は・・・はっ・・・もし・・・会え・・・る・・・な・・・ら・・・ま・・・た・・・い・・・」




