解放
いつかはこうなる予感はしていた。
母さんはだんだんしゃべらなくなってくるし
父さんの酒癖は日に日に悪くなってくる。
それに、母への暴力も…
それに俺は気づいていた
それどころか、
母さんは、
俺に何らかのメッセージを残したのかもしれない
しかし俺は無視して
無視し続けて
結局気付かずに、今に至る
今日に至る
最初、「また、寝てるんだ…」とだけ思っていた。
母は
台所にあるテーブルにうつ伏せの状態でいた
朝の光が、母の背中に当たる。
ぼくは、いつもどうり、ある言葉を何度も心で囁く
イツモノコトダ…イツモノコトダ…イツモノコトダ………
変わらない、その光景
母は、まだ動かない
「………母さん」
掠れた声で、呼んでみるも返事はない
「…母さんっ」
信じられないぐらい、頼りない声が出たあとに、母が小さな声で「……起きてるわ」と言った。
ホッと胸をなでおろすと同時に
母の顔を見て、息をのむ。
「母さん……その顔………」
母の顔は、ボロボロに廃れていた。
額には痣がいくつもあって
唇からは乾いた血が垂れていた。
しかし、一番ひどいところは、目だった。
片眼からおびただしいほどの血が
もう片方は、消えそうにない青い痣があった。
そして、その眼から一筋の涙が流れてきた。
「昌……ごめんね……ごめんね……………」
母は、その涙を拭こうとしない。
「……いいんだよ」
わかった…今…どれだけ、苦しんでいたのか
さっきまでは、母の体に隠れて見えていなかった、おびただしいほどの血が付いた包丁が目に入った
こんなにも、苦しんでいたのか…………
「昌………ごめん…ほんと、ごめんね…………」
嗚咽が混じり始めて、ほとんど聞こえなくなった。
ただ、何も言えなかった………
母親も
父親も
『親』であると同時に
あなたと同じ『人間』だということ
決して
壊してはいけない