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声美少女伝説  作者: yuzuki
第2章 「ぷりん王国 - 揺籃期」
15/21

第十四話 -ボクの日常5-

 ——ジャラジャラジャラ……


 コトリコトリと音の響く教室。

 窓から流れ込む、夏の暖かな風。その風にのって聞こえてくる、校庭を走り回る生徒達の歓声。

 エアコンの効いていない教室はむせかえるような熱気に包まれ、中に残る生徒達は一人の例外もなく汗を滴らせ、団扇や下敷きで扇ぐなど思い思いに涼を取る。

 しかし、そこに座るボク達4人の額に流れる汗は、決して暑さだけによるものではなかった。


 ——コトリ、コトリ——カツン!


 稀に高い音を響かせて、また一つため息をついた。

 ボクは夏が嫌いだ。

 嫌いになった、と言い換えても良い。昔は夏休みを待ち望んだり、薄着の女生徒の姿にドキリとしたこともあるが、今ではそれもただ億劫なだけ。夏休みも毎日のように補講や塾の夏季講習の予定が詰め込まれている。

「……お前、塾になんて行ってたのか?」

 やだなぁ、そんなの行ってるわけないでしょ。

「……」

 小首を傾げてそう話すと、机を挟んだ対面の男子生徒は閉口した。

 その対面も、暑い暑いと下敷きで扇ぎながら、白いカッターシャツのボタンを外して少しだけ逞しくて男らしい胸をはだけている。その無防備な姿が少し羨ましく感じるほど。

 夏は嫌い。薄着になりたくてもなれない理由がある。海なんてもってのほか、蒼いサンゴ礁も浜辺のビキニもスク水もクソくらえ! 学校の水泳の授業なんてもうトラウマ物。

「……ん、なんだ?」

 そんな内心の怒りを抑えて、ただ静かに、あくまでポーカーフェイスを装って、ボクは対面に向かって微笑した。

 いいえ、別になんでもないですよ?

 対面の男子生徒は、思わずといった様子で再び口を閉ざした。

 そう、これは戦い。

 心理戦を含めた机上の戦争、騙し合いである。決して相手に弱みは見せられない。ましてや、物思いに耽って感情を昂らせるなんて自殺行為である。たとえ心身ともにボロボロになろうと、笑顔で誤魔化せなければ自分が食い物にされるだけ。そんな過酷な世界。

 ふと右手側に座る男子生徒が呟いた。

「そーいや、うちのクラスはどこまで勝ち進んでるんだ?」

 なんですか、気を散らせる作戦ですか? それは口にせず、当たり障りのない会話を続ける。

 さっき、サッカーは負けたって言ってましたよ?

「なんだ、あれだけ騒いでたのにもう負けたのか〜」

 C組もD組も現役部員で固めてますからね。でも、女子のバレーは勝ったって聞きましたよ?

「おお、がんばってるなぁ。とすると、今日この後は、優勝候補のE組との対戦か」

「他に残ってるのは、どこなんだ?」

 対面も会話に入ってくる。

「サッカー負けて、バスケも負けたから……後は、女子バレーと野球だな」

「ドッジボールは?」

「あれも初戦で負けてる」

 うちのクラスの成績は、なかなか芳しくない様子。

 オセロや百人一首はどうですか?

 名ばかりの球技大会になぜか存在する球技ではない競技。オセロは、運動苦手というもやしっ子系草食メガネ男子への唯一の救済策である。

「オセロはねーよ!」

 ゲラゲラと品の無い笑い方をする右側の男子。

 皆さん、あまりご興味ないようで。

「というか、お前オセロだったんじゃねーの?」

 ……いえ、急に持病が出たために欠席を——

「サボったんだな……」

 ……。

 蒸し暑い教室の中、暑くて流れる汗でもなくてゲームの緊張感による脂汗でもなくて、心拍数を跳ね上げる冷たい汗を背中に感じた。

 ……い、いやだなぁ、そんなわけあるはずがないじゃないですか〜。動揺を誘ってゲームを有利に進めようだなんて。なんて恐ろしい子!

「自滅してるだけだろ」

 右側の男子につっこまれる。

 ちなみに、持病が出たのはホントのことです。誰にも言いませんが。

 会話が切れると、また微妙な緊張感が場を支配し始める。廊下を歩く生徒の笑い声がやけに響くようだった。

 そして、山牌がなくなると、ボク達は順に自分の牌を倒す。

 ノーテン。(←ボク)

「ノーテン」(←下家シモチャ

「ノーテン」(←対面トイメン

 3人が告げた後、先ほどの雑談にも全く入ってこなかった最後の一人、左側の男子(←上家カミチャ)が牌を倒して見せた。

「……テンパイ」

 はいはい、罰符バップ1000点ね。

「誰が見え見えの役満に振るかよ」

「ぐぬぬ……」

 上家の手は、みごとな国士無双テンパイ。上家のテンパイは、顔ですぐにばれるんですよね。

「くそーっ! 『ペイ』はどこだ、『北』は?!」

 はい、こちらに。「あ、俺も俺も」と下家。

 二人で絞っていたので、上家があがれるわけがない。上家はがっくりと項垂れた。


 ——ジャラジャラジャラ……


 そう。これは生死をかけた戦い。

 多くの猛者達が遥か頂へと挑み、そして敗れていった。

 ボクは最近、人の顔色を窺うことにとても長けていた。それは、人類が生き残るために身につけてきた防衛本能の一種と言って良いかもしれない。人はその環境に適応するために、成長、進化することができる生物である。手を失った人はそれをカバーするように足を鍛え、視力を失った人は聴力が異常に発達することがあるように。ボクの感覚視野は、人のちょっとした感情の機微さえも過敏に察知して本能としての危機を知らせてくれる。

 人目を気にしてしか生きていけない害虫のようなボクの人生に涙。

 ……あ、それロンです。

「なにーっ!?」

 上家の落とした牌に、ボクはニコリと微笑んで、静かにあがりを告げた。

 3人の表情を窺う。その顔を見ただけで、考えていることが手に取るように分かった。

(あぶねー、落としかけた!)←下家

(はえーよ! 俺の親が、のみ手で流された……)←上家

(…………あれ? コイツって、なんか可愛くね……?)←対面

 ……。

 いやいや、きっと気のせいだ、そうに違いない。最近、油断ならない事態が続いたせいで、ボクの思考能力も相当病んできているのだろう。いくらなんでもそんなこと考えてるはずがない。対面はボクの手作りの早さに驚いているだけだろう。

 こう安い早手であがっていると、ボクがトップのように見えてしまうかもしれないが、実はボクは現在2位をキープしているだけだ。

 トップはダントツで下家。次にボクが続いて、対面が僅差で3位。ビリは上家。

 親を長引かせるとロクなことがないので、早々に流して上家にはそのまま沈んでいてもらおう。そうすれば、ボクがビリになることはない。

「お前って、けっこう黒いのな……」

 ん、なんですか?

 下家の呟きには気づかないフリをする。

「ちっ、しかたねー!」

 舌打ちをする上家から、安い点棒を受け取った。

 と、すると何を思ったか、その上家は席から立ち上がると、おもむろに上着のシャツを脱ぎ始めたではないか?!

 な、何をしていらっしゃるのでしょうか……?

「何って、1枚脱いでんじゃねーか」

 だから、なぜに服を……。

「えっ? そういうルールなんじゃないのか?」

 どこのエロゲーですか?! そんなローカルルールどこにもありませんよっ!

 しかし、残りの二人も服を脱ぐのが当然といった様子で、ウンウンと首を縦に振っている。

 そして、ゲームは再開される。


 ——ジャラジャラジャラ……


 ただのゲームが、本当の意味で生死をかけた戦いとなりました。

 他の人にとってはなんでもないことが、ボクにとってはとても恐ろしい罰ゲームとなっている。

 一回り小さくなったボクのこの身体、その大きめの制服シャツを押し上げる僅かながらの膨らみ。一つトーンが高くなっているこの声は隠すことができても、制服を脱いでしまえば誤魔化しようがない。

 決して負けられないこの戦い。

 こっそりと気合を入れ直して、コトリ、とボクは静かに牌を置いた。

「お、それロンだ!」

 ……にょわぁ〜〜!!?

 下家の言葉に、思わず変な悲鳴をあげてしまった。

 ま、まずい……。

 下家はニヤニヤと笑っている。対面はご愁傷様と目を伏せている。彼らはきっと、ボクの親があっさり流されたことについて笑っているのだろう。ボクの内心の焦りは、そんな理由では、そんな生易しい動揺ではない。

 くっ……。

 唇を噛み締めて、ボクは下家に1000点を支払うと、3匹の野獣の視線にさらされながら諦めて衣服に手をかけた。

 靴下を脱いだ。

「あ、ずっけぇ!」

 セェーーフ!

 シャツ1枚が命取りなこの状況。ど、どーする? 次は、ベルトを外そうか……?

 他の連中も服を脱ぐのはついでのようなもので、別に男の裸が見たいわけでもないので、靴下だけでも軽くスルーされた。

 対面がジャラジャラと牌を混ぜながら、ボクを眺めながら呟くように問いかけた。

「オマエ、その格好暑くね?」

 いいえ、むしろ寒いくらいです、厚着バンザイ!

「……すっごい汗かいてるように見えるんだが」

 冷や汗です。

「……」

 何か思うところでもあるのか、納得していないような顔で牌を積む。

 そんなことを気にしてると、またやられますよ?


 ——ガッ!!


 ボクは点数計算用の鉛筆を右手に持って、右隣の下家の前に叩きつけるように突き刺した。

 悲鳴をあげたのは左隣の上家、このゲームの持ち主。

「おわっ!? 俺のマットが!」

 下家は声も出せずに青い顔をしている。

 本当のズルはいけませんよ、ねぇ?

 イカサマ、ぶっこ抜き、この下家は本当に油断ならないから困る。

 渋々といった様子で、罰符を卓の上に差し出した。この供託点棒は、次にあがった人の取り分となる。

 ズルは許さない。

 しかし、ボクはそれほどゲームの勝ちにはこだわっていなかった。

 目指すは2位。1位を取ってやっかみを受けることもなく、ビリで罰を受けることもなく、それでいて油断ならないと感じさせるように牽制をして2位に収まるのが理想形。これはゲームだけでなく、学校生活から企業経営まで、全ての実生活において適応できる。下手に敵を作らないこと。敵にまわすとやっかいだとそう思わせること。ゲームとはまさに社会の縮図、リスク分析を行うための人生を写したモンテカルロシュミレーション。

 2位で構わないと思う。

 しかし、入った手を見逃せるほど、ボクは人間できていない。

 ……あ、ツモ♪

「なにーっ!?」

「はえ〜よ!」

 パタリと牌を倒して、顔には満面の笑みを張り付ける。

 メンタンピン!

 と、宣言して、ボクは皆の様子を窺った。

 驚愕の表情で冷や汗を流す下家。

 顔面蒼白で落ち込む上家。

 そして、ポッと頬を赤く染める対面。

 ボクは鼻歌を歌いながらルンルン気分で点棒を回収する。役としては少ないが、何より供託点棒の存在が大きい。

 これでボクはトップとなり、ビリの上家はもはや風前の灯、次がオーラスなので再起は望めないだろう。数日分の昼食費ゲットだぜ!

 一人反応のおかしい奴がいるなんて、もう気にしない。

「くっそ〜、もうオーラスかよ!」

 牌を積んで賽を転がして、最後の戦いに挑もうとしたところで、突如教室のドアが開け放たれた。

 ビビるボク達4人。

「アンタ達、何やってるのよ?」

 担任のセンコーか、と思いきや、やってきたのはいつもの見慣れた体操服を着た女子生徒。

 なんだぁ〜、チルか。

「脅かすなよ!」

 それぞれ悪態をつくダメンズ達。

「こんな学校で、麻——」

 いいえ、これはドンジャラですよ?

 呟くチルに対して、言い張ってみる。他の3人もウンウンと頷いている。1人は脱衣して上半身裸なので、チルはちょっと目のやり場に困っている様子。チル、今更そんなことしても、あざといだけですよ。

「おだまり!」

 ところでチル、こんなところでどうしたんですか? 球技大会で盛り上がってる中、こんな誰も寄りつかない教室にやってくるなんて、よっぽど暇人ですね?

「アンタが言うな」

 呆れ顔のチル。

 いえいえ、これも立派な(裏)球技大会の種目です。この後、勝者は隣のクラスの勝者と決勝リーグを行う予定——

「無駄に規模を広げるな!」

 さすがつっこみ体質のチルですね。感心するほどのつっこみです。

 でもね、チル。そこは空気を読んで、つっこまずに優しくスルーしてあげるのが親心ってもので——

「チル、うちのクラスの試合はどうなったんだ?」

「あ、うん。バレーはなんとか勝ったんだけど」

「それは聞いた。他は?」

 何事もなかったように会話を始めるチルと上家の男子。

 ……。

 そーですか、そこをスルーするんですか……。軽くスルーされて落ち込んでいると、下家にポンと肩を叩かれた。妙に生温かい目で見られたのが、何より痛くて悲しくなった。下家よ、そこは拾わずにスルーしてくれ。ますます惨めな気分になった。

 チルは、クラスの勝ち残り具合を一通り説明した後、スルーしたはずのボクの方に向き直って、申し訳なさそうに話し出した。

「それでさ。実は、アンタに——」

 断る!

 ボクは即答した。

「……まだ、何も言ってないじゃないの」

 いいや、言わなくたって分かる。こうやってチルが言い出した時はロクなことが無い。

 絶対に嫌! ヤダ!

「実はー、頼みたいことがあってぇ」

 嫌だって言ってるでしょーが!

「何よ。別に、アタシだって変わってなかったら頼むつもりはなかったんだけど、ちょうど変わ…………ううん、暇してるみたいだし、役に立つかなって」

 あ〜、そういうことですか。そっちの用事ですか……。

「物分かりいいじゃないの。それじゃ、行くわよ!」

 と、チルはボクの腕を引っ張って、無理矢理連れていこうとする。一回り体格の小さくなっているボクは、チルの力にもなすすべなく連行されていく。

 ああ〜! ま、待って待って! オーラス、トップ目が! いや、待って、せめてその前に靴下だけでも〜っ!?

 ぺちぺちぺちぺち——

 廊下に裸足の足音を響かせて、実際には足音ではなくボクの悲鳴を響かせて、ボクはチルに引き摺られながら教室を後にした。






 〜ボクがいなくなって、その後の話〜



 残された牌と靴下を見て、3人は誰ともなく呟いた。

「おい、どーするよコレ?」

 問題となるのは、ゲームの精算。

「……流すか?」←4位の上家

「いや待て、それは許せねぇ!」←僅差で2位の下家

「だったら、誰か代打ち連れてくる?」←3位の対面

 連れてくる代打ちは、別にゲームに弱い人でもいい。急に席を外した本人の責任、代打ちの財布は痛まないのだから。初心者やこのゲームのルールを全く知らない人でも良い。自動でツモ切りをしてもらうだけなのだから。振り込んでくれるなら、なおオッケー。

 誰か他に来ねーかな? 最悪、積むだけ積んで、適当にツモ切りだけするか……。

 そう悩んでいると、誰かがパタパタと足音を立てて教室へとやってきた。

「あれ〜? ねぇ、チル見なかった?」

 教室の中を覗き込んできたのは、体操服を着たリッコ。

「チルならさっき来て、ここにいた相方を連れてどっか行ったぞ」

 下家のその言葉に、そっかぁ、とリッコは頷きながら、そして何故か残されている靴下とスリッパに首を傾げた。

「リッコ、バレー勝ったんだってな。おめでと」

「あはは、ありがと。辛勝辛勝」

 なかなかの激戦だったらしい。苦笑いでリッコは話した。

「午後から決勝なんだけど、ちょっとトラブッちゃってね」

「決勝か。それは見に行きたいな」

「今体育館では、男子バスケの準決勝かな?」

 何気ない会話を続けながら、男達はアイコンタクトをとる。

「ところで、すぐ試合が無いんなら、リッコは今、少し時間あるか?」

 下家が聞いた。

「チル探してたんだけど……まぁいいや。なに?」

「うん、大丈夫、5分くらいで終わるから。とりあえずそこに座って」

 指差された空席、現在トップ目の席に座り、リッコは目を輝かせた。

「なになに? 代打ちするの?」

「そう。物分かりいいな。これでオーラスだから、気にせず振り込んでくれ」

「りょーかい!」


 ——ジャラジャラジャラ……


 ジャラジャラと混ぜ続けるリッコの手つきを見て、下家は尋ねた。

「ところで、リッコはこのゲームのルール、知ってるのか?」

「うんにゃ、知らなーい。教えて」

 簡単に説明しようとしたところで、ふと気付いて下家は頭を上げた。同時に、他のメンツも気づいたようで、目を合わせてゴクリと息を飲んだ。

(……脱ぐのか?)←下家

(脱ぐのか?!)←上家

(…………いや、でも別に大きければいいというものでは……)←対面

 そんな男達の下心には気づくことなく、早くサイコロ振ってと、リッコは期待するように牌を見つめるのであった。



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