表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声美少女伝説  作者: yuzuki
第2章 「ぷりん王国 - 揺籃期」
20/21

第十九話 -サユリンの日常2-

 ――カポ――ン!


 心地良い音が耳に響く。

 暖かい湯気と香りに心が落ち着く。

 お湯に浸かると、溜まっていた疲労だけでなく、心身ともに負荷をかけていた大きなストレスが、ゆっくりと解きほぐされ抜けていくようだった。

 ため息をつくように、大きくお腹の底から息を吐いた。

「そんなオヤジ臭いサユリンだから、幸運が逃げちゃってるんですよ」

 誰のせいでため息が増えてんだよ。

 隣のとぼけた顔の男を睨みつけた。

「今のサユリンは、幸運も裸足で逃げ出すレベルの絶賛確変中だな」

「そんなサユリンは、お風呂上がりに『ラッキーヨーグルト』的な何かを飲んで、もっと幸運スキルを上げるべきだと思う」

 どこの狩りゲーだよ。

 頷き合うのは、一人は洗髪後で髪をオールバックにしているミッチィと、もう一人タオルを頭に乗せているのは今現在進行形でオレの不幸の大元凶。

「きっとサユリンの場合、幸運が逃げてるんじゃなくて、来る運来る運が全て追い返されているんじゃないかと」

 だから、追い返してる張本人が言うな!

 そいつは、まるで自分は全然関係ありませんよというように、緩んだ表情を浮かべて湯船に浮かんでいる。

 どう見ても、男だ。

 多少中性的な顔立ちではあるものの、色白で華奢な身体ではあるが、声も姿形も全て男のもの。

 完全に別人だった。

 さっきまでの、彼女とは。

「オマエ、別人だよな」

 と、隣のミッチィが、風呂のへりに腰かけたオレを眺めながら言った。……オレか?

 何がだ?

「その身体。けっこう、いい身体してるじゃねーか」

「薔薇の香りですね、分かります」

「ちげーよ。何も分かってねーじゃねーか」

 そうか?

 別に筋肉質ってわけじゃないと思うんだが。

「ちっ、やっぱ現役体育会系は違うよな」

 そう思うなら、またサッカーでもして身体鍛えりゃいいじゃないか。ミッチィだって、それほどオレと差はないはずだろ。

 何故か、そのオレを羨ましそうに見るもう一人のコイツは、スィ~と近寄ってきて、若干割れて見えなくもないオレの腹筋をポンポンと手で叩いた。

「おぉ……」

 これくらい普通だろ。ていうか、そんなに羨ましいなら鍛えろよ。

「ふっ……鍛えたって、そうならない残念な人種だって、この世には存在するのさ……」

 それは体質の差ではなく努力の差だと思う、とボソリと呟くと、キッと睨み返された。

 もちろんオレもそれには同意する。努力だけでは決して埋まらない、体質や環境、それだけではなく、境遇や周囲の事情を鑑みても到底説明できないような確かな違い、個体差というものは存在する。

 それはまさに、運命と呼ぶしかないもの。天命によって授けられた、人の、その個人による人生の定め。

 人によっては、それを因果性によるもの、己の行動が原因となって引き起こされる結果でしかないと笑うかもしれない。しかし、中には不可抗力的に導かれる不条理な結末だって存在する。それは人の手には余る、宇宙、自然界が定めた法則のようなもの、それこそがまさに神の所業と呼ばれるもの。

「ボクのこの体質が自己責任だっていうなら、いくらでも後悔くらいしてやりますよ……」

 そう言った。

 確かにそこには何も自身に罪はなく、神の御業による奇跡としか説明ができないものがある。

 だが、しかし……

 オマエの境遇についてはそうだとしても、オレの境遇の不幸については、全面的にオマエが全て責任だろ。

「……」

 おい、こら。視線を逸らすな。

 言葉を詰まらせる。自覚あんなら、オレを巻き込むんじゃねーよ。彼の無防備なお腹へと、オレは軽くパンチを入れる。

「いたひ……」

 オレ達が何について話しているのか、ミッチィは何も知らない。気にした様子もなく、しかし何かを気にかけているような、そんな様子でミッチィはオレへと視線を送っていた。彼が気がかりに思っているのは、オレとコイツとの関係について、決してそれではないと感じた。

 ミッチィは湯船から立ち上がると、すぐに隣のジェットバスへと向かった。

「おぅ……おぅおぅ、ほふほふぉ~――」

 妙な奇声を上げ始めるミッチィは放置して、彼と入れ替わるようにまた湯船へと浸かったオレは、隣の男に神妙な口調で質問をした。

 ……大丈夫なのかよ?

「何がですか?」

 オマエが、こんなところに来て……。

 少し真面目な顔で聞くと、いつもの胡散臭い笑みで返事をする。

「やだなぁ~。今日はバスの中で、ついさっきの宴会まで、ずっとそうだったんですよ。一日に何度も変わることがあるとはいえ、そんなすぐに変わるわけが………………ハッ!?」

 ……。

「……」

 ……今、立派なフラグ立ったな。

「いや、待って、ちょっと待って! フラグ立てたのはサユリンじゃないですか!」

 フラグ建設もスキルなら、そのフラグを必ず回収する体質も、立派な上位スキルなんじゃないかと。

「だから、そんなスキルはありません! 必要ないです!」

 オレに反論した後、彼は自分の身体を確認して、ペタペタと触って何も変化の前兆が感じられないことにホッと安心した様子で、またオレに向かって減らず口をたたく。 

「それにですね、そのフラグを回収してしまうと、今度はまた別のフラグが立っちゃうじゃないですか」

 ……なんだ、それは?

「サユリンの、股間フラグ」

 オレの股間を指差した。

 オマエ相手にそれはねーよ。

「ミルク発射フラグです」

 出るかよ! むしろ、萎えるわっ!

 条件反射のように否定した。

 しかし、果たして、本当にその事態に遭遇したとして、目の前にそれが生じた場合、自分はそれに耐えうることができるであろうか。

「そんなこと言っちゃって、ヒメちゃん相手に欲情なんか、しないでくださ……い…………」

 なぁ、他に人が入ってくる前に、そろそろ出といた方が……。

 それ以上、オレの言葉は続かなかった。

 表情が固まる。

 ヤツのその嫌そうな顔が、徐々に、ヒメちゃんの泣きそうな顔へと変化する。そんな気がした。顔の一つ一つのパーツに変化は全く見られないので、変わったと感じるのはあくまで自分の錯覚。その些細な変化には、きっと誰も気づかない。気づけない。パーツではなく雰囲気の変化。それに気付くことができるのは、その変化を認識するオレとチルの二人のみ。


 ――ザバッ――!


 大きな水の音に、オレ達はギョッとして振りかえった。

 ミッチィが、ジェットバスから立ち上がったところだった。「なんだ?」とモノ言いたげに、こちらを見ている。

 背中に気配を感じる。

 オレはミッチィの方へ首を向けただけだったが、コイツは身体ごとオレの影に隠れたらしい。

 果たしてそれは彼か、彼女か。

 嫌な予感に目を背けたくなるが、そのままではらちが明かないので、覚悟を決めてオレは後ろに向かって声をかけた。

 なぁ……オマエ、ひょっとして……。

「見るな!」

 ガシッと後ろから手で、頭をミッチィの方向へと固定された。声が少しだけ高くなっているようだった。

 今、オレ達が入っている温泉の泉質は、ただのアルカリ単純泉、疲労回復、神経痛、皮膚病やストレス解消にも良いとされる、どこにでもあるような普通の温泉。湯の色は、無色透明。

 つまり、そういうこと。

「おい、こら! だから、こっちを見ようとするな!」

 ミッチィに聞こえないよう小声でオレに向かって言った。

 い、いや、待て! そっち向かないから、とりあえず頭を離せ! 離れろ!

 それは幸か不幸か。心地よいと言えばそうだし、かといってその感触を楽しめるほどオレの神経は図太くなかった。なんとも柔らかいその感触が、かえって気持ち悪いようなそんな錯覚さえ感じられた。

 広い風呂ではあるが、オレ達が浸かっていたのは湯船の端の方。その背中へ回り込むと、狭いスペースなので当然そのような事態となる。ミッチィは、ジェットバスが飽きたのか、続いてその隣の打たせ湯へと向かっていった。

 あ、当たってんぞ……!

 何が、とは言わない。言えない。

「やだなぁ~。当ててんのよ――」

 オマエ余裕あるなおい!!

 なんだか庇うのがバカらしくなってきた。

「あー! だ、ダメダメ! 無理無理無理、ちょっと離れないで!」

 結局、二人とも付かず離れずの距離で妥協した。オレは極力後ろを見ないように、さり気なくミッチィの動向を監視できるポジションを取る。

「あ゛あ゛ああ~~!」

 ミッチィは、打たせ湯のお湯を、肩ではなく頭頂部に当てている。今はこちらの声も様子も分からないだろうが、いつこちらに戻ってくるか分らないので、油断はできない。

 選択肢は2つだ。

 バレないところに隠れて、元に戻るのを待つか、バレない内に逃げるか。

 ……それ、どれくらいで元に戻るんだ?

 ヒーローの変身時間は、決して3分とは限らない。コイツは変身ヒーローでも魔女っ子でもないが。

「元に戻る頃には、ヒメちゃん茹で上がっちゃいますよぅ」

 じゃあ、とっとと出ろよ!

 今なら他に人がいない。温泉旅館の大浴場男湯(←現在混浴状態)は、幸運にもオレ達3人の貸切状態だった。サウナにも外の露天風呂にも、他の客はいなかった。

 脱衣所にもいないみたいだから、ミッチィが見てない隙に退散しろよ。

「うん、そうする」

 ミッチィは今打たせ湯で遊んでいるので、終わったら個室のサウナにでも誘うフリをして、コイツを逃がせばいい。

 そう考えた、その時。

 ついとオレの手が掴まれた。後ろの方へといざなわれる。

「うん。サユリン、ありがと」

 むにゅ!

 ……。

「……」

 ……。


 ――ザバッ!!


 う、うわっ!

 オレは立ち上がった。いや、立ち上がろうとして片足を滑らせて、そのまま湯船で波飛沫を立てただけだった。

「あ! ちょ、ちょっと!?」

 後ろの声が慌てたような悲鳴になる。思わず振り返って、オレは叫んだ。

 な、何をしたーっ?!

 驚いた表情で、微妙に腕で胸元を隠しながら、彼女は言った。

「何って、だからSAで言っていた報酬の前払いです。てか、こっち見んな!」

 バシャ!

 顔に水をかけられて、気づいて慌てて背を向けた。顔の水滴をはらってミッチィの方を見ると、幸いこちらの騒ぎには気付いていないようで、両手の平を合わせてどこかの修行僧のように何やら念仏を唱えていた。頭に打たせ湯当ててたら、そりゃ気づかんわな。

 胸を触られるのは良くて、見られるのは嫌なのか?! というか、生で大丈夫なのか、おい!? コイツ本人が変身していることは今確実に証明された、チラリと見えた胸は確かにお……いや待て、落ち着けオレ。

 口にはせずに脳内で葛藤していると、後ろの気配が少し身構えたような気がした。見ると、ミッチィがこちらにやってきていた。

「……何してんだ?」

 オレの後ろにひっついているコイツに、いぶかしんだ様子で視線を向けていた。

 さ、さぁ……? ……あ、そ、そうだミッチィ。サウナ行かねぇか?

「お! いいね~」

 二つ返事でオーケーすると、ミッチィは手に持ったタオルを絞りながら「サ~ウナ~、うなうなうな~」と鼻歌交じりにサウナの入口へと向かった。

 オレも湯船を立つと、チラリと後ろを見て、「早く行けよ」と睨みつけるように視線を送った。すぐにヤツも湯船を立ち上がり、いそいそと脱衣所の方へと向かう。

「あっちぃー!」

 サウナのトビラを開け、中へと入ったミッチィ。続いてオレも入ろうと半開きのトビラに手をかけたところで、ふいに後ろを振り返った。

「~~~~ーーっ!!?」

 涙目で走ってくる彼女がいた。

 声にならない悲鳴をあげて、前を隠すのも忘れて必至の様子で駆け寄ってくる。

 なんかいろいろ見えた。

 ……おわああああーーっ!!


 ――ザッバ――ンッ!!


 オレはサウナ横の水風呂へと、彼女はその隣の薬湯へと頭からダイブ。

 思わぬ冷たさに身が凍えるが、それ以上にオレは動揺していた。お、落ち着けオレ落ち着けオレ! あんななりでもアレは男、アレはアイツ……静まれ、静まれオレの息子よ! 心を無に! いや、今こそ思い浮かべるんだ! オカンの姿を…………あ、なんかすっげー惨めな感じに落ち着いてきた。

「おお! けっこー広いじゃねーかっ!」

 団体さんのご入場。

 四人の男がぞろぞろと入ってきた。他の宿泊客ではない、同じ部活合宿に参加している同級生達だった。かけ湯もそこそこにこちらへ向かってくる者や、身体を洗いに行く者もいる。

「なんだ、サユリン達だけか?」

 一人、一番体格の良い男がサユリン達のところへとやってきた。隣のクラスの……名前は何だったっけか? 演劇部の連中のようだった。

 あ、ああ。今はオレらの貸切状態だ。

 オレは立ち上がって、ガタガタと震えながら隣の薬湯へと移動する。

「つめたっ!! こら、水滴を飛ばすな! てか、なんで水風呂入ってんだよ!?」

 心を静め、冷静な自分を取り戻すため。

 オレ達が湯に入ろうとすると、彼女は慌てて湯船の一番隅っこへと逃げた。幸いこの薬湯は白く濁っているので、肩まで浸かっていれば胸の膨らみが見られることはないだろう。

「身体、洗ってから入ってください」

 声を低く抑えて彼女は言う。

「固いこと言うなって。それに、オレの股間は綺麗なもんだぜ~」

「さっさとチ○カス洗ってこい」

 チ○カス言うな!

 特に洗いに行く気もないようで、彼は「ふぅーーっ」と深いため息をついて湯に浸る。

 宴会の方は、どうなったんだ?

「まだ騒いでんじゃねーか? てか、お前ら先に抜け出してたんだな」

 初日だし、まぁオレらは正確に言えば部活所属者じゃないしな。飛び入り参加のオレ達が一番騒ぐのもどうかと思って、今日は適当なところで切り上げていた。

「いろいろと、一番騒いでんじゃねーかよ。オレらも、混み出す前に先に風呂入りてーって抜け出してきたんだよ」

 でも、そろそろ皆こっちに来るんじゃないか、と、適当なことを言う。オレは、ブクブクと口や鼻まで湯に沈んでいるヤツの方へとアイコンタクトを送った。出るなら今しかない、コイツら四人の隙をついて逃げろ、と。真剣な面持ちで、彼女は小さく頷く。

「どうだ~? オレのチ○カスの味は?」

 彼女はバシャンッと容赦なく彼の顔に湯をかけ、オレは隣の男を思いっきり蹴飛ばした。

「うぉ! お湯が鼻にー! あ、足がぁー!」

 彼が悶えているその隙に、オレ少し彼女に近づいて小声で話をした。

 今の内に行け!

「で、でも……」

 アイツらをよく見ろ!

 オレは他の湯船の方をアゴで指す。

 入ってきたのは四人。一人はここ。一人はさっそく露天風呂へ。一人は洗髪中。もう一人、向かいの一番大きな湯船に浸かっている男、あの男のことはオレがよく知っている。同じクラスのメガネ男子、アイツはメガネがなければ何も見えないはず。そのメガネは、湯船のふちに置いてあった。

 オレの言わんとするところを理解した彼女は、意を決したように、薬湯からいつでも出られるよう体制を整えた。

 オレはオレの役割をこなす。

 一緒に薬湯に浸かる男に向かって話しかけた。

 なぁ、強化合宿って、オマエらはいったい何してるんだ?

「うち(演劇部)は……たぶん、サユリンのサッカー部とたいして変わんねーよ」

 走り込みの体力づくりに、あとは発声練習、他の文化系部活は知らん、そう答える彼の気を引いて、その隙に彼女はスルリとほとんど音も立てずに湯船から出た。饒舌に話す彼は、壁側に座るオレの方へ向いている。

 湯船から出たヤツは、身体の前の方をタオルで気持ち隠しながら、まず向かいの湯船の方へと近づいた。縁にあったメガネを蹴飛ばす。ポチャン! 湯船に沈むメガネ。

 続いて、その奥にある露天風呂への出入り口にそっと近づくと、カチャリ! と、鍵をかけた。……いや、いいからオマエ早く出ろよ!

 保険のつもりなのだろう、少し満足そうに頷いて、そして彼女はこちらへ目配せして脱衣場の方へと向かった。

 途中、サウナの出入り口の前を彼女が通りかかろうとしたその時。

 突然そのトビラは開かれた。

「――あっちぃーー!! おい、サユリン! なんで入――」


 ――バンッ!!


 開かれたトビラは、再び閉ざされた。

 彼女は危機一髪でトビラを蹴飛ばし、ミッチィをサウナの中へと押し戻した。……け、ケツが、プリンちゃんのぷりんとしたお尻が……いやいやいやいや! なんでもない、なんでもない!

 危機を逃れた彼女は、すぐ近くにあった掃除用のモップでトビラを固定。中からは、ドンドンとトビラを叩く鈍い音が聞こえてくる、ミッチィ哀れ。(※良い子はマネしないでください)

「……ん? どした?」

 音が気になったのか、オレの様子に気付いたのか、一緒に薬湯に入る目の前の男が、ふいに後ろを振り返ろうとした。

 オレは湯船の下から足で彼の足を引っかけた。

「おあっ!!?」

 ガッ!! ザブ――ン!!

 縁に頭を大きくぶつけて、彼は薬湯の底に沈む。

 その大きな音にビクッと肩を震わせた彼女。

 構わん、友の屍を越えて行け! オレはヤツに視線でそう訴えた。

 向かいの湯船に浸かるの男は、騒がしい音に気付いたようで、それを見るために「メガネメガネ! メガネがねー!!」と、どこかに沈んだ補助器具を探し続けている。

 そして、最後の一人、出入り口に近い洗い場で髪を洗っている男は、

「……なんだ?」

 振り返ったその瞬間、彼女の小さな手がその顔を撫でる。同時に、なぜか無駄に可愛い声で彼女が言った。

「見ちゃダメ」

「ぎゃあーー!! 目が、目がぁああーー~!!」

 シャンプーが目に入ったようで、彼は目を押えて悶えている。

 こうして、ヤツは浴場から慌てて出ていった。

 後始末を全てオレに押しつけて。

 うん、アイツはもう公衆浴場立入禁止だ。絶対に入れさせん。




 しばらくして、オレは煩悩を振り払うように水のシャワーを浴びてから、浴場を後にした。さっきの四人はまだ中に、のぼせたミッチィは水風呂に死体のように浮かんでいる。

 脱衣所へ行くと、次の団体がやってきていた。

「よぉ、サユリン。お疲れさん」

「サユリン。ドンマイ」

 ……なぜか、旅館で会う人会う人に、オレは温かい目で慰められている。

 うるせーよっ!

 気にするとますます惨めになってくるので、適度にスルーしてオレはタオルで身体を拭いていた。

 彼らに背を向けて、パンツを穿いて浴衣を羽織っていると、後ろの方で一人騒いでいる男子がいた。その会話に、オレは少し耳を傾ける。

「ウソだろ?!」

「ホントだって! ホントに見たんだって、オレは!? さっき最初に入った時、間違いなく裸の女が――」

「いるわけねーだろ。飲み過ぎだ!」

「酔ってねーよ!」

 彼らは一応未成年なので、飲んでいるのはソフトドリンクだけだと信じることにする。

 また別の男は、入口付近の別のトビラをガチャガチャと鳴らしていた。

「も、もれる~! おい、なんで開かなんだよ!」

「飲むと近くなるしな~。外のトイレ使ってこいよ」

「ダメだ、我慢できん! こうなったら中で――」

「おいバカやめろ!!」


 ……もう知らねーよ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ