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スナオちゃん

「アユム~」


 高校の中庭に置かれたベンチで、買ってきた菓子パンとコーヒー牛乳を昼食に取っていたボクは野太い声に呼ばれてそちらを振り向く。


 男子用の詰め襟学生服をぴっちり着用して、身体に密着させた肘を起点に左右に軽く握った拳を揺らしながら、昭和の乙女のように駆け寄ってくるのは他クラスの友人マモリ・スナオ(♂でも心は乙女)だった。片方の手に小さな巾着が一緒に揺れている。

 おそらくは弁当だろう。揺れが凄いことになっているが……。

 彼女(性別は男だが彼女のために、彼女と表記させてもらう)は筋肉質な体型、百九十センチメートル超えの長身につぶらな瞳と硝子細工のような心を抱えた男性が好きな男性である。


「ああ、スナオちゃんか……どうかしたかい?」


「あのね、たまにはアユムと一緒にお昼でもと思って、探してたの」


 ボクは彼女のパーソナリティを否定する気はない。

 寧ろ自分に近づいて来る、他人とは少し違った個性を持った友人たちを愛おしいとすら思い始めてきている。


 少し前のボクなら、寄るな変態!やら、相変わらずむさ苦しい顔だなスナオちゃん。くらいのことは言っていたものだが、ボクだって成長する。


「ゴツイ身体を無理に縮めても可愛くないぞ」


「ひど~い、アユムのバカ~!」


「成績ならボクの方が上だ。スナオちゃんにバカと呼ばれる筋合いはないね。それにコンプレックスをコンプレックスとして抱えているのは君のためにならないと思うからこその発言だ」


「アユムのいじわるっ!」


 ドスンッ!


 と、音が出るかのような勢いでボクの隣に彼女が腰掛ける。

 ちょっとベンチが揺れた。


 それから、彼女は手にしていた巾着から可愛らしいキャラクター物の弁当を取り出す。


 彼女の体格からすると一口で入ってしまいそうな量だ。


「足りるのか?」


 彼女がニッコリ笑う。


「ええ、これで充分よ」


 ボクは残っていた紙パックのコーヒー牛乳をじゅるじゅると啜りながら関心しつつ彼女の食事を見ていた。


 卵焼き、いんげんのゴマ和え、タコさんウィンナー、雑穀米は可愛らしいクマの形にしてある。

 あれだけ振り回していたのだから、寄り弁が凄いことになっているかと思ったが、そんなことはなかった。不思議だ。


「それって、自分で?」


「えへへ…うまいもんでしょ」


「さっき、結構な勢いで振り回していたが、大丈夫なんだな」


「形崩れしないように色々と工夫があるのよ」


 そう言って、大きな手で器用に小さな箸を操る様は、ピンセットで子供のために昆虫標本を作ってやるお父さんみたいに見える。


 ボクは食べ終わったゴミをまとめて、立ち上がる。


「ちょっとアユム、スカート!」


 言われて自分のスカートを見る。

 パンくずがついたままだ。


「ああ」


 適当に払い落として、くずかごにゴミを捨ててくる。


「アユムって元は良いのに、ガサツなところは残念よね……」


 ちまちまと食事を続けながらスナオ。


「まあ、そういった部分に関心がないからね」


「絶対、女としては私の方が上だと思うわ……」


 空を睨みつけるようにしてスナオちゃんが断言する。


「まあ、否定はしない……それで?」

 ボクは会話の流れを切って、本題に入るように促す。


「……あのね。アユムのところの一年生の男の子がいるじゃない……」


 ボクのところというのは、所属する演劇部のことだろう。

 そして、現状唯一の一年生部員と言えば。


「ナルカミ クウヤ?」


「うん、そのクウヤくん」


「あれはノンケだよ」


 ノンケ―――ノーマルのこと、つまりクウヤは女性が好きなタイプの人種だ。


「それは、分かってるんだけどね……」


 スナオちゃんが遠い空を見つめる。

 叶わない恋だと自覚があるのだろう。


 ボクは何も言わずに、同じ空をぼんやりと眺めていた。


「でも、好きになっちゃったの……」


 顔を真っ赤にして俯くスナオちゃん。

 マントヒヒみたいとか言うと、さすがに悪い気がした。

 たぶん、本気の恋なのだとボクの直感が告げる。


「なんで、クウヤなの?」


「あれは、この前雨がどしゃ降りになった翌日のことよ……」


 そう言ってスナオちゃんはポツリポツリと語り出した。


 要約するとこうだ。


 スナオちゃんは体格の割に気が弱い。

 そのため、からかいの標的になるのはしょっちゅうだ。

 そして、この学校にもバカな奴らというのはいる。


 特徴からするとコオク ミチノリを筆頭とする五人組だろう。

 クウヤ曰わく『オーク愚連隊』オークというのはファンタジーでは定番の、豚の頭をした獣人で低脳、強い膂力、繁殖力が強いという中堅どころのモンスターらしい。


「その『オーク愚連隊』にからまれたところに止めに入ったのがクウヤだったということ?」


 そう聞いたところでスナオちゃんが否定してくる。


「違うの。止めに入ってくれたのはマツリちゃんだったの」


「王様?」


 オウサ マツリ。


 ボクやクウヤが所属する演劇部部長。

 面白いことが大好きで、情に厚い頼れる王様。

 ただし、戦闘力は皆無、成績は下から数えた方が早い。


 クウヤが『王様』と呼び始めたのがきっかけでボクらの部活を中心に一部でその呼び名は広まっている。

 なにしろその呼び名はあまりにも彼女に似合いすぎていたからだ。


 王様ならば、スナオちゃんがからまれている姿を絶対に無視したりしないだろう。

 後先を考えるタイプではない。


「そう。そしたらマツリちゃんも巻き込まれちゃって…」


 まあ、王様唯一の武器である『気持ち』だけで『オーク愚連隊』が止まる訳がないだろうというのは、聞くまでもない……。


「わたし、どうしたらいいか分からなくなって……頭の中が真っ白になっちゃって……たぶん……やっちゃったんだと思う……」


 スナオちゃんは小さな頃から親の方針で柔道をやらされていた。

 案の定、スナオちゃんはやりたくなかったらしいが、ようやく自分の意志を伝えられるようになったのが高校に入ってからなのだから仕方ない。

 だが、意志とは裏腹に中学時代は全国大会三位までいったらしい。


 その力は我が部の腕力担当『戦士』にも認められるほどだ。


 もちろん『戦士』というのもクウヤの名付けだ。


 正しくはヤストミ センジ。

 安富グループ会長の次男坊。

 我が部の財力担当でもあるこの男は、家の方針とやらで現金は五円玉までしか扱えない。

 そのためいつも五円玉がパンパンに詰まったスポーツバッグを持ち歩いている。

 つまり、五円玉のダンベルを持ち歩くようなものだ。


 大金持ちの子息としての基本装備、クレジットカードは普通に使えるとの話なので五円玉を持ち歩く必要はない気もするが、うちの学食は現金しか使えない。

 学内の売店も同様である。

 そして、『戦士』は大食漢だ。

 必然的に人間離れした腕力が付いたらしい。


 アホみたいだが本当の話だ。


 そんな『戦士』が認めるスナオちゃんの膂力。

 そしてスナオちゃんが『やっちゃった』という以上、そういうことなのだろう。


 キレると周囲が見えなくなり、動く物全てを投げまくる『狂戦士』となるスナオちゃん。

 ボクも一度だけ見たことがあるが、サーチ&デストロイの動く鬼神みたいだった。

 ただし、本人はその間の記憶が殆ど無いらしい。


「わたしね、一瞬だけ見たの……」


 ボクは何も言わずに続きを待つ。


「雨上がりの抜けるような青空……それから気が付いたら公園のベンチに寝かされてた……初めてよ……キレたわたしを投げる人なんて……」


「それがクウヤ?」


 スナオちゃんは恥ずかしそうに身を縮めて、小さく頷く。


 後で聞いた話によれば、スナオちゃんは王様に手を出そうとした『オーク愚連隊』に対してブチキレたらしい。そして、やつらを力任せに投げまくったらしい。

 そうして『オーク愚連隊』が全員地に伏せた後、近くにいた王様に手を伸ばした。


 そこを偶々通り掛かったクウヤが最近ハジメに習った合気術を使って投げ飛ばしたということだった。


 ハジメ。ホウリ ハジメ。やはり我が演劇部に所属する部員でクウヤなどからは『癒やし担当』として『ホーリー』と呼ばれている。


 だが、ボクから言わせれば彼女は破壊兵器だ。


 宝理流合気術道場の愛娘にして印可の認状を持つモラル無し娘。

 極めたら折るのが当たり前!とか敵対者は殺れ!とか教え込まれてる娘に何を『癒やし』とか求めているのだろうか。


 確かに、西瓜みたいな胸にツンと上を向く尻、そのくせボディはスレンダー、人懐っこい表情と細やかな気配り、そんな外面に癒されるのは分かる。


 でも、『でも』だ……いや、べ、別にボクはハジメが羨ましい訳ではない。辞めよう……。


 とにかく、そんなハジメに習った相手の力を利用して最小の力で相手を倒す技でスナオちゃんはクウヤに投げられた。


 きっと、後から王様に事情を聞いて介抱したのだろう。


 クウヤの台詞は大体予想がつく。


「大丈夫ですか。お怪我はありませんか。事情も知らず緊急だったために酷い目に合わせてしまいました。申し訳ありません」


 こんなところだろう。


 クウヤはそれなりに顔立ちの整ったクールタイプ。

 その相手が一般男性耐性のないスナオちゃんなら、完全に気分はお姫さまだろうという予測はすぐにつく。


 ボクは結論を聞いてみる。


「それで、スナオちゃんはどうしたいの」


 スナオちゃんはひとしきり、モジモジしてそれでもはっきりと言った。


「お……お話したいの!お礼もちゃんと言えてないし……」


 まあ、続く言葉は掻き消えてしまいそうに弱々しかったが、だからこそボクは彼女のために何かしてやりたいと思った。


 彼女の想いは本物だと感じる


 何故ならば、彼女は「付き合いたい」ではなく、「話がしたい」と言ったのだ。

 それは相手を思いやったからこそ出る言葉だ。

 クウヤが迷惑するかもしれないと考えたからこそだろう。


 ボクはスナオちゃんの言葉に全力で答えることにした。


「わかった。……それで幾ら払う?」



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