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声美少女伝説  作者: yuzuki
第1章 「ぷりん王国 - 黎明期」
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第五話 -ボクの日常2-


 ――バシッ!!

 ストライークッ! アウト!

 小気味良い音を立てて、ボールはキャッチャーのミットへと吸い込まれる。

 バッターは「くそっ!」と小さく舌打ちをすると、ピッチャーを睨みつけながらベンチへと戻る。ピッチャーはマウンドを足で均しながら帽子を外すと、日差しの眩しさに目を細めて額から流れ落ちる汗を拭った。次の打者は素振りをしながらバッターボックスへと入る。ピッチャーは帽子を被り直して、再び腕を構えた。

 最近のボクは、様子がおかしい。

 今更、人に指摘されるまでもない。ボクがおかしいことくらい、ボク自身が一番よく分かっている。挙動不審な行動を取る度に、その中途半端でどっちつかずな態度に憤りを感じているのは自分自身だ。

 ――パシッ!

 ボール!

 近頃のアイツは、どこか変だ。

 そんな噂を耳にする。直接聞こえるのではない、言葉として話されているわけではない。ボクを取り巻く周囲の環境が、人々が、ボクを認識する視線が、どうしたんだろうと訝しむ表情が、ボクの虚飾と虚栄に満ちた危うい情緒を刺激する。これまで作り上げてきた世間体が嘘のように脆く揺らいでいる。

 一通りの手は尽くしたはずだった。

 予測可能な範囲で事が発生した場合における行動手順の確認、逃走と回避ルートの確保と安全性の問題、また不測の事態に陥った場合における最良な対処法の選定。全てを費やして最善の対策は練った、しかし、原因が解明できなければ全ての策は後手へとまわり、自分に不利な状況へと傾く負の連鎖は止まらない。

 原因と考えられるものは全て検証し、再現を試みる反復実験は繰り返し施行した。これまでの変調の兆しから統計を取り、最も確率の高い状況再現を何度も行ったが、原因解明には至らなかった。原因が外的要因ではなく内的な要因である可能性も考慮し、自分の感情、思考さえも制御を試みた。後席の友人から後ろ指をさされながら、「人の嗜好に口を出すつもりはないが、それはどうかと思う」と本気で憐れむような視線を受けながら、それでも肉体的また思考的にもガチでムチな男の中の男を目指すべく、心身ともに鍛え上げた。しかし、そんなボクをあざ笑うかのように、変化はアトランダムに現出し、決意と努力をバラバラに打ち砕いていく。

 神様は今日もサイコロをころがす。

 真正面にピッシャーを眺めるボクの視線が揺れた。

 次に感じるのは気が遠くなるような頭痛。全身に毒がまわるように、強い熱風に当てられたようにボクの身体は熱くなる。汗が噴き出す。立ちくらみのように身体が重く感じる。飛びそうな意識の中、狭まる視界にはピッチャーの振りかぶる姿が見えた。

 ――カンッ!

 歓声があがった。

 気がつくと、ボクは片膝をついて座り込んでいた。視点が定まる頃には、身体の変調はすでに治まっていた。名残のようにトクトクと心臓が揺れている。張り付くような汗を砂交じりの風が撫でる。視界の端には、転がったバットを拾う影が見えた。

 バットを揺らして次の打者が歩いてくる。それを茫然と眺めていると、隣から声をかけられた。

「おい、大丈夫か?」

 マスクを上げたキャッチャーが、突然座り込んだボクを不思議そうに見つめている。

 だ、大丈夫――

 返事をしようとして、慌てて言葉を飲み込んだ。問題ないと頷いて、手でうながした。

 腰を上げて呼吸を整える。グラウンドを眺めると、先ほどのバッターはセカンドベースまで進んでいた。

 大丈夫、バレてない。そう自分に言い聞かせた。

 最近のボクは、運命の神様に嫌われていると思う。

 授業中だろうが、仕事中だろうが関係ない。下校途中に突然変わったことだってある。ひょっとすると、眠っている間に変身していることだってあるかもしれない。顔や体つきも少しは変化しているようだが、見た目にはほとんど変わらない。声さえ気をつけていれば、気づかれることはない。

 男が女になるなんて、いったい誰が想像できようか。

 ストライーク!

「うえっ!? 今のとるのかよ!」

 バッターが抗議の声をあげる。ピッチャーはグラブで口元を隠してニヤリと笑った。

 頭の中は自分の体のことでいっぱいだった。制服を着ていたのなら気にはならない、体操服のTシャツと短パンという薄着が問題だった。

 まずい、不味い、これは非常にマズイ……

 顔は隠しようがないが、これは今までバレたことがないのでとりあえず良しとする。問題は胸。たいした膨らみではないとはいえ、これでもチルよりは大きい××カップ。××は秘密、絶対言わない、この前授業サボった時に保健室で測ったなんて内緒、自分の墓場まで持っていきます。胸を反らせば確実にバレそうだが、もともと大きめのシャツを着ているので、大人しくしていれば誤魔化せるだろうか。教室に帰る頃には戻るよね?

 運命の神様には見放されたが、幸運の女神様はボクを見捨てていないのかもしれない。

 何度か危うい時もあったが、今まで一度だってバレたことがない。チルには、まぁ言い訳のしようもないくらい、目の前で変化してバレてしまったが、その時以外は特にイレギュラーな事態には遭遇していない。時間の問題って気もするけど。

 変化のきっかけ、原因さえ解明できれば。そう切に願う。

 ――ッパシ!

 ストライーク!

 今度はピッチャーが目を丸くした。

「えええっ! ウソだ、今のはボールだろ?!」

 バッターが再び声を張り上げる。

 ノー、ノー。静かにしてください、審判に逆らうとは何事ですか。

 今それどころじゃないんです。

 すると、次は監督まで駆け寄ってきて抗議をする。

「オマエ、さすがにそれはストライクおかしいだろ!?」

 何を言う。ヨチヨチ歩きの幼女から還暦間近のおばあちゃんまで、ボクの愛は幅広く――

「ストライクゾーン広過ぎだろ!」

「誰だよ、コイツ審判にしたのは!?」


 審判から引きずり降ろされました。

 今はベンチに下がってゲームを眺めています。

 これまで、体育の授業中に変わったことはないので、軽く動揺中。膝を抱えて座っています。そういえば、体が変わって身体能力に変化はあるのだろうか。腕を伸ばして手を広げる。手が小さくなったとかそういった違いは見られない、もともと筋肉量の少ない細い腕も差があるとは思えなかった。後で軽く体を動かしてみようかな。

 広げた手のひらには、横からバットの柄を差し出された。ん、なんですか?

「次、オマエの番」

 ボクは審判で、どっちのチームにも入ってなかったはず。

「代打だよ、代わりに審判入ったヤツの」

 バットを突きつけられる。仕方なくバットを杖代わりにして立ち上がった。

 と、後ろを振り返って、手をあげてGMゼネラルマネージャーに自己申告をした。

 先生、体調がすぐれませんので、保健室に行ってきます。

「待て待て! もう騙されんぞ。オマエ、何度そう言って授業サボる気だ!?」

 いえいえ、今日はホントなんです。さっきも審判しながら、もう辛くって辛くって。

「じゃあ、今日はなんだ? 頭痛も腹痛も、もう聞き飽きたぞ」

 なら、今日は生理痛で。

「……」

 ……

 ヘルメット投げつけられました。

 本当にそうなる前に、元の身体に戻りたいです。いやマジで。

 ブカブカのヘルメットを被ってズルズルとバットを引きずって、バッターボックスへと向かう。運動が嫌いだとか、めんどくさいとか、眩しい日差しなんかくそくらえエアコンのきいた部屋でゴロゴロしたいなぁとか、そんなことは決して思ってないですよ。

 7番、センターのマツモト君に代わりまして、遠い遠いプリン星からのピンチピッター、プリンちゃーん!

 あ、いえ、ウグイス嬢風に言ってみましたが、もちろん声には出してませんよ。

 どっかの助っ人外人のようにバットをふりふりお尻をふりふり、ピッチャーに向かって大きく構える。そんなノリノリのボクを見つめる視線を近くから感じた。キャッチャーの男が、構えるのも忘れてボクの方を見つめていた。

「オマエって、なんか……い、いや、なんでもない」

 首を振って、気を持ち直してマスクを被った。

 ちなみに、プロの野球選手は女性みたいに内股に構える打者が多い。その方が重心が安定し、軸がぶれないのだそうだ。……大丈夫、バレてないバレてない。軽くバットを素振りして、コツリとキャッチャーマスクにバットの頭をぶつけてやる。その目腐ってんぞ。

 キャッチャーが構えるのを確認すると、ピッチャーは腕を振りかぶった。

 ――きゃ!

 ボクは思わず尻もちをついた。小さな悲鳴が口をついて出る。

 ……

「……」

 おいこらピッチャー、内角深過ぎだ!

 一人だけ、ボクの悲鳴が聞こえたであろうキャッチャーが驚いたようにボクを見つめている。気まずい視線が交差する、ボクはヘルメットを深く被り直した。

 もういいや、適当に空振りしておこう。打球を見送る。

 多少声を出すのは問題ない、低い声を意識して、大きな声を出さないようにすれば誤魔化せる。電話やマイクに向かう放送でなければ、意外になんとかなるもんだ。ただし、油断して声を出すと、楽に地声を出そうとすると、バカみたいに高い声が出てしまう。「見た目も声も、まるで小学生の女の子みたい」とはチルの言葉、その小学生に胸で負けているのはどこの誰ですか。

 ほいっ、とバットを振って、空振り三振バッターアウト。

 するとベンチから声があがった。

「走れー!」

 ……は?

 思わずキャッチャーの男と目を見合わせる。ミットにボールは納まっていなかった、コロコロと横に転がっていく。捕逸、パスボール、このキャッチャー、ボクのお尻ばっか見てないでボール見ろよ! バットを捨てて駆け出した。

「振り逃げだー!」

 ヒィヒィ言いながら、ボクはファーストベースに走り込んだ。

「セーフ!」

 一塁塁審の言葉に、ベンチからは歓声があがる。

 キャッチャーはスマンと謝りながらピッチャーマウンドへと向かう。二人でヒソヒソと話して、次の作戦を練っているようだ。

 ドキドキ。

 思わず走ってしまったが、これは非常にマズイことがわかった。

 ぎゃ~、む、胸が、乳首がーー!

 ボクは心の中で悲鳴をあげている。大袈裟にも揺れるとは言い難い小ぶりな胸だが、その先端に付着する感覚器の敏感な反応はかなり異常だった。

 そんなボクに、ベンチからやってきた監督が話しかけてきた。

「よくやった! ノーアウトのランナーだ。その調子で頼む、お前の足なら二塁狙えるだろ」

 ヤです、めんどくさい。

 そんなボクらを見て、バッテリーはかなり警戒を強めている。

 走れないのは今実証したところです。もう、ボクを走らせないでください。

「そんなこと言うなよ、オレ達の勝利がかかってるんだ」

 かかってるのは、メシ代か何かですか?

「よくわかってんじゃねーか。だから、な、頼むよ」

 そんなこと言ったって、審判やってたボクには関係ないことだし。

「バカ、今日のはそんな安いもんじゃないんだよ! 前回のゲームのかけ金が倍プッシュされてんだ!」

 バカだ、コイツ等本気でバカだ。そうか、それで今日は皆が真剣なんだな。かけ金がどこまで膨らんでいることか。

 バッテリーが戻り、こちらを少し気にしながら再び投球を始める。

「もちろん山分けとはいかないが、オマエの分け前も出すぞ。なんとかこの回、勝ち越せれば!」

 ふとセカンドベースの方を見ると、セカンド守備のミッチィがニヤニヤと笑っているのに気がついた。

 んなこと言ったって、こっちは体調が悪いんだよ。

 監督もミッチィには気づいたようで、顔をしかめて再び説得を試みる。

「いや、今回はかけ金が大きいから……」

 ジュースくらいで動く気はないなぁ。

 と、ミッチィは指を一本立てた。ボクも監督も気づく、あれは食券1枚のサイン。

 同じ食券1枚なら、動かない方が楽だよね。チラリと監督を見る。

「くっ……じゃあ、オマエがホームベース踏めたら、に、2枚!」

 ミッチィは指をさらに立てる。

 3枚。

「5枚!」

 ボクはベースを蹴った。

「走った!」

「いきなりいったぞ! 早いっ!」

 バッテリーの隙をついて、ボクは楽々セカンドベースへ滑り込む。

 お尻についた砂をパンパンと払って、膝に手を置いて再び構える。よーし、ばっちこーい!

「オマエ……」

 セカンドカバーに入ったミッチィが、呆れたように呟いた。

 ていうか、どんだけ配当金高いんだよ。

「フッ、借金を焦げ付かせちまってな。これ以上増やすと、あとはもう脱ぐしか」

 胸を張って言う。いや、褒めてないから、威張るな。

 しかし、買収がバッテリーにもバレたらしく、警戒はいっそう強まった。そうそう、ボクって小柄なだけにけっこう足には自信があるんですよ。体力はないけど。女体化していても、それほど身体能力に差はないようだった。胸さえ気にしなければ。

 油断すると、また牽制球が飛んでくる。ベンチからは、チームメートからピッチャーへのブーイングが聞こえてくる。いいぞ、もっとやれ。

 次は厳しいか。だが、次の塁まで進んでおけば、犠牲フライでも点が入る。

 僕は、近くにいるミッチィに声をかけた。

 ミッチィ。

「なんだよ」

 ボクはミッチィの背中に回り込む。可愛い声を意識すると、耳元で囁いた。

 これ、な~んだ?

 むにっ。

 背中から抱きつくように、ボクは胸を押しつけた。

 ……

「……」

 ベースから離れたこんな隙を見逃すはずもなく、ピッチャーからの牽制球が飛んでくる。

 ボクは走り出した。

「ミッチィ!」

「うぉ! スルーした!」

 ミッチィは固まっていた。

 センターがカバーに入り捕球するが、ボクは楽々サードに辿り着く。

 ベンチからは大歓声。ミッチィは頭に疑問符を浮かべながらチームメートに叱られている。

 さて、ここまでは自力で来れたが、これ以上はさすがに進めない。仲間のバットに期待してチャンスを窺う。

 しかし、そう簡単にはタイムリーは打てない。先ほどまでのミスで守備は固くなっており、バッテリーにも隙が見られなかった。あっという間に2アウト。くそ、バッテリーを現役野球部で固めるのは反則だ。

 バッターを見る。ダメだ、まるでタイミングがあってない。期待はできん。食券5枚が~。

 監督に視線を送る。せっかくのチャンスにヒットが出ず、かなりヤキモキしているようだ。しばらくして、ふと視線がぶつかった。ボクは三塁手に気づかれないようサインを送る、ホームベースを指差した。サインに気づき眉をひそめるが、こちらの意図に気がつくと驚いたように首を横に振った。頼む監督、やらせてくれ!

 何もしないよりは、何か動きたい。ボクには幸運の女神様がついている。

 諦めたように、すぐにGOサインは出た。

 ボクは走り始めた。誰かの叫び声が聞こえる。

「ホームスチールだと!」

「バカな!」

 通常、こういった場面では本盗ではなくスクイズを仕掛けるのが定石。しかし、2アウトでバッターにも期待できないなら、もう走るしかない。少しでもバッテリーが警戒していれば確実に失敗する無謀な賭け。

 ただし、勝算がないわけではない。

 ボクは叫んだ。

 ターナーカーく~ん!

 ガチラブレターまで書いた男、キャッチャータナカの反応は早かった。

「姫ぇー!!」

 声だけで気付くとはさすがタナカ、振り返りながらそれでもミットにボールを納めるとはさすが野球部副主将。まるで抱きしめるように両手を大きく広げる。ぎゃ~!

 だがしかし、それでは構えが甘い。

 死ねぇ!

 ボクはスライディングを仕掛けた。左足でベースを、そして偶然を装い右足でキャッチャーの股間を狙って。

 そして。

 哀れキャッチャータナカは泡をふいて沈黙した。

 食券ゲットだぜ!

 ちなみに、この日以来、ミッチィとキャッチャータナカの二人からの妙な視線を感じるようになった気がする。気のせいだよね、気のせいだよね、絶対バレてないよね?!




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